趣味は仕事にできない、なんてない。

2013年あたりから巻き起こっている絶景ブームをご存じだろうか? 素晴らしい景色を求めて旅したり、出合った美しい風景を撮影してSNSに投稿したりする、近年稀に見るビッグムーブメントである。始まりは、たった一人の若い女性。Facebookページ「死ぬまでに行きたい!世界の絶景」を運営する絶景プロデューサーの詩歩さんは、絶景ブームのパイオニアでありけん引者だ。埋もれていたニーズを見いだし、仕事とした彼女の今までとは?
(2021年2月25日加筆修正)

2014年の新語・流行語大賞。日本エレキテル連合による"ダメよ〜ダメダメ"や、"アナと雪の女王"のありのままで”と並んでノミネートされたのが、"絶景"というワードだ。いつ誰が発したのかわからない一般名詞が、なぜ流行語とされたのか。背景には、あるWEBページのヒットがあった。
詩歩さんが12年にオープンしたFacebookページ「死ぬまでに行きたい!世界の絶景」は、瞬く間に70万以上の"いいね!"を獲得。大きく話題になり、関連書籍も多数刊行された。なかでも同タイトルを冠するシリーズは累計60万部超え。アジアを中心に海外でも出版されるほどの人気に。
現在もYoutubeやTikTokでフォロワー数を更新、またClubhouseなどの新たなメディアも積極的に活用し旅の魅力を発信し続けている。彼女はサイト運営のほか、旅行商品のプロデュースや企業とのタイアップ、地域振興のアドバイザーなど、"絶景"にまつわる事業で活躍している。新卒で入社した会社を2年で辞め、どのようにして唯一無二の絶景プロデューサーとなり得たのか、考え方や今までの経緯を伺った。

やり続けて突き詰めれば
何かの第一人者になれる

1990年、静岡県浜松市に生まれた詩歩さん。特別に裕福でも貧しくもないごく普通の家庭で育った。

「ただ、負けず嫌いでしたね。テストでは絶対に一番になりたいって」

だから、成績は優秀。高校時代はトップになることもしばしばだったとか。

「スポーツは適性や向き不向きでどうしようもない部分がありますが、勉強なら努力すれば反映される。特に記憶力勝負の科目は自信がありました」

大学進学を機に上京し、元々興味のあった環境問題について学んだ。初めての海外は大学2年生の時。

「両親が全く旅行しなかったので、私も大学生になるまでは静岡県内しか知らない状態。でも、キャンパスには留学生や海外生活経験者といった、自分にとって未知の世界を通っている人が大勢いて」

まだまだ知らないことがたくさんあるのに気づいた彼女、持ち前の負けず嫌い精神を発揮して行動に出る。

「知らないというのがとても嫌で。海外に行ってみたいし、外国の友達も欲しい」

と、一人で1カ月間イタリアに。 ところが、そんなに楽しい体験ではなかったそう。

「外国人はみんな英語が話せると思っていたほど、私が海外に対して無知過ぎました。当たり前ですが、イタリア人はイタリア語を使うんです。加えて、テストでは点を取れていた英会話が、実際には通じるレベルにないという事実。だいぶ凹んで帰国しました」

一方で収穫もあった。遺跡と日常的に向き合える環境への、驚きや憧れの思いだ。

「昔の人と自分が同じものに触れているってスゴい! もっと歴史に触れたい! この衝動が以降の”旅行欲”の源になりました」

大怪我した経験から「死ぬまでに……」のタイトルが

日本一周や南米、エジプト、ヨーロッパなど、積極的に旅していた学生時代。まだ絶景を意識することはなかった。

「大学卒業後、インターネット専門の広告代理店に入社しました。新人研修として与えられたお題が、”Facebookページでいいね!数を競え”だったんです」

同期たちがサッカーや映画をネタにページ作成するなか、詩歩さんは絶景にフォーカス。結果、2カ月で2万いいね!を記録した。

人の目を引いた理由の一つに、キャッチーなタイトルがある。ルーツは大学の卒業旅行。オーストラリアで事故にあい、ドクターヘリ搬送されるほどの大怪我を負ったのだ。意識はあったけれど、あまり覚えていない状態。文字通り死にかけたそう。この経験から「死ぬまでに行きたい!世界の絶景」の名タイトルが誕生したわけだ。

「そのまま会社勤めを2年続けました。副業禁止でしたが、本だけは特別にOK頂いて出版。以来、いろいろなオファーがあったのですが、すべて断って」

しかし、自分のページの反響は日々増していく。それにまつわる仕事の問い合わせも絶えることがない。

「会社で働くのも楽しかったのですが、自分にしかできない仕事とは何かを考えるように……」

仕事がなくても死にはしない。生粋の絶景マニアではないけれど、大好きな旅行ともっと絡めるならと独立を決意。今では絶景プロデューサーとして、引く手あまたの存在に。

計画性よりも継続する力が重要

「やり続けること、突き詰めることが大切だと感じています。誰も見ていなかったジャンルでも、第一人者になれば仕事になるんです。旅を仕事にしたい人は多いですが、本当に始めるパターンはわずか。さらに、継続する人はもっと減ります。私は図らずもスタートさせ、会社員と二足のわらじながら続け、結果的に絶景業界を生み出せました。そして、業界のパイオニア、代表者として活動させてもらっています」

多くの人々が、仕事は探すだけもの、与えられるものという思い込みにとらわれてはいないだろうか。詩歩さんは誰もが知る”絶景”と、旅行好きな自分の個性を融合させ、見事に新しい市場、仕事を生み出した。

感性を鋭く保つため、本当は少し休みたい

将来の野望、目標は特にないと笑う彼女。とはいえ、SNSや旅行業界は大きな変革の時にあり、合わせて自身も変わる必要があるという。

「身近なところだと東京オリンピック・パラリンピック。今後増えるインバウンド向けに、国内の絶景を紹介できるようになりたいですね。そのために3年前から定期的に留学し、英語力を磨いているんですよ」

さすがは業界随一の実力者。自然と将来のプランニングができているようだ。

「でも、本当はもうちょっと家でゆっくりしたいんです。旅は行き過ぎると常態化し、感動が薄れてしまうから」

私は、誰も知らない絶景を見つけられはしません。すでに発見されているけど、くすぶっている景色を提案しているだけ。それでも人をワクワクさせられ、私自身も満足しています。世界を旅して学んだのは、セーフティネットの発達した日本では、死なない限り未来があるということ。何かやりたいのなら、恐れずに始めてみてはいかがでしょう。せめて半年、できれば1年。望み通りの結果が出なくとも、海外ほど追い詰められませんし、必ず何かを得られるはずです
詩歩
Profile 詩歩

「死ぬまでに行きたい!世界の絶景」プロデューサー。1990年生まれ、静岡県出身。世界中の絶景を紹介するFacebookページ「死ぬまでに行きたい!世界の絶景」を運営し、SNSのフォロワー数も100万人以上。 書籍も累計63万部を突破、アジア等海外でも出版される。昨今の”絶景”ブームを牽引し、流行語大賞にもノミネートされた。 現在はフリーランスで活動し、旅行商品のプロデュースや自治体等の地域振興のアドバイザーなどを行っている。静岡県・浜松市観光大使。

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