素人に家具や建物は作れない、なんてない。
建物や家具を作ることは建築家の専門分野とされてきたが、テクノロジーが発展した昨今では知識や経験のない一般人にも高度な物作りが可能になってきている。従来の建築のあり方を見直し、プロではない作り手たちの可能性を広げる活動を展開する建築家・秋吉浩気さんが考える“建築の民主化”とは?
建築家と聞くと、家具や建物を作るのが仕事というイメージがあるが、気鋭の若手建築家・秋吉浩気さんは「ただ固形物や建物をデザインするだけでは役不足だ」と語る。誰もが大工や建築家になれる“建築の民主化”を掲げた活動や、買い手がオンラインで木製品を自由に設計できるデザインツール「EMARF」の開発など、従来の建築の既成概念を覆す発想の源と未来の建築家のあり方について話を伺った。
自分たちの世界は自分たちで作れる、という感覚が当たり前だった
テニスコートと塀の隙間を探索したり、校庭と道路の間のフェンスをよじ登ったり。誰も知らないゾーンに入るような、探検隊みたいな遊びが好き。好奇心旺盛な秋吉さんにとって物を作るということは、子どもの頃からの日常だった。
「牛乳パックとかいろんな箱を集めて壊して、セロハンテープでつなげまくって……という感じ。よく作っていたのは建物。小学校の廊下に作ったものを置ける場所があったので、そこに作ったものをどんどん足していって、みんなで街のようなものを作っていました。基本的にじっとしていられない子どもで、誰もが危険と思うようなことに果敢に挑戦していたり。問題児でしたね(笑)」
現在の活動を支える、枠にとらわれない自由な発想力は、当時通っていた目黒区立宮前小学校の独特な環境や教育方針による影響が大きい。
「教室と廊下の境目がないオープンスペースを、日本でいち早く導入した小学校だったんです。毎年クラスごとに裏庭で好きなものを作っていいという授業があって、担任の先生と一緒にビオトープを作ったり小屋を建てたり、野菜を作って収穫したり。そんな自由な教育のおかげか、『自分たちの世界は自分たちで作れる』という感覚が社会に出てからも当たり前になっていて。だから『これはこうでなければならない』というルールで整然と整理された場所や物事には、今も違和感を覚えることが多い。誰かに与えられた計画通りに何かをするということをやってこなかったので、たぶん発想が逆なんだと思います」
建物をデザインしているだけでは人を幸せにできない
建築家になりたいという夢も、この頃の自由な物作りを通じて芽生えたものだという。憧れを形にすべく大学へ進学し、本格的な建築の勉強と向き合う日々。そんな中、建築家としての役割に大きな疑問が生じることになる。きっかけは2011年に起きた東日本大震災。「友人たちが被災していても、ただ建物をデザインして設計図を描くだけの建築家には何もできない」と気づいたことにあった。
「同じ士業でも、例えば医者なら問診して手当てしてあげたり、美容師なら髪を切りに行くといった専門性で力になることができる。でも授業で学んできた建築のあり方は、都市計画を考えながら図面を引いたり建物の設計やデザインを考えるだけ。建築家の職能があっても自分の力だけでは建物も作れないし、家屋の修繕もできない。そこで初めて自分が学んでいることに対してなんの意味があるんだろう?と疑問を感じるようになったんです」
「建築物という固形物をデザインしているだけではダメだ」と気づいた秋吉さんが考えたのは建物という生活空間を通じて幸福度を提案できるような仕組みの設計。その理想を追求した末に行きついたのは、古き良き建築のあり方だった。
「何もない場所で暮らしを作っていく時に、近くにある材料や限られた資源を使い、どのように生きていくか、というのがそもそもの建築の根源。地域によって民家が独特な形をしているのも、その地域の人たちがその土地に限られた素材やスキルを駆使して考えた末に生み出した快適な暮らしを得るための仕組みなんです。『その頃のように一人一人の住人が物作りにおいて自立した仕組みに戻るためにはどうすればいいか?』『そのために建築家はどうあるべきか?』と深く考えるようになりました」
ShopBotとはコンピューターで制御された木工切削機。手作業では困難だった複雑な曲線の切り出しや立体的な彫刻を高い精度で形にできる。
型にはまらない物作りをサポートするのが建築家の新しい役割
活路を見いだすきっかけになったのは、ShopBot や3Dプリンターといったデジタル加工機が身近なものになったことだった。
「今はデータさえ作れば、誰でも理想の家具や日用品を形にできる時代。自分の身の回りにある素材を使って必要と思ったものを必要な時に“ほどほどに”自力で作れるようになってきた。だからこそ専門職である建築家は、プロにしかできない高度な領域を開拓し、一般の方々のサポートをしていくべきだと思うようになったんです」
秋吉さんが描くこれからの建築家の役割とは、「一般の人に自分で物を作ることによって生まれる幸福感や達成感を実感してもらう仕組みを作っていく」こと。その目標のひとつとして掲げるのは、誰もが建築家や大工になれるという“建築の民主化”だ。そのうえで、最新のテクノロジーによる機能的な面以上に大事にしているのが、「機材を扱う人の個性や、その地域ならではの素材や特性を生かすこと」だという。
「大量生産などの限られた枠の中から方法を選ぶというやり方では、既存の型にはめられてその人にしかできない発想や“らしさ”が失われてしまう。そういった意味でも建築家がその道のプロとして多くの人に技術やスキルを提供したり、より自分らしい表現を叶えられるよう導いていける存在になっていきたいですね」
EMARFベータ版リリースイベントの様子
自由に物が作れる時代だからこそ枠にとらわれない発想を持ってほしい
その事業の一環として18年11月に発表したのが、誰でも簡単に設計を行うことができるデザインツール「EMARF」のベータ版だ。これは買い手がオンラインで木製品を自由に設計し、全国各地の工房にあるShopBot で材料を切り出すことができるというシステム。仕上げは自分の手で行う必要があるが、従来では困難だった自分好みのデザインや寸法にこだわった家具を自由に作ることができる。

技術の開発に限らず、物作りに対する考え方やスキルを伝えるワークショップの展開にも余念がない。その中で感じるのが、多くの人が「家具などの大きい物は自分で作れない」や「ある物の中から選ばなきゃいけない」という既成概念に縛られているということだ。
「例えば『遊び道具を作ろう』というテーマを振るとほとんどの人が滑り台や砂場、ブランコを想像する。でもこれでは既存の概念の中から選んでいるに過ぎないんですよね。『自分にはこだわりがない』という人もいますが、『何をしてる時が一番楽しい?』とか『どういう場面でどう使いたい?』と趣味嗜好をどんどん突き詰めていくと、既成概念を超えたその人だけの価値や形が見えてくる。そういう枠の外し方を身につけていったほうが絶対に面白いし、人生の幸福度がより高まるきっかけになるはずです」
小さな意見にも常に耳を傾け、「その人自身の個性を引き出し、新たな価値を作っていくことが大事」という信念を貫き通す秋吉さん。先の未来を描く可能性や発想を得るためには、「個人で考えるのではなく人とかかわっていくこと」にヒントがあると語る。
アーキテクト・メタアーキテクト。1988年大阪府生まれ。芝浦工業大学工学部建築学科にて建築設計を専攻。慶應義塾大学ソーシャルファブリケーションラボにてデジタルファブリケーションを専攻。建築設計・デザインエンジニアリング・ソーシャルデザインなど、モノからコトまで幅広いデザイン領域をカバーする。
VUILD株式会社 https://vuild.co.jp/
EMARF https://emarf.co/
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