木桶仕込み醤油から考える、安さ以外の価値軸の持ちかた ー『巨大おけを絶やすな! 日本の食文化を未来へつなぐ』を読むー
日常の中で何気なく思ってしまう「できない」「しなきゃ」を、映画・本・音楽などを通して見つめ直す。今回は『巨大おけを絶やすな! 日本の食文化を未来へつなぐ』(竹内早希子・岩波書店)から、継承者不足などで消えていく文化について考えます。
竹内早希子、カバー画:モリナガ・ヨウ『巨大おけを絶やすな! 日本の食文化を未来へつなぐ』(岩波書店・2023年)
『巨大おけを絶やすな! 日本の食文化を未来へつなぐ』はどんな本?
本書は、香川県の小豆島にあるヤマロク醤油で150年間、使われていた巨大な木桶が壊れたことからはじまる。日本で生産されている醤油のうち、木桶でつくられる醤油はわずか1%だそうで、ヤマロク醤油と壊れた木桶がどれだけ希少なものか伝わってくる。
ヤマロク醤油の山本康夫さんは、日本で最後の大桶づくりをしている藤井製桶所に新桶の注文をする。木桶は一度つくれば100年以上もつため、醤油屋から新桶の注文が入ったのは戦後初だという。藤井製桶所はよく現代まで残り、こうして本に登場してくれたなと感慨深くなる。
その後、山本さんは藤井製桶所が2020年で大桶づくりをやめることを知る。自分の孫・ひ孫に醤油蔵を残せなくなると考えた山本さんは、「それはアカンやろ」と一念発起し、腕利きの大工2人を仲間に引き入れて藤井製桶所に弟子入りするのだ。
巨大木桶づくりの技術を体得しようと奮闘する3人には、さまざまな苦労が降りかかる。頭でわかっていても手作業が追いつかないもどかしさや、本業と木桶づくりを両立する時間が足りない焦りに共感する。そして、木桶の原材料である真竹が調達できないシーンでは、天国からの贈り物という感動の展開が待っている。3人を応援する気持ちが湧いてくるドキュメンタリーを、ぜひ本書で味わってほしい。
なんとか巨大木桶づくりの技術を学んだ山本さんたちは、小豆島で大桶づくりに成功し、新桶を使った醤油づくりは順調に進む。ここで終わらないのが、山本さんたちのすごいところだ。ヤマロク醤油の木桶が残ったところで、結局、木桶づくりの技術は廃れていくと言って、全国の醤油蔵元に一緒に木桶をつくろうと呼びかける。もともと醤油業界は横の繋がりが薄く、蔵同士の仲はあまり良くないにも関わらずだ。
この取り組みは『木桶職人復活プロジェクト』と名付けられ、2022年に活動10年目を迎えた。現在は、国内生産の木桶仕込み醤油を1%から2%にする活動に加え、『木桶仕込み醤油輸出コンソーシアム』を発足して世界の醤油市場の1%を木桶仕込みにすることを目標に奮闘している。
消えていく文化は残せない、なんてない。
山本さんは「醤油屋が、木桶つくったら、おもろいやん!」(59ページ)と、面白さを判断基準に木桶をつくると決めた。藤井製桶所は「目の前の桶職人さんの仕事をつくり、給料を払っていかなければならない」(48ページ)という必死さで桶屋を続けてきた。消えそうな文化について外野から「文化をなくすべきではない」と言っても、実際に残るためにはこんなふうに当事者たちの生活感覚に根ざした残りかたが必要なのだと思う。
そして、現代に残ったとしても「守られる文化」として在るだけでは弱くなってしまう。だから、山本さんたちは現代に合った残りかたを探った。山本さんの幼馴染で、山本さんと一緒に桶職人に弟子入りした大工の坂口直人さんの言葉に、桶づくりの常識をアップデートした様子が表れている。
「昔からそうやってるから」だと、それは思考を止めてしもうてるってことで、違うんやないかなと思う。(…)職人というのは昔から技術を見せたがらない。けど、過去、それをやったから桶づくりはとだえたんやないかな。(…)やっぱり道具づくりも考え方も、オープンにしてなかったら、ここまで人とつながれてないと思う。
竹内早希子(2023年)『巨大おけを絶やすな! 日本の食文化を未来へつなぐ』岩波書店、166〜167ページ
さて、木桶は樹齢100年以上の杉でつくられるそうだ。今から植えて100年のあいだ森を守って、ようやく木桶づくりができるのだ。林業の持続可能性にかかってくる話だが、吉野杉で知られる吉野では「今ある杉の手入れで精一杯で、新しく植えることはできていません」(203ページ)という。
この状況で、外野の私たちには何ができるだろう? 私は、買う行為を見直したいと思う。「安くてそれなりに美味しい」という評価軸だけで選ばず、本当に美味しいと感じられるモノを吟味したい。他にも、買おうとしているモノの生産過程に思考を巡らせる、住んでいる場所に近い生産地のモノを選ぶ、応援したいメーカーを見つける……モノによって買う基準を多様に持ちたいと思う。
今回の原稿を書くにあたって、初めて木桶仕込みのたまり醤油を使ってみた。少量でうまみをぐっと増してくれる頼もしい調味料だった。木桶仕込みの醤油は、蔵ごとに鮮やかな個性を持っているらしい。次はどの木桶仕込み醤油を選ぼうか……買うまでの過程を含めて、暮らしの中の小さな楽しみが増えた。
文:石川 歩
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