たばこのポイ捨てはなくならない、なんてない。
株式会社コソドのCEO・山下悟郎さんは、タバコをめぐる社会課題の解決に取り組んでいる。喫煙所ブランド「THE TOBACCO」を立ち上げ、都内9カ所で運営。また、吸い殻の写真を撮影して共有する参加型プロジェクト『ポイ捨て図鑑』は多くのメディアで取り上げられた。目的は、受動喫煙防止と吸い殻のポイ捨て削減、そして、いまやマイノリティとなった喫煙者の居場所を確保することだ。
社会課題の解決に取り組み始めたきっかけは、かつて経営していた会社のM&Aだった。得られた資金と時間を利用し、「次に何をやるか」を考えた時、浮かび上がってきたのが、以前から興味のあった社会課題の解決であり、タバコだった。山下さんに、タバコのポイ捨てをなくす社会の実現に挑戦した背景、事業で大切にしていること、これからの社会に望むことを伺った。
平成の初期には、男性の喫煙率は50%を超えていた。しかし時代は令和に入り、27.1%まで下がった。男女の合計では、日本で日常的に喫煙している人は16.7%だ(※1)。昭和には、オフィスでもタバコを吸う光景が当たり前だったそうだが、今では喫煙者はマイノリティだ。
喫煙者は肩身が狭くなっている。喫煙率の減少と比べて、タバコを吸える場所の減少はより加速していると言えそうだ。喫煙所は、望まない受動喫煙(※2)を無くすためにも必要な施設であるのに、足りていない。また、喫煙所が少ないため、一部のマナーを守らない喫煙者が路上にタバコをポイ捨てして、街にゴミが出てしまう問題も起こっている。
タバコは受動喫煙などの害を及ぼすことがあり、日本では規制が強化されてきた。タバコを吸える場所が街やオフィスからどんどん減っていった。一部の企業では、喫煙者を採用しない方針を打ち出しているケースもある。
法律で認められた嗜好品であるにも関わらず、喫煙者の「好き」が著しく制限される状況。山下さんは、ここに目をつけた。自身が嗜好品としても文化としても好きであり、課題解決への道筋が見えたことが決め手になった。タバコが嫌いな人から事業をバッシングされる懸念も抱いたが、山下さんは、腹を括って喫煙所を作る事業を始めた。タバコという難しいテーマを選んだ理由と背景は何だったのだろうか。
※1出典:成人喫煙率(厚生労働省国民健康・栄養調査)」
※2 非喫煙者がタバコの煙を吸わされて健康被害を被ること
仕組みや機能で問題を解決して、好き嫌いが分かれるものでも、許容しあえる社会にしたい。
データを取るため自費で喫煙所を作って社会実験をした
きっかけは、30代半ばで行った会社のM&Aだった。大学時代から営業の仕事で成果を出し、卒業後には起業。複数の企業の経営を担った。会社の売却までは、「いかに事業を継続性ある形で拡大するか」を最優先してきた。もちろん事業を通して雇用を生むなどの社会貢献は結果的にしてきている。しかし、人生を中長期的に見据えた時に、山下さんは以前から興味を持っていた社会課題の解決に自ら取り組みたいと考えた。
「まだぎりぎり30代なので体力のあるうちにできることをやりたいと思って、以前から興味のあった社会課題に取り組もうと決めました。そこで、どの社会課題にアプローチするか、検討を始めたんです。
社会課題を考えたときに、すぐ思い浮かんだのは、貧困や地球環境などの大きな課題でした。もちろん解決しなければならない課題ですが、僕がこれから取り組んでもパフォーマンスを出しづらいと思ったんです。他の身近な社会課題を探していて、タバコにたどり着きました。僕はタバコを吸うのも好きで、映画や音楽でアイコンとして使用される文化的な側面も好きです。
自分の好きなものでもあり、喫煙者の数と喫煙所の数のバランスが明らかに崩れているのは調査をしてわかったので、少しづつでも成果を出せる。そう思って、タバコの問題に取り組もうと決めました。市場はシュリンクしていて、賛否両論の分かれるテーマ、健康経営の観点からも大手企業は参入しにくい。だからこそ、僕らがやる意義があるんじゃないかと思いましたね」
タバコの社会課題としては、受動喫煙やタバコのポイ捨てがある。山下さんがタバコに取り組もうと決めたのは、健康増進法が改正されて、飲食店などの室内で原則的に禁煙になる半年前だった。喫煙所は少なく、増える予定もない。外国籍の友人からは「日本はタバコを吸えるところが少ない。観光客が増えるとタバコのポイ捨てが増えると思うよ」と言われた。山下さんは、喫煙者と喫煙所の需給バランスの取れてない現状に危機感を抱くようになり、都内に喫煙所を作る事業を始める。
「喫煙所が足りていないのは分かりました。喫煙者が減っているとはいえ、まだ成人のうち約3割はいるわけですから。
それから喫煙者が喫煙所をどれくらい、どのように使っているか、どれだけのタバコゴミが出ているかを調べたんですが、分からなかったんですよね。そもそもほとんどデータがないことに驚きました。
タバコの問題は、今が過渡期です。販売データはあっても、売られた後のタバコがどこでどのように吸われ、捨てられているか、データで把握する必要がそこまでなかったんだと思います。ただ、法規制が増え、社会の風潮が変わっていく中で、そうしたデータも必要な時が来ているのではないでしょうか。
まずは喫煙課題が多いエリアで、実験をしながらデータも取ろうと考え、公衆喫煙所『THE TOBACCO』を作りました。有人店舗でお客さんとコミュニケーションを取ったり、AI カメラを導入したり、人流データを取ったりしました。
「喫煙のあり方をイノベーションする」をコンセプトに掲げる公衆喫煙所「THE TOBACCO 神田店」
ここで重視したのが、マネタイズを先行させないこと。マネタイズを考えると足枷になるかもしれないと思ったからです。立地が良くて、機能的で、心地良くて、ブランド的にもかっこいい喫煙所を作れば、中長期的に考えると成功するだろうと。 “社会実験”をしようと思ったんですよね。これが出資を受けて行う事業だったら、やりにくいのではないかと思います 」
利益を後回しにして、喫煙所事業を始めた山下さん。事業を続けていくうち、喫煙所の効果を実感していく。
喫煙所のおかげで、駐車場の吸い殻が1日600本から80本に減少
「僕らが調査して喫煙所を作ったら、駐車場で1日に約600本捨てられていたタバコの吸い殻が80本に減ったりもしました。ゴミの問題に取り組んで街が綺麗になるのは、その街の住人としてもとても嬉しいことですよね」
タバコという賛否の分かれるテーマに取り組み、成果が出るようになった。山下さんのもとには、非喫煙者からもポジティブな反応が届くようになる。
「タバコは否定的な人が多いテーマなので、メディアに出させていただく時には批判を覚悟していました。でもタバコを吸わない人からも応援メッセージをたくさんもらったことには驚きました。非喫煙者の中には文化的な側面をおもしろがってくれる人もいて、とても興味深かったです。」
タバコの事業を行うコソドには非喫煙者が7割もいるし、無償で関わってくれている経営者の先輩もいて、メンバーは多様だ。山下さんは、学生時代から年上の人や多様なバックボーンを持つ人と接する機会が多かったという。
「高校生の時に、自分でパソコンを買って、ウェブサイトを作ったりしていました。そこで、インターネットを通じていろんな人たちとコミュニケーションをするのがおもしろかったんですよね。田舎にいて、朝から晩まで部活をやる生活でしたが、外国のウェブサイトを見たりもして、世界が広がっていくことにとにかく夢中になって。
現在の事業も、多様なメンバーと取り組んでいます。単純に、自分と同じ人はいなくて、おもしろいですよね。個人的にも、集まって何かに取り組むのをおもしろいと感じる性質ですし、そもそも、1人ではこの事業はできないですしね」
多様な人がいるコソド。行政からの問い合わせも増え、協力してくれる人は増えていった。
「全国の自治体からもたくさんお問い合わせを受けています。行政としても、法規制のもとで喫煙者に対して厳しく取り組んできた結果、一部の喫煙者によるゴミの問題が生じるなど、課題は山積みのようなのです。僕たちのような民間企業と組んでどうにかしたいと考えている自治体も多いんですよね。まずは喫煙所を整備していく必要があると感じています。
ただ、どこでゴミが捨てられているのか、どこで路上喫煙が行われているのか、あまり精度の高いデータがありません。そこで、2021年に実施したのが『ポイ捨て図鑑プロジェクト』です。これは街中でポイ捨てされた吸殻を撮影し、サイト内で名前をつけて投稿できるもので街のポイ捨て状況を可視化すること、ポイ捨て防止に関する啓蒙が目的です。ゲーム感覚で参加でき、 吸殻を見つけた位置情報と併せて投稿する設定にしているため、街の人たちの力を借りながら、吸殻のポイ捨て問題を意識してもらえるきっかけ作りとして取り組んだプロジェクトです」
普段は気にもとめていなかった吸殻が愛嬌のあるネーミングによってキャラクター化。シェアされることで多くの人たちにポイ捨て問題の解決に参画することを促した「ポイ捨て図鑑プロジェクト」
互いの好きを認め合える社会を実現する
喫煙者がマイノリティとなった現代。禁煙エリアなど場所を選ばずに吸うとタバコは迷惑のかかるものだからこそ、山下さんのような事業者が必要なのだろう。
「ひと口にマイノリティと言っても、趣味趣向で人に迷惑をかけないものはたくさんあります。でも、タバコは明確に迷惑をかける可能性があるプロダクトなんです。だから、受動喫煙や臭い、ポイ捨てなどへの配慮は必ず求められることを押さえておかなければなりません。
それでも、迷惑のかからないところでは、タバコが好きなことを認めてもらえると嬉しい。話し合って、仕組みや機能で問題を解決していけば、喫煙者も非喫煙者も共存できるようになると思っています。
『誰かが嫌いでも、自分はこれが好き』と思うことは、誰しもあると思うんです。自分もタバコを吸う当事者として肩身が狭くなりがちですが、僕らもがんばって活動して、タバコのイメージを変えていきたいと思います。お互いの『好き』を認め合える社会にしていきたいですね」
タバコは扱い方によっては、たしかに人に迷惑をかける存在だ。しかし、日本には20歳以上の男性のうち約3割の喫煙者がいるのは事実。そうした人々を無視していいことにはならない。
マイノリティとしての喫煙者は今、街から排除されつつある。結果として、喫煙者の数に対して、喫煙所の数が足りなくなってしまっている。
たとえ迷惑をかける存在であっても、適切に場所を確保して、仕組みを作れば、きっと共存できるはずだ。これはさまざまなマイノリティとマジョリティの共存のしかたとして、参考にできそうだ。
山下さんは、お互いの好きを認め合い、喫煙者と非喫煙者が共存できる未来を目指して活動を続ける。
取材・執筆:遠藤 光太
撮影:内海裕之
株式会社コソド代表取締役CEO。 関西大学卒業後、モバーシャル株式会社、株式会社MOVAAA、rakanu株式会社を設立。皆の “好き” を認め合える社会の実現に向け、現在は株式会社コソドを創立し「たばこ」をテーマに、ポイ捨てや受動喫煙などの社会問題に取り組む。日本初となる公衆喫煙所ブランド「THE TOBACCO」やポイ捨て撲滅キャンペーンの「ポイ捨て図鑑」などを展開し、非喫煙者と喫煙者が共存できる美しい街づくりを目指す。
株式会社コソド オフィシャルサイト
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