育った環境や価値観が違うとわかり合えない、なんてない。
シンガーソングライターとして活動する傍ら、「5人の孫」がいる留学生のホストマザーとしての顔を持つ玉城ちはるさん。留学生は部屋を借りにくいという日本の社会環境の中で、たくさんの学生たちの「ママ」となってきた。そこで見つけた異文化交流に必要な揺るぎないツールこそ、はっきりと言葉で伝える大切さと、温もりで通じ合うコミュニケーションだ。これからの多文化共生を支えていく、その考えを玉城さんに伺った。

外国人と触れ合うには言葉ができないと理解し合えない。日本で国際交流は難しい。近年、日本には多くの外国人が訪れており、留学生や在日外国人も増加する傾向にある。では、世界でも治安が良いとされる日本は、外国人にとって住みやすい国なのだろうか。文化が違えば考え方も違う。その国では当たり前のことも、実は、知らないということもたくさんある。そんな違いを受け入れながら、日本に住む外国人と日本をつなぐ懸け橋となっている女性こそ、「5人の孫がいるホストマザー」の玉城ちはるさんだ。
考え方が違うから大変なことも多い。
でも私は、生きやすくなった。
顔の見える距離、
体温の伝わる距離間でのコミュニケーションを
続けることが本当の共生社会。
同じ日本人だから分かるはずだ、
という既成概念がおかしい
23歳の時、あることがきっかけで、後に中国や韓国から来るたくさんの留学生と共同生活を行い、多文化共生を実現させてきた。生まれ育った環境が違えば、考え方や生活習慣も大きく違う人たちを、一人だけでも受け入れることや向き合うことも簡単なことではないと思えるが、果たしてそれは偏見なのだろうか。
「私は広島県出身なので、小さい頃から平和学習というのを受けていました。反日のニュースなどで、国旗が燃やされている光景を見て、カルチャーショックを受けたこともありました。なので、愛国心というか、それに似た考えは幼い頃からあったのだと思います。そんななかで、私が23歳の時、たまたま出会った中国人の女の子が日本で部屋を貸してもらえないと悩んでいたんです。これは後から知ったことなのですが、当時、在留外国人には『部屋を貸したくない』という風潮があり、在日の方が又貸しをするような形が多く、とても狭い部屋に留学生が押し込まれるように5〜6人が住むケースが多かったそうなんです。部屋が借りられないという彼女がこのまま帰国したら『日本は部屋も貸してくれない国だった』というイメージになって、永遠に“近いけど遠い国”だって思われてしまう。それはあまりにも悲しすぎるから、『一緒に暮らしませんか?』って声をかけたのがはじまりです。その後、『学校に部屋が借りられない子がいるんだけど連れてきていい?』と、どんどん増えていって(笑)。ついには暮らしていたアパートが狭くなり、一軒家に引っ越しをしました。大人数を抱えるというのは考え方も違うので大変ですが、不思議なことに、彼らははっきりと自分の思っていることを主張するので私は生きやすくなりました」
そもそも玉城さんは、子どもの頃から、血のつながりのない兄たちと共に暮らし、家族ではない人と共に生活をするということに抵抗はなかったという。
「私の父は保護司(非行少年をサポートする地域の人)の方に頼まれて預かっていたので、子どもの頃から家には血のつながりがない兄が4人いました。だから、他人との共同生活に対してはまったく抵抗がなかったですし、母は大人になった私に対して『DNAは争えない』と言っていたほどです(笑)。たしかに私は父に似て、血のつながりのない多くの人たちの『母』となりました。私の子どもたちはみんな自分の意見を主張してきます。当初は、それに対して断っていいのか……嫌われたくもない…って悩むこともありました。だけど、できないことはできないと伝えれば、ちゃんと伝わるし、彼らに、できる・できないをはっきり言ったところで、すぐに嫌う・嫌わないにはならないんです。日本人はよく『空気を読んでよ』って言いますけど、はっきり言わないといけないなって、改めて思います。全てにおいて気を使うのは、日本人の生きづらさの社会課題。同じ日本人であっても、それぞれ生きてきた環境は違います。そんななかで空気を読もう、なんてそもそも違う話だし、同じ日本人なんだから分かるはずだ、という既成概念がおかしいのかなって。誰に対しても口にしないと伝わらないし、外国人留学生と共同生活をするには、やっぱり言葉にしないといけません。育った環境が違うし、価値観も違いますから」
生きづらさを感じている子どもたちに、
いのちの大切さを分かってほしい
現在、玉城さんは、「命の参観日」というセミナーを全国各所で、無料で開いている。これは、いのちの尊さや周囲に対する思いやりと温かな心を育むなど、人権意識の向上を図ることを目的に開催している。
「2017年当時、私は『多文化共生』をテーマに大学で先生をしていたのですが、ある時在留外国人が増えてきた小学校から『自分とは違う人を排除しようとすることがいじめの要因の一つとなっているんです』と相談を受け、できれば小学生向けに、この多文化共生をテーマに話をしてほしいとご依頼があったんです。たしかに、子どもにとっては学校のなかで排除されたら死に直結してしまうと思い、私にできることならと講演させていただきました。それから2年ほど『命の参観日』という名前でセミナーを開かせていただいていますが、片親(欠損家族)の子どもも多いですし、お父さんがアルコール中毒で困っているという子どももいました。また、私は、コミュニケーションアプリ『LINE』で子どもたちからの相談も受けているのですが、相談できるならまだ良い方で。貧困などを理由に携帯電話を持っていない人もいます。学校のパソコンを使って私にメールを送ってくれている子どももいました。多くの子どもたちと触れて、生きづらさを感じている子どもたちは日本中にいるなと実感しましたし、きっと私の経験が彼らのためになると思って、今も全国で講演を続けています」
短時間でも体温を伝え合うことは大事なこと
これからも玉城さんは、国境や血を超えたつながりを求め、いのちの大切さを世の中に訴えかけていくという。
「実は私自身も決して語学が堪能ではありませんし。言葉が違う人たちとアプリやツールを使ってコミュニケーションを取っています。人と人の会話って、約90%は表情や動きでしているんです。“言語”が占めていることはほとんどなくて、笑って聞いていたり、しかめ面をしていたり。自分を受け入れてくれていることも態度や顔を見て分かるし、動作や表情で仲良くなれます。どんなにテクノロジーが発達しても、一緒の地域で、一緒に暮らしていこうと思えば、顔の見える距離、体温の伝わる距離間でのコミュニケーションを続けることが本当の共生社会になると思います。短時間でも体温を伝え合うというのは大事なことで、恥ずかしいかもしれませんが、手をつなぐのがいいんです! こうして生まれたのが『やさしさ貯金ゲーム』なんです。ペアになった人と握手をして、お互いに目を見ながら『ありがとう・ごめんなさい・大好きです』と言う、ただこれだけです。このとても簡単なゲームを、講演などで呼びかけていきながら、これからも、いろんな人とやさしさ貯金ゲームをしたいです。そして、手をつないで話し合うことをいろいろな国でやりたい。これが今の私の夢です」

1980年生まれ。広島市出身。シンガーソングライター。
19歳まで広島で過ごし、2000年に上京する。2003年、中国人の女の子と知りあい、共同生活を送る。以来、多くの子どもたちのママとして生活を送る。2008年「広島いのちの電話」の協力で自殺撲滅を考えるチャリティーイベントを開催し、2009年には自らが代表を務める平和活動「Each Feelings プロジェクト」を設立。いのちの大切さや平和について訴える活動を行っていく。2017年からは「多文化共生」をテーマにしたセミナー「命の参観日」を全国各地で開催し、生きづらさを感じる子どもたちの相談にも乗る。
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