みんなと同じようにがんばらなきゃ、なんてない。
元「日本一有名なニート」として知られる、ブロガー・作家のphaさん。エンジニアやクリエイターたちを集めたシェアハウス「ギークハウスプロジェクト」を立ち上げたり、エッセイから実用書、小説まで多岐にわたるジャンルの本を発表したりと、アクティブでありながらも自由で肩の力が抜けた生き方に、憧れる人も多いはずだ。今回、そんなphaさんに聞いたのは、「がんばる」こととの距離。職場や社会から「がんばる」ことを要求され、ついついそれに過剰に応えようと無理をしてしまう人が多い現代において、phaさんは「がんばりすぎたことがあまりない」と語る。「がんばらない」ことの極意を、phaさんに伺った。
自分にとって苦手意識を持っていたり、キャパシティを超えていたりすることでも、「周囲の人と同じようにやれないと」と焦ってしまった経験はないだろうか。
がんばろう、と奮起する瞬間も必要かもしれないが、無理を続けると、自分自身を追い詰めることにもなりかねない。
そんな「がんばる」ことについて、自身の中で「やりたくない」「できない」「苦手」なことを無理して克服しようとはせず、「がんばらない」まま付き合っていくスタンスをとってきたことで人生が好転してきた、と語るのは『がんばらない練習』(幻冬舎)などの著者・phaさんだ。
何かとがんばりがちな人は、
「今の自分」を大事にしてみる
仕事や対人関係において、周囲からの期待や「みんながんばっているから」という同調圧力がプレッシャーになり、つい必要以上にがんばりすぎてしまった経験のある人はきっと多いだろう。インタビューの初めに、過去のそんな経験について伺うと、phaさんは「うーん……」と考え込んだ。
「がんばりすぎたことがそもそも、あまりないかもしれない。僕は、がんばろうとしたりちょっと無理をしたりしようとすると体が重くなってきて、自動的にブレーキがかかるような感じがあるんですよね。わがままなだけな気もするんですが、そうなったらすぐにやめてしまうんです」
無理をしそうになったらすぐにやめる。phaさんのそんなスタンスを、自分にはできないとうらやましく思う人もいるかもしれない。しかしphaさんはかつて、無理や我慢ができない、「がんばれない」自分のことを「だめなのかな」と感じていたこともあったそうだ。
「割と昔から、眠いとか寒いとか暑いとか、身体的な不快感にすごく弱くて。ちょっとだるいなとか疲れたなと思ったら休むようにしていたので、徹夜もあまりしたことない。でも、10代20代の時はそれがだめなんじゃないか、『人としゃべっているだけなのに、なんでこんなに疲れちゃうんだろう』と悩んでいた気がします」
「京大卒ニート」という肩書で知られるphaさんだが、実は大学卒業後、約3年間大学職員として働いた経験がある。当時、仕事へのやりがいや楽しさよりも「周りも働いているし、生きていくためにお金は必要だし、とりあえずやってみるか」という気持ちで出勤していた。
「仕事はあまり忙しくありませんでした。ただ最初、『もっとコミュニケーションが上手になって、いろんな人としゃべれるようになったほうが社会人としていいのかな』みたいな気持ちもあって。飲み会とかもそんなに得意じゃないけど行くこともありましたね。やっぱり疲れてしまっていたんですけど。
でも周りを見てみたら、しゃべっていても特に疲れず楽しそうにしてる人もいる。僕はそもそも、毎日職場に通うこと自体が苦手だったんですけど、通勤とか、いろんな人とのコミュニケーションがそんなに苦にならずにできる人もいるんだなってあるとき気づいたんですよね。そういう人と同じ土俵で戦って、無理してがんばっても仕方がないんじゃないかと思うようになってきて。
『まあ、何年か続けたら何か分かってくるんじゃない?』と言われることもあったんですけど、結局3年たってもそこで働く意味が何も分からなかった。そうなったらもうこの先もずっと分からなそうだし、我慢してここに何十年もいても意味がないなと」
大学職員時代のphaさん
ある程度貯金ができたことや、仕事で海外に移住したことでキャリアの一貫性にとらわれない人々の生き方を目にできたこと、そしてインターネットに出合ったことが契機となり、phaさんは退職を決めた。当時は、Twitterの日本語版サービスの提供が始まったばかり。インターネットを通じて出会った人々の中には、「こういう生き方は面白そうだ」と思える人がたくさんいた。
「これまであまりリアルでは出会わなかった、何やって生きているのかよく分かんないような人がネットの中にはいっぱいいて。東京に行ってそういう人たちとワイワイ遊びたいという、やりたいことも初めてできて、職場を辞める決心がつきました。
辞めるのってなかなかハードルが高いとは思うんですけど、職場というコミュニティ以外で人とのつながりが持てると、流動的にいろんな場所に行けるようになって、自分の今居る環境が自分に合っているかどうかも客観視できるようになるんじゃないかと思います。僕の場合は、そのつながりがネットだった。
それにネットって基本的に文字のコミュニケーションじゃないですか。僕はしゃべるのはあんまり好きじゃないけれど、文字を書いたり読んだりするのは割と得意だったので、そっち側の道を探ればいいのかって開き直ったら、だいぶラクになりました」
大学職員の経験を通じて大きく変わったのは、自分にとっての向き不向きがはっきり分かったことと、向いていないと感じることはきっぱりと諦められるようになったことだという。
「がんばろうとすると体が疲れちゃうってさっきもいいましたけど、僕は体がラクな状態じゃないと楽しいって思えないし、やる気も出ないんだなってことがはっきりしてきました。昔は『こんなにすぐやる気がなくなるのはだめなんじゃないか』と思っていたけど、いや、それでいいんだって思えるようになってきた。
なんか楽しくないなと感じるのは、だいたい体が限界に近づいているとき。だから、『楽しい』をベースに考えれば無理しないでいられるんじゃないかと思うようになりました。現に、それで年々ラクになっていってる感じはします」
40歳になってからドラムを始め、バンドも組んだというphaさん。昨今の状況からなかなかライブはできていないが、気の合う仲間と活動する楽しさを感じるそう。
無数の「できないこと」に悩んできた記憶が今の自分をつくっている
やみくもにがんばるのではなく、自分がラクでいられること、楽しいことを優先する。そんなphaさんの姿勢に共感を覚えつつも、自分が苦手なこと、できないことは努力して克服すべきなのでは、と考える人もいるかもしれない。しかしphaさんは、「なんでもできちゃったら逆につまらない気がする」と言う。
「欠点と長所ってわりと裏表だと思っていて、僕の場合は人としゃべるのが得意じゃなかったぶん、本を読んでいたところがある。そのおかげで文章が書けるようになったと思っているし、たぶん、しゃべるのがもっと得意だったらそれは身についてなかったことだと思うんですよ」
だからこそ、できなかったことにもある種の“愛着”を感じるというphaさん。
「しゃべるのが苦手で、いろいろ失敗したり悩んできたりした過去の思い出も無数にありますが、それ自体、振り返ってみれば自分の人生だなという感じがするんですよね。……もし仮に僕がしゃべるのが苦手じゃなくなる薬を飲んで、人と会話するのが全然苦じゃなくなったとしたら、それはもう自分じゃないよなあ、とか思っちゃう。
できないことにどう向き合おうかと、悩んで試行錯誤してきた記憶が今の自分をつくっているし、今の自分のことは嫌いじゃないから、結果的にそういう『できない』ことも含めて肯定できているという気はします」
自分の「できない」ことを自覚しつつもキャパシティを超えるまでついがんばりすぎてしまう人の中には、同僚や友人からの期待を感じ、それに応えなくてはというプレッシャーに追い詰められている人もいそうだ。他者からの期待を積み上げすぎて、自分で高いハードルを設けてしまう要因として、何があるのだろうか。
「僕はそもそも、他者から期待されたいってあまり思わないほうなんですけど、他者の期待や注目を過剰に集めようとする人は、自分に対する自信・信頼がないような気がします。そのままの自分を肯定できていれば、必要以上に自分を大きく見せようって思わないのではって。
……じゃあ自分を肯定するってどうすればいいのって話だと思うんですけど、そのためにはやっぱり自分をちゃんと見て、自分を知ることに尽きるんじゃないかな。自分が『これは苦手』『これは今はまだできない』ということを、ちゃんと受け入れるのが必要なんだと思う」
無理して自分を一時的に大きく見せるようなやり方は、いつかボロが出ると思う、とphaさんは言う。
「できないことをできるように見せて、そこに向かって努力するっていうやり方は……それが合う人も中にはいると思うんですけど、僕はそれってどこかで無理がたたってボロが出ちゃうんじゃないかなと感じるほうです。
それなら早めに自分を知ってもらって、無理していない自分のことを評価してくれる人だけに評価されたい。そうじゃない人にはずっと評価されなくても、それは仕方がないって思っています。無理をしてもそんなに長くは持たないと思うから、もしかしたら僕は、長く続くものにしか興味がないのかもしれないですね」
未来のことは分からないからこそ、今を大事にする
「長く続くものにしか興味がない」というphaさんだが、それは、現在よりも未来を重視するという考え方とはまた違うようだ。
「将来のことをうまくイメージできるかどうかって、その人の性格次第だと思うんですけど、僕はあまり考えられないほう。10年後を見据えてお金をためるとか、将来どんな仕事をしているかとか、全然想像できないですし、予想しようにも、現実ってたぶんそんなに簡単じゃない。
だからその代わりにというか、現在の環境や体調が自分にとって心地いいかはすごく重視しているんだと思います。その延長でしか未来を捉えられないから。
ただ20代の頃はそんなこと考えもしなかったんですけど、最近は年を重ねて肩凝りとか腰の痛みみたいな不調が増えてくると、今後生きていく上でこれがずっと続くのは嫌だな……っていうリアリティが出てきた。やっぱり、できるだけ健康な状態が長く続いてほしいな、みたいなめちゃくちゃ当たり前のことを考えています」
現在はシェアハウス時代から一緒の猫のタマちゃん(写真手前)・スンスン(写真奥)と、猫2匹+1人で暮らすphaさん。猫をなでる時間が至福なのだそう。
これまでずっと、周囲と同じようにするのではなく「我慢しないこと」を指針に、働き方や生き方を変えてきたphaさん。ただ最近は、ちょっと気がかりなことがあるという。
「無理してでも何かをがんばらなきゃ、って思うことはほとんどないんですけど、いい加減、お菓子を食べすぎるのはやめたい気がしていますね。やめたほうがいいのかなと思うけど、今のところ日常生活に差し障りはないからいいかなって、だらだらチョコなんかを食べ続けてしまっています。
ただ、今のところ支障がないっていうのは、たまたま恵まれているだけなんですよね。今はなんとか健康体だけど、年齢とともに体調が変わってきているのは実感しているし、いずれ大きな変化がくるかもしれない。
僕の場合は、仕事も生活も何事においてもがんばりすぎず、我慢しないことで人生が好転してきたからそういう行動パターンが身についていて、そのパターンのままにお菓子を食べ続けているけど。でもこれからは、自然に健康に気をつけたくなるような仕組を何か作りたいな、って今思いました」
健康や体の心地よさに目を向けることで、phaさんのこれからの生き方も少しずつ変化していきそうだ。とにかく体の感じることを大切にし、それを基準に自分の「楽しい」を考えるようにすることで、その「がんばり」が何のためになるかも、自然と振り返れるようになるのかもしれない。
取材・執筆:生湯葉シホ
編集協力:はてな編集部
みんなが読んでいる記事
-
2024/09/30女性だと働き方が制限される、なんてない。―彩り豊かな人生を送るため、従来の働き方を再定義。COLORFULLYが実現したい社会とは―筒井まこと
自分らしい生き方や働き方の実現にコミットする注目のプラットフォーム「COLORFULLY」が与える社会的価値とは。多様なライフスタイルに合わせた新しい働き方が模索される中、COLORFULLYが実現したい“自分らしい人生の見つけ方”について、筒井まことさんにお話を伺った。
-
2024/03/29歳を取ったら諦めが肝心、なんてない。―91歳の料理研究家・小林まさるが歳を取っても挑戦し続ける理由―
「LIFULL STORIES」と「tayorini by LIFULL介護」ではメディア横断インタビューを実施。嫁舅で料理家として活躍する小林まさみさん・まさるさんにお話を伺った。2人の関わり方や、年齢との向き合い方について深堀り。本記事では、まさるさんのインタビューをお届けする。
-
2022/02/03性別を決めなきゃ、なんてない。聖秋流(せしる)
人気ジェンダーレスクリエイター。TwitterやTikTokでジェンダーレスについて発信し、現在SNS総合フォロワー95万人超え。昔から女友達が多く、中学時代に自分の性別へ違和感を持ち始めた。高校時代にはコンプレックス解消のためにメイクを研究しながら、自分や自分と同じ悩みを抱える人たちのためにSNSで発信を開始した。今では誰にでも堂々と自分らしさを表現でき、生きやすくなったと話す聖秋流さん。ジェンダーレスクリエイターになるまでのストーリーと自分らしく生きる秘訣(ひけつ)を伺った。
-
2022/09/16白髪は染めなきゃ、なんてない。近藤 サト
ナレーター・フリーアナウンサーとして活躍する近藤サトさん。2018年、20代から続けてきた白髪染めをやめ、グレイヘアで地上波テレビに颯爽と登場した。今ではすっかり定着した近藤さんのグレイヘアだが、当時、見た目の急激な変化は社会的にインパクトが大きく、賛否両論を巻き起こした。ご自身もとらわれていた“白髪は染めるもの”という固定観念やフジテレビ時代に巷で言われた“女子アナ30歳定年説”など、年齢による呪縛からどのように自由になれたのか、伺った。この記事は「もっと自由に年齢をとらえよう」というテーマで、年齢にとらわれずに自分らしく挑戦されている3組の方々へのインタビュー企画です。他にも、YouTubeで人気の柴崎春通さん、Camper-hiroさんの年齢の捉え方や自分らしく生きるためのヒントになる記事も公開しています。
-
2021/09/06運動は毎日継続しないと意味がない、なんてない。のがちゃん
人気YouTuber、のがちゃん。2018年にフィットネス系チャンネル「のがちゃんねる」を開設し、現在は登録者数86万人を超えている。もともとはデザイナーとして活動しており、フィットネスやスポーツに縁があったわけではない。そんな彼女の原点は、中学や高校時代のダイエット。食べないダイエットなどに挑戦しては、リバウンドの繰り返し。当時の経験と現在のYouTube活動から見えてきたのは、「継続の大切さ」だ。多くの人が直面する体作りや健康について、のがちゃんの考えを伺った。
「しなきゃ、なんてない。」をコンセプトに、読んだらちょっと元気になる多様な人の自分らしく生きるヒントやとらわれがちな既成概念にひもづく社会課題ワードなどを発信しています。
その他のカテゴリ
-
LIFULLが社会課題解決のためにどのような仕組みを創り、取り組んでいるのか。LIFULL社員が語る「しなきゃ、なんてない。」
-
個人から世の中まで私たちを縛る既成概念について専門家監修の解説記事、調査結果、コラムやエッセイを掲載。