小さいチャレンジじゃ意味がない、なんてない。
雑誌『non-no』のモデルとして同年代の女性からの絶大な人気を誇った20代を経て、現在はさまざまな人気ドラマの重要な役柄で見る人を引きつける西田尚美さん。主演映画「青葉家のテーブル」で食の大切さに目覚めて、料理を習い始めたことで「いくつになっても何でもチャレンジできるんだな」と実感しているそう。何十年も第一線で輝く西田さんに「食」「住」と、そして年を重ねることで見えた色々な思いを伺った。
私たちって、一体いくつまで夢を追ったり新しいことを始めたりしてもいいのだろうか。西田さんが16年ぶりに主演を務める、2021年6月18日公開の『青葉家のテーブル』を見て、ふとそんな思いがよぎった。2018年にECメディア「北欧、暮らしの道具店」内で公開されたwebドラマが600万回以上の再生数を上げるほど人気を得たことから映画化に至る。西田さんは、最近では大人気ドラマ「半沢直樹」での“鉄の女”や、「コントが始まる」では実の息子に“鬼女”と名付けられるほどの毒親(かどうかは判断が分かれるところだが)など、強い印象を残す演技派女優であり、一時代をつくり上げた『non-no』のモデル時代の透明感をいまだに失わない同世代の憧れの存在だ。ベテランと言える第一線のキャリアを築き続ける彼女がどんな道を歩み、葛藤し、現在の暮らしを手に入れたのか。ここに至る今まで、一体どんなチャレンジをしてきたのか。自然体でいながら、自分らしい人生を切り開いてきた思いを伺った。
どうしても諦められなかった「東京へ行きたい」という思い
いくつになっても不思議なほどに透明感を失わない西田さんは、『崖の上のポニョ』の舞台・鞆の浦(とものうら)がある広島県福山市の生まれ。これだけ何十年もの間、芸能界の第一線での活躍を見せているということは、小さな頃からこの世界への強い憧れや縁があったのだろうな、と感じさせるが「18歳で上京する時点では特に夢もなく、東京の学校に行ったら何かが見つかるかな、と思っていた」程度だったという。
「私が生まれ育った広島県福山市は、海に山に川に、と本当に自然豊かな場所。当時はそれが恵まれているとも知らず、当たり前に海や川で遊び、山ではみかんをもいだり、採った山菜をみんなで食べたりという生活の中で育ちました。当時は自分の住んでいる場所しか知らなかったけれど、今思うととてもぜいたくですよね。でも大きくなるにつれてだんだん『東京に行きたい』という思いが強まったんです」
しかし女性で福山から関西へ出る人はいても、東京へ行く人はまだまだ少なかった時代。しかも父親を含め身内に公務員が多く、堅実な人生を望まれがちな環境から、とても理解は得られなかった。
「『東京の大学に行きたい』といくら言っても『その内容なら広島でも学べる』『福山でそのまま働けばいい』と言われ続け、何度も諦めかけました。それでも高校生も後半になるにつれてどうしても東京へ行きたい思いが強くなり、『これなら福山にはない、東京でしか学べない』と選んだのが文化服装学院のファッションビジネス科。服飾の専門学校は広島にもあったけれど、ファッションビジネスというのは文化服装学院にしかなくて『これだ!』って。父には反対されましたが、最終的に私の背中を押し、父を説得してくれたのは祖母でした」
飛び込むのは簡単だけど、泳ぎ続けるって難しい
父の不安もあり、大家さんの家に間借りする形で始まった東京での暮らし。
「上京したばかりの頃は、福山とは何もかも違って本当に戸惑いましたね。専門学校時代は大家さんの家を間借りして2年ほど暮らしました。就職活動を始めた頃に『non-no』のモデルもスタートしたんですが、最初はたまに呼ばれる程度だったので、アルバイト感覚。まさかこういう道にずっと進むなんて思いませんでした」
その後、「non-no=西田尚美」という一時代を築き、順風満帆な芸能生活に見えたが決して楽観視していたわけではなかった。
「20代の頃は本当にいつも模索していて不安がありました。何が何でも芸能界にいたいという思いで上京したわけでもなかったので。いつ仕事がなくなるかも分からない、不安定な世界なので。
えいやっと飛び込むことって簡単にできたとしても、続けるのはとても大変です。だからこそ先のことは怖くて考えないようにしていた時期もありました。いつでも辞められるように。そしていつでも、東京に出たばかりの何も無い私に戻っても良いように。そんな覚悟を長いこと持っていたように思います」
しかし本人の覚悟や不安をよそに、10・20・30代とそれぞれの時代にそれぞれの形で必要とされ、モデルから本格派女優として、今も生き生きと泳ぎ続けている。自然豊かな場所からコンクリートジャングルともいわれる東京に来て戸惑いはなかったのだろうか。
「最初は何でも戸惑いましたね。そんなこともあって、普通は家を探すときには駅近や便の良い場所を探すと思いますが、私はあえて駅から少し歩くところを選んでいました。駅や自分がよく行く場所から歩いて帰るときに、毎日同じ風景を見ますよね。その道がステキだったり、『あ、あの家にあんな花が咲いた』なんて季節を感じたりしながら歩くのって、なんだかそれだけで幸せな気持ちになります。だから、自分が住む家を選ぶときには“家までの道のり”が私にとってすごく大切です。それは今も変わっていないと思います」
「食」「住」への小さなチャレンジが新しい道を開いている
日々の生活の中に取り入れるちょっとした寄り道と自然を感じられる風景が西田さんの「住」へのこだわり。6月18日公開予定の映画『青葉家のテーブル』では「春子さんの作るおいしくて暖かい食事」が家族を結びつけ、みんなが再生する大きなきっかけとなっていたが、西田さんの「食」へのこだわりは何かあるのだろうか。
「私も、春子さんというキャラクターに影響されて、料理教室に通いだしたんですよ! それまでは忙しいこともあって、そんなに料理に向き合っていなかったと思います。でも春子さんの影響で、『食』って大事だなって。最初は軽い気持ちで行ってみましたが、異業種の方々が集まっていて、とても楽しい場で、毎回勉強になります。普段は先生が作ってくださるのを見ているだけですが、先日習った料理を初めて家で作ってみたんです。そうしたらちゃんとレシピ通りに再現できて、おいしかった!この楽しい経験を通じて、『今からでも新しいことって何でも始められるんだな』ってことに気づくことができました」
今まで人に使っていた時間を、これからちょっとでも「自分」のための時間に
そうだ。西田さんのいつまでもあせない輝きって、この好奇心や行動力からきているのだろう。だからこそ同じお母さん役で正反対のタイプを演じても、どちらもしっくりしすぎて胸に響きすぎてしまう。新しいことを始めるフットワークって普通は年々衰えていくものだから、子育てが一段落をして新しい道に進み始める人が多い同年代の女性にエールをいただいた。
「今はコロナでみんな我慢しているけれど、思い切って小さな新しいことを始めてもいいかもしれない。ジムに行けなかったら近所を散歩するのを日課にするとか、ちょっと走るだけでも気分って変わりますよね。
人と普通に会ってしゃべって笑うことって本当に大事なことだな、と切に思うけれど、今はこんな時代だからこそ一人で楽しんだり、自分自身の気持ちに素直に行動したりするいいチャンスでもありますよね。40~50代の女性は今まで自分の時間の多くを『誰かのため』に使っていたかもしれません。でもこれからはたった一つでもいいから、自分のために楽しい時間を過ごせるといいのかなって思います」
広島県福山市出身。18歳で上京し、文化服装学院の学生だったときにいくつかのアルバイトの一つとして参加したモデルで人気を博し、『non-no』をはじめ、多くの雑誌で活躍する。近作に映画『凪待ち』『新聞記者』『五億円のじんせい』(すべて19)、『空はどこにある』(20)、『あの頃。』(21)。テレビでは『半沢直樹』、『にじいろカルテ』、『彼女のウラ世界』(すべて21)。今後はNHK21年度後期連続テレビ小説『 カムカムエヴリバディ』、映画『護られなかった者たちへ』『かそけきサンカヨウ』などがある。最新作は2021年6月18日公開の『青葉家のテーブル』。
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