ヴィーガンは「意識高い系」、なんてない。
ヴィーガン起業家として注目を集める、株式会社ブイクック代表取締役の工藤柊さん。10代の頃から、ヴィーガンの食生活を送っている。工藤さんがヴィーガンを始めたきっかけとは? そして、ハードルの高いイメージのあるヴィーガンをより気軽に取り入れるにはどうしたらいいのだろうか? 工藤さんにお話を伺った。
あっという間の変化を繰り返す「食」のブームの中で、ここ数年、じわじわと人気が高まってきたのがプラントベースの食べ物だ。オーツミルクやアーモンドミルクなどをはじめとし、植物性の食べ物を中心とした食生活を送るヴィーガンやベジタリアン(※)の人々が増えてきている。これらの菜食主義のライフスタイルは、どこかおしゃれで意識の高い人たちのものであるというイメージを持っている方も多いのではないだろうか。しかし、これはあくまでもイメージでしかない。
今回話を聞いた工藤さんは、ヴィーガンのライフスタイルをより気軽な選択肢として広めるために事業を展開している。自身もヴィーガンのライフスタイルを実践する工藤さんがヴィーガンを始めたきっかけとは? そしてヴィーガンの食生活の実態について伺った。
※ベジタリアンは菜食主義者を指し、部分的に動物性の食品を避ける。肉類や魚介類、卵を食べないラクトベジタリアン、
肉類や魚介類、乳製品を食べないオボベジタリアン、肉類のみを食べないペスカトリアンなどに分類することができる。
一方でヴィーガンは完全菜食主義で、卵や乳製品、蜂蜜などを含む動物性の食品を一切食べない人のことを指す。
おにぎりしか食べられないと思っていたけれど、そんなことはなかった
工藤さんがヴィーガン生活を始めたのは高校3年生の11月。受験シーズン真っただ中、もともと環境問題に関心があった工藤さんは、環境問題について学ぶことのできる神戸大学の環境共生学科への入学を目指して勉強していた。そんなある日、交通事故に遭った猫を見たことをきっかけに、工藤さんは食生活を突然ヴィーガンへと変えた。
「僕がヴィーガンを始めた大きなきっかけは、学校帰りに道で見かけた轢(ひ)かれた猫です。ひどい轢かれ方をしていたのでショックを受けました。その時、ヒト以外に生まれたことによって、ヒトの生み出した乗り物などによって死んでしまったり、ヒトが出した汚染物によってすみかをなくしたりと、ヒトとヒト以外の動物の間に格差を感じたんです。帰宅後にさらに動物倫理について調べていく中で、犬や猫の殺処分の現実を知りました。当時は年間6万〜7万匹もが殺処分されていました。そこからさらに調べて、畜産業でも動物が殺されていると気づきました。家畜は犬や猫よりもはるかに多く、屠殺(とさつ)されているんですよね。そんなことにショックを受けて、どうにか動物を食べずに生活できないかと調べて、ヴィーガンというライフスタイルにたどり着きました。それまではヴィーガンなんて全く知りませんでした」
ショッキングな事故現場を目撃したことと、環境問題への関心とが相まって、工藤さんはすぐにヴィーガンのライフスタイルを取り入れることを決意したという。しかし、当時は実家暮らしの高校生であった工藤さん。突然のヴィーガン生活は、困惑しながらも協力してくれた母との試行錯誤から始まった。
「事故を見た翌日には、母にヴィーガンを始めることを伝えました。ショックが大きかったので頭の中がまとまらず、最初は理由も伝えないままでしたが、母は受け止めてくれました。だんだんとお肉や野菜を減らして完全菜食に移行していく方も多いですが、僕は初めから完全にヴィーガンに移行しました。ただ、僕も母もヴィーガンについてほとんど知識がなかったので、最初は何を食べればいいのか分からなかったんです。だから最初の2週間は塩むすびや、昆布のおにぎり、あとは野菜のみの水炊きの繰り返しでした。これまでお弁当に入れていた卵焼きやお肉も使えなくなるので、母は特に困ったと思います」
当然、学校で食べる食べ物も変わったというが、周りの友人たちからはどんな反応があったのだろうか。また、工藤さん自身はヴィーガン生活を始めたことによって、どんな変化があったのだろうか。
「今まではから揚げ丼ばかり食堂で食べていた僕が、急に食べなくなったので驚く人もいましたね。でも、割と自分からヴィーガンの生活を始めたことは伝えていました。反応はさまざまで、『ヴィーガンって何?』と興味を持ってくれる人もいれば、理解できないという人もいました。でも、これは主に大学に入ってからですが、ヴィーガンを始めたことによって新しいつながりやコミュニティーもできてきたので、それはうれしい変化でしたね」
ヴィーガンのライフスタイルを阻む3つの壁
大学入学後、工藤さんはさまざまなヴィーガンの人と出会いながら、在学中にNPO法人日本ヴィーガンコミュニティの設立を実行した。クラウドファンディングで得た支援金を元手に、全国を飛び回り、300人以上のヴィーガンの声を聞いてきたという。そんな中で、工藤さん自身がヴィーガンライフ最初の2週間で直面した壁は、多くのヴィーガンにとって、共通した悩みだったと分かった。
「今の日本でヴィーガンとしての生活を始めるには、3つの壁があると思います。1つ目は情報の壁です。多くの人は、そもそもヴィーガンを始めようと思っても、どうやって始めたらいいのか分からないと思います。今でこそ大豆ミートなども浸透し始めていますが、ヴィーガンの生活を始めてしまったらもうハンバーグは食べられないのではないかと考えている人も多いと思います。2つ目はアクセスの壁です。ヴィーガン向けの商品があるのは知っているけれど、購入できる場所が少ないということです。3つ目は価格の壁です。大豆ミートであれば、本来は家畜のお肉よりも安いはずなのに、今は需要の少なさによって小分けの包装などの生産・加工に関する費用が高く、大豆ミートが高値の状況にあります」
これらの課題を解決するために、工藤さんはNPO法人から株式会社に引き継ぎ、本格的に事業化することにしたという。現在、工藤さん率いるブイクックはヴィーガンレシピ投稿サイト「ブイクック」の運営や、ヴィーガン商品のECサイト「ブイクックモール」の運営をしている。
「僕たちが主に取り組んでいるのは情報の壁です。今まで、ヴィーガンに関心を持ったとしても、ヴィーガンのライフスタイルについて詳しく『知らない』が故に、できないことや食べられないものが増えて困るという状況の人も多かったと思います。例えばレシピをたくさん知っていればもっと気軽にヴィーガンを楽しめるのではないかなと思います。『知らないからできない』から『知っているからできる』に変えていくのが目標です」
パスタも納豆かけご飯もヴィーガンレシピ
「ブイクック」を覗いてみれば、一般的なスーパーマーケットにも並んでいる食材や、簡単に作ることのできるレシピが数多く掲載されている。ヴィーガンと聞くと、おしゃれな料理や高価格な食材をたくさん揃えなければいけないようなイメージを抱いてしまいがちだが、実際にはそんなことはないという。
「ヴィーガンにハードルの高さを感じる人もいるかもしれませんが、そんなことはありません。ブイクックに掲載されているレシピは一般の方から投稿されたものばかりですし、一般的なスーパーで購入できる食材でも工夫次第で楽しむことができます。僕自身がよく作るのはパスタなのですが、ペペロンチーノもジェノベーゼもヴィーガン料理として食べることができます。納豆かけご飯もだしさえ気をつければヴィーガン料理です。こう聞くと、簡単に感じませんか? 無理して頑張らなくても、実は日常的な食材でも十分にヴィーガンを続けることはできるんです」
出典:ブイクックInstagram(https://www.instagram.com/veganrecipes_vcook/)
「ブイクック」のInstagramのフォロワーはすでに7.5万人にも上る(2022年3月現在)。多くの人がヴィーガンのライフスタイルに注目していることが分かるだろう。工藤さんは、ヴィーガンを始める理由や続け方は人によって異なるが、それぞれの選択が尊重されることが重要だと語る。
「Instagramのアカウントは、意外とヴィーガン以外の方もたくさんフォローしてくださっています。ヴィーガン料理に興味があったり、一つの選択肢としてヴィーガン料理を選ぶ人が増えてきたのを感じますね。僕自身はいきなり完全菜食の生活を始めましたが、やりたい人が、できるところからトライしていくのでいいと思うんです。一度始めたらやめてはいけないものでもないですし、本来はもっと気軽に選択できるライフスタイルだと思います。挑戦したいけれど挑戦できないという人にとって、もっとヴィーガンという選択肢が手に届きやすい社会になっていけばいいなと思ってます」
取材・執筆:白鳥 菜都
撮影:黒田 拓海
株式会社ブイクック代表取締役。高校3年生の時にヴィーガン生活を開始。大学在学中にヴィーガンカフェThallo店長を経験したのち、NPO法人日本ヴィーガンコミュニティを設立。その後、2019年 ヴィーガンレシピ投稿サイト「ブイクック」をリリース。2020年に株式会社ブイクックを設立。
ブイクック https://www.vcook.co.jp
ブイクックヴィーガンレシピ投稿サイト https://vcook.jp
ブイクックInstagram @veganrecipes_vcook
ブイクックモール https://vcookmall.jp
工藤柊さんTwitter @kudoshu_vcook
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