LGBTQ+は “ LGBTQ+らしく” いなきゃ、なんてない。【前編】
建築デザイナー、コンサルタントとして働きながら、モデルとしても活躍するサリー楓さん。慶應義塾大学院在学中にカミングアウトし、性別移行を経験したトランスジェンダーの当事者だ。
パンテーンのCM「#PrideHair」起用やドキュメンタリー映画『息子のままで、女子になる(英題:You decide.)』主演を務めるなど、LGBTQ+にまつわる発信も精力的に行っている。そんな 楓さんが「トランスジェンダー女性」として生きる決心をするまでのストーリーを伺った。
連載 LGBTQ+は"LGBTQ+らしく"いなきゃ、なんてない。
ジェンダーやセクシュアリティなど多様な性のあり方への認知が広まりつつある昨今、メディアなどでセクシュアル・マイノリティの存在を目にする場面も増え、決して珍しい存在ではなくなった。
しかし、カミングアウト(※)によって学校や職場などで居場所を失ったり、差別や偏見の目に晒されたりすることから、周囲に自身のアイデンティティを打ち明けられずにいる当事者も依然として少なくない。
さらに当事者の苦悩はそれだけに留まらない。
「LGBTQ+だと明かすと、画一的な“LGBTQ+らしさ”を求められる」と話すのは、建築コンサルタント・モデルの楓さん。自身もまた、慶應義塾大学大学院在学中に社会的な性別を変え、「女性」として生きることを決めたトランスジェンダー当事者だ。
世間のトランスジェンダーに対するステレオタイプに疑問を抱き、日常を生きるありのままの姿を発信し続ける楓さん。誰もが自分らしく人生を歩むために、社会は、私たちは、どう変わっていくべきなのだろうか。
※カミングアウト
自分の性のあり方を自覚し、誰かに伝えること。
『日常を生きるトランスジェンダー』の
ロールモデルになりたい
絵を描くことで、見つけた居場所
楓さんが自身の性別に違和感を覚えたのは、小学生の時だった。
「強烈に記憶に残っているのが、小学校へ入学した初日、机の上に置いてある『お道具箱』を見た瞬間です。私の席に置かれていたのは青色。まわりの女の子たちのは赤色で、なんでだろうって単純に疑問に感じたんです。
幼稚園では男女分け隔てなくみんなで遊んでいたはずなのに、小学校に入った途端に男女で遊び方が変わるのも不思議でした。例えば休み時間には、男子は外でドッジボール、女子は教室でシール交換……というように。
女の子たちの輪に混ざっていたら、男子から冷やかされる。先生からも『外で男の子と一緒に遊びなさい』って言われて……。だんだん教室の中で居場所がなくなっていきました」
一人孤立した楓さんを救ったのが、絵を描くことだった。
「絵を描いてさえいれば、同級生にも先生にも何も言われないだろうと思ったんです。特に絵を描くのが好きなわけでも、得意なわけでもない。ただひとりぼっちの自分を守るための防衛手段にすぎませんでした。
それで、落書き帳に窓から見える景色を描いていたんです。ちょうど学校の周辺で都市化が進められて、次々と新しい建物が建ち始めていた頃で。描くものがそれしかないから、建物の絵をずっと描いていました。
その絵を見た両親が、『建築家という職業がある』と教えてくれて。今考えたら画家なんでしょうけど(笑)。その言葉を聞いて、小学校の卒業文集には『建築家になりたい』と書きました」
描き続けるうちに絵を褒められたり、校内ポスターや遠足のしおりなどを依頼されるようになった楓さん。絵を描くことで、少しずつ居場所を見つけていった。
「男の子になりたくない」違和感の正体
しかし、男性として成長していくことへの違和感は拭えないままだったという。
「両親からは、『お前は女っぽいから、男らしくなれ』とずっと言われていて。私が姉のお下がりの洋服を着ていると、父はとても怒りました。だから、『女の子の格好をしたらいけないんだ』と思うようになったんです。親の言う通り男らしくならなくては、と空手を習いにいったこともありましたね。あまりにもきつくて、すぐに辞めてしまいました(笑)。
それでも、厳しい親に自分の意見をぶつけられるほど、私の中にある違和感を言語化できていたわけでもなくて。当時は『女の子になりたい』というより、『男の子になっていくのが嫌だった』という感情に近かったかもしれません」
幼い頃から、おぼろげに感じていた性別への違和感。「トランスジェンダー」という言葉に出合い、ようやく腑に落ちた。
「はるな愛さんやKABA.ちゃんなど、いわゆる『オネエ』とか『ニューハーフ』と呼ばれるタレントさんがテレビによく出ていた時代。
それを見て、男性が女性の格好をしたり、女性的な振る舞いをしたりしてもいいんだ、と親近感が湧いたのを覚えています。でも『自分もこうなりたい』というより、どこか別の世界の人を見ているような感覚でした。
高校生の時、あるLGBTQ+当事者のブログ記事に『トランスジェンダー』という言葉が書かれていて。エンターテインメントの世界ではなく、私たちと地続きの日常で生活を営んでいる当事者がいると知り、ずっと抱えていた違和感の正体が分かった気がしたんです。ほっとしましたね」
「男性」として入学し、「女性」として迎えた就活
心のモヤモヤが解消されたところで、まだ周囲に打ち明ける勇気はなかった。
大学には、「男性」として入学。幼い頃からの建築家への憧れはさらに強まり、大学院にも進んだ。
「これから迎える就職活動について考えた時、私のアイデンティティを理解した上で採用してもらった企業で働きたいと思いました。それならば、学校にいるうちにカミングアウトしようと思ったんです。
それでも、相当な勇気が要りましたね。もしかしたら学校を辞めることになるかも、と退学の二文字が頭をよぎったくらい」
トランスジェンダーに向けたメイクレッスンを受け、初めて化粧のやり方を教わった。楓さんは、いろいろな思いが交差したものの、ある日意を決してメイクをしたままの姿で学校に行った。しかし、まわりの反応は想定していたものとは違ったという。
「私がいた学校には、LGBTQ+とカミングアウトしている人が何人かいて。そういった環境だったこともあり、比較的打ち明けやすい雰囲気はあったと思います。もちろん、私の姿に誰も驚いていなかったわけではありません。それでも、しばらくするとすんなり受け入れてくれたんです。一つひとつ真摯にコミュニケーションを重ねていく中で、私への対応についても疑問や不安が解消されていったようです」
さらに2年間ジェンダークリニックへ通院してホルモン療法を行い、戸籍上の名前と性別を変えた。「トランスジェンダー女性」として学校に通い始めた楓さんにいよいよ就職活動が始まる。LGBTQ+当事者であることによって、就職や転職活動などの場面で差別や不利益を被ったという悩みはいまだ聞かれるが、楓さんはどのように乗り越えたのだろうか。
「伝え方やタイミングにはとても気を遣いました。トランスジェンダーであることが、プラスに働くことはないだろうと思ったからです。
まず、膨大な数の候補者からふるいにかけられる書類選考では、特に不利に働くと考えました。履歴書の性別欄には『男性』に丸をつけて、トランスジェンダーであることは明かさないようにしていました。そして、最終面接であれば自分の熱量や思いを伝えられそうだと思い、そこで初めてアイデンティティについて伝えることにしたんです。
『LGBTQ+は人口の10%くらいではないかと言われています。つまり、従業員や顧客の中にも一定数いるはず。ジェンダーに向き合った経験がある私の視点は、グローバル展開を目指している御社にとってもプラスに働くのではないでしょうか』
私がこう話すと、採用担当の方もハッとしたような表情をして、『これまでそうした視点を持っていなかったことが恥ずかしい。もし採用となったら、具体的に何をすればいいか相談させてください』と言ってくれました」
“普通”に生きるトランスジェンダーのロールモデルに
就職活動を経て、念願の建築設計事務所に合格。幼い頃からの夢が叶った瞬間だった。カミングアウト後の学校生活も就職活動もいたって順調に見えるが、「私はレアケースだった」と振り返る。
「カミングアウトしたことによって、学校や会社を辞めざるをえなかったり、就職活動中に心ないことを言われたり……。そんな当事者の話をたくさん耳にしました。
だから、私は恵まれていたんだなって気付いたんです。たまたま、性のあり方に関して寛容な環境に身を置いていた。たまたま学んでいた建築が就職に役立った。
でもそうであるからには、私が『日常を生きるトランスジェンダー』のロールモデルになりたい。そう思い、ありのままの自分の姿や思いを発信していこうと思ったんです」
そんな中、楓さんに「ミスインターナショナルクイーン」出場のチャンスが舞い込む。タイで開催される、世界最大規模のトランスジェンダーによるビューティーコンテストだ。2009年にはタレントのはるな愛さんが出場し、グランプリに輝いた。
「17年の歴史がある有名な大会で、多くのトランスジェンダー当事者が勇気をもらっていたと思います。私もその一人でした。
一方で、それまでの出場者たちは芸能などの華やかな世界からやってきた方ばかり。あまりにも『日常』が見えなくて、どうしても自分ごととして考えられなかったんです。
メディアでも大々的に報道されていたので、当事者以外からの注目度も高かった。すると、世間では『コンテスト出場者=一般的なトランスジェンダー』としてイメージが焼きついてしまいますよね。だから、私たちのような一般人がトランスジェンダーであるとカミングアウトすると、『学校は辞めるってこと?』『芸能界に入るの?』と聞かれるんです。
でも実際の当事者は、学校に通い、会社で働く人の方が圧倒的に多い。それなら、現役の大学生として“普通”に学校に通い、これから社会に出て“普通”に働く、そんな“普通の人”こそ、ラインアップに加わるべきなんじゃないか。今私が、このコンテストに出る意義は大きいと考えました」
1993年、京都府生まれ、福岡県育ち。建築デザイナー、モデル。ブランディング事業を行う傍ら、トランスジェンダーの当事者としてGSM(Gender and Sexual Minority)に関する発信を行う。建築学科卒業後国内外の建築事務所を経験し、現在は日建設計にて建築と都市のコンサルティングを行う。
Twitter @sari_kaede
みんなが読んでいる記事
-
2023/02/07LGBTQ+は自分の周りにいない、なんてない。ロバート キャンベル
「『ここにいるよ』と言えない社会」――。これは2018年、国会議員がLGBTQ+は「生産性がない」「趣味みたいなもの」と発言したことを受けて発信した、日本文学研究者のロバート キャンベルさんのブログ記事のタイトルだ。本記事内で、20年近く同性パートナーと連れ添っていることを明かし、メディアなどで大きな反響を呼んだ。現在はテレビ番組のコメンテーターとしても活躍するキャンベルさん。「あくまで活動の軸は研究者であり活動家ではない」と語るキャンベルさんが、この“カミングアウト”に込めた思いとは。LGBTQ+の人々が安心して「ここにいるよと言える」社会をつくるため、私たちはどう既成概念や思い込みと向き合えばよいのか。
-
2023/09/12ルッキズムとは?【前編】SNS世代が「やめたい」と悩む外見至上主義と容姿を巡る問題
視覚は知覚全体の83%といわれていることからもわかる通り、私たちの日常生活は視覚情報に大きな影響を受けており、時にルッキズムと呼ばれる、人を外見だけで判断する状況を生み出します。この記事では、ルッキズムについて解説します。
-
2023/02/27アンコンシャスバイアス(無意識の思い込み)とは?【前編】日常にある事例、具体的な対処法について解説!
私たちは何かを見たり、聞いたり、感じたりした時に実際にどうかは別として、「無意識に“こうだ”と思い込むこと」があります。これを「アンコンシャスバイアス(無意識の思い込み)」と呼びます。アンコンシャスバイアスによるネガティブな影響に対処するための第一歩は、「意識し、理解する」ことです。
-
2023/09/23ルッキズムとは?【後編】SNS世代が「やめたい」と悩む外見至上主義と容姿を巡る問題
視覚は知覚全体の83%といわれていることからもわかる通り、私たちの日常生活は視覚情報に大きな影響を受けており、時にルッキズムと呼ばれる、人を外見だけで判断する状況を生み出します。この記事では、ルッキズムについて解説します。
-
2023/04/11無理してチャレンジしなきゃ、なんてない。【後編】-好きなことが原動力。EXILEメンバー 松本利夫の多彩な表現活動 -松本利夫
松本利夫さんはベーチェット病を公表し、EXILEパフォーマーとして活動しながら2015年に卒業したが、現在もEXILEのメンバーとして舞台や映画などで表現活動をしている。後編では、困難に立ち向かいながらもステージに立ち続けた思いや、卒業後の新しいチャレンジ、精力的に活動し続ける原動力について取材した。
「しなきゃ、なんてない。」をコンセプトに、読んだらちょっと元気になる多様な人の自分らしく生きるヒントやとらわれがちな既成概念にひもづく社会課題ワードなどを発信しています。
その他のカテゴリ
-
LIFULLが社会課題解決のためにどのような仕組みを創り、取り組んでいるのか。LIFULL社員が語る「しなきゃ、なんてない。」
-
個人から世の中まで私たちを縛る既成概念について専門家監修の解説記事、調査結果、コラムやエッセイを掲載。