元の働き方に戻らなきゃ、なんてない。【後編】
「これからは、個人の時代になる」と語る、執筆家でありIT批評家の尾原和啓さん。コロナの影響で働き方が多様になっている今の日本社会を、尾原さんはどう見ているのだろうか。尾原さんがこれからの日本に必要だと考えている「人」とは一体──?

コロナ禍をきっかけに、私たちの働き方は多様になった。オフィスに行かなくても組織は成り立つことが分かったし、ミーティングもビデオツールを使えば画面越しでできるようになった。でも、よく周りを見渡すと、そうした働き方をしているのは、限られた一部の人だけのようにも見える。『どこでも誰とでも働ける』の著者・尾原さんはこれまで14社の転職を繰り返し、シンガポールやインドネシアのバリ島に拠点を持ってリモートワークをしながら、世界を舞台に“自由に”働いている。そんな、いつも誰よりも一歩先を行く尾原さんのような、ワクワクする働き方を手に入れるには、一体何が必要なのだろうか。
企業なのか個人なのか、なんて、なんだっていい
これから働き方も多様になる中で、尾原さんは「これからは個人の時代になる」と話す。そうした中で今後、企業と個人の関係性は、どうなっていくのだろうか。
「『組織と個人の関係性』と構えるのではなく、組織も個人の集合体であることを前提に、『この人と仕事をすると、楽しい』と、思ってもらえればいいんです。垣根を考えるよりも、何の未来に対して一緒に向かおうとしているのか? 相手が描く未来に対してどう貢献することで『この人と何かしたい』と、思ってもらえるか?を考える。相手の夢の中に入ることで、結果的に自分も何かの夢を見ることができたり、自分も夢を実現できるだけの何かを得られたりする、ということの方が大事で、個人なのか会社なのかなんていうのは、なんだってよくて。お金だって後からついてくるものなんです」
「みんな仕事ってお金をもらうことだととらわれすぎていると思っていて。昔は結婚するか結婚しないかでゼロイチでしたけど、今は友人以上恋人未満だったり、同棲をして結婚しないとか0.1とか、0.3の関係っていっぱいありますよね。仕事もそうで、別にやめた後でも関わり方っていっぱいあるんですよ。毎朝自分のニュース収集の際に、前の上司が知ったら喜びそうな情報だなと思ったら、メッセージ送るのに3分かからないですよね。向こうにとっては調べるのに2時間かかることも、僕にとっては10分で終わることなんていっぱいあって。そういうのが2年くらい続くと次の転職につながることもあるし。実際Googleへの転職はそうでした。みんな、うまく自分の好きなことと仕事をすり合わせながら生きていますよね。それって何に対しても言えるわけですよ」
「たとえ仕事をしていたとしても、ボランティアなら契約も上司の確認もいらずにいろいろなチャンスをつくることができますよね。まずはボランティアからでもいいし、仕事から遠いコミュニティやオンラインサロンから始めて、挑戦してみたらいいんです」
尾原さんが例にあげたのが、友人であり、日本のTEDで全体のディレクターを務めている鈴木祐介さんだ。彼は会場のドアマンからキャリアをスタートしたが、ドアマンはコミュニティに入る最初の印象となるため、鈴木さんはそこで来場者に対して気持ちの良い挨拶で接客をした。そうしてどんな仕事にも「好き」や「楽しい」を見いだして、自分なりにやりがいを持って仕事をした鈴木さんは、毎回TEDxが行うボランティアスタッフの評価アンケートで高評価を得た。その後彼は、ボランティアだけではなくTEDxの中心の仕事を担うチャンスを得て、最終的に現在は日本全体のTEDxのディレクターとなったそうだ。彼は現在、WeWork Japanのコミュニティマネージャーも務めているという。
一回極端に振ってみてもいい。全部リモートに振り切ったからこそ、リアルの良さもわかる
これまで尾原さんは「リモートワークなので日本にいないんです」「オンラインミーティングでもいいですか?」などと仕事相手に話しても、なかなか理解されずに説明に時間がかかってしまい、もどかしい思いをしていたという。それがコロナによって、周囲のリモートワークへの理解が進んだことによって、仕事がぐんと楽になったそうだ。
「一回極端に振ってみてもいいと思うんですね。全部リモートを前提に仕組みを作ったからこそリアルに戻した方がいい部分がわかり、リアルの良さを徹底的に引き出すにはどうすればいいのかを考えることができる。そういうことができた会社が、これからの時代に生き残っていくと思うんですよね」
「実際、あるベンチャーの友人が、リモートをベースにすると、本当に出社しなければいけないのは、週に1日か2日だと話していました。そうするとオフィス代が5分の2に削減でき、その分の資金が5分の3余るから、それを個人の自宅の仕事場を充実させるための補助金として提供できる。あとは普段の情報共有はリモートでも、3か月に1回の絆づくりはしたいので、ちゃんと三密を守って、会議室を借りなくて済んだ費用を使ってグランピングで非日常空間に行く。そんなことだってできるようになるんです」
一方で尾原さんが懸念しているのは、せっかくコロナで進んだリモートワークの「良い点」さえも人々が忘れてしまうことだ。私たちは最近になって、うまくソーシャルディスタンスを守りながら、徐々にリアルを取り戻している。せっかくリモートワークのチャンスを得て、次のジャンプができるのに、「やはりリアルでいいや」と、安らいでしまっていると感じる部分も多いと、尾原さんは日本社会を見ている。
「せっかくだから突き進んでほしいと思うんです。 コロナをうまく制御して、リアルを取り戻しているのは、とてもいいことではあるのですが、極端に進化できるせっかくのチャンスを、そのまま逃してしまったらもったいない」
このチャンスをどうにか利用してほしい。今後企業は、どちらの方向に向かって動いていくのか。尾原さんが、興味深い事例を話してくれた。
「『仮想空間シフト』の後書きの中で山口周さんが書いていたのが、ヘイマエイ島で火山の噴火が起きたときの出来事です。当時、島民の3分の1が家屋を失ってしまった中で、最終的に島から出て家を別の場所に建て直した人と、ボロボロになったけれどこだわってその島に住み続けた人の両方の人の生涯収入の統計で、興味深い結果があったんです。結果として島を出て外の人生を生きた人の方が、生涯収入が大幅に上回っていたそうです。災害に遭った後で懐かしさの中に戻っていく人と、変化はつらいけれど一度懐かしさを忘れて、せっかくだから新しい時代に合わせた生き方をしようという人だと、後者の方が収入が上がったという事実があるということです」
大事なのは、自分の楽しみの中でうまく拡張していくこと。仮想空間の中では、新しいことを始めることや、つながることのコストがリアルと比べてダンゼンに安い。挑戦できるチャンスは圧倒的に増えるのだ。
「日程調整や移動時間などの不要なものや摩擦がなくなったことで、相手の“思い”の部分に答える時間が増えたんです。今日の取材も昨晩、『明日はどんなことを話そうかな』と、考える余裕がありました。インターネットのツールによって、新しい出会いを起こすコストがぐんと減っているんですよね。それが、本当の豊かさだと思います」
フューチャーリストを増やして、ワクワクを増やしたい
尾原さんが今、日本に増やしたい人。それは、「未来の当たり前を今の人たちにわかりやすく、楽しく語るフューチャリスト」だ。どうしても変化が多い時代には、メディアの不安にあおられてしまったり、不安から物事を始めてしまったりする人が多い。そうではなくて、テクノロジーで人の選択肢を増やすことや、人の笑顔を増やすこと、テクノロジーがどのようにポジティブな部分を増やしていくのか、そうしたところを今の人たちにわかりやすく伝えていく。それが、尾原さんの使命だという。未来の明るいニュースを見て、未来をどう豊かにしていくのかを考えてほしい。不安なニュースを見てしまったら、同じくらい未来の明るいニュースを見てほしい。それが、尾原さんの願いだ。
「特にシリコンバレーでは今が、『2020年ビンテージ』という語られ方をしています。リーマンショック後に、ソーシャルとモバイルに関して世界が大きく変わったんです。今回も、コロナショックでリモートで生きる価値観が強制的にアップデートされた後、日本の5Gも始まりましたし、VR、IoT、AIもどんどん広がり、価格も安くなります。そうして手が届きやすくなることで、今まで一部の人のものだったのが、どんどんみんなのものに変わって誰もがそうしたテクノロジーにアクセスできる世の中になるんです」
今はそんな4つの革命が、仮想空間を生きるという価値観が強制的にアップデートされた後に起こるという、素晴らしいタイミングなのだ。
「だからこそ不安になる前に、未来の新しい生き方を、ワクワクを、みなさんに大切にしてほしいんです」
~元の働き方に戻らなきゃ、なんてない。【前編】はこちら~
撮影/干川修 、編集協力/IDEAS FOR GOOD

1970年生まれ。京都大学大学院工学研究科応用システム専攻人工知能論講座修了。Google, McKinsey & Company,リクルート, i-mode, 楽天執行役員と数々のDXを実現、転職14職プロジェクトワーカー。五年前にバリ島・シンガポールにベースを移し年間で85フライト、リゾート地からリモートで働く。新刊「ネットビジネス進化論」「あえて数字からおりる働き方」はAmazonビジネス単行本新着1位、2位 。
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