男性に子育て・家事はできない、なんてない。

安藤 哲也

NPO法人ファザーリング・ジャパンの代表として、父親の育児支援、講演、国や自治体の各種委員を担ってきた安藤哲也さん。自身が育った頃は、「男は仕事、女は家庭」といった価値観が刷り込まれていたものの、ジョン・レノンとの出会いなどのきっかけがあり、男性が積極的に育児をすることが父親にとっても子どもにとっても重要だと感じた。“父親であることを楽しもう”と発信する安藤さんに、男性の育児について伺った。

実際に「イクメン」は増えているのだろうか。2020年にアデコ株式会社(※1)が行った調査によれば、管理職は男性部下の育休取得に対して約8割が推進しているという。共働き家庭の30代男性の約6割は、周りと比べて家事を分担していると自負しているそうだ。

一方で、立教大学の同年の研究(※2)では、普段の家事・育児を行っているのはほとんどが女性(母親)であることがわかった。子どもの学習サポートでは女性が73%、さらに家事はなんと女性が91%を占める。

安藤哲也さんは、2006年にNPO法人ファザーリング・ジャパンを立ち上げ、父親支援に取り組んできた。合言葉は“父親であることを楽しもう”だ。そこには、どんな思いがあったのだろうか。安藤さんは「イクメンという言葉がなくなればいい」と言うが、その意図とは。

※1 出典:子育て世代男性会社員の家事・育児分担に関する意識調査
※2 出典:立教大学共同研究「学びを支えるプロジェクト」『学校が「とまった」日―ウィズ・コロナの学びを支える人々の挑戦―』(東洋館出版社)

子育てのジェンダーバイアスを解消するには、父親が子育てを

「男は仕事、女は家庭」といった刷り込みは根深い。特に安藤さんの世代では、社会の空気、教育、メディアを通して、その性別役割分業を強く内面化していた。

「今は共働き家庭が多いですが、1962年生まれの僕が育った高度経済成長期は、右肩上がりの父親一人の給料で家族全員を養える時代でした。母親はほとんど専業主婦で家にいて、子どもや夫を朝送り出して、家事を全てやって、夕飯を作って待つ。僕の実家もそんな感じで、国家公務員の父親と専業主婦の母親という典型的な昭和の家庭でした。

中学の授業では男子に家庭科がありませんでした。正確には、男子は技術・家庭の『技術分野』を習い、ハンダゴテでラジオを作ったり木材で椅子を作ったり。その時間、女子は家庭科室で料理の仕方やミシンを習っていたはずです。でも1993年あたりから、中学校や高校で『技術』も『家庭』も男女共修になった。そのときに中学生だった人たちが現在40歳ぐらいなので、つまりそれ以上の年代の人は学校でもそう教わってきたし、家に帰っても多くは性別役割分業の親に育てられていた。テレビアニメも、『サザエさん』『ちびまる子ちゃん』『ドラえもん』など、どれも専業主婦家庭。あとは『ランドセルは男の子が黒で女の子は赤』といったように、サービスや商品にもジェンダーバイアス(社会的・文化的性差別あるいは性的偏見)は多くありましたよね。そんな日常に身を置いていると、それが当たり前だと思い、固定観念になってしまう。男性は外で働いて、女性は家で家事も育児も全部やるという刷り込みをずっと受けてきた世代なのです。でも、男性だって子育ても家事もできます。たぶん、『できない』と思わされてきただけなんですね」

安藤さんには3人の子どもがいるが、第一子の娘を育てたとき、特にジェンダーギャップに意識が向いた。現在の日本は、世界経済フォーラムの公表する「ジェンダー・ギャップ指数2021」で120位。

「娘が将来大人になったときに、固定的な男女の役割意識が解消されていて、もしママになっても仕事を諦めず、子育てしながらキャリアを伸ばせるような社会になっていてほしいと、強く思いました。

娘を毎日保育園に送り、おむつを2000枚替えて、絵本も6000冊は読みました。たぶん娘は、子どもに絵本を読まないような男とは結婚しないだろうなと確信があるわけです。だってうちは全部僕がやっていたから、『絵本を読むのはパパ』という認識だと思う。今は多くの家庭で夫が保育園へ送り、父親として絵本の読み聞かせをすることも当たり前になってきているから、徐々にアンコンシャスバイアス(無意識の思い込み)や家庭内でのジェンダーギャップも、解消していくと期待しています」

理想はジョン・レノンみたいな父親

3つの大きな出来事が、安藤さんをファザーリング・ジャパンの活動に向かわせた。ジョン・レノンとの出会い、リーマンショックによる先輩のリストラ、そして妻の一言だ。

「僕が中2の頃、ジョン・レノンとオノ・ヨーコの息子ショーン・レノンが生まれたときに、今でいう育児休業、つまり4年間音楽活動をやめて、育児に専念すると世界に宣言したんです。ラジオの深夜放送でそれを聞いて、『うわ、かっこいいな』と思って。当時の日本では、男女の家庭内役割分業が固定化されていたから新鮮でした。育休を取る男性なんてもちろんいないし想像もしなかったけど、『僕も将来はジョンみたいな父親になれたらいいな』と、なんとなく思っていました。

社会人になり、20代のバブル経済の頃は出版社で働いていました。夏のボーナスで、200万円出たことがありましたね。妻子持ちの先輩たちは、6000万~7000万円のマンションを金利5%以上のローンで購入しているような時代。しかしバブルが弾けてボーナスもゼロ、リストラになっちゃって青ざめていました。それを見たときに、『もうこれからは、会社にキャリアを預けていても、給料も職位も上がっていくことなんてない。そんな生き方をしているようではハッピーになれない』と思うようになり、自分が本当に楽しく働ける仕事を見つけて転職をしました。

書店の店長だった35歳のときに結婚しましたが、妻との出会いもその後、僕の父親支援の仕事を生んだ側面があります。妻は富山の自営業の家で育ったんですが、北陸地方は昔から女性の就業率が全国でも高く、“富山は日本のスウェーデン”ともいわれているんです。義父と仕事をしながら目まぐるしく家事もやっていた義母のもとで、妻は自分のことは自分でやるようになり、中学生になった頃は夕飯を作ることがたびたびあったそうです。

そういう環境で育った妻と結婚したときに、僕のほうは専業主婦の母親に育てられていたのもあって、『子どもが生まれたら仕事どうする?』と聞いちゃったんです。妻は『何を言ってるの? 働くに決まってるでしょ!』と。24年前の話です」

そして安藤さんは9年後、父親支援のNPOであるファザーリング・ジャパンを立ち上げることになった。

「2000年代の前半の頃、男性の育児は社会にまだ受け入れられていなかったし、自分も育児と仕事の両立がうまくいかなくてモヤモヤする中で、解決策を求めて図書館に行って北欧の子育てやオランダのワークシェアリングなどの本を読みあさりました。そこには、男性も女性も育児をして、女性が政治家や官僚、経営者として活躍している姿があり、国全体も女性たちが活躍することで生産性やGDPが上がっていたり、男性も仕事だけではなく子育てを通して家庭や地域での居場所を見つけてQOL(人生の質)が上がっていたりする。ジェンダーギャップは解消し、出生率も上がっている状況を知るにつけ、『日本もこうなってほしい、ちょっと時間はかかるけど必ずそうなっていくんじゃないか』と、直感的に思いました。

それから数日徹夜で事業計画書を作って、『こんなことやりたいんだけど一緒にやらない?』と呼びかけたら13人のパパやママが手を挙げてくれて、ファザーリング・ジャパンを立ち上げました」

父親の家庭進出のターボエンジンになりたい

それでも安藤さんは、いずれは「イクメン」という言葉がなくなり、ファザーリング・ジャパンが解散したほうがいいと考えている。

「10年前に『イクメン』という言葉が出てきてはやった。この言葉には賛否ありますが、僕は社会の目が男性の育児に向いたという点でよかったと思っています。でもそろそろ過渡期を終えて、男性の育児がスタンダードになれば、イクメンという言葉はなくなると思う。

『ワーキングマザー』という言葉もそうですよね。今やこれだけ働く女性が増え、子どもができたら産休・育休取って職場復帰するのが当たり前になったから、さすがにメディアでも最近は『ワーママ』という言葉は使わなくなってきている。逆を言えば、僕はずっと子育てしながら働いてきたけど、一度も『ワーパパ』って言われたことがない。これから企業でも『男性育休』が当たり前になれば、男性も女性も北欧のように両立がしやすくなり、子どもを産み育てやすい社会に近づいていくと思うのです。

今の子育て家庭の多くは『共働き・共育て』をやっています。でも男女の家事時間の比較を見ても未だ女性への負荷が多い。働き方も含めて、ジェンダーギャップは根深いんです。そこを早く超えて、北欧諸国に追いつけるようにしたい。次世代のパパやママに同じ思いをさせたくないんです。

まあ状況からして必ずその方向に向かっていくのですが、なにせスピードが遅い。放っておいたら日本はあと30年かかると思うんです。我々の活動がある意味ターボエンジンになって、リアルでより良い社会に近づくことが加速していけばいい。『イクメン』は、あと10年で決着をつけたいですね。そのとき、僕はファザーリング・ジャパンを解散するかもしれません」

社会が変わるのを待つのではなく、一人一人にできることがあると、安藤さんは父親たちの背中を押す。

「『仕事が忙しくて、育児をしたくても家庭に居場所がない』というパパから相談をよく受けます。彼らが言うのは『今はちょっと仕事が忙しいけど、いつかはやります』ということ。でも、会社や上司、社会が変わるのを待っていたら、子どもはあっという間に育ってしまいます。3歳には3歳の、5歳には5歳のおもしろさがあるんだから、『今やればいいじゃん』と。まずは自身の働き方を変えたり、人事部に掛け合って制度を変えてもらったり、自分ができることはいっぱいあります。

もちろん家では、家事は“手伝い”ではなくて“シェア”しなければいけないし、いちいちパートナーに言われる前に自分で考えて動いて、家事・育児をやっていくこと。それは義務ではなく楽しい権利だし、自分自身の生活リテラシーにつながっていくのです。

子育て真っ最中で仕事を休んでいるママたちに、『一番イライラすることは何ですか?』と聞くと、『パパ』と答える人が多いんです。ということは、パパが家事や育児を協働すれば、ママの負担が減り気分が落ち着いて笑顔になる。それを感じて子どもの情緒も安定すると思うんです。つまりママをいたわることも広い意味で子育てになる。これを『間接育児』と言います。ファザーリング・ジャパンはおむつの替え方や絵本の読み方といった『直接育児』を男性に教えるだけの団体ではありません。自称イクメンのパパは、直接育児をやって自慢したがるんですよね。でもそれだけじゃないんです。まずは自分の身の回りのことを自分ですること。それだけでママの不満はずいぶん和らぎます。また家事はやれるときに積極的にやる。あと、仕事から帰って疲れていても、15分でいいからママの話を聞いてあげてほしい。ずっと家にいて子どもの相手をしていたママは、『一日こんなに大変だったんだよ!』と話すことでしょう。それを傾聴することもパートナーの大事な役目なんです。

コロナ禍では、在宅勤務のパパが『育児や家事の時間が増えた』と言っています。そして家族の笑顔が増えたことで、幸福感を高めたパパもたくさんいます。パパの協働は、必ず働くママの活躍につながります。僕もオンラインの仕事が増え出張も減ったので、図らずも家事の領域が広がり、料理の腕も上がりました。フルタイム勤務で帰宅した妻が、僕の料理を『おいしい!』と言って食べてくれることが楽しくて仕方ありません。コロナというピンチがチャンスになっている感じがしますね。だから現役の悩めるパパたちには、このターニングポイントを生かして、家庭でのプレゼンス(存在感)を高め、失った家族との絆を取り戻す、願ってもないチャンスが来ているぞ、と伝えたいです」

ジェンダーバイアスが強く刷り込まれた世代だった安藤さんは、ジョン・レノンらの影響を受け、父親の育児が「こうあってほしい」という姿を見いだしていった。男性の育児は、「しなければならない」と義務感として語られることもしばしばあるが、人生で限られた時間にしか味わえない豊かさのある営みのはずだ。父親であることを楽しみ、イクメンという言葉をなくしていくことで、母親、子ども、そして父親自身のより良い人生が実現できるだろう。

男性も子育ては出産と授乳以外は全部できます。子どもはどんどん成長していってしまうので、「いつかやろう」ではなく、生まれてすぐの時期から育児をしよう。それは子どもの育ちに良い影響をもたらし、父親自身のQOLを上げることにもつながるはず。

子育ては、自分の思い込みで視野が狭くなってしまうこともあるので、時には“ピアサポート”(仲間同士の支え合い)で、パパ友と体験や思いを語り合うことも大切。できれば同じ地域に、ちょっと相談できるパパ友がいると心強いですよね。子どもにとって “笑っている父親”として、今を楽しんでください。
安藤 哲也
Profile 安藤 哲也

1962年、東京都生まれ。出版社、IT企業など9回の転職を経て、2006年に父親支援のNPO法人ファザーリング・ジャパンを設立。「笑っている父親を増やしたい」と講演や企業向けセミナー、絵本読み聞かせなどで全国を歩く。最近は、管理職養成事業の「イクボス」で企業・自治体での研修も多い。厚生労働省「イクメンプロジェクト推進チーム」座長、にっぽん・子ども子育て応援団応援団長等も務める。著書に『パパの極意  仕事も育児も楽しむ生き方』(NHK出版)、『できるリーダーはなぜメールが短いのか』(青春出版社)など多数。3児の父親。

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