古い物件に借り手はつかない、なんてない。
東京・台東区の住宅街の中でひと際目を引く古民家・桜縁荘。管理人として築約100年にもなる建物を改修しながら暮らす水上さんが行っているのは、空き家などの古い建物をリノベーションして生まれ変わらせるという取り組み。さまざまな活動を通して見えてきたのは、「多くの人に、住まいは自由に変えられると知ってほしい」という願いだった。

古い建物をリノベーションして住むという選択は徐々に浸透しつつあるが、世間一般では築年数の新しさに重きをおく傾向がまだまだ強い。「家に対して完璧を求めすぎる風潮も、空き家再生のハードルを上げている一因」と語るのは、株式会社まちあかり舎代表の水上和磨さん。「賃貸住宅はハウスクリーニングなどで完璧な商品にしないといけないという感覚が強いですが、古い建物は傷だらけ。それがむしろ普通であり、建物の魅力のひとつでもあるんです。こういった価値観の部分からも、家に対する考え方を柔軟にしていきたい」という思いに至るまでの生き様と、多くの人や建物と向き合うことで実感した既成概念の変化について話を伺った。
古い建物が持つ未知の可能性を
自分でも追求してみたかった
やってから考えるか、石橋をたたいて渡るか。どちらのタイプですか?と尋ねると、「前者ですね」と水上さんははにかんだ。幼い頃から探検好きで「予想のつくことより、ちょっとわからないことをやる楽しさに引かれる」というチャレンジ精神は、彼の生き様の根幹となっている。
生まれ育ったのは熊本県のとある新興住宅街。畑が広がる風景の中に新しい家がポツポツと建っていく様子を見ながら育ってきた。そのため「家は新しいほうがいい」という感覚を持つ両親からは「なんでこんなに古い家に興味を持ったの?」と不思議に思われているという。
水上さんが築約100年の古民家・桜縁荘に住み始めたのは大学生のとき。古民家に住もうと思ったのは、シンガポールへの交換留学を機に1年間休学していた大学へ戻るため、都内で部屋探しをしている最中に感じた賃貸住宅への不満がきっかけだった。
「学生向けのワンルームにありがちな画一的な部屋に住みたくなかったんです。壁が薄くてツルツルしたフローリングが張ってあって、申し訳程度のキッチンがついているみたいな。あの感じに高いお金を払ったり、生活という自分の時間を費やすのがもったいないと思ってしまって。せっかくお金をかけるのであれば、時間の使いがいのあるところがいい。そんなときにふと浮かんだのが、空き家という選択肢だったんです」
発想のカギとなったのは休学中に訪れた岡山と京都の街並み。古い建物をリノベーションし、住まいや店舗として活用されている場を初めて目にして「こんなやり方もあるのか!」と感動を覚えたという。
「それまで当たり前だと思っていた“家とは自分で手を入れるものではない”という感覚がひっくり返されたというか。建物が古くてもうまく改修すればこんなに素敵に使えるんだという可能性を知り、古い建物に魅力を感じるようになりました。いつかは自分でもやってみたいと思うようになったのも、このときの経験がきっかけです」
桜縁荘の障子を張り替える「ハリカエ!ワークショップ」の様子
人が出入りすることで
建物内の時間が動きだす
不動産会社では理想の物件に巡り合えなかったため、大学周辺の街である谷中を友達と歩き回って空き家を物色。その中でピンときたのが、元代議士が別宅として使用していたという広大な日本家屋。地域で活動するNPOを通じて大家さんを紹介してもらった結果、「家賃を支払わない代わりに建物の修繕やメンテナンスを自費で負担する」という特殊な契約での入居が決まった。
「一目見たときからワクワクしていた」という水上さんだったが、5~6年放置されていた物件は廃墟寸前。大学の友達に手伝ってもらいながら手入れをし、住める状態になるまでにかかった時間は約2カ月。住み始めてからも「今週はここ、来週はあそこ」と掃除を続け、半年ほどかけて家の中を整えていったという。
「一番時間がかかったのは掃除。あまりにもすごい状態で、正直最初の頃は「本当に住めるのか?」と半信半疑だったんですよね。雨漏りもするし、玄関の屋根にも大きな穴が開いていて滝のように雨水が流れ込む状態で。でも、人が出入りしたり窓を開けて掃除をすると止まっていた時間が動きだすというか。建物が生き生きしてくるのを感じて『これは大丈夫だ』という確信が持てたんです」
住宅の不動産価値がなくなるまでの
期間の短さに驚きを隠せなかった
大学卒業後はリノベーション物件を販売する不動産会社に就職し、営業の仕事に携わる。桜縁荘での暮らしを機に芽生えた「古い建物の再生を仕事にしたい」という目標の準備として、実務の経験を積んでおきたいと思ったからだ。
だが、仕事を始めて知ったのは、「家は新築がいい」という世の既成概念の強さと、中古物件は最初の選択肢に入りにくいというリアル。何より衝撃を受けたのは、築年数20年で建物の不動産価値がゼロになるという業界の慣習だった。
「建てて壊すということが短いサイクルで行われていることに本当にびっくりしました。昔であれば『家を建てるときは3代使え』といわれたように、家って90~100年は使われるものだったんですね。しかも木造であれば技術的に直せないところはないんです。不動産価値がなくなったとしても使おうと思えば使えるのに、単純にもったいないですよね。購入する生活者側の立場で考えると、すごく損をしているのではないか?という疑問がぬぐえませんでした」
悩みや葛藤はあるものの、会社員として充実した生活を送っていた水上さんにチャンスが訪れたのは入社2年目のとき。大丸松坂屋のオフィスとして活用されている町家を再生するためのプロジェクトにかかわる機会を得たのだ。
「事業を手掛けるには会社が必要ということだったので、地元NPO法人のメンバーをはじめとする4人で不動産会社『まちあかり舎』を設立。『本当に食べていけるのか?』という不安もありましたが、これも縁とタイミングかなと思って独立を決意しました」
まちあかり舎が手掛けた「キノネアトリエ」。ベースは昭和初期に建てられた元酒店の建物。1階は食堂、2階はシェアオフィスとして運営される予定。
住む人自身が理想の住まいを作るための
クリエイティビティを発揮できる環境を育てていきたい
まちあかり舎の事業方針は、空き家になって困っている古い建物をオーナーから借り受けて改修。サブリースとして貸し出すことで再生を図るというものだ。空き家物件の活用に悩む大家さんなどから好評を得る一方で、仕事を通して見えてきた課題も多いという。
「古い建物はメンテナンスしながら使っていくことが前提となるのですが、修繕にかかる費用の予想がつかない。だから極力リスクを減らしたい家主さんは、空き家をどうにかしたくてもちゅうちょしてしまう。『雨漏りを直すにはいくらかかる』というような相場が肌でわかれば積立金でどうにかできるんですが、現代はその知識を持つ人が少ない。その知識を持つ人が増えれば、古い建物をもう少し柔軟に使っていきやすくなるのでは?と思うんです」
多くの人や物件と向き合ううちに、水上さん自身の既成概念を覆すような発見もあった。そのひとつが「古い物件は改修しなければ借り手はつかない」と無意識のうちに思い込んでいたことだった。
「とある事情で大家さんから預かった元酒店の建物を、素のままの状態で募集をかけることになったんです。『好きにリノベーションしていい』という条件ではあるものの、現状ではごく普通の物件だし、さすがに厳しいのでは……?と思っていたのですが、結果は予想に反して満室。驚きましたね。最初にお金をかけて建物をガラッと変えなくても、情報さえ発信していけば若い世代にバトンタッチできるんだと実感したことで、自信につながりました」
同時に反省したのが、借り手が持つ“未来を構想する力”を信じきれていなかったことだ。
「建築のプロじゃないと建物の現状以上の仕上がりにはならないと思い込んでいたのですが、一般の方のほうが意外と自由な発想を持ってたりするんですよね。しかも『この壁を抜いてこう使いたい』という構想もちゃんと持っていて。そのときに、自分たちがやるべきことは建物を作ってお膳立てするだけではなく、借りる方の想像力やクリエイティビティを自由に発揮できるような環境を作ってあげることなんだと気がつきました」
「自由にやっていいんですよ」と背中を押すための活動の一環として行っているのが、空き家の活用事例やリノベーション物件の魅力などを伝えるワークショップだ。活動のベースには昔は当たり前だった「住まいの手入れは自分で行う」という感覚を、ひとりでも多くの人と共有してもらいたいという思いもある。
もしリノベーションに興味のある方は、とりあえずできそうなことからやってみてください。最初は手探りでも大丈夫。ただ、配線・配管関係などの自力じゃ難しい部分だけプロに委ねてください。あとは道具さえあれば、僕のように結構なんとかなりますから(笑)

株式会社まちあかり舎代表取締役、「桜縁荘」管理人。
熊本県出身。東京大学卒業。
学生時代、台東区上野桜木にて空き家になっていた古い家屋を修繕しながら自ら住み、地域に開く活動を行う。戸建てやマンション・ビルなどのリノベーションによる不動産企画・開発を行う株式会社リビタを経て独立。
台東区の谷中・根岸かいわいで空き家となっている歴史的な建物の再生に取り組む「まちあかり舎」を、地元のNPO法人、建築家、建設施工会社のメンバーとともに設立。
まちあかり舎 http://machiakarisha.jp/
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Twitter https://twitter.com/mizukami_kazuma
桜縁荘 http://oenso.jp/
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