これがなくては幸せになれない、なんてない。―お見合いに苦しんで渡米し、僧侶になった英月が伝えたいこと―
『お見合い35回にうんざりしてアメリカに家出して僧侶になって帰ってきました。』
京都市内にある大行寺住職の英月(えいげつ)さんが2020年に出した著書のタイトルだ。銀行員だった20代の頃にお見合いを重ね、ストレスのせいか一時期耳が聞こえなくなった。逃げるように渡ったアメリカで自分の既成概念が砕かれ、その後、ひょんなことから僧侶に。10年後に帰国すると、世間の枠から「はみ出ても大丈夫」と伝えたくて、ちょっと珍しい写経の会を始めた。

「有名な会社に入らなきゃ」「そろそろ結婚を考える年齢なのかな」「子どもがいたほうがいいのかも」......。古い価値観だとは思いながらも、気にしてしまう。あるいは「あの人は幸せそうでいいな」と人と比べて落ち込む。そんな思いにとらわれ、しんどい思いを抱えている人は少なくないのではないだろうか。様々な経験を経て僧侶になった英月さんは、そんな人にどんな言葉をかけるのだろう。明るい笑顔が印象的な英月さんに会いに、大行寺を訪ねた。
「こうでなくちゃ」と決めつけると、人生が小さくなる。「なんで?」と問い直せば世界は広がっていく
「呉服屋さんのお嬢さんに生まれていたら」と思っていた子ども時代
英月さんは京都の中心部にある大行寺で生まれ育った。まわりは裕福な家庭が多く、自宅に能舞台やお茶室がある友達もいる土地柄。バブル期ということもあり、華やかな格好で学校に来るクラスメートもいた。しかし、当時の大行寺は「ボロ寺の大行寺」と言われるほど寂れていて、英月さんの両親は公務員として働いてボーナスが入るたびに雨漏り修理の工事などをしていた。
「呉服屋さんの友達の家に行くとエレベーターがあるんですよ。うちはエアコンもないし、天井は雨漏りしてる。私、呉服屋さんのお嬢さんに生まれてたら幸せやったんちゃう?って思ってました」
弟は寺の後を継ぐようにと育てられていたが、英月さんは本堂で友達とクリスマスパーティーをするなど、「寺の娘」ということを強く意識することはなかった。ただ、親戚はほぼ全員お見合いで結婚していたため、将来は自分もそのようにして結婚するものだと思っていた。
初めてお見合いしたのは20歳頃。「勝手に決められるのは嫌やな」と思いながらも当日を迎え、両親に両脇を挟まれるようにして大阪のホテルへ向かった。
「でもギリギリになって『あ、やっぱり嫌やな』と思って『お手洗いに行ってまいります』と、とんずらしたんです。でも遠くには行けなくて、小1時間で見つかって連れ戻されました。中途半端な時って行動も中途半端なので」
お見合い自体は断れなかったものの、結婚は避け続けた。けれど、断り続けて28歳になったある日、母親に言われた。「こんな歳にもなって結婚しない娘がいるのは寺の恥」と。その頃、耳が聞こえなくなった。
仕事でも行き詰まりを感じていた。短大を卒業して大手の都市銀行本部で働いていたが、「ほかに天職があるはず」と感じ、旅行の添乗員になろうとしたこともある。それでも、次の一歩を踏み出せずにいた。
「自分の能力を考えたら、絶対これ以上の環境はない。勤めていた銀行は福利厚生も給料も良いし、そこから離れる自信もなかった。でもある時、上司にふっと『辞めます』って言ってしまったんです。消しゴム落ちてます、みたいな感じで」
こうして、次の見通しがまったくない中で銀行を退社。29歳の時にアメリカへ渡った。
「貯金は100万円ぐらいしかなかったし、常識で考えたら『アメリカで1年も暮らせへんからまずお金を貯めよう』と考えますよね。でも、当時はだんだん世界が狭くなって日本には居場所がないと思っていた。私が私として生きていけるところがあるはずだと思って逃げたんです」
渡米当初に通った語学学校で、クラスメートと撮った写真(英月さん提供)
「なぜ一方的に判断するのか」と叱られて
アメリカに行ったばかりの頃は、とにかくお金がなかった。語学学校のクラスメートが紹介してくれたカフェで働き始めたが、最低賃金にも満たない薄給なのに休憩も取らせてもらえない。ある日、店で「おなかが減ってふらふら」と伝えたらサンドイッチ用のパンの耳を渡された。
「私、パンの耳は鳩の餌やと思ってたんです。昔、お向かいの本山で鳩にあげてたから。だから、『え、うちにこれ食べって言わはるん?』ってびっくりしました。でも食べたらおいしい。当たり前なんですけど(笑)。その後は、パンの耳を集めるようになりました」
英語が拙いため、悔しい思いもした。そのたびに「日本では都市銀行の本部で働いていた。私はアホちゃうねん」と言いたくなった。しかし日本に帰国したときには、銀行は合併されてなくなっていた。拠り所にしていたものは「仮のもの」でしかなかったと気づかされた。
アメリカ人の友人からは何度も「なんでそんなにジャッジメンタル(一方的に判断する)なのか」と叱られた。たとえば寿司屋で友人が甘い炭酸飲料を頼むと「そんなものを飲むの?」と言ってしまう。「なんでこの人はこうなん?」「なんであの人はあんなことするん?」。環境が違うアメリカでは、そんなことばかりだった。
「結婚しなきゃいけない、子どもを産まなきゃいけない。いろいろありますよね。でも、いままで自分が生きてきた価値観が軸になって拠り所にしていたことが、アメリカで崩れたんです」
そして、世界が広がった。
「『こうでなくちゃいけない』『これが正しい』と決めつけて、自分で人生を小さくしていた。それが、砕かれたのかな」
「枠からはみ出ても大丈夫」伝えたくて始めた割り箸写経
アメリカに行ってしばらくして僧籍を取った。ビザのためだったが、友人のペットのためにお葬式をしたことがきっかけとなって写経の会を始めるなど、仏教を学ぶようになる。そして、弟が寺を継がないと宣言したことをきっかけに大行寺の後継者になることを決断し、帰国。京都を出てから10年がたっていた。久しぶりの日本では、「枠」の多さに驚いた。
「女だから、男だから。結婚してるかしてないか、子どもがいるかいないか。この歳でそんな格好して……。言い出したらキリがないくらい枠がある。人間は社会的な生き物だから仕方ないけれど、この枠が苦しくなっているのも事実。お見合いという箱からはみ出たら生きていけないと思うから、耳が聞こえなくなってしまったんですよね」
そこで英月さんが始めたのが、「割り箸写経」だった。写経といえば筆で書くイメージがあるが、筆だと綺麗に書きたいと思ってしまう。でも、大切なことはお釈迦さまのメッセージを書き写すことで、書道教室のようにきちんと書くことではない。それなら割り箸でもいいのではないかと考えた。けれど「割り箸で書かないといけない」と決めてしまうと、それが新たな枠になってしまう。だから筆で書いても構わない。そんなふうにして、「ここからはみ出ても大丈夫」ということを体感してもらおうと思っている(コロナ禍以降は休止中)。
ここまで話を聞いてきて、英月さんに尋ねたくなった。英月さんは「あぁ、しんどい。答えが欲しい」と思うことはないですか?
「もちろんあります(笑)。でも、迷っている時は健全な時やと思う。迷いがない時は危ういから。『結婚しないと幸せになれへん』と迷いなく思っているとしたら、『なんで?』って。結婚しないと、健康にならないと……。では、それを手にしたらゴールですか? 結婚したら次は子ども、子どもが生まれたら健康で賢い子をというように、永遠に終わらない」
「私たちは『どうしたらいいの?』って、答えを欲しがりますよね。でも、答えって怖いんです。『知った』と思ったらそこに安住してしまうし、そしたら世界は一気に狭くなるから。でも、問いは強い。なんでやろ?って思ったら、そこに風穴が開いて、どんどん世界が広がる」
人間は人と比べてしまいがちだし、世間の価値観にとらわれてしまうことも多い。それはなかなか変えられないけれど、そこを問い直してみると、世界はぐんと広がっていくのかもしれない。
取材・執筆:山本 奈朱香
撮影:松村 シナ

大阪青山短期大学卒業後、大和銀行(現りそな銀行)に入行。2001年に渡米。アメリカでラジオのパーソナリティなどを務めた後、僧侶として活動。帰国後に大行寺で「写経の会」「法話会」を始めた。毎日新聞で映画コラム連載をもつほか、情報番組のコメンテーターも務める。主な著書に『お見合い35回にうんざりしてアメリカに家出して僧侶になって帰ってきました』(幻冬社)、『二河白道ものがたり―いのちに目覚める』(春秋社)、『そのお悩み、親鸞さんが解決してくれます―英月流「和讃」のススメ』(春秋社)など。
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