「男」は強くなきゃ、なんてない。
女性の生きづらさが社会全体の問題と捉えられるようになった現代。一方で、近年は男性の生きづらさにも注目が集まりつつある。今回お話を聞いたのは、男性ならではの問題について研究する「男性学」の専門家である、大正大学心理社会学部准教授の田中俊之さん。著書の執筆や対談などの多岐にわたる活動を通して、「日本では“男”であることと“働く”ということとの結びつきがあまりにも強すぎる」と警鐘を鳴らしている。

「力仕事や危険な仕事は男性の仕事」「デートでは男性がお金を多く負担し、女性をリードすべき」「男性なら定年までフルタイムの正社員で働くべき」といった固定観念がいまだに強固な日本社会。だが、近年はこうした旧来のジェンダーロールに異を唱え、男性ならではの生きづらさを訴える男性が増えている。彼らが訴える生きづらさとは、いったいどのようなものなのか。また、どうすればそれらを解消することができるのだろうか。
男女の生きづらさは表裏一体。
「こうあるべき」から解放されればどちらも楽になれる
社会学を専攻していた大学時代、就活解禁日になると一斉に就職活動を始める周囲の男友達を見て「なぜ、男性というだけで『定年までフルタイムで働かなければならない』と皆一様に思い込んでいるんだろう」と疑問を抱き、男性学を研究するようになったという田中さん。日本における男性の生きづらさについて、改めて解説してくれた。
「代表的なのが、『働きすぎ』ですね。数十年前から現在に至るまで長年問題視されていますが、いまだに解消されているとは言えません。
結婚難も、男性が男性だからこそ抱える問題のひとつです。生物学的に男性の方が女性よりも多く生まれるため、戦争がなく、医療が発達して体の弱い子どもでも成人できるようになった現代では、男女の数がアンバランスになります。そうなると、主に経済力の低い男性が、どうしても結婚しにくくなるんです。
あとは『平日昼間問題』というのも、男性学の世界ではよく知られています。学校卒業以降、平日の昼間に定年退職前の男性が街をうろうろしていると、それだけで怪しいと思われてしまうんですよね。
これは、まともな男性なら平日の昼間は働いているものだという、男性に対する強い偏見によるものです。男性が何か事件を起こしたときに、『無職』と報道されると納得する人が多いのも同じ理由です」
競争社会で勝ち続けることを強制される男性の苦悩

また、男性の自殺者数は女性に比べて圧倒的に多いとされている。厚生労働省自殺対策推進室の調査によると、2020年の男性の自殺者数は女性の約2.0倍。田中さんは、男性に多く見られる「弱音を吐けない」心理が背景にあるのでは、と指摘する。
「特に中高年男性には、人に悩みを相談するのが苦手な人がとても多い。『男は弱音を吐いてはいけない』という“男らしさ”を強く内面化しているため、追い詰められても誰にも相談できず、中にはそのまま自殺に至ってしまう人もいるんです。
これは、男性は競争に勝ち抜いて強さを示さなければならないという、古くからの文化と密接に関わっています。周囲との協調を基本とする女性の中には、『人に相談した方が問題を解決できるのでは』と思う人も少なくないかもしれませんが、男性社会ではやはり違いますね。
例えば企業の出世レースにおいては、上に行くほど椅子の数が少なくなるので、同期とも蹴落とし合うしかない。弱っているのを知られたり、慣れ合って情報共有したりすれば出し抜かれてしまう。男性にとって、弱音を吐かない、人に相談しないというのは、敗者にならないために染みついた習性のようなものなんです」
こうした習性は、子どもの頃から植え付けられているという。例えば、親が男の子に「男なら泣くんじゃない」などと諭す場面はいまだに見られる。つらいときにつらいと言うことを幼い頃から禁じられているため、自分のつらさを言語化し、把握するスキルが育たないのだ。
「そういう育ち方をすると、大人になってから『弱音を吐いてもいいんですよ』『つらいときは相談しましょう』と言われても、どうしていいのかわからない。そもそも、つらさを感じているのかどうかさえ自覚できていないことも。自分の限界を把握できずに頑張りすぎてしまい、燃え尽き症候群になる人が男性に多いのもそのせいです。
男の子を育てる親御さんは、お子さんを『男ならこう生きるべき』というレールに乗せず、自分の道を主体的に選べるように育ててあげてほしいですね。あとは、男の子にだけ『乱暴・不真面目・大雑把であること』を許容するのもあまりよくありません。他者だけでなく自分自身のこともケアできない大人になりかねず、本人がつらい思いをしてしまいます」
強固なステレオタイプは他者だけでなく自分自身も苦しめる
男性の生きづらさの大部分は、女性の生きづらさと表裏一体を成している。「男性は一家の大黒柱として働き続けるため、競争に打ち勝つべき」というジェンダーロールは、「女性は家事・育児・介護をメインで担い、男性を細やかにサポートすべき」とセットになっているためだ。
こうした現状を変えるにはさまざまな対策を講じる必要があるが、私たち一人ひとりが凝り固まったジェンダー観から解放されることも大切な要素だという。
「『基本的にはみんなが異性愛者で、いずれは結婚し、子どもを持つもの』という社会通念はいまだに存在しますが、もはや当たり前ではないんです。にもかかわらず、今でもそれを基準に社会が構成されています。
現在の社会のあり方を変えるには、まずはこうした思い込みをなくすこと。そして、男性はこうだ、女性はこうだという偏見から解放されることが欠かせません」
染みついた思い込みをなくすのは容易ではない。だが、田中さんが実施する定年退職者へのインタビュー調査では、時代の変化とともに価値観を変容させた人がしばしば見られるという。
「元管理職の男性は、『ある時期から授業参観やPTAなど子どもの用事で休んだり早退したりする男性社員が増えてきて、最初は気に食わなかった。だが、今はそういう時代なんだと徐々に気付き、むしろ、どうして自分は授業参観に行ってやらなかったのかと後悔するようになった』とおっしゃっていました。彼はこうした経験から、部下を気持ちよく送り出してあげられる上司に変わったんです」
この男性のように、目の前で起きている変化を感じ取って柔軟に対応できる人は、年齢に関係なくいつでも生き方を変えることができる。一方、強固なステレオタイプにとらわれることで、自らの生きづらさを助長してしまう人もいると指摘する。
「近年は、女性が女性ならではの生きづらさを表明する場面が増えていますよね。男性の中には、これを『自分が攻撃されている』と捉えてしまう人もいますが、冷静になれば違うとわかるはずです。みんなでアイデアを出し合って『男はこうすべき、女はこうすべき』という社会のあり方を変えていけば、男女ともに生きやすくなるはずです。女性の意見表明に過剰反応しがちな人は、かえって自分自身を苦しめてしまっていることに気付いてほしいですね」
他者の役に立つ経験が、「競争に勝たねば」の呪縛から解放してくれる

残念ながら男女の賃金や社会的地位の格差はいまだに大きく、現時点ではジェンダー平等が達成されているとは言いがたい。ただ、家事・育児に積極的にコミットする男性が増えていることを筆頭に、徐々にではあるが確実な変化が生まれている。
「競争にとらわれている男性が生き方を変えるには、『利己から利他へ』という価値観の変容が大事だと考えています。人のために何かをして、感謝されて、自分が認められるという循環があって初めて、『僕はこの組織社会の一員なんだ』と思える。競争に勝ち続けなくても、自分に価値を感じられるようになります。
これはもちろん、家事・育児に限った話ではありません。会社で新入社員のために何かをしてあげるとか、地域のボランティアに参加するとか、経済的な利益を生み出す以外の活動をして、人の役に立って認められて、充実感を抱ければどんなことでもいいんです」
定年退職後の男性が他者へ貢献する喜びに目覚めるのは珍しくないが、本来はより早い段階で「利己から利他へ」を経験できるのが理想的だという。ただ、現状では仕事に時間とエネルギーを集中させざるを得ず、その他に目を向ける余裕がない人が多いのも実情だ。
「だからこそ僕は、『男性と女性が対等に働ける社会』を実現すべきだと考えています。男女の賃金や社会的地位の格差、働き続けるハードルの差がなくなれば、両者ともに生きづらさが解消されていくはず。今後は、そうした社会の実現に向けて動いていくべきなのではないでしょうか」
旧来のジェンダーロールにこだわり、他人に押し付ける人は、そもそも自分自身にも押し付けてしまっていることがほとんどです。まずは「男だから」「女だから」という鎖で自らを縛って苦しめていないか、ご自身をよく見つめ直してみてください。
取材・執筆:小晴
撮影:阿部健太郎

1975年生まれ。大正大学心理社会学部人間科学科准教授、渋谷区男女平等・多様性社会推進会議委員、プラチナ構想ネットワーク特別会員。男性学を主な研究分野とする。『男性学の新展開』(青弓社)、『男がつらいよ―絶望の時代の希望の男性学』(KADOKAWA)、『〈40男〉はなぜ嫌われるか』(イースト新書)、『男が働かない、いいじゃないか!』(講談社プラスα新書)など著書多数。
Twitter
@danseigaku
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