お金なし、障がいあり、毒親付きでは大成できない、なんてない。―困難な環境をものともせず教育で人生を切り開き幸せを満喫する「フォーサイト」経営者山田浩司さんの逆転の半生―
6畳と4畳半、風呂なし。刺青の男が出入りし、時には警察官もやってくる家で育った少年がいた。彼は銭湯で「背中流すよ!」と声をかけ、お礼にもらったコーヒー牛乳を握りしめて帰る——そんな日常から、名古屋大学に合格。そして全国平均をはるかに凌駕する合格率を誇る予備校「フォーサイト」の創業者となった。山田浩司、63歳。耳は95dBまで全く聞こえない。それでも彼は、会社を創業し、海外に学校をつくり、教育のあり方を根本から変えようとしている。

フォーサイトは、難関資格(行政書士・社会保険労務士・宅地建物取引士など)」の取得を目指す人たちに通信講座を提供する予備校で、その合格率の高さで注目を浴びている。山田さんは、このフォーサイトを創業し経営する教育のプロだ。かつて言われた「教職は聖職」は今では死語とはいえ、教育者に求められるイメージはそれほど変わっていないだろう。しかし今回お会いした山田さんは、そんな既成概念とはおよそかけ離れた、規格外の人物だった。彼はなぜ教育の世界に身を投じ、難関資格受験の通信講座予備校を興し、抜きん出た資格取得率を誇るに至ったのか?その真相と、そこに至るまでの、そしてこれからの人生についてお聞きした。
人が生きていく上で重要な「教育」というものを広げていって、一人一人が自立できる社会の基盤を作り上げていきたい。
貧困の少年時代。「あの頃、自分には何もなかった」
山田さんは、名古屋大学を卒業して予備校の講師になった。教育の世界に身を投じたのはなぜか?と尋ねると、山田さんは自身の幼少時代から語り起こしてくれた。「僕が育ったのは、お金がめっちゃ無くて、刺青を入れた男の人たちが出入りしたり、時には警察官もやって来るような家でした。6畳と4畳半に風呂なしの貧困生活で、自分には何も無かった。だけど『自分に無いものは、有るところから持ってくればいい』と思っているような少年でした。お金がなくても、欲しいものを手に入れる方法はいくらでもあると。たとえば銭湯に行きますね。そうすると僕は『おいちゃん、背中流すよ!』って駆け寄っていって洗ってあげるんです。そうしたらだいたいコーヒー牛乳を奢ってくれる(笑)。お金がないって実はいいことで、そうやって“稼ぐ術”を学ぶことができる。小中学校の時も、近所の畑でおばちゃんの手伝いをしてご機嫌とって、野菜をごっそりもらって帰ったり。その頃まだバイトはしてなかったけど、『稼ぐ』という感覚はもう身につけ始めていました」
普通とは違う家庭での、お金のない生活。しかし山田さんは「不自由」だと感じることなく育ったという。
名古屋大学合格までの道。こんな一生はイヤだ、勉強しよう!
「自分の環境に染まってしまう人もいるけど、私は、そこからなんとか這い上がろう、勉強して自立しようと思っていました。しかし塾に行く金もなければ参考書も買えない。どうするかというと、ひたすら教科書を何回も読む。高校生になってもお金がないから、学校が終わるとすぐ中華料理屋に行って皿洗いを深夜12時までやり、家に帰ったら銭湯はもう閉まってるから自分で体を拭いて、その後1時から2時くらいまで勉強するという毎日でした。教材は学校の教科書だけです」
そんな日々を送りながら、山田さんが勉強へのモチベーションを保ち、難関の名古屋大学に合格できたのには理由がある。それは勉強の必要性を痛感する経験をしたからだ。
「皿洗いをしてた時は、自分はアルバイトだけど、周りは中卒の方々ばかりでした。仕事は辛いなんてもんじゃなかった。当時の厨房はエアコンがなくて45度くらいあったんじゃないかな?湿気もすごくて。そこで1日働いて怒鳴られまくって時には殴られてという生活をしながら、『学歴をつけないと、こんな生活が一生続くんだな』と思ったわけです。『僕はそんな人生はイヤだ、勉強しよう!』って、もうかじりついて勉強しました」
名古屋大学を目指すも、大学受験の予備校に通うお金はない。そこで山田さんは一計を案じた。科目ごとに、自分の高校で一番優秀だと思う先生に“家庭教師”をやってもらうことに。先生たちに毎週課題を出してもらい、回答の添削もお願いしていたという。また、必要な参考書は名古屋の古本屋街を探し回って10円で手に入れたりもしたそうだ。山田さんの手に掛かれば、「お金はなくても、やりようはいくらでもある」のだ。
大手商社を断念し、講師デビュー。そして教育の道へ
名古屋大学で学んだ山田さんは、やがて就職活動を始める。当初志していた弁護士は、30代にならないと受からないという当時の状況を知り方向転換。いろいろな業種の会社に就職活動し、その多くから内定を得た。「就職活動中に何度か、『あなた、本当に大学生?』って面接官から聞かれました。『お前、社会人何年目?』とも。だから私の就職活動は、2〜3年先輩が受け持つ最初の面接で『こいつ気持ち悪い』って嫌われて落とされるか、そこを通り抜けてトップで採用されるか、のどちらかでした」
ある商社の面接では「協調性についてどう考えるか?」と問われ、「そんなものクソ喰らえです」と答えて即、落とされた。しかし協調性よりも実力を重んじる別の大手商社から内定を得ることに。すぐに研修が始まったが(当時は、企業が入社前の内定者を研修によって囲い込むのが一般的だった)、身体検査で聴力の異常が見つかる。特発性難聴(突発性難聴とは別の病気で、両耳の聞こえが悪くなる慢性的な難聴)。原因不明、いずれ聴力を完全に失うと宣告された。複数の人に相談した結果、聴力を失っては商社マンとして働くのは難しいと判断し、4月の入社式の直前に、やむなく入社を辞退した。この聴力異常については、山田さんは死ぬまで親には告げるつもりはないという。「だって、自分が育てた子が聴力を失ったなんて知ったら可哀想じゃないですか」
今後のことをあれこれ考えていた時、知り合いから声がかかる。「大手資格予備校の社長が『遊んでるんだったら、ウチを手伝わないか?』って。それで『とりあえずバイトならいいよ』と答えて手伝い始めたんです。そのうち『宅建の講師が見つからないから、お前やってよ』と頼まれて、僕は資格を持ってなかったんだけど、やってみたら僕の講義は大人気になった。やがて公認会計士の講座も、これも資格がないのに受け持つことになって、どちらの講座も立ち見が出るほどの人気で、自分には教える才能があるのかもって初めて思いましたね。ただ、資格は持っておいた方が良いだろうと、自分でも勉強して宅建と行政書士の資格を取得しました。その後営業研修も任されて、やってみたらその店の売り上げが1.5倍に伸びた。アルバイトで入って、支店長になって、1年半で黒字化させました」
通信講座予備校「フォーサイト」を創業
その後山田さんは独立し、フォーサイトを立ち上げた。自分の理想とする講義を提供するためだ。試験の内容を徹底的に吟味し「合格」のための必要最小限の情報だけに絞った、かなり薄い教科書を使い、とことん反復学習を促す勉強法だ。加えて長年にわたる自身のEdTech研究(Education教育×Technology技術)から導き出された面白く分かりやすく効率的なオンライン講義を提供する。アプリも提供しており、移動中でも勉強が可能という、充実のサービスだが、受講料は他校と比べても手頃な設定だ。創設以来、他校を圧倒する合格率で多くの資格取得者を生んできた。2024年度の行政書士試験を例にとると、フォーサイト受講者の合格率は49.4%。平均合格率の3.83倍にも及ぶ(フォーサイト調べ)。
独立のもう1つの理由は、「聴力を失っても、使われる側ではなく使う側の“社長業”ならやっていける」と考えたからだ。山田さんは今、95dBまでは全く聞こえない。しかし補聴器と読話(話し手の口の動きや表情、文脈を手がかりに相手の言葉を読み取る技術)を駆使して、難なく会話を成立させている。医者からは「この聴力で会話する人は見たことがない」と言われるという。
ラオス、ベトナム、タイに11校設立し、学校の価値を知る
山田さんは日本でフォーサイトを経営しながら、ラオス、ベトナム、タイの学校設立も支援してきた。「学校のないところに学校を作ったら何がどう変わるかを見てみたいと思ったのです。それによって学校の本当の価値を理解したいと。最初はラオスの中でも学校のない一番貧しい地域に行ってみた。ところがお金がない地域では、子供はみんな農作業に従事していて、学校ができて子供が学校に取られては困るとみんなが言うんです。そう言われると自分はますます学校を作りたくなって、長老たちを一生懸命説得して、なんとか学校を作った。でも結果的にその長老たちはとても喜んでくれました。『子供たちが毎日、楽しい!って帰ってくるんだ』って」
「今も1年に1回はその学校に行きます。ある子供から『学校で学ぶようになって、文字が読めるようになった。そうしたら夢ができた』と言われた時は嬉しかったですね。小学校を作って、中学、高校も作った。最初の卒業生の中には、首都の旅行会社に就職した者や、医者になる者も現れました。そこから学んだのは、学校ができると、学ぶことによって夢を持ち育むことができる。そうすると村全体が変わっていく、ということでした」
1億7000万円を投じた破天荒な防災オフィス
「一番大事なのは自分。次に家族、そして社員。だって自分が幸せでないと、みんなを幸せにはできないから」と言って憚らない山田さんは昨年、社員のために巨費を投じて東京のオフィスに防災設備を完備させた。1億7000万円もかけて、なぜ?…「一時、“7月5日に地震がくる”っていう噂がありましたよね。信じてはいなかったけど、これを機に地震対策をしよう、そして地震対策しながら会社を変えようと思ったんですよ。1ヶ月間、水道・電気・ガスが止まると想定して、その間この会社に籠城するには何が必要か?って考えた。まず食べるところ、社員食堂が必要だなと。どうせ社員食堂を作るのなら“会話の生まれる食堂”を作ろうと思った。アメリカでも“会社において、仕事以外の会話量と業績は比例する”という論文が出ています。だから社員たちが会話しながら自分で作って食べる食堂を作った。そこにはあらゆる調理器具と食材を揃えて、いつでも1食350円でお腹いっぱい食べられるようにしています」。案内していただくと、炊飯器や電子レンジはもちろん、麺茹で機、ピザ焼専用オーブン、低温調理器などプロ仕様の様々な調理器具から自動かき氷機まで。2台の業務用大型冷蔵庫には、日本全国の醤油・味噌・ソース等から、世界各地の多種多様な調味料やお酒までがぎっしり詰まっていた。
「それから仮眠室が必要だなと。僕は建築士にも教えていたことがあって建築が趣味なので、自分で設計図を書いたんですよ。社員の人数分、指定席の仮眠室を作りました。マットレスは上質なものを、枕や羽毛布団も高級ホテルと同等の物を置いています。それからシャワールームと洗濯機も。サウナも自分で設計して作ってもらった。あと、断水を想定して井戸を掘ろうと。しかし井戸を掘れる場所が会社の奥にしかなくて、業者には『そこは重機が入れないから掘れない』と言われた。じゃあ手掘りならどうかと徹底的に調べたら、関東で1件だけ手掘りしてくれるところが見つかったんです。13m掘ったところで水が出たので濾過装置を作って、これで水の心配はなくなった。それから太陽光発電も設置しました」。
思い立ったら即実行し、トコトン徹底する。ちなみにこのオフィスにはトレーニングルームまであって、街中のジムにも負けない本格マシンがずらりと並んでいる。しかもフォーサイト専任のトレーナーが常駐し、いつでも社員が訪れるのを待っているのだ。
「世界の教育を変える」野望
様々なことに挑戦し、成果を上げ実績を積み重ねて来た山田さんだが、これから先、やりたいことは?と尋ねると、壮大な構想が返ってきた。「今63歳ですから、働くとしたらあと40年か50年くらいですかね(笑)。僕は教育を完全に変えていきたい。スマホだけで勉強できて、しかも安いという仕組みを全世界に広めたいというのが私の企みです。そういうプラットフォームを作り、それが世界に広がって、誰もが手軽に安く勉強できるようになればいいなと。子供が生きていく上で極めて重要な“教育”というものをどんどん広げていって、一人一人が自立できる社会の基盤を作ること。それをぜひやりたいと思っています」
ラオスに創設した学校の話をしながら山田さんは、「この話をすると、自分がまるで“いい人”みたいに思えてくる。1年の中で“いい人”なのはラオスにいる10日間だけで、あとの355日は、自分勝手でわがままな極悪人なんですけどね」といたずらっぽく笑った。歎異抄の「善人なおもて往生を遂ぐ、いわんや悪人をや」という親鸞の言葉を思い起こさせる山田さんは、清濁併せ飲み、自分の価値観と信念に従って突き進む、破天荒にして稀有な教育者だった。
取材・執筆:宮川貫治
撮影:阿部拓郎

1962年生まれ、名古屋大学法学部卒。大手資格受験予備校を経て資格受験予備校フォーサイトを設立。これまでの刊行書籍29冊、学習に関する特許は48件取得。趣味は1日1冊の読書とAIの研究。100歳まで社長をやり、引退後は作家デビューをして芥川賞受賞が夢。
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