自炊に「上手」「下手」がある、なんてない。
「自炊料理家」という肩書を持つ山口祐加さんは、自炊にまつわるレッスンや書籍を通して、その名の通り自炊をする人を増やすための活動を続けている。周囲で「自炊が続かない」「自炊をするのがつらい」と、自分で食事を作ることに苦手意識を持つ人が少なくない状況に疑問を抱いたことから発信を始めた山口さんは、自炊にネガティブなイメージがつきまとう環境を変えていきたいという。
新型コロナウイルス感染症による外出自粛の影響で、自宅で食事をする機会が増えた人は少なくないはずだ。これまで自炊をしてこなかったが、この機会に始めたという人もいるだろう。
ただ、時間がたつにつれ徐々に「自分で作ってもうまくできない」と継続しなくなったり、前から自炊をしていた人でも「やらなくちゃいけないからやっている」と後ろ向きにこなすだけの人も多いのではないか。
そうした、自炊に対しネガティブな感情を抱く人たちのイメージを変えたい、と「自炊料理家」として活動する山口さん。山口さんは自炊について、「こうあるべき」なんて決まりはない、と語る。自炊のパーソナルレッスンなどの活動を通して感じた、山口さんなりの「自炊」への考えを伺った。
「ちゃんとした料理」のイメージがもっと“緩く”なってほしい
小学生の頃から遊びの一環として料理をしていたという山口さん。高校・大学時代には週末になると家に友人を呼び、自分の作った料理を振る舞っていたほど、山口さんにとって料理は身近なものだった。
「社会人になってからも自炊は続けていたんですが、もともと食いしん坊なので、外食も好きで。食事したお店のことをnoteに書いていたら、『毎日外食してるの?』って友達に聞かれるようになったんです。料理もしているんだけどなと思って、軽い気持ちで私の自炊についての考え方を書いてみたら、すごくたくさんの人に読まれて。自炊のことって多くの人が知りたがってるんだなと感じました」
そのnoteをきっかけに、自炊をテーマにした文章を発信するようになった山口さん。リアクションは増えていったが、自炊へのネガティブな声も多く、疑問を抱くようになった。
「当時は食に関するPR会社に勤めていて、そこでも料理が苦手だと思っている人が多いことは感じていました。友達からも『コンビニのメニューは食べ尽くしちゃって飽きてるんだけど、それ以外に選択肢がない』って話を聞くこともありました」
山口さん自身も外食をしたり、何かを買って食べたりすることもあると語る。ただそうした選択とは別に、「自炊」という選択肢が浮かんでこないのはなぜかと考えるようになった。その中で注目したことの一つに、「食材をどう使うか」という点があったという。
「当たり前ですけど、食材には食べられる期限があるんですよね。一度食材を買ってしまうと、その日からどうやって腐らせずに使い切るかというのを考えなくちゃいけない。いわばさまざまな形のブロックを整理し組み合わせて消していく、パズルゲームのテトリスのようなサイクルに入っていくことになるはずです。
でも慣れていない人にとってはそれが難しく、結果的に自炊しないほうがコスパがいい、自炊しなくてもいいや、となってしまう。単品のレシピはすぐに知ることができるけど、肝心の自炊テトリスの攻略法を知る機会が少ないのかもしれないな、と思ったんです」
さらには、InstagramのようなSNSに日々アップされる華やかな料理の写真に慣れた人々が、知らず知らずのうちに自分の料理と比較して、自炊へのハードルを必要以上に上げてしまっているのではないか、とも山口さんは感じた。
「料理が好きだからこそ、そういった料理を取り巻く教材や社会の認識が、あまり自分にフィットしないことをもどかしく思ったんです。もし自分がこれから料理を始める人だったらどんな情報が欲しいだろう?というのを、考えるようになりました」
自分で作る料理には、ムラがあっていい
そんな疑問を起点に、「自炊料理家」としての活動を本格的に行うようになった山口さん。山口さんの発信は一貫して、自炊に対して高いハードルを設けすぎず、自炊を「続ける」ことを主眼にしている。
山口さんは「毎日同じクオリティーで料理をしようと思わなくていい」と言う。“週3日の自炊”で食材を使い切れるよう献立が設計された山口さんの著書『週3レシピ 家ごはんはこれくらいがちょうどいい。』(実業之日本社)の中には、おわんにかつお節とみそを入れ、お湯を注いでみそを溶かすだけの沖縄の家庭料理「かちゅー湯」といった非常にシンプルなレシピも掲載されているほか、「きゅうりにみそをつけて食べるのも立派な自炊」とも語られている。
かつお節とみそを入れ、お湯を注いでみそを溶かすだけで完成する「かちゅー湯」
「日々の料理ってそのくらいムラがあってもいいんです。自炊って本来は誰からも見られず、自分の好きなものを、その日ごとの余裕に応じて好きなように食べられる世界なんですから」
もし、自炊をするとき「何を作るか」考えること自体にわずらわしさを感じてしまうなら、一度「型」を作ってみればいい、と山口さんは提唱する。
「週に3日だけ『型』に沿ったものを自炊する、くらいからでいいと思います。それを1カ月くらい試してみて、自分に合わなかったり、大変だと感じたりしたら、ルールを変えて何回かまた試してみる。試行錯誤するうちに、しっくりくる『型』が見つかるんじゃないかと思います。
もちろん毎回その型をかたくなに守る必要はないんですが、たぶん皆さん選択肢が多すぎて、何を食べればいいかで悩んでしまっているんだと思うので、そういうのもありだよ、という提案です」
山口さんはご飯と汁物を中心とした「一汁一菜」を基本の型としている。
「自炊初心者の人にもおすすめしている、ご飯を中心にした献立です。ご飯とおみそ汁さえあればとりあえずOK、と考える。おいしいご飯のお供って日本には無数にあるので、それにおみそ汁を合わせるだけでいい。
品数は増えることもあれば減ることもありますが、私は普段の食事は基本的にこの一汁一菜で、『炭水化物1:タンパク質1:野菜2』くらいの緩いイメージで献立を考えるようにしています」
必ずしもご飯と汁物、というわけではなく、カレーや汁麺も取り入れているという山口さん。さらには毎食このバランスを達成するのではなく、「1週間の間でいい感じに調整する」心構えで一汁一菜生活を続けているそうだ。
どんな手であろうと、食べられるものを食卓に置くだけで十分
食事に悩むくらいなら自分なりの「型」を見つけて、選択肢を減らせばいい。そう伝える一方で山口さんは、自炊のパーソナルレッスンや友人の話を聞く中で、「自分で用意した料理に対してネガティブに捉える人が多いことに危機感を覚えている」と言う。
「友達が『最近ちゃんとしたものが作れてなくて』と言うので話を聞いてみたら、私からすると全然ちゃんと作ってると思える料理で。この前は、自炊のパーソナルレッスンを受けてくださっている方に『最近スーパーのお総菜が多くなっちゃって……』と相談されたのですが、小さなお子さんがいる方が仕事もしながら、このコロナ禍で変わった環境にも対応しつつ何品も作るなんて、難しすぎるじゃないですか。『ちゃんとした料理』像のハードルを高く持たれてしまっている方は多いなと感じます」
確かに掃除や洗濯で家電やグッズを使うことは「便利」なだけであり「手抜き」だと思わないのに、料理になると『お総菜やレトルトだと罪悪感を覚える』『品数が少ないと手抜きなんじゃないか』と途端にネガティブになってしまう人は少なくなさそうだ。
自分の料理を「ズボラ」「手抜き」と卑下してしまう人にとって、レパートリーを増やすような提案は向いていないかもしれない、と山口さんは言う。
「レシピがあふれている今の世の中ではむしろ、『自分の作った料理がおいしそうと思えない』とか『料理をしているとつらい気持ちになる』と言う人が、どうやったら自分の作った料理を尊重できるようになるかを考えることが大事なんじゃないか、と最近は思います。そういう方に本当に必要なのは新しいレシピじゃなく、今食べているものをおいしいと感じる力なんじゃないかって。
だからこそ、1人暮らしの人なら作っていて苦にならない料理だけにするとか、ご家族や同居人がいる人の場合は、食べる人たちに積極的にリアクションをしてもらうといいと思います。パーソナルレッスンをしていて、『おいしい!』って反応があるのは、料理する人にとってすごく効果があるなと感じたんです。
『手抜きでごめんね』ってつい言ってしまう人は、『いつもより簡単に作ったんだけど、こういう献立どう思う?』と聞いてみると、案外、『これ好きだよ』って返ってくるかもしれない。手抜きだと自分で思い込んでいるだけということもあるので、マインドセットを他の人に変えてもらうのはありだと思います」
手間暇かけて作ることや品数が多いことが「ちゃんとした料理」なんてことはないはずだ。だが「こうあるべき」というハードルを、自分で設けてしまっているケースは確かに多そうだ。そもそも、自炊には「うまい」も「下手」もないのではないか。料理を作る人と食べる人が心地よくいられるかどうかだけが大切なのではないか、と山口さんは言う。
「先日、スープ作家として活動されている有賀薫さんと一緒にインスタライブをして、彼女が『食卓に上がる料理に最低限必要だと思うのは、おなかが満たされることと、腐ったりしていない、安全な食事であることだけです。まずは食べられればよくて、おいしいというのはもっと後の話です』とおっしゃっていて、その通りだなと思いました。
手の込んだ料理かどうかより、自分や家族がニコニコしているほうがずっと重要。どんな手であろうと食べられるものを用意するということは、それだけで十分素晴らしいことだと思います」
自炊を、「やりたい」と思えるものにしていきたい
今、自炊は社会の中で「やらなくてはいけないこと」「やりたくないけれど、やったほうがいいこと」と捉える人も少なくない。そこから「やりたいこと」への転換を図っていきたい、と山口さんは言う。 そのために何が必要かを、山口さんは考え続けている。
「最近は、料理に『ズボラ』『手抜き』のような名前づけを必要以上にしないということも大事なのかなと思うようになりました。
工程の多い少ない、時間のかかるかからない、どちらが『いい』という話ではなく、それぞれの料理にそれぞれのよさがあることを認識し、使い分けていくことが必要なのかなと。時間をかけられない状況が続いているとしたら『ちょっと働きすぎてるのかもしれない』とか、料理を起点に自分の生活を振り返ってもらえたら理想的だなと思います」
私は自炊が好きだからこそ、自炊の価値を発信したり、年齢・性別関係なく、誰しも料理はできるものなんだよっていうメッセージをもっと伝えていきたいです。そのために自分は今何ができるんだろう、ということをずっと考えています。答えはまだ出ていないんですが、これからも活動を続けていくことで見つけていきたいですね。
取材・執筆:生湯葉シホ
編集協力:はてな編集部
自炊料理家、食のライター。1992年生まれ、東京都出身。出版社、食のPR会社を経て2018年4月よりフリーランスに。料理初心者に向けたパーソナルレッスン「自炊レッスン」やセミナー、出張社食、執筆業、動画配信などを通し、自炊する人を増やすために幅広く活躍中。著書に『ちょっとのコツでけっこう幸せになる自炊生活』(エクスナレッジ)、『週3レシピ 家ごはんはこれくらいがちょうどいい。』(実業之日本社)がある。
Twitter @yucca88
Instagram 山口祐加@自炊料理家R
note 山口祐加@自炊料理家
Youtube 山口ユカの自炊レッスン
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