男は仕事、女は家事という役割、なんてない。
大阪出身、滋賀在住の漫画家兼イラストレーターである吉本ユータヌキさんは、バンドの解散をきっかけに開設したブログで漫画を描き始め、それが仕事となり現在に至る。パパの目線で描くコミカルな育児漫画『おもち日和』が話題を呼んだ。一時期は会社に通いながら家族との時間を取り、漫画を描くといった生活で、睡眠時間が3時間ほどしかなかったことも。紆余曲折を経て見えてきた「家族のあり方」について、お話を伺った。
仕事に家事に育児。子どもができれば、生活は大きく変わる。かわいらしい子どもとの生活は充実感がある一方、日々の生活に追われ、家事の分担をどうするか、仕事をどれだけやるかなど悩みも尽きない。最近では父親の育児休業(育休)取得が推進され始めているが、男性の中には家族との時間や家事の分担に頭を抱える人も多いのではないだろうか。
そこで今回は、『おもち日和』というパパ目線の育児4コマ漫画の作者である吉本さんに、育児につきものの悩みを夫婦でどう解決してきたのか、また子育ての中でこれまでの価値観がどのように変わってきたのかお話を伺った。
男性は仕事、女性は家事といった、
既成概念にとらわれる必要はない。
大事なのは「自分たちは、どうしたいか」
何気なく始めたブログがきっかけで漫画家に
Twitterのフォロワー10万人超えの人気漫画家・吉本さん。漫画を描き始めたのは、長年取り組んできたバンドの活動をやめたことがきっかけだったという。
「高校卒業後、音楽の専門学校に行き、そこでバンドを組んで26歳ぐらいまで活動をしていました。解散した後も、応援してくれた人たちと何かしらの形でつながりが持てたらと思って、雑多なブログを始めたんです。せっかくブログを書くなら広告付けて生活費の足しを作れればと思って、アクセス数を気にするようになりまして。どうしたらたくさんの人に読んでもらえるだろう、と考えた結果が漫画ブログでした。もともと絵を描くのは好きだったので」
会社員として働くうちに結婚し、子どもを授かった。子どもの成長を記録したい、子どもと過ごす毎日の良さについて知ってもらいたいと思って4コマ漫画を描き始めたと語る。
「子どもたちとの生活って、ネタの宝庫なんですよ。毎日、たくさんの気付きがあって。それをメモして、イラストが思い浮かんだものを4コマ漫画として描いています」
会社員として働きながら、漫画家としても活動をする。吉本さんが直面したのは、睡眠時間が数時間しかない生活だった。
「男性は仕事、女性は家事」なんて決まりはない
「当時の生活は、会社に行って、家族との時間を過ごして、奥さんと子どもが寝た後に漫画を描き始めるというものでした。夜中3時や4時に漫画を描き終えて、7時に起きて出社するみたいな暮らしを2年ほど続けていましたね。今のように漫画だけで生活するために必要な道といえども、20代の後半だったからできたんだと思います」
睡眠時間の少なさに加えて、「自分がちゃんと稼がなくてはいけない!」という大きなプレッシャーを抱えていたと語る吉本さん。その背景には、“男性は仕事をして、女性は家事をするもの”という既成概念があった。
「今ではすごく後悔しているのですが、その時は仕事や締め切りを落とさないことで頭が一杯でして。家のことはたまに手伝うくらいで、妻に任せっぱなしだったんです。妻は何も言わなかったのですが、後で考えると言えなかったか、言わないでくれたのだと思います。
でもある時、育児がテーマのインタビューを受け、僕が『家事を手伝うこともあります』って答えたら、編集さんから『家事は手伝うものじゃなくて、一緒にするものじゃないですか?』ってコメントが来て、それから自分の考え方について見直すようになりました」
「自分は仕事。妻は家事」と、夫婦がお互いの認識の上で役割分担しているものだと思い込んでいたと語る吉本さん。そこには自身が育った家庭環境も影響していた。
「僕の両親がそうだったんですが、父親が家事している記憶がひとつもなくて……。だから自分の中で、男は仕事、女は家事みたいな偏見を持っていたんだと思います。両親は離婚しているので、そういうところに原因があったのかもと思い自分の考えは改めなきゃと思って。それからは家事を妻に任せるという意識は持たないようにしています」
男は仕事、女は家事。古い概念だと言われるかもしれないし、はっきりとした役割分担になっていなくても、そういった考え方を、私たちは気が付かないうちに「当たり前のもの」としているのかもしれない。
話し合うことで、自分たちのスタイルが見えてくる
先入観のせいで、自分はプレッシャーを感じ、パートナーは仕事をしたくてもしにくいストレスを抱えていたという吉本さん。この問題をどのように解決したのだろうか。
「2年くらい前に、妻から『働きに出たい』と相談をされたんです。仕事をする分、家事の負担が大きくなっても気にしないと。そこまで思い悩んでいたとは気付けませんでした。妻の言葉で、シンプルに僕と妻のやりたいことや描いていた夫婦像が違ったんだなと感じたんです。
僕は、家事は大切な仕事だと思っていましたが、妻にとってはまた違った考え方があったようでした。うちは、18歳の頃からの長い付き合いで、お互い相手に気を使って自分が何かをするタイプなんです。だから、勝手に相手の気持ちを推し量って、なかなか話し合いをする機会がなかったのだと思います」
「夫婦でしっかり話し合うこと」の大切さを語る吉本さん。話し合いにおいて、自分の気持ちが分からなかったり、二人の価値観や夫婦像が合わなかったりしたら、どうすればいいのか。
「実は1年ほど前に、落ち込んで漫画家をやめようと思ったことがありました。そんな折、事務所の代表からコーチングの先生を紹介されて、悩みを打ち明ける機会があって。コーチングの指導に、自分の気持ちが分からずモヤモヤしている時は『今』にフォーカスすることが大事だというものがあります。モヤモヤして煮え切らない状態って、知らない間に固定観念や過去にとらわれていたり、人と比べていたりする時が多いんです。だから、『今、自分がやりたいこと』だけにフォーカスして考えるといいんじゃないでしょうか。
お互いの意見が対立することは、共同生活をしている中でよくあります。そんな時は、表面的な『こうあるべき』というところだけを見ないで、『どうして自分はそう思うのか?』という気持ちに着目することをおすすめします。根本にある気持ちを探ると、『子どものため』とか共通点を見つけられると思うんです。そこから、だったらそれを解決するためにどうしたらいいのか?ということを考えてみるのが良いと思います」
社会の常識は、別に悪いものではない。しかし、それに対して「では、自分たちはどうしたいのか」をしっかり話し合うことが大切なのではないだろうか。
大事なのは「自分の気持ち」。漫画だって、編集の望み通りに描く必要はない
現在は、週1日会社に行って広報の仕事をし、残りの4日は、9時から18時まで漫画やイラストの仕事、それ以外の時間と土・日曜を家族の時間に充てているという吉本さん。子育て生活の中で見えてきたものについて聞いてみた。
「子どもたちとの生活は、たくさんの制限もありますが、彼らが自分たちを必要としてくれているんだなと感じられるような瞬間があって、とても幸せで充実しています。仕事に関しては、これまでの生活で『人と話をすること』『ふたをしてしまっている自分の気持ちに気が付くこと』の大切さを実感できるようになりました。
コーチングの先生と話すうちに、自分の悩みが他人と比べ過ぎていたり、編集さんの期待に応えようとし過ぎていたりしたことが原因だったのではないかと気が付いて。自分が本当にやりたいことにふたをしていたんだと感じました。そこから、他人の期待に応えるんじゃなく、自分が描きたいものを描こうと割り切れるようになりましたね」
父親の育休推進などについては、「どんな人がいてもいいと思うので、強い興味はなかった」と言う吉本さん。「でも今は、誰かが『こんな選択肢もあるよ』と発信することで、いろんな価値観を受け入れられる社会になるんじゃないかな」と語る。
自分の気持ちと向き合って、それを家族に伝えて、自分たちらしい生き方を探していく。シンプルだけど、とても難しいことだ。独り善よがりではいけないし、相手を尊重しなくては本質的な解決にはならない。しかし、そういった困難を乗り越えてこそ、本当の意味での家族をつくっていけるのではないだろうか。
♪吉本ユータヌキさん著「おもち日和」もチェック♪
取材・執筆・撮影:立岡美佐子
1986年、大阪府生まれ。現在は滋賀県に在住。漫画家で3児の父。18歳から8年間たバンド活動をしていたが、バンドが解散した後は、サラリーマンとして働きながら漫画家に。子どもの成長を残す意味で描き始めた漫画『おもち日和』が人気を博し、集英社より出版デビュー。2019年に会社員を辞め、フリーランスとして働いている。
Twitter @horahareta13
note 吉本ユータヌキ
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