メンタルの不調は自分で解決しなきゃ、なんてない。

臨床心理士の仕事を始めて4年。フリーランスとしてメディアに顔出しする傍ら、SNS、YouTubeでの活動にも意欲的なみたらし加奈さん。「自分の言葉やメッセージが、誰かの行動変容のヒントになれば」という思いで、実体験に基づくメンタルヘルスを保つ方法やジェンダーやセクシュアリティ、フェミニズムに関連する社会問題について発信している。10~20代の多感な時期、将来への不安や自信のなさから心を閉ざしてしまう人は少なくないが、その生きづらさを解決するきっかけとしてカウンセリングがあることを知ってほしいという。カウンセラーとして伝えたい思い、心の問題との向き合い方について伺った。

日本は、精神疾患のある患者を狐憑き(きつねつき)や祈祷(きとう)で対処していた時期があった。精神医学や専門治療の普及が諸外国より遅く、今でもメンタルヘルスに偏見が根強い背景の要因がここにある。1900年(明治33年)に施行された精神病者監護法は、精神障がい者を自宅にあるおりに閉じ込め、監置することを合法化。1950年(昭和25年)には精神衛生法が制定され、精神障がい者の根本的な治療が促進された(※1)。
歴史や文化的な背景、言語の特性といったさまざまな要因により、「メンタルヘルスの話がしづらい」「心の問題を相談しにくい」日本では、生きづらさを抱える人が年々増加している。臨床心理士のみたらしさんは、「メンタルヘルスの悩みを抱える人がカウンセリングの存在を知り、扉を開くきっかけにしてくれれば」と積極的にメディア活動を行っている。思いを言葉にして、本当に必要な人に届けたいという考えがあり、昨年には初の著書「マインドトーク」を上梓。メンタルヘルスの偏見をなくし、みんなが生きやすい社会にするにはどうすればいいのか。メンタルを病んだ経験を持つ当事者として、全ての年代にとって起こりうる「心と体の不調」への対策ポイントを語っていただいた。
※1:引用元
法制度からみた精神保健福祉の変遷

悩みを抱える人と医療機関をつなぐ、
橋渡しみたいな存在でありたい

学生の頃、なぜか友達や知人から相談を受けることが多く、相談者が後を絶たない状態だった。「カウンセラーという職業に就くことは、自分の中では想定外ではなかった」と語る、みたらしさん。しかし、大学生の頃は報道に携わる仕事を目指し、テレビ局でアルバイトをしていた。

「就職先もテレビ局一本に絞っていて、進路は明確でした。でもあるとき、履歴書の志望動機を書くことが苦痛になってしまって、『私、本当にこの仕事をしたいのかな』と思うようになったんです。そんな中、知人が統合失調症という病気になったことを知って、何も助けてあげられなかったこと、そして自分の中に精神疾患への偏見があることに気づいてしまったんです。そこから臨床心理士という仕事に興味を持ち始めました。

昔から人の心や精神に関することには、すごく興味を持っていました。だから、相談に乗って悩みに寄り添う今の仕事に就いていることは自然な成り行きだったのかも。私自身も高校生の頃にメンタルが崩れていた時期があり、自分の心の変化や自傷行為の話をブログに書いていて、ブログの読者から相談をもらうこともありました。メンタルヘルスの悩みを持つ当事者が自己開示していたからこそ、寄り添って話を聞くこともできたし、悩んでいる人たちも頼ってきてくれたんだと思います」

臨床心理士として大学病院に勤めた後、留学先のハワイで自身のオンラインサロン「こころの待合室」を開設した。メンタルヘルスに限らず、ジェンダーやセクシュアリティ、フェミニズムなど会員が興味を持つテーマを扱うこともある。

「月1回の勉強会とオフ会を開催していて、そこで会員のみなさんと交流しています。個別カウンセリングは予約制で1回50分です。今はコロナ禍なので、Zoomを使ったオンライン面談をしています。

SNSの活用などは今でこそ少しずつ増えてきましたが、臨床心理士にとってメディアへの過度な露出は業界的にタブー。表立ってアピールすることや個性を出すことはNGとされやすい側面があります。でも、日本の現状は自殺率が増加していて、カウンセリングを必要としている人がたくさんいるはず。だから、ネットやメディアを通じて苦しんでいる人に“思いを打ち明けられる場所があるんだよ”“あなたは一人じゃない。カウンセリングを受ける道があるんだよ”というメッセージを発信しています。悩みや気持ちを打ち明けてもらって、自分の症状を把握して治療のために医療機関に行ってもらいたい。悩みを抱える人と医療機関をつなぐ橋渡しみたいな存在でありたいと思っています」


どうしたら精神疾患に悩む人達にカウンセリングの存在を知ってもらうか模索していたなか、出版の話が舞い込み、『マインドトーク』を作ることに。「読みやすいように横書きにした」という彼女なりのこだわりが随所に詰まっている。

心の問題は決して抱え込まず、専門家に頼ってほしい

数年前から「発達障がいグレーゾーン」という言葉が認知され始め、「自分も発達障がいなのでは?」と心療内科を受診する人が増加しているという。

「発達障がいと似たような症状や悩みがある人が“生きづらさ”を感じるのは、診断がつかないことで今後の生き方や心の持ちようをどうすべきなのかクリアにならないからだと思います。病気や障がいを抱えて生きていく現実を受け入れられたら、どう生きていきたいかを選択しやすくなることがありますよね。障がいか障がいじゃないかという枠組み自体は、人が決めています。性同一性障がいも昔は病気扱いでしたが、2013年に『性別違和』と診断名が発表されました。時代の流れや医療技術の進歩によって、病気か否かの境界線も変わってきます。

社会と環境との関わりで障がいが生まれるという考えを『社会モデル』といいます。世間で言う障がいは、障がいを持つ当事者にとっての社会的障壁と捉えられますが、どんな人たちにとっても障がいだと感じない環境だとしたら、車椅子で生活する人も障がい者ではなくなる未来が来るかもしれません。もし、メガネやコンタクトレンズが開発されていなかったとしたら、視力が弱い人は全員、障がい者になってしまいます。発達障がいグレーゾーンも同じで、その特性のある人に“社会”が適合できていないから『障がい』と分別されてしまうだけなんです」

心の悲鳴を自分自身で否定してしまう行動が、心と体のバランスが崩れてしまい病んでしまう要因の一つだ。

「自分の心に耳を傾けることって、実はすごく難しいことなんです。『しんどいな』『つらいな』と心が疲弊していても、人は『甘えちゃいけない』『頑張らなきゃだめだ』と無理をして、自分が置かれた状態を冷静に見ることができず、ふたをしてしまいがちです。

私は、“体の声に耳を傾けてあげてね”とよくお伝えすることも多いです。心と体は本当に強くつながっているので、メンタルバランスが崩れてくると体の不調になって表れてきます。その体や行動の違和感に目を向けて、改善アクションを起こしてみるのも一つの方法です。それでも体の不調が改善されず、しんどさが変わらないときには専門機関に行くというプロセスを試してみてください。そもそも心の問題って、扱うことが難しいから専門家がいるんです。一人で抱え込まず、専門家に『どうしたらいいのか分からない』と丸投げしちゃってください。

とはいえ、私自身も昨年は多忙過ぎて自分の心を置いてきぼりにしてしまって……。『人に会いたくない』とメンタルを病んでしまったので、仕事しない期間を1週間ほど作って自分をケアすることでなんとか回復しました。心の安定を保つには、メリハリをつけて体を休めることが本当に大切なんだって改めて実感しましたね」

励まそう、元気づけようとかけた言葉が「呪いになる」可能性

「生きづらさ」を感じるのは、精神力や心が弱いからだと決めつけられがちだ。しかしどんなバックグラウンドや社会的背景を持っている人でも、心が弱いところもあれば強いところもある。ストレスへの脆弱(ぜいじゃく)性や耐性値が表に出るか否かという違いだけだと、みたらしさんは語った。

「メンタルヘルスが崩れている人に『強く生きなきゃいけない』と声をかけることを、私は“呪いの言葉”と呼んでいます。メンタルの話に限ったことではなく、『最近太った?』とか『まだ結婚してないの?』といった言葉も呪いです。なんとはなしに口に出る、その人それぞれの固定観念や思想を基にした呪いの言葉は、自分自身も言われてきたり、目にしてきたりしたものです。

『君は男の子なんだから強く生きなきゃだめだよ。泣いちゃだめだよ』と子どもの頃に言われた人が、大人になってまた別の人に同じ呪いをかけてしまうことってありませんか?呪いの言葉って連鎖を生みやすいんですよね。年齢や性別、肌の色、セクシュアリティなどに対して、“すべき”論や世間一般論を持ち出して決めつけるアウトプットは、呪いの言葉だから極力言わないほうがいいなと心がけていますね。

『呪いだから言っちゃだめだ』と、頭でっかちに縛りつけることも呪いの一つだと思います。誰かに『もうちょっと痩せたら?』と呪いの言葉を言ったとしても、『あのとき言った言葉は間違っていたし、今はそう思ってない。あなたはあなたのままでいいと思うよ。ごめんね』と謝ればいい。後で訂正できるので、異常に言葉に敏感になる必要はありません」

人に対して偏見を持つことも、「人間だからしかたない」と彼女は驚きの考えを話してくれた。

「人ってみんなが偏見を持っていて、未知のものから身を守るための恐怖感などもその一つだと思うんです。自分という個体を守るための本能的なものだし、私にも偏見はあります。偏見というのは、善悪で判断できるものではないんですよ。大事なのはそれが偏見かどうか気づいて、自問自答して自分は誰かを傷つけている可能性があることを自覚すること。そしてアウトプットの必要性を考え続けることだと思っています。これが対等な関係性や心地よいコミュニケーションにつながるのだと考えています」

「誹謗(ひぼう)中傷を受けている」「いじめられている」「自分の居場所がない」など、みなさんそれぞれ悩みを抱えていると思います。でも知ってほしいのは、あなたが今いる世界が全てじゃないということ。その世界や環境を変わったり、あなたの息のしやすい世界がある可能性を知ってほしい。居場所は一つではなく、どこにでもあります。「生きる意味って何ですか」とよく聞かれますが、意味は後からいくらでもつくれます。無意識に過ごす日々の中に、ちょっとしたきっかけが潜んでいたりします。どんな境遇にいる人でも、可能性は無限にありますから安心してください。カウンセリングを受けることで、選択肢が広がるきっかけや、今まで分からなかった人生の宝物を探し出すヒントが見つかれば良いなと思っています。
みたらし加奈
Profile みたらし加奈

1993年、東京都生まれ。臨床心理士。大学院卒業後、総合病院の精神科に勤務。ハワイ留学中に、オンラインサロン「こころの待合室」を開設。現在は、フリーランスの活動をメインに行いつつ、SNSを通してメンタルヘルスの情報を発信している。女性のパートナーと共に「わがしChannel」というYouTubeチャンネルを運営。2020年6月30日には初のエッセイ集『マインドトーク-あなたと私の心の話』を出版。専門家と共に性被害や性的同意に関する情報を発信するメディア『mimosas(ミモザ)』の理事も務めている。

Twitter: @ mitarashikana

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