生きづらさを持ってちゃいけない、なんてない。
Netflixの人気コンテンツ『クィア・アイ』を知っているだろうか。ファッション、美容、カルチャーなどのエキスパート5人組 “ファブ5(ファビュラスな5人)” が、さまざまな悩みを抱えた一般の人を変身させるリアリティ番組だ。今回お話を伺ったKanさんは、日本版の『クィア・アイ in Japan!』に出演した同性愛者。かつてはまわりの目を気にして生きづらさを感じていたが、番組出演を機に自分らしい人生を歩めるようになったという。現在は、セクシュアリティや自分らしさ、ボディポジティブをテーマに、SNSでの発信や学校・企業での講演活動を行っている。
2021年現在、日本では同性愛者の婚姻の自由が保障されていない。つまり、異性愛者であれば当然に享受できるさまざまな法的利益を、同性愛者であるというだけで受け取れずにいる。このことは長きにわたって当事者の尊厳を傷つけ、「社会から存在そのものを否定されている」と感じさせてきた。そんな中、同性婚の法制化(婚姻の平等)を求める日本初の同性婚集団訴訟が提起された。3月17日、札幌地裁が「国が同性間の婚姻を認めないことは憲法14条1項で定められた平等原則に違反して違憲である」という歴史的な判決を下したことで話題を呼んだ。今回の判決によって、これまで同性愛者が不利益を被っていた事実が世に知られたこと、同性婚の法制化に大きく一歩近づいたことは間違いない。同性愛者であるKanさんも、一刻も早い同性婚の法制化を求める人の一人。自身も自分らしい人生を歩めないことに長年葛藤し、もがき苦しんだ過去を持つ。そんな彼に、現在のように自分らしく生きられるようになるまでの軌跡と、誰もが自由に自分の人生を選べる社会をかなえるために必要なことを聞いた。
男性を好きな自分は、
「オネエ」として生きるしかないと思っていた
男性が好きだと自覚したのは15歳の頃。当時は同性愛者という言葉も、男性として男性を好きになる人がいることも知らなかった。社会の枠組みは、当たり前のように異性愛を中心に構成されている。Kanさんにとって、可視化されていた性的マイノリティは、テレビで見る「オネエキャラ」の人たちだけだった。
「当時は地方に住んでいたし、スマホもまだなかったので、テレビから受ける影響がものすごく強かったんですよね。今でこそ女装家やMtF(※)の方だって理解できるけど、テレビでは性的マイノリティはみんな一緒くたに、嘲笑の対象のように扱われていて。当事者のロールモデルの多様性があまりにもなかったので、『男性が好きな僕は、オネエとして生きていかなきゃいけないんだ』『他に選択肢はないんだ』って思い込んで苦しくなっていました」
大学進学とともに上京。「東京に行けば何かが変わるかも」と期待していたが、生きづらさは拭えないままだった。恐る恐るカミングアウトした一部の友人と「人生つらいよね」と傷をなめ合い、かえって自分を追い込んでしまう日々。ロールモデルとなる当事者もおらず、明るい未来を描けずにいた。
「性的マイノリティとして幸せに生きる道なんてないと思っていたんです。大学を出て働くことも、その先の自分の姿も全然想像できなくて。このままずっと、トンネルの中にいるような気持ちで過ごすしかないのかなって。生きていたいけど、生き方がわからない――。絶望に近い心境だったかもしれません」
※MtF…出生時に男性という性を割り当てられたものの、女性として生きることを望む人。「Male to Female(男性から女性へ)」を略してこう呼ばれる。
一度はつかみかけた自分らしさも、すぐに手からこぼれ落ちた
そんなKanさんの心を救ったのが、1年間のカナダ留学だ。カナダはすでに同性婚が法制化されており、その他の制度も含め、性的マイノリティが生きやすい環境が整った国。手をつないで街を歩く同性カップルを見かけることもめずらしくなく、現地で親しくなった友人にも当事者がいた。

「『性的マイノリティでも幸せに生きられるんだ!』って初めて思えて、ようやく未来に希望が持てました。自分のまわりでも性的マイノリティが生きやすい環境を整えたくなって、帰国後は親しい友達にカミングアウトしたり、大学内でLGBTQ+サークルを立ち上げたり」
しかし、その後留学したイギリスで再び壁にぶつかった。性的マイノリティのコミュニティでは、アジア人というだけで冷たくされる。現地の日本人コミュニティでは、「同性愛者いじり」のような差別を見かける。人種とセクシュアリティという2つの壁の間で板挟みになり、アイデンティティが引き裂かれるような痛みを感じた。
「一度は生まれ変わったはずなのに、また『どうすれば自分らしく生きられるんだろう』って悩むようになっちゃって……。日本に帰国してもモヤモヤは消えないままでした。イギリスで今のパートナーに出会ったんですけど、日本では婚姻の平等が実現していないから、法的に認められた上で一緒に暮らすことはかなわない。自分らしい人生を選択したいのに、それが “許されていない” ように感じました」
「生きづらさを抱えた自分」も、丸ごと愛せるように
2019年、生き方に悩む姿を見かねて、親友の一人が『クィア・アイ in Japan!』にKanさんを推薦。エピソード2の主人公に抜てきされる。数日かけてファッションやヘアメイク、自宅のインテリアなどを大改造された彼は、撮影の終盤には見違えるように晴れやかな表情を浮かべていた。
現在は同性愛者である自分に誇りを持ち、自分らしさをのびのびと表現しながら生きている。クィア・アイへの出演を通して、Kanさんの内面ではどんな変化が起こったのだろうか。
「大きく変わったことは2つあります。1つは、生きづらさを持っていてもいいと思えるようになったこと。出演前は、ファブ5の皆さんやモデルの水原希子さんみたいな『自分らしく、スーパースターとして輝いている人』から、生きづらさを感じずに生きる方法を教えてもらうつもりだったんです。でも、実際は予想に反して、それぞれいろんな悩みを抱えていて。
そんな姿を直接見て、これでいいんだって思えたことが、逆にパワーになったんですよね。もしかしたら僕は『生きづらさを持っていちゃいけない』っていう思い込みで、余計に自分を苦しめていたのかもしれません。
2つ目は、生きづらさを抱えながらも幸せに自分らしく生きるためには、セルフラブの考え方がすごく大事だと知れたこと。番組でカラモさんが教えてくれた『自分のいいところを書き出して唱える』っていう習慣を、今も続けているんです。
最初は『本当に思えているわけじゃないし、意味あるのかな』って半信半疑だったんですけど……。朝起きて自分自身に『今日もかわいいね!』とか『太陽明るい! 幸せじゃーん!』ってポジティブな言葉をかけてあげていたら、どんどん考え方が前向きになっていったんですよね」
自分の中にあるバイアスと向き合ってみてほしい

幾度とないアイデンティティの揺らぎを経て、ようやく自分らしい人生を歩み始めたKanさん。悩める人々を勇気づけるその姿には、周囲の目を気にしておびえていたかつての面影はない。
だが、社会はまだまだ過渡期にある。性的マイノリティが生きやすい環境の整備は、いまだ十分とは言えないのが現状だ。いくら当事者が「自分らしく生きよう」と前向きな気持ちになっても、それを “許さない” 社会の枠組みや空気に直面することもあるかもしれない。
男らしさや女らしさ、異性愛の押し付け。自由な自己表現を阻むこれらの障壁を取り払い、誰もがその人らしく生きられる社会をつくるために、私たちはどのように行動すべきだろうか。
「今の社会では、“男らしさ”や“女らしさ”がすべての物事に埋め込まれていますよね。制度、商品、色、言葉……あらゆるものにジェンダーバイアス(性別によって『こうあるべき』と決め付ける差別や偏見)が含まれている。まずはそのことに気付いてほしいし、ジェンダーバイアスで自分自身や他者を抑圧してしまっていないか、振り返ってみてほしいです」
Kanさんは「何かを選択するときは、選ぶ理由の中にジェンダーがあるか――つまり、男らしい、女らしいから選んだのではないかと自問してみると、自分の中のジェンダーバイアスに気付ける」と教えてくれた。もし、普段手に取る商品などの何気ない選択がジェンダーとセットになっているようであれば、私たちも「こうあるべき」という固定観念に縛られているのかもしれない。
「僕が自分のためにアクセサリーを買いに行くと『プレゼントですか?』と言われることがあるんです。『いや、僕が使いたくて』って答えると、ハッとする方もいるんですけど。みんなが自分の中にあるジェンダーバイアスを自覚できれば、お互いに心地良い振る舞いができるようになるのかなと思います」
また、マイノリティを取り巻くさまざまな問題について知ることも大切だという。知識がなければ、苦しむ人に寄り添うことも、社会を変えるため行動に移すこともできないからだ。
「本を読んだりネットで検索したりするのはもちろん、講演会に参加してみてもいいかもしれません。今はいろんな講演会がオンラインで開催されているので、参加のハードルも下がっていると思います。
何が問題になっているかを知ったら、次はぜひ身近な人と話し合ってみてほしいですね。婚姻の平等にしても選択的夫婦別姓にしても、『こういう制度はあった方がいいよね』って思う人が増えて、その人たち一人一人が投票に考えを反映すれば、社会はいい方に変わっていくんじゃないかな」
都内大学在学中にカナダへ留学。大学卒業後はイギリスへ渡り、ジェンダー・セクシュアリティについて学ぶ。帰国後は化粧品会社に入社し、マーケティング業務に携わる。2019年にNetflixの番組『クィア・アイ in Japan!』エピソード2に出演。性的マイノリティ当事者(同性愛者)として、自分らしさやセクシュアリティをテーマにSNSでの発信や企業・学校での講演を行う。2020年には「REING」のジェンダーニュートラルなアンダーウェアのモデル、アクセサリーブランド「Hirotaka」のモデルに抜擢されるなど、活動内容は多岐にわたる。
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