アンコンシャスバイアスに気付くことで実現する「ひとりひとりがイキイキと活躍する社会」|一般社団法人アンコンシャスバイアス研究所代表理事・守屋智敬
「若いからこの仕事はまだ早い」
「自分の可能性はここまでだ」
「子育て中の女性だから出張はできないよね」
私たちの周りには、こうしたアンコンシャスバイアス(無意識の思い込み)があふれています。
守屋智敬さんは、2018年に一般社団法人アンコンシャスバイアス研究所を設立し、代表理事に就任。アンコンシャスバイアスの啓発活動として、企業や自治体向けの研修、小学生などへの授業の提供を行っています。目指すのは、「ひとりひとりがイキイキする社会」です。
アンコンシャスバイアスの概念や対策、注目の取り組みや展望について、守屋さんにお話を伺いました。
無意識に人を傷付けてしまうことがある
――守屋さんが、アンコンシャスバイアスに関心を抱いたきっかけを教えてください。
守屋智敬さん(以下、守屋):2013年にGoogle社が社内でアンコンシャスバイアス(無意識の思い込み)のトレーニングを行ったことが日本でも広まり、そのタイミングで私もアンコンシャスバイアスを知り、関心を持ちました。
ただ「無意識」という概念と出合ったのは、高校生の頃に恩師から勧められたフランクル著『夜と霧』を読んだことがきっかけでした。フランクルはユダヤ人の精神科医で、精神医学・精神分析について研究した人物ですが『夜と霧』は自らのアウシュビッツ強制収容所での壮絶な体験を綴った作品です。この本を読んで、「人は無意識に、悪気なく人を傷付けることがある」ということに衝撃を受けました。このことが、「無意識」という概念に興味を持つきっかけとなりました。
――そのような原体験がありながら、アンコンシャスバイアスの概念に出合った時はどのように感じられましたか?
守屋:当時、私は企業のリーダーに向けて、部下の育成や仕事の任せ方についての研修プログラムを実施していました。話を聞くと、「部下に何度言ってもできない」「部下を想って言っているのにわかってくれない」といった悩みや葛藤を抱えている方々がいました。そこで、私が大切にしていたのは、そうした悩みや葛藤を解消する方法論をお伝えすることよりも、「そもそもなぜその悩みや葛藤が生まれるのか」に光を当てることでした。
部下と言っても一人とは限らず、価値観、考え方、得意分野が異なる複数の部下を持つリーダーもいます。悩みや葛藤の要因の一つには、リーダー自身が当たり前にできることが、部下にとっては当たり前ではないかもしれないのに、それでも無理矢理伝えようとすることで、ズレが生じるといったことがありえるわけです。
それはひょっとすると、無意識に「こうであるはずだ」「こうでなきゃいけない」と思い込んでしまっているために、部下だけでなくリーダー自身が苦しんでいるのかもしれないと考えていました。自分の無意識に気が付くことで、少し肩の力が抜けて、部下に寄り添いながら成長を支えられるリーダーに変われるかもしれません。
高校生から「無意識」という概念に興味を持ち、社会人になってからそういった研修プログラムを行っていたこともあり、アンコンシャスバイアスを知った時には「これを届けたい」と強く思いました。
「決め付け」に要注意
――改めて、アンコンシャスバイアスとは何でしょうか?
守屋:私たちは、何かを見たり、聞いたり、感じたりした時に、無意識のうちに「こうだ」と思い込むことがあります。日本語では「無意識の思い込み」などと表現されるものです。アンコンシャスバイアスは日常にあふれていて、誰にでもあるものです。もちろん、私もあります。
例としてよく「男性はこう、女性はこう」といったジェンダーに関わるものが挙げられますが、アンコンシャスバイアスになりうる例として、他にも次のようなことが挙げられます。
- 介護中だと聞いたら、親を介護していると思う
- 出身地で、お酒が強い人だと思う
- 「親が乳がん」と聞くと、母親のことだと思う
- 「親が単身赴任中です」と聞くと、父親が単身赴任中だと思う
- 「どうせ私にはムリ」と思う
- 周りで問題が起きても「私に限ってそんなことはない」と思う
- 「自分のやり方や考え方が一番だ」と思う
私たちは過去の経験や見聞きしてきたことに影響をうけて、「こうだ」と思い込むことがありますが、実際には、お子さん等を介護していることもありえますし、父親が乳がんということもありえます。また、アンコンシャスバイアスは他者に対してだけでなく、自分自身に対するものもあります。
――アンコンシャスバイアスが原因で、どんな問題が引き起こされますか?
守屋:一つ具体的にお伝えすると、 “がん”などの病気を罹った社員に、上司がよかれと思って、「無理をせず治療に専念するように」と伝えたとします。皆さんはこのひと言をどう思われるでしょうか?私たちが行った「がんと仕事に関する意識調査」の結果からは、そのひと言をうれしいと感じる人もいれば、中には、「もう役に立たないと言われているようで、とても悲しい気持ちになった」といった声もありました。このように「よかれと思ってのひと言」であったり、「配慮のつもりの言動」であっても、ひとりひとり、受け取り方は異なります。配慮のつもりでも、アンコンシャスバイアスがひそんでいて、ネガティブな影響をもたらすことがありえるのです。
具体的な事例をお伝えしましたが、アンコンシャスバイアスに気付かずにいた時のネガティブな影響としては他にも、「人間関係が悪化する」「部下のモチベーションを下げる」「ハラスメントが横行する」「ネット炎上を引き起こす」などのさまざまな問題につながる可能性があります。
また、個人においては「キャリア開発や成長を阻む」「イライラが増える」「自分を過小評価してしまう」などの問題にもつながる可能性があります。このように、アンコンシャスバイアスに気付かずにいた時の影響は多岐にわたります。
対話のための環境づくりと関係づくりを
――アンコンシャスバイアスのネガティブな影響を防ぐには、どのように対処すればよいですか?
守屋:アンコンシャスバイアスは本能によるものであり、完全になくすことはできませんが、新たな経験や見聞きすること等により、「上書き」はできます。そのための第一歩が「気付こう」とすることです。
無意識ですからなかなか気付きにくいかもしれませんが、アンコンシャスバイアスは、「決め付け」の言動に現れやすいです。「普通はこう」「女性はこうするべき」「若手だったらこう振る舞うものだ」といった決め付け言葉を言った時には、そこにアンコンシャスバイアスが潜んでいるかもしれません。
また、アンコンシャスバイアスによる影響は、相手の表情や態度の変化に現れることがあります。そこに目を向けてみることで、自分のアンコンシャスバイアスに気付けるかもしれません。良かれと思って言ったことでも、そこにアンコンシャスバイアスが潜んでいることがあり、相手を傷付けたり、悲しい思いをさせてしまうことがあるからです。
もし相手が悲しそうな顔をしていたら、そのままにせず、「私の判断や言動にアンコンシャスバイアスがあったのだろうか?」と振り返るとともに、相手に確認したり、場合によっては、お詫びの気持ちを伝えるといった対応も大切です。
――どう対応してよいか、わからなくなることもありそうです。そんな時、どのように対処していくことができますか?
守屋:私たちはひとりひとり違います。価値観や考え方、性別、性自認、性的指向、学歴、職種、置かれている状況など、違いはさまざまです。ただ、時に違っていることが「変だ」「おかしい」「間違っている」といったように、相手を頭ごなしに否定することにつながることがあるかもしれません。自分との違いが理解できなかったり、違う価値観を持った相手に、どう対応してよいかわからなくなったりすることもあるかもしれません。
そこでお伝えしたいのは、「だからこそ、もっと、話そう」ということです。そのためにも、普段から率直に話せる“環境づくり”と“関係づくり”の2つが大切です。環境づくりとは1対1で話す場をつくるなど「ここでなら言える」と思える心理的に安全な場所をつくること。関係づくりとは、「この人になら言える」と思える信頼関係を築くことです。日頃からの、話せる環境づくりと関係づくりをぜひ、大切にしていただきたいと思います。
一部の人だけでなく、みんなで知って実践してほしい
――アンコンシャスバイアスに近年注目が集まっていますが、どのような社会背景があるのでしょうか?
守屋:さまざまな背景が考えられるのですが、一つには企業による人権尊重やDE&I推進(※)の取り組みが加速していることがあると感じています。また、国や自治体によるジェンダー平等の推進も、背景にあると思います。共通しているのは、ひとりひとりがイキイキとする組織や社会づくりを目指していることです。
※注釈:DE&Iとは、ダイバーシティ(多様性)、エクイティ(公正性)、インクルージョン(包摂性)の略
――さまざまな研修や授業を提供されている中で、注目されている取り組みを教えてください。
守屋:企業においては、経営トップ、管理職から学び、最終的には全社員が学ぶことで、「これって、私のアンコンシャスバイアス?」と自ら気付けるよう、組織の合言葉として定着させたいと考えています。学んだ後は、定期的に振り返りの機会を設けることも重要です。
例えば、社内でアンコンシャスバイアスをテーマとした「川柳」を募集する取り組みや、「アンコンシャスバイアスに気付いて良かった事例」を公募し、定期的に発信する取り組み等があり、支援もしています。
自治体においては、職員の方々とそこに暮らす住民のみなさんが、アンコンシャスバイアスに気付こうとする取り組みを進めている事例もあります。
一例を挙げると、富山県では、庁舎に県内の子どもたちを招いてアンコンシャスバイアスの授業を実施し、私は講師を担当しました。その他に、アンコンシャスバイアス解消アクション公式キャラクターの「アルカモ」をつくり、ウェブサイトの漫画などを通してアルカモちゃんと一緒にアンコンシャスバイアスについて考えるといった取り組みを行っています。
▼特設サイトはこちら
ジェンダー平等推進プロジェクト2030「アンコンシャス・バイアス解消アクション!」
――最後に、今後の展望を教えてください。
守屋:ここ数年、企業や自治体の方々に向けた講演による啓発活動だけでなく、「子どもたち」に授業を届ける活動にも力を入れています。授業を受けた子どもたちからは、「アンコンシャスバイアスに気付かなかったら可能性をせばめるところだった」や「夢を諦めるのをやめようと思った!」という声、「お友だちにゴメンねを言えました!」等の声が寄せられています。子どもたちの可能性が広がる様子を見て今思うのは、非常に大きな目標ではありますが、“成人するまでに誰もがアンコンシャスバイアスを知っている状態を目指したい”と思っています。
私にとっての当たり前は、別の誰かにとっては当たり前ではないかもしれません。過去の常識が、今は非常識ということもあります。そのため、定期的にアンコンシャスバイアスに気付こうとすることが大切だと思います。そこで、一人でも多くの人に自分の中のアンコンシャスバイアスに気付いてもらうことを目的に、毎年8月8日は、「アンコンシャスバイアスに気づこう!の日」として、記念日登録を申請し、承認されました。
アンコンシャスバイアスに気付こうとする動きが注目され、広がっていくことで、ジェンダーや年齢、置かれた状況などに関わらずひとりひとりがイキイキと活躍する社会へと少しずつでも変化していってほしいと思っています。その先には、新たな価値の創造や、性別役割分担意識の解消、他にもさまざまな社会課題の解決にもつながると思います。
取材・執筆:遠藤 光太
撮影:内海 裕之
一般社団法人アンコンシャスバイアス研究所 代表理事。株式会社モリヤコンサルティング 代表取締役。2018年一般社団法人アンコンシャスバイアス研究所を設立。ひとりひとりがイキイキする社会をめざし、企業・官公庁、小・中学校等でアンコンシャスバイアスに気付こうとすることの大切さを届けている。受講者は8万人をこえる。2022年、共同研究結果「がんと仕事に関する意識調査」を公表。著書に、『「アンコンシャス・バイアス」マネジメント』 (かんき出版)等がある。
公式ホームページ https://www.unconsciousbias-lab.org/
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