外国人は日本のルールを守らない、なんてない。

三遊亭好青年(ヨハン・ニルソン・ビョルク)

初のスウェーデン人落語家である三遊亭好青年さん。交換留学生として来日した頃に落語に出合い、その世界に魅了された。大学卒業後に再び来日し、2016年に三遊亭好楽さんに弟子入り。2020年に二ツ目に昇進し、現在の名を授けられる。日本の伝統文化である落語を深く愛し、その担い手として奮闘してきた好青年さん。しかし“外国人である”という理由だけで日本での住まい探しに苦労したり、日本人とのコミュニケーションで違和感を覚えたりする場面も少なくなかったという。

治安が良く、礼儀正しい人が多いとされる日本。一方で、独特の文化から「外国人にとって住みにくい国」といわれることもある。それを象徴するのが、外国籍の人の住まい探しの難しさだ。「文化の違う外国人は日本のルールを守らない」という偏見によって、外国人というだけで部屋を貸してもらえない、敷金の積み増しを求められるといったケースは後を絶たない。日本の在留外国人は、2020年末時点ですでに288万7116人。今後は国内の労働人口の減少に伴って外国人労働者の受け入れがいっそう増えると見込まれており、“外国人が住みづらい国”からの脱却が求められている。外国籍の人が安心して暮らせるようになるために、日本社会はどのように変化すればいいのだろうか。自身も日本社会になじむのに苦労したという、好青年さんに話を聞いた。

「箸使いが上手ですね!」と褒められるよりも
対等な一個人として接してくれる方がずっとうれしい

子どもの頃から日本のゲームやアニメ、漫画に親しんでおり、日本文化に興味があった。スウェーデンの大学では日本語を専攻。そんな好青年さんが落語と出合ったのは、交換留学生として中央大学に留学していた頃だ。

「日本はサークル文化がすごく盛んですよね。せっかくなら何かやりたくていろんなサークルを見学していたんですが、たまたま誘われた落語研究会の新歓ライブで『落語って面白そうだな』と。入部して、留学中の1年間活動していました」

スウェーデンに戻り、現地の大学を卒業。「普通の企業に就職するのはつまらない」と思い、本格的に落語に取り組むために再び来日することを決めた。

俳優の専門学校で演技の勉強をしながら落語を続け、弟子入りする師匠を探し続ける日々。あるとき、三遊亭好楽さんの落語を見て「この人に弟子入りしたい!」と強く感じたという。

「師匠の落語には温もり、優しさがにじみ出ています。師匠は第2のお父さんなので、人間として尊敬できる方のもとに弟子入りしたかったんですよね。それで直筆の手紙を持っていったら、僕の目を見て本気だと感じてくださったらしく、入門を許可していただきました」

好楽さんにとって10番目の弟子だったことにちなみ、「三遊亭じゅうべえ」の名を与えられる。2020年8月より二ツ目に昇進し、現在の「三遊亭好青年」となった。

伝統的なしきたりが多い落語の世界は、想像以上に厳しかった。「つらい」「辞めたい」と思うこともしばしばだったが、「落語が好き」という一心でここまで続けることができたという。積み上げてきた努力を無駄にしないよう、今後も精いっぱい向き合っていくつもりだ。

「この物件は外国人NG」に根差す偏見

好青年さんが日本でぶつかった壁は、師匠探しや落語の世界のしきたりに従うことだけではない。家探しにも、スウェーデンでは考えられないほど大きな労力を費やしたという。

「スウェーデンにいながら日本の家を探すのは無理だったので、いったん審査のゆるいシェアハウスに入居し、そこで暮らしながらアパートを探すことにしました」

不動産会社に相談して家探しをしたが、条件に合う中で自分を受け入れてくれる物件は一向に見つからなかった。担当者からは「この物件は大家さんが外国人NGなんです」と伝えられることが多く、地域によっては「この一帯は、外国人を受け入れている物件がほとんどない」と言われることさえあった。

「結局、アパートが決まるまでには非常に時間がかかりました。条件に合う物件が見つかって入居希望を出しても、外国人であるという理由で、審査では何カ月も待たされてしまって」

確かに、日本人でも保証人が見つからない、収入がない等の理由で入居を断られたり、審査に時間がかかったりすることはある。しかし「外国人だから部屋を貸したくない、信用できない」というのは、差別と言えるのではないだろうか。

「大家さんが決める権利を持っているので、私からは何とも言えないのですが……。それでも『外国人だからダメだ』と言われると、あまりいい気持ちにはなりません」

物件のオーナーが外国人の入居を嫌がる理由の多くが、「外国人はゴミ出しなどのルールを理解できないのではないか」というもの。文化の違いは確かに存在するため、一理あると思う人もいるかもしれない。しかし、好青年さんは「もし相手がルールを知らないなら、どうせ理解できないと決めつけずに教えてあげてほしい」と指摘する。

「『外国人にはどうせ無理だろう』とか『外国人だから日本語は話せないだろう』と思い込んでしまうかもしれませんが、実際に話してみないと本当にそうなのかはわかりませんよね。それに、日本のルールになじもうとしている人もたくさんいます。外国人だからという理由だけで拒絶せず、ぜひ歩み寄ってみてほしいと思います」

「外国人だから」と一線を引かれるのは寂しい

普段の生活を営む中でも、外国人であることで壁を感じることがあるという好青年さん。その要因の一つが、日本独特の「みんな一緒でなければ」という空気の強さだ。同調圧力ともいえる空気が、多様なバックグラウンドを持つ人への誤解を生んでしまうことがある。

「日本に住み着いても、外国人はいつまでも外国人扱いのまま。40年住んでいる方でも、いまだに『いつ国に帰るんですか』と言われると聞いたことがあります。実際に私も、こちらが日本語で話しているのに英語で話し続けられたり、私の隣にいる日本人とばかり話して直接私に話しかけてもらえなかったりという経験があります。

たとえ日本語を流ちょうに話せても、日本に骨をうずめる覚悟があっても、外国人は外国人。落語の世界では、きちんと修業していれば国籍関係なく認めてもらえますけど、社会の中では疎外されているような空気を感じることもありますね」

確かに「内と外」のような意識が日本に根強く残っているのは事実。それが「“外”の人とはわかり合えない」という偏見につながってしまっているのかもしれない。

「正直なところ、偏見を持っていること自体に問題意識がないのでは、と感じるような人も見かけます。もちろん悪気がないのは理解していますが、『昔からある風習だからしょうがない』と逃げてしまうのはあまり良くないですよね。

あとは『下手に関わって責任を取るのが怖い』という言葉を聞くことも少なくありません。アパートの保証人探しのときも、どれだけ親しい友達であっても『何かあったときに責任を取れないから』と言っていて、頼みづらいと感じました」

日本の文化に慣れない外国人が「日本では生きづらい」と感じるのも、今の状況では無理はないかもしれない。多様なバックグラウンドを持つ人を受け入れられる社会をつくるには、一人一人が意識を変えていく必要がありそうだ。

偏見にとらわれず、目の前のその人を見てほしい

日本には外国人への偏見がいまだに残る一方、昨今は若い世代を中心に多様性への理解が浸透しつつある。この流れを加速させ、誰もが安心して暮らせる社会をつくるために、日本はどう変化していくべきか。好青年さんの意見を聞いた。

「まず、文化やルールの違いについては『外国人にはわからない』と決めつけず、どう対応すべきかしっかりと説明してもらえたら。話せばわかることも、きっとあると思いますよ。

ただ、そもそも日本は手続きや制度、細かいルールが難しすぎますよね。不動産の契約だけでなく、役所の手続きもそうです。ビザの更新手続きも、私一人ではとてもできません。

スウェーデンではマイナンバーをうまく活用していて、スマートフォンで公的な本人確認ができるようになっています。日本の手続きは、外国人だけでなく多くの日本人にとっても大変なんじゃないでしょうか。もう少しシンプルになればいいなと思います」

日本人の意識やコミュニケーションスタイルには、こんな変化を期待している。

「『外国人』とひとくくりにレッテルを貼るのではなく、対等な一人の大人、個人として見てほしいですね。例えば『何人(なにじん)ですか?』ではなく、いきなり『アメリカ人ですか?』『ドイツ人ですか?』と国名を出して質問されたりすると戸惑ってしまいます。

あとは、日本に来た外国人ならほぼ例外なく『箸の使い方がうまい』『日本語が上手』と褒められたり、『こんにちは』と返すだけで『日本語を話せるんですね!』と言われる。『何か褒めるところを探さなきゃ』と思いやってくれている気持ちはわかるんですが……。正直なところ、対等な大人として扱われていない、部外者扱いされていると感じて寂しい気持ちになることもあるんです。

ただ、それらが失礼なことかもしれないとは思わずにやってしまっているのも事実ですよね。日本のルールを知らない外国人と同じです。なので、お互いに初めからわかり合えないと決めつけず、コミュニケーションを重ねて歩み寄っていけたらと思います」

日本に住む外国人という立場だからこそ言える、忌憚(きたん)なき意見を伝えてくれた好青年さん。偏見はいつも無理解から生まれる。日本がより成熟した社会になるには、まずは私たち一人一人がこうした声に素直に耳を傾けることが大切なのかもしれない。

落語の世界は上下関係が厳格で、目上の人から「これをやれ」と言われたら問答無用で従うし、叱られたら自分が悪くなくても謝ります。その半面、弟子や後輩がトラブルに遭ったときは必ず助けてくれる人情がある。だからこそ、弟子も「師匠のために頑張りたい」と心から思えるんですよね。今の日本はそうした昔ながらの義理人情があまり見られなくなっていて、外国人だけでなく、日本人にとっても生きづらい社会になっていると思います。ただ、それを「しょうがない」と諦めてしまっていてはいけない。落語の古いしきたりが少しずついい方向に変わっていったように、日本社会もこれから徐々に変化していってほしいですね
三遊亭好青年(ヨハン・ニルソン・ビョルク)
Profile 三遊亭好青年(ヨハン・ニルソン・ビョルク)

日本のアニメや漫画をきっかけに日本に興味を持ち、高校・大学で日本語を勉強。交換留学生として中央大学に通っていた頃、落語に出合う。大学卒業後、落語家を目指して再び来日。2016年、三遊亭好楽に入門し「三遊亭じゅうべえ」と名付けられる。2020年に二ツ目に昇進し「三遊亭好青年」に。

Twitter @SanyutKouseinen
Instagram @sanyuutei_kouseinen

◉Blog
三遊亭好青年のブログ(https://ameblo.jp/borubotei-ikeya/

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