チャンピオンは完璧でなきゃいけない、なんてない。
いまや不動の人気を誇るヨガだが、世界各国から選手が出場し、ポーズの柔軟性や制限時間などを極める世界大会があることを知る人は少ない。この大会で、日本人初のワールドチャンピオンに輝いたのが、三和由香利さん。インストラクター業にとどまらず、しなやかに活躍の場を広げていく彼女には、そのポージングのような凜とした芯の強さがあった。
何においても“世界一”になるって、スゴイ。その栄光の下には、不屈の精神と血のにじむような努力があったはず。三和さんがヨガを始めたのは、25歳のとき。決して早くないスタートだが、一歩一歩、自分を追求して歩んできたからこそ手にすることができた“世界一”の座。しかし、その輝かしいキャリアと引き換えに課されたのは、チャンピオンとしての完璧なパフォーマンス。プレッシャーに押しつぶされそうになりながら、どのように前に歩を進めたのか。ヨガとともに進化していく、彼女のストーリーに迫る。

チャンピオンも失敗する。私は、私のヨガを楽しめばいい
2011年、ヨガの世界大会「International Yoga Asana Championship」にて、日本人で初めて世界チャンピオンとなった三和さん。現在は、ヨガのレッスンやイベントのほか、CMコレオグラファー、書籍の執筆、ヨガ商品のプロデュースの分野でも才覚を発揮している。

やってきたことを生かして、クリエイティブに進める
マルチに活躍する三和さんは、現在39歳。小学校低学年より新体操に没頭し、高校を卒業するまで新体操漬けの毎日を過ごす。大学時代は新体操から離れ、ダンススクールに通いながら、保健体育科の教員免許を取得。ダンスの経験と指導者の資格を生かして、卒業後はダンスの専門学校の教職に就いた。

「いろいろなことを想像し自分で道を切り開いていくのが好きなんです。新しいことに臆することなく挑戦していきますが、形にするためにはこれまでにやってきたことを生かして合理的に進めます。そういう意味では、慎重派なのかもしれません」
三和さんが働いていたのは、当時は珍しいダンスに特化した学校。海外からトップダンサーを講師陣として招き、特別レッスンを行っていた。その指導法を目の当たりにした三和さんに“25歳の壁”が立ちはだかる。
「トップレベルの人たちによる指導を見ていると、同じ教える立場としてこのままでいいのかなと思うようになりました。大学でいろいろなことを学んではきたけれど、自分の見てきた世界はとても狭いと感じたんです」
彼女の中に宿った「自分にできることは何か」という追求心。本場アメリカで、もっとダンスの指導法を学びたい。30歳までに自分の土台となるものを固めておきたい。動くなら、今だ。学校側は休職を勧めてくれたが、帰る場所があると甘えてしまうと考えた彼女は、安定した職をきっぱりとやめて単身渡米することを決意した。

25歳からの挑戦。未だ見ぬフィールドの先駆者になりたい
渡米した三和さんを待ち受けていたのは、全く新しいヨガの世界。ダンスのトレーニングとして、ヨガスタジオに通ったのがきっかけだった。
「体と向き合うだけでなく、心にもアプローチしていくところに興味をもちました。自分を追求するタイプの私に、ヨガは合っていたのでしょうね。気持ちがだんだんと、全身を酷使するダンスから心身をケアするヨガのほうにシフトしていきました。当時はそこまでヨガのスタジオがなく、これを日本全国に広めたいと思ったんです。ヨガの歴史や哲学はとても奥深いものですが、もっと気軽にヨガを楽しめるような形で、ポップにフィジカルに伝えたいなと」
25歳からの挑戦。それは、決してたやすいものではない。そのためにヨガティーチャーの資格取得を目指したが、英語もままならないなか、朝から夜中まで続く過酷なトレーニングに脱落する人も少なくなかったという。
「ダンスの指導法だけを学んで帰っても渡米前と大差はないので、帰国前にこの資格だけは取らなきゃと自分を追い込みました。当時は少なかった伝統的なホットヨガの先駆けになりたい、という強い志が私を動かしたのだと思います」
晴れて資格を取得した三和さんは、2006年より日本でヨガの指導を開始。その後、2007年から5年連続ヨガの世界大会に日本代表として出場し、2011年に日本人初のワールドチャンピオンに。
「優勝したいというより、毎年大会に出るのが楽しくて。自分の学びの場だと思っていました。当時のルールだと、優勝者はもうその大会には出られなかったので、最初はそれがすごく寂しくて。表彰台に上がったら、急にチャンピオンとしてのプレッシャーが増してきて、まだまだ鍛錬が足りない!と焦りました」

優勝者は、ヨガのパフォーマンスやレッスンを世界中で行うワールドツアーに出かける。そして翌年の世界大会では、デモンストレーション演技を披露。彼女にとってただ楽しかっただけのヨガは、果たすべき仕事になった。
「かいわいのスタジオにふらっと出かけても“YUKARIが来たよ!”と、チャンピオンとして見られることが増えてきて。歴代のチャンピオンが素晴らしかっただけに、常に完璧なパフォーマンスをしなきゃいけない、という既成概念にとらわれていました。ヨガは決してそういうものではないのに」
そんな三和さんに、転機となる出来事が起きる。アメリカの都市をまわり、オセアニア、ヨーロッパと、ワールドツアーが始まってまもない頃だった。
「いつもレッスンの前に、音楽とともにパフォーマンスを少しお見せするのですが、ブリッジのような姿勢から足を上げるポーズのときに、失敗してでんぐり返ししちゃったんです。“うわ、転がっちゃった。どうしよう”と思ったんですけれど、もうどうしようもないので、“ごめんね。間違えたから、もう1回やっていい?”とウィンクしながら英語で言ったら、みんなが“Yeah!”みたいな感じで盛り上がってくれて。そのとき、飾る必要なんか全然ないんだ、チャンピオンも失敗するし、完璧なわけじゃない、人と比べるのではなく、自分自身と向き合う本来のヨガをやろう、私は私のヨガ=ライフを開拓すればいい、とふっきれましたね」
環境に適応しながら、楽しむための行動をする

音楽とともに目でも耳でも楽しめる「アートなヨガ」を世界各地で開催するなど、ヨガを身近に感じてもらうために独自のスタイルを伝えてきた三和さんは、楽しみながらさらなる高みを目指す。
「同じ流派のヨガを10年くらいやってきましたが、今は、さまざまな流派のいいところを取り入れて、フリースタイルにヨガを楽しんでいます。フリーになったのは、出産に伴い、同じ時間や場所でレッスンをするのが難しくなったことがきっかけでしたが、流派を超えたヨガは、実はとても自分らしいものでした」

ヨガは伝統的なものだが、それと同時に進化しているから同じ場所にとどまっている必要はない。そう考えた三和さんは、活動領域をどんどん広げていった。
「ヨガ=インストラクターだけではないと思うんです。教えることはもちろんですが、私は違う形でもヨガを伝えたい。ヨガの要素を取り入れたクリエイティブなことをしたいと思い、既成概念を取っ払ったら、自分にできることが格段に増えました。肩書もヨガインストラクターではなくヨガコーディネーターにしてみました」
子どもがいるからできない。そんな言い訳さえ、三和さんには通用しない。
「子どもがいるからできないより、子どもがいるからできるようになったと思えたら素敵ですよね。親子ヨガや本の執筆を始めたのも、子どもがいたからこそできたこと。ヨガをライフスタイルにしてしまうと、突き詰めてしまい生活も気持ちもどんどんストイックになってしまうと思うんです。私は菜食にこだわらず食事をするのも好きだし、今はインドなどヨガの聖地にこもることは難しい。だから、リフレッシュするためのひとつのツールとして、ヨガをライフスタイルに楽しく取り入れるようにしています」
ヨガ世界大会ワールドチャンピオン。ヨガコーディネーター。ヨガをさまざまな形で楽しめるようにとの思いから、イベントやテレビ、雑誌などに多数登場。ピラティスインストラクターとしても活動するほか、CMやスチール撮影時におけるヨガのポージング指導や振付なども行う。著書に『世界一かんたんに体がやわらかくなるヨガDVD BOOK』『血流たっぷり!どこでもヨガ』(共に宝島社)、『さかだちエクササイズ』(飛鳥新社)。
みんなが読んでいる記事
-
2025/03/06結婚と家族のこと 〜自由な選択への気づき〜結婚、非婚、家事・育児の分担など、結婚や家族に関する既成概念にとらわれず、多様な選択をする人々の名言まとめ記事です。
-
2025/03/06仕事の悩みへの対処法:人生の先輩からのヒント転職やキャリアチェンジ、キャリアブレイクなど、働き方に関する悩みやそれに対して自分なりの道をみつけた人々の名言まとめ記事です。
-
2025/08/07暮らしと心のゆとりのつくり方 〜住まい・お金・親の介護のこと〜独り暮らし・資産形成・親の介護など、人生の転機に必要な住まい選び・不動産投資・介護の知識をわかりやすく解説します。
-
2025/07/09親の未来と、自分の未来 〜今から考える家族の介護のこと〜親の介護と自分の生活、両方を大切にするには?40代以降が直面する介護の不安と向き合うヒントを紹介します。
-
2025/12/23老いは悲惨、なんてない。―社会学者・上野千鶴子とスイス在住ケアの専門家・リッチャー美津子が語り合う―上野 千鶴子・リッチャー 美津子日本では国民の5人に1人が75歳以上になり、医療・介護の体制が課題になってい。介護や「老い」について長く研究されてきた社会学者の上野千鶴子さんと、日本・スイス両国の看護・介護現場を経験されたリッチャー美津子さんに、日本とスイスの介護や死生観について語りあっていただいた
「しなきゃ、なんてない。」をコンセプトに、読んだらちょっと元気になる多様な人の自分らしく生きるヒントやとらわれがちな既成概念にひもづく社会課題ワードなどを発信しています。
その他のカテゴリ
-
LIFULLが社会課題解決のためにどのような仕組みを創り、取り組んでいるのか。LIFULL社員が語る「しなきゃ、なんてない。」
-
個人から世の中まで私たちを縛る既成概念について専門家監修の解説記事、調査結果、コラムやエッセイを掲載。