小説『きみだからさびしい』が教えてくれる、自分のセクシュアリティとの向き合い方

「しなきゃ」と思って暮らしてた。~エンタメから学ぶ「しなきゃ、なんてない。」~

日常の中で何気なくやってしまっている「しなきゃ」を、映画・本・音楽などを通して見つめ直す。今回は、多様な「セクシュアリティ」の在り方が描かれている作品をご紹介します。

恋愛小説が苦手。そう感じたことのある人は意外と多いのではないだろうか。筆者も恋愛小説は苦手な方だ。恋愛は、感情的に自由にするもののようでいて、実際には社会の決めた「しなきゃ」との結びつきが強い。当然、物語の中でも、男女の恋愛、一対一の恋愛、俺様でやんちゃな彼氏と真面目で清楚な彼女など、ステレオタイプな恋愛が繰り返し描かれてきた。

そんな恋愛の規範への違和感や、揺らぎ始めた社会の恋愛観の変化を丁寧に言語化してくれる、新世代の恋愛小説『きみだからさびしい』だ。

連載 「しなきゃ」と思って暮らしてた。~エンタメから学ぶ「しなきゃ、なんてない。」~

『きみだからさびしい』のあらすじ

主人公は、京都市内の観光ホテルで働く24歳、町枝圭吾。そんな圭吾にとって怖いのが、「恋愛」だ。圭吾には、好きな女性がいる。それは、ある日ランニング中に出会った、あやめさんだ。あやめさんのことを好きだと思いながらも、圭吾はそれを伝えるのを怖がっている。

なぜなら、自分の男性性が、性欲があやめさんを傷つけてしまうのではないかと思っているからだ。恋と、性欲を分けて考えたいと言う圭吾に対し、「恋愛感情と性欲ってはっきり分けられるもんじゃないでしょ」と語る同僚の金井君、「おまえにしあわせになってほしい」という幼馴染の青木さん。彼らの言葉に後押しされ、圭吾は意を決してあやめさんに告白する。

それに対しあやめさんから返ってきたのは「わたし、ポリアモリーなんだけど、それでもいい?」というひとこと。ポリアモリーは、互いに了承したうえで、複数のパートナーとの関係を結ぶライフスタイルのことを指す。

自分以外の恋人がいるあやめさんとどのように向き合えばいいのか。他人事だと思っていた言葉が突然自分の生活にリアルに入ってきたとき、圭吾はどんな行動に出るのかーー。

『きみだからさびしい』大前粟生著 文藝春秋

セクシュアリティの話は「他人事」じゃない

ポリアモリーという言葉は、近年、少しずつ認知度が上がり、どこかで耳にしたことのある人も多いだろう。本作の主人公・圭吾も、そしてあやめも、最初はポリアモリーについて詳しかったわけではなく、なんとなく聞いたことのある言葉という程度だった。本作で印象的なのは、そんな「他人事」だと思っていたセクシュアリティの知識が、突然目の前に迫ってくるような描写だ。

 

“あんまり自分のこと枠にはめたくないけどさ、世の中にある言葉にあてはめてみたら、それが私に合ってる恋愛のかたちっていうかさ。”

 

ポリアモリーであることを圭吾に伝えた直後にあやめが発する一言だ。ジェンダーやセクシュアリティはいつ変化するのかわからない。あるとき、あやめのように自分のセクシュアリティと重なる表現が見つかる人もいるかもしれないし、圭吾のように好きな人がセクシュアルマイノリティだったという場面に遭遇する人もいるかもしれない。

そして、ジェンダーやセクシュアリティには、さまざまなカテゴリーが設けられ、誰もがみなどこかに属するように感じている人も多いかもしれない。しかし、男女二元論や、一対一での恋愛をする「モノガミー」の価値観が根強い社会において、まだまだジェンダーやセクシュアリティの言語化は不十分なのである。「世の中にある言葉にあてはめてみたら」とあやめが語るように、個人のアイデンティティを示す言葉はこれからも増えていくのかもしれない。

フェミニズムやクィア理論のエッセンスを感じる本作、今までの恋愛小説が苦手だった人も手に取ってみてほしい。

執筆:白鳥 菜都

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