引きこもりは社会復帰できない、なんてない。
「ルネッサ~ンス!」で一世風靡(ふうび)したお笑いコンビ・髭男爵。世間から「消えた」「死んだ」と言われることもある彼らだが、今も立派に生きている。ツッコミ担当の山田ルイ53世さんの著書『ヒキコモリ漂流記』『一発屋芸人列伝』から、生き方のヒントをもらった。
早くから“神童”っぽいなと自分で思っていた。勉強もスポーツもなんでもできる“優秀な山田くん”。地元の名門・六甲中学校(現六甲学院中学校)に進学してからも、神童感は健在だった。 “ウンコ”で引きこもりになる前までは——。その後、20歳で引きこもりを卒業し、大学に進学するも中退。夜逃げ同然で上京し、芸人の道へ進んだ。「引きこもりの状態を脱したと思ったのは、この仕事でご飯が食べられるようになった32歳頃。“やっと戻ってきた”という感じは、すごいありました」という。ツラいときは、いつだって逃げてきた。それでも今、生きている。そんな彼は引きこもり時代、そして芸人となった今、何を思うのか。
アカンときこそ
“とりあえずやる”
を大事にする
中学2年の夏休み前に“優秀な山田くんがウンコを漏らした”。そこから夏休みに突入すると、そのまま引きこもりとなる。
「ずっと勉強がしんどかったんでしょうね。当時、進学校といわれていた学校で宿題や課題とかも多かったし、おまけに部活も一生懸命やっていました。学校の成績は、学年の上位で優等生。“優秀な山田くんじゃないとダメだ”っていう意識がありました。勝手に自分が思ってただけなんですけど。その意識が強く疲れてた、っていう蓄積があっての“ウンコ”というトリガーがありました」
14歳でスタートした引きこもり生活は、20歳まで続くことになる。その期間は、実に6年にも及ぶ。
「『あの6年間があったからこそ、今の山田さんがあるんじゃないですか?』みたいなことをこういった取材でもよく聞かれるんですが、僕にとっては『6年間は完全に無駄やった』と答えてます。同じ引きこもり経験者の方でも“あの期間がすごく役に立っている”という人もたくさんいらっしゃるとは思いますよ。でも僕は、その6年間にスポーツしたり勉強したり友達とキャッキャしていた方が、充実してたはずやと思います。それでも『いやいや、私はそうは思わないですよ』って“私”の話になっちゃって、食い下がる方がいらっしゃるんですよね(笑)。本人が無駄と思ってることでさえも、変な言い方ですけど“意味がないと意味がない”と何かしら意味や価値を見いだしたがる。そこまでなんでも隅々まで養分が詰まってないとダメですかね? その考え方にしんどくなる人って、たくさんいると思うんですよ。だから僕は『無駄だった』って極端に言うていきたい」
そんな無駄の渦中から抜け出せたのは“成人”というワードに焦りを感じたから。
「それまでは嫌な子供ですが“俺はデキるからいつでも追いつけるわ”くらいに思ってたんです。けど、成人式のニュースを見て“どうにかせなアカン!”と思った」
そこから、決意新たに猛勉強をして大検(現在の高卒認定試験)を取得。この頃から“とりあえずやる”ことを大事にしている。
「目標があったらそこから逆算して計画を立て、これがサクセスへの道だ!なんて言う人もいるんですけど、僕はもう履歴書もボロボロですから。とりあえず、ちょっとでも動いてやってみる。なんとかせなアカン!て時は、“とりあえずやる”です」
キラキラした人生だけがすべてじゃない。
“しんなり機嫌よく生きる”のもいい
とりあえず、愛媛大学法文学部に合格し入学するも、早々にして「4年間では卒業できない」とわかると意気消沈。たまたま先輩に誘われて学園祭で漫才をやりお笑いにハマるも、学校へは行ったり行かなかったり。結果、中退に至る。
「僕が人生でリセットボタン押してきたときは“もうどうでもええわ”って思ったときなんですよね、大体が。大学を辞めて芸人になると決めたのも“天下を取りたい!”“あの人みたいになってやる!”というモチベーションがあったわけではない。勉学の方ではもう勝たれへんから。要するに、逃げですよ。ただ、逃げでもいいと思うんです。いろんな葛藤があって、ホンマにやりたいことはこっちや!人生変えな!って思いはって、頑張ってボタンを押す人もいる。一方で、逃げろ逃げろ!って気持ちで押す人もいると思うんです。勇気を持って決断しなきゃダメだっていう考え方が流布されすぎてて、ボタンを押しにくくなってる人もいる。でも、どっちだっていいんです」
今まで一度も、ツラいことや面倒なこと……嫌なことから逃げてこなかった人はいるのだろうか。きっと、いない。
「『逃げていい』っていう人もいないと、気持ち悪い世の中になると思うんです、僕は。みんなが人生の主人公でキラキラしてる、これは嘘なんですよ。ほとんどがエキストラなわけですから。そもそも主人公じゃなきゃダメなのかな?」
山田さんは著書『ヒキコモリ漂流記』の中で「“普通”というのは、皆が思っているより、相当レベルの高い状態である」とも述べている。
「ちょっと浮かれてるんですよね、みんな。浮かれてるというか、浮かれさせようとする勢力があるというか。お互い、それに加担してる部分はあると思うんですけど。“生き生きしてないとダメだ”“キラキラしてないとダメだ”という風潮・圧力が強すぎて……。もっと、しんなり機嫌よく生きていけばいいんじゃないかなと思います」
人生をテンポよく負けていく。
何度だってリセットできるから
山田さんは現在、お笑い芸人として再ブレイクを狙うでもなく、愛する家族と“しんなり”生きている。
「妬(ねた)みそねみの塊やった時期も、結構あります。自分が調子ええときの方が、そういう状態に入りやすい。要するに、自分が勝負に参加できてる、絡めてるっていう意識があるからなんでしょうね。やっぱ見るんです、横を走ってる奴。アイツこんな番組出られてるとか、MCの仕事始めてるとか……妬みそねみに苛まれてるときって、脳みそ熱いんですよ。すっごいカロリー使ってるってことでしょ? すっごい無駄なんですよ。だから今は、自分のことをある程度、諦めてます。ぶっちゃけた話、今からどない頑張っても、テレビの一線でめちゃくちゃ活躍するなんていう未来は完全にもうない。それは今の自分の状況もそうやけど、曲がりなりにも1〜2年ほぼ毎日テレビに出てるような状況で戦ってきたときに、先輩、後輩、同期みんな見てくるわけじゃないですか。みんな超人なんですよ。だから勘違いしないでほしいんですけど、一発屋もみんな超人なんです。すごい才能のある人たちなんですよ。ただ、他の人がもっと超人だっていうだけの話なんです。自分の戦力やとやっぱり勝たれへん部分があるのはもちろんわかるわけやし、わからな大人としておかしいんですよ。じゃあどうするか。自分の能力、精神力、時間、一番効率のええことってどれかなと考えたら、自分の事に集中するっていう、シンプルなことしかないんですよね。40歳を過ぎたら、人を妬む贅沢や余裕はないんです」
誰かと比較することもある。けれど、恨みや妬みを持って生き続けるのは、あまりにもツラい。自分の幸せは、誰かと比較するものでもないだろう。
「僕、無趣味なんです。それがコンプレックスの一つでもあるんですが。テレビ番組のアンケートとかって“休日の過ごし方”“趣味・特技”“芸能界で仲のいい友達”この3つを絶対聞かれるんですが、全滅なんです。僕なんてほぼ芸能界に入ってないに等しいくらいで芸能人の友達なんて一人もいない、あえて言うなら相方のひぐち君くらいなんで(笑)」
山田さんの1日にリセットする時間があるとすれば「好感度が高くなってしまいますが、娘との時間です」と笑顔を見せる。何度も何度も逃げて、リセットボタンを押してたどり着いた幸せが、ここにある。

お笑いコンビ・髭男爵のツッコミ担当。兵庫県出身。2007年「爆笑レッドカーペット」出演をきっかけに、大ブレイク。2018年、自身を含めた“一発屋”と呼ばれる芸人たちを赤裸々に綴った『一発屋芸人列伝』が「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」作品賞を受賞。その他の著書に『ヒキコモリ漂流記』がある。現在、執筆やラジオなど多方面で活躍中。
公式ブログ:https://ameblo.jp/higedannsyaku-blog/
みんなが読んでいる記事
-
2025/09/25小説家 平野啓一郎さんが語る「私とは何か?」―「分人主義」という新しい考え方で、人生が違って見えてくる―
小説家 平野啓一郎氏が提唱する「分人主義」を解説。「私とは何か?」という問いに、唯一の「個人」ではなく複数の「分人」の集合体として捉え直します。自己肯定、対人関係、人生の悩みを解決に導く、現代人のための新しい思想を紹介します。
-
2024/10/2465歳で新しい仕事を始めるのは遅すぎる、なんてない。 ―司法試験にその年の最年長で合格した吉村哲夫さんのセカンドキャリアにかける思い―吉村哲夫
75歳の弁護士吉村哲夫さんは、60歳まで公務員だった。九州大学を卒業して福岡市の職員となり、順調に出世して福岡市東区長にまで上りつめるが、その頃、定年後の人生も気になり始めていた。やがて吉村さんは「定年退職したら、今までとは違う分野で、一生働き続けよう」と考え、弁護士になることを決意する。そして65歳で司法試験に合格。当時、最高齢合格者として話題になった。その経歴は順風満帆にも見えるが、実際はどうだったのか、話を伺った。
-
2025/06/26【書評】“抗えない老い”の受け止め方を見つめ直す「アンチ・アンチエイジング」の思想
「役に立たなければ、生きていてはいけないのか?」超高齢社会で老いへの恐怖が増す中、上野千鶴子さんがボーヴォワールの『老い』を読み解き、新たな思想を提示。弱いままでも尊厳を持って生きるとはどういうことか。全世代で考えたい、生き方のヒントが詰まった一冊をご紹介。
-
2022/02/03性別を決めなきゃ、なんてない。聖秋流(せしる)
人気ジェンダーレスクリエイター。TwitterやTikTokでジェンダーレスについて発信し、現在SNS総合フォロワー95万人超え。昔から女友達が多く、中学時代に自分の性別へ違和感を持ち始めた。高校時代にはコンプレックス解消のためにメイクを研究しながら、自分や自分と同じ悩みを抱える人たちのためにSNSで発信を開始した。今では誰にでも堂々と自分らしさを表現でき、生きやすくなったと話す聖秋流さん。ジェンダーレスクリエイターになるまでのストーリーと自分らしく生きる秘訣(ひけつ)を伺った。
-
2022/07/26“なんでも屋”になると損をする、なんてない。マライ・メントライン
ドイツテレビ局のプロデューサーからドイツ語の通訳・翻訳、カルチャー分野のライター、はたまたコメンテーターとしてのテレビ出演まで、多岐にわたる仕事をこなすマライ・メントラインさんは、自身の肩書について「職業はドイツ人」を自称している。ビジネスシーンでは職種や業務内容を端的に表す分かりやすい“肩書”が求められがちだ。専門性を高めることがキャリア形成に有利になる一面もあることから、さまざまな業務やタスクをこなす、いわゆる“なんでも屋”にネガティブな印象を抱く人も多い。しかしマライさんは自身の経験から「フレキシブルな肩書のニーズは意外とある」と話す。肩書や職種に“こだわらない”ようにしているというマライさんに、そのメリットや時にネガティブになってしまう“仕事との向き合い方”について伺った。
「しなきゃ、なんてない。」をコンセプトに、読んだらちょっと元気になる多様な人の自分らしく生きるヒントやとらわれがちな既成概念にひもづく社会課題ワードなどを発信しています。
その他のカテゴリ
-
LIFULLが社会課題解決のためにどのような仕組みを創り、取り組んでいるのか。LIFULL社員が語る「しなきゃ、なんてない。」
-
個人から世の中まで私たちを縛る既成概念について専門家監修の解説記事、調査結果、コラムやエッセイを掲載。