週5日フルタイムで働かなきゃ、なんてない。

冨田 阿里

株式会社スマートラウンドで執行役員COOを務める冨田阿里さん。大学では自身がマイノリティになる経験をし、人には個体差が大きいことを学んだ。社会人になってからはスタートアップに引かれ、日系大手企業、グローバル大手企業を経て、株式会社スマートラウンドで執行役員COOに。多様な人々を受け入れ、働く実績が評価され、2022年には「BEYOND MILLENNIALS 2022 AWARD」でD&I部門を受賞している。

経団連は2027年までに起業の数を10倍に、ユニコーン企業を100社に増やす目標を掲げ、「スタートアップ庁」の設立を盛り込んだ提言を発表した。提言は「我々には、これ以上、立ち止まって考える猶予はない。」と締めくくられている。新たな産業をつくり出すスタートアップが注目されるのも当然と言える背景がある。かつて日本は、高度経済成長を遂げてアメリカに次ぐ世界2位の経済大国となった。しかし、ここ30年でGDPはアメリカでは3.5倍、中国で37倍になっているのに日本は1.5倍しか成長せず「失われた30年」とも呼ばれている。さらに日本の人口は2008年をピークに減少へ転じ、世界一の超高齢社会を迎えている。

しかし、ただスタートアップが増えればいいのではない。多様な背景を持つ人々が働ける場でなければならないだろう。スタートアップ企業で執行役員COOを務める冨田さんは、さまざまな企業や人々と関わる中で多様な働き方の課題と理想を見つめてきた。現在のダイバーシティ経営、スタートアップに求められる人材やこれからの時代に必要なものとは何かを伺った。

出典:スタートアップ躍進ビジョン(一般社団法人 日本経済団体連合会)

“働きたいという意志”を持つ人が活躍できる社会に

冨田さんは中高一貫の女子校出身で、医者や弁護士を目指す同級生が多かった。そんな環境で冨田さんが志したのは、“船乗り”だった。神戸大学海事科学部に進学すると、中高生時代とは反対の境遇に置かれることになった。

「6年間女子校だったのが、学部ではまわりの9割が男性。そんな環境で、自分がマイノリティになる経験をしたのは良かったなと思います。例えば航海実習では、握力が足りなくてバルブが開けられなかったり、身長が155cmしかないのでいろいろ届かなかったり……。船が男性基準で造られていることに気付かされました。

ただ、女性でも握力の強い人はバルブを開けていたし、男性でも背の低い人は届かなかった。男女の差を感じるというよりは、いろんな能力に個体差があることを感じていましたね」

社会人になるって「つらそうだな」とずっと思っていた

冨田さんは学生時代に「働きたくない」と感じていた。たまに出会う社会人の姿が冨田さんの目にはつらそうに映ったからだった。電車で暗い表情をしているサラリーマン、仕事の話は全くせず余暇の話ばかりしている社会人。しかし、インテリジェンス(現・パーソルホールディングス)在籍時に出会った人々は違っていた。

「人材系の法人営業で担当したお客様には、IT系のスタートアップ企業がありました。当時は人材の採用において、大企業と比べてスタートアップ企業は規模も年収もアピールしづらいのです。そういった背景もあり事業内容の将来性や社長自身の魅力を取り上げるわけですが、スタートアップが持つその熱量に引かれました。どの事業プレゼンを聞いても『私が働きたい』と思ってしまうほどでした」

その後、転職したセールスフォースは、「Equality(平等)」や「社会貢献」を重視する企業だ。冨田さんは多くのNPOに関わった。

「不登校の子たちをサポートするNPOに関わったことがあります。セールスフォースのオフィスに来てもらって、私自身の経験談を伝えました。

不登校の子たちの気持ちは、理解できる部分があります。私自身、勉強が好きなタイプでもないし、学校に行くと、もっとおしゃれをしたいのに決まった制服を着せられ、食事は決まった時間にしか食べられない。授業の順番も決められていて、みんなが当たり前にやっていることが、自分には『しんどいな』と思っていました。

でも社会人になって働くことがつらそうだと思っていた私が、スタートアップでやりたいことを追求する代表の熱意や、世の中の課題を解決するサービスをつくるために全力で働く人たちの姿を見て、自分の中の価値観がガラッと変わりました。『社会人になるって楽しそう!』って。

だから、将来に希望を持てない学生たちにも伝えたいです。社会人は役に立つこと、世の中にとって良いことを追求することもできるし、めちゃくちゃ楽しいゲームみたいだよって。学校は同質化されていてしんどいけど、大人になるといいことがあるかもと思ってもらえたらうれしいですね。」

短時間でもスタートアップに貢献できる

たくさんの人と出会った中に、現・スマートラウンドCEOの砂川大さんがいた。彼からの誘いを受け、冨田さんはスマートラウンドに入社したという。

「自分が役に立てる総量が大きいことをやりたいと考えていた中で、頑張る人や挑戦する人の役に立ちたいという思いが明確になってきていました。そこで砂川から『スタートアップのためのスタートアップをやる。冨田さんがやりたいことにぴったりだから一緒にやらないか』と言ってもらって。挑戦を続ける砂川を尊敬していたので、ぜひ一緒にやりたいと返答しました。

役職としては執行役員COOですが、何でも屋です。社員はまだ15人ぐらいなので、マーケティングやブランディング、セールス、その後のカスタマーサクセスやカスタマーサポートなど、ビジネスサイドの仕事は全部です。採用も兼務しています。メンバーに助けてもらいながらやっています」

スマートラウンドは、スタートアップ企業とベンチャーキャピタルの業務効率化を支援するスタートアップだ。多くのスタートアップに関わり、また自社の経営に携わる冨田さんから見て、スタートアップ企業や業界のダイバーシティはどう映っているのだろうか。

「会社が大きくなっていくと多様なステークホルダーが増え、多様なバックボーンを持つ人が組織に属することになります。その時、画一的な価値観や枠にとらわれた働き方を推奨していると困ること、気がつかないことが出てきます。でも、はじめから多様な感性、価値観を認めて尊重し合う組織であれば、早い段階からズレや課題に気が付いたり、対応することができます。結果として社員にとって働きやすい環境が整備され、会社の成長を促すように思えます。また、顧客ファーストに立ったサービスが生まれることにもつながるのではないでしょうか。

子育てや介護などのいろんな理由で、パソコンに向き合える時間や会議に出る時間が少なくなり、時短勤務やリモートワークを選択する人もいます。そうした週5日フルタイムで働けないような人たちのライフスタイルに寄り添った、柔軟な働き方が選択できるスタートアップが増えています。

一方で、ベンチャーキャピタルから出資してもらう立場の経営者のケースでは、仕事に集中せざるを得ない期間もあります。とはいえ、何十年も仕事ずくめでないとダメというわけではありません。10年だけ集中して働き、結果を出すと決めてやっているスタートアップの経営者もいらっしゃいます」

「人生100年時代」と言われるこれからの時代は、長い目で見た場合には、働くことに集中する期間、子育てを重視する期間、介護に携わる期間を、希望に合わせてバランスよく計画することで多様な働き方を実現できそうだ。また、冨田さんは「意志」の大切さを強調する。

「大学で授業をやらせてもらったことがあります。ある学生さんは、目に障がいがあり、特殊なメガネをかけて目の保護をしないとアルバイトもできないと言います。そのメガネをしていると、接客業のバイトには面接で落ちてしまうそうです。

でもその学生さんは、頭がよくて素直。バイトの面接に受からないことで閉塞感を抱いていたようでしたが、パソコンを使ったリサーチの業務などクラウドソーシングで仕事を見つけて、働くこともできます。そんな話をしたら、『すごくうれしいです』と言ってくれました。『自分は社会の役に立っていないんじゃないかと思っていました。そんな風に仕事ができて、自分が欲しい本を自分の稼いだお金で買うことができたら幸せです』と。その学生さんには、働きたい意志がありました。

スタートアップで『人手が足りない』と言われるときには、意志ある人が足りません。『楽して給料を稼げるんだったら働きたい』という人はいっぱいいても、『この事業がやりたい』『こういう風に役に立ちたい』と強く思っている人が少ないように思います。

意志があれば、働ける方法はあります。仕事に使える時間が週5時間だったとしても。私は、本業でもそれ以外でも、そういった企業や人をつないでいきたいですね」

スマートラウンドには、地方に移住したエンジニア、子育てをしながらフルリモートで朝早くから働くデザイナー、自分の会社を経営しながら社員として働くマーケターなどがいる。「意志」を大切にし、柔軟に人と触れ合う冨田さんがいるからこそ、多様な人々が活躍できる土壌が育っている。

学生時代に船乗りを目指したのは、漫画『ONE PIECE』が好きだったからだという。いわく、「いろいろ抜けているところもありつつも大きな夢がある人が集まり、『みんなで力を合わせて夢を追いかけるぞ』という世界観」に憧れがあった。今、スタートアップでまわりの人を巻き込みながら事業とダイバーシティを推進していく冨田さんは、「航海」の続きをしているのだろう。

世間では、「結婚は女の幸せ」「子どもを生まなきゃ」と言われることもあると思いますが、「それ誰が決めたの?」と。そういう言葉に流されないようにしようといつも思っています。ただ、選択肢は減らしたくない。私は、2年前に卵子凍結をしました。お金はかかったし痛かったです。でも、後輩や友人たちが同じように悩んでいる時に「私はこういう選択をしたよ」と相談に乗れるかもしれない。だから、選択した道の先は誰かの役に立つはずと信じ、自分は果敢にその少ない方の選択を取ろうと決めています。

取材・執筆:遠藤 光太
撮影:阿部 健太郎

冨田 阿里
Profile 冨田 阿里

2012年、神戸大学海事科学部卒業。新卒時に入社したインテリジェンス(現・パーソルホールディングス)では法人営業を担当し、クライアントであるスタートアップ企業で働く人々と出会い、魅力に触れる。セールスフォースを経て、株式会社スマートラウンド執行役員COOに就任。スタートアップ企業とベンチャーキャピタルの業務効率化のためのサービスを開発、提供する。

Twitter @anritomita

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