所有や定住が人生を豊かにする、なんてない。
“モノ”を大量に所有するマキシマリストを経て、その対局にあるミニマリストとしての生き方を知ったことで、人生を豊かに大きく転換させた人物がいる。現在は、日本からフィリピンの地に身を移し、ミニマリストとしての人生そのものも更新し続けている佐々木典士さんだ。今回のインタビューでは、彼自身の生き方そのものを変えることになったきっかけやその背景などを掘り下げた。
今はミニマリストとしての道をブレることなくまい進している佐々木さんだが、元々モノに興味がなかったというわけではない。モノに対する依存度が高いマキシマリストだった過去もあった。
ミニマリストと聞くと大抵の人は単に“モノを持たない人”とイメージしがちだが、決してそれだけではない。物事の捉え方ひとつにしても、モノに依存しない生活がヒントとなって逆に人生そのものを満ち足りたものに変えてくれるというのだ。ついては、これまで佐々木さんが歩んできたプロセスを追う中で、そのヒントを探ってみたい。

モノを持たない生活が
自己肯定感を育ててくれた
長らく写真集等の編集職に従事していた佐々木さん。のちにブログ「Minimal&ism」を共に開設していくことになる沼畑直樹さんと、縁あってクロアチアの地に訪れる機会が幾度もあり、その中で“ミニマリスト”というワードに初めて出合うことになる。「沼畑さんはその時、カメラマンとして参加していたのですが、現地に持ち込んだ荷物がリュック1つだったことに非常に驚きました。その少ない荷物で滞在先のホテルに籠っていた自らの経験を『ミニマリストのようだ』とおっしゃっていたんです。僕はそこで初めてミニマリストという言葉を知りました。もっと追求してみたいという思いから、ネット検索したのを覚えています。そこで発見したのは、当時15個しか荷物を持っていなかった、アンドリュー・ハイドという人物の存在でした。その時の自分とはあまりに対照的で、僕もこうなりたいと憧れを抱いたのがミニマリストを志したきっかけです。当初は単なる身軽さや自由さを求めていただけでしたが、のちに自分の人生で本を執筆するほどの変化が起ころうとは、当時の僕は想像すらしていませんでした」

そんな佐々木さんもミニマリストとなる以前は、片付けや掃除もろくにできず、部屋に太陽の光が差すとホコリが目立つからと、24時間雨戸さえも閉め続けているような空間で過ごしていたという。「モノを集めるのが大好きで、それに対する執着心から手放すこともできない、だからといってすべて収まりきる大きな部屋に住めるほどのお金もありませんでした。当時は、そんな自分を恥じていたように思います。でもミニマリズムという考え方に触れてからは徐々に意識も変わり、モノを減らして掃除や家事が容易になったことで、めんどくさがりの僕でもきちんとこなせているという自信を持てるようになったのです。
そして自分自身を受け入れる自己肯定感というものは、貯金のように貯められるものではなくて、毎朝きちんと掃除をするような、日々の小さな行動から感じていくしかないもの。そうやって次から次へと新たな行動に派生していき、最終的には習慣化していくものなんだと思います」
周囲の評価にも動じない、“揺るぎない価値観”が芽生える
数年前であれば、世間から“ミニマリストは常軌を逸している存在”と捉えられてもおかしくなかったと佐々木さん。しかし以前と比較して、最小限のモノと暮らす中で、いつしか他人の目も気にならなくなっていったという。「たとえ世間の考える常識とは違ったとしても、自分にとって快適な生活はこれだと納得できる生き方だったんです。ミニマリストとしての自分の生活がメディアを通じて世の中に露出していくようになると、中には反感を持って攻撃してくるような人もいました。そういった経験を経てさらに他人からどう思われようと自分が選択した道を堂々と突き進もう、そう思えるようになったのだと思います」
ミニマリストの定義とは?
佐々木さんはわかりやすくこう答える。“自分の必要なものが分かっている人、大事なもののために減らしている人”だと。
「“ミニマリスト=持ち物が少ない人”と考える人がほとんどだと思いますが、僕は本質ではないと思っています。もしモノを1万個所有している人がいたとして、その人がそれぞれの持ち物に対して本当に必要性を感じていれば、僕はその人もミニマリストと呼んでもいいのではないかと思うからです。他人の評価軸でも客観的な個数でもなく、何が自分にとって必要なのかを自らが決めているということが一番重要なのです」

生活拠点の変化から見えた、新たな気づきとは
東京でのミニマリスト時代を経たのち、京都の田舎へ移住。そして現在は、フィリピンへと生活拠点を移している佐々木さんだが、その生活ぶりはどのように変化していったのだろうか?「大都会の東京から京都の田舎に移り住んだ当時は、単なる消費者として存在するのではなく、自ら何かを作り出せる生産者に憧れを抱いていました。モノや食べ物を自ら生み出すには、当然モノが必要になってきますし、そういった生産者の立場の方々がモノを所有してくださることにも感謝の気持ちを忘れてはいけないと、そこで改めて認識することができました」

さらに現在のフィリピンにおけるミニマリスト生活についても語ってくれた。「所有物は小さなスーツケースとリュックを1つずつだけ、とても小さな部屋で改めてミニマリストの暮らしを送っています。やはりこれも自分にとってはすごく心地がいい。僕はこれからも、こんなふうにモノを増やしたり、減らしたりしながら生きていくのだと思います。自分自身がミニマリストかどうかも、もはや他人に判断してもらいたい。モノだけでなく、自分のアイデンティティにも執着せずにいたいとすら思いますね」

将来の在り方も現在のビジョンで縛らず、
自由な生き方を求めていたい
今後、ミニマリストとしてどんな生き方をしていきたいのかを改めて伺うと、いつだって目標は持たないとキッパリ。それは一体なぜなのだろう?「この先、自分がどんなものに引かれて興味を持ち、何がしたくなるのか、過去の経験からも全く想像がつきません。だからこそ、そのタイミングで自分がしたいと思ったものに飛びつける自由さを維持していたい。願いといえばそれぐらいです」
1979年生まれ。香川県出身。早稲田大学教育学部卒業後、出版社へ入社。学研プラス『BOMB』編集部、『STUDIO VOICE』編集部、ワニブックスを経てフリーに。2014年、クリエイティブディレクターの沼畑直樹とともに、ミニマリズムについて記すブログサイト「『Minimal&ism」 』を開設。2015年初の著書『ぼくたちに、もうモノは必要ない。』(ワニブックス刊、文庫版は筑摩書房刊)は世界累計50万部突破、23カ国語へ翻訳。2018年『ぼくたちは習慣で、できている。』がある。
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