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STORIES 2019/04/16

何かを妥協して、住む家を決めなきゃいけない

中古マンションのワンストップリノベーション「リノベる。」を提供するなど、「住まい」と「暮らし」をテーマに事業を展開する『リノベる株式会社』。ここで代表を務めるのが、山下智弘さんだ。2010年創業以来、業績は右肩上がり。2019年、さらなる成長が期待される。

なぜ、新築ではなく“中古のリノベーション”を提案するのか。そこには、山下さん自身の「住まい」と「暮らし」による歯がゆい過去の経験があった。

“住める家”に自分たちをはめ込んでいた
ネガティブな“4畳半2間の風呂なし”生活

山下さんが小学生の頃、父親が事業に失敗。両親は離婚した。裕福な家庭は一転、4畳半2間の風呂なし生活に。そこは母親と弟2人の4 人で暮らすには、大きいとは言えない小さな箱だった。

「親父がいなかった寂しさは、もちろんあります。それ以上に、弟2人をなんとか守ってやらなくちゃいけない!という思いがありました。小学校の休み時間になると弟のクラスに行って、イジメられてないか確認するくらい“自分が親父代わりじゃなくちゃいけない”それぐらいの気持ちがあったんです。だから、登下校も一緒。そんなある日、帰り道で弟が『真っすぐ帰りたくない』と言うんです。『友達に家を見られるのが嫌だ』と。それで遠回りして、友達にバレないように家に帰っていたんです。僕は、狭い部屋でも楽しかったんですよ。ただ母親は毎日のように『ごめんね、こんなところで』と言っていたんです」

“小さな家に住みたくて住む”のと“小さい家に仕方なく住む”のでは、大きく違う。このときの山下家は、間違いなく後者だったのだろう。

「家がどうのこうのではなく、家族がネガティブな感情になっていることが嫌だったんです。だったらもうみんな平等な大きさの四角い箱に住めば、こんな思いすることないのにと思いました」

実業団ラグビーで挫折しバイト生活。
ツラいときは、いつだって逃げてきた

100mを11秒で走る俊足を生かし、小柄ながら高校・大学時代はラグビー部で活躍。海外でもプレーするなど優秀な成績を収め、実業団入りを果たした。しかし、レギュラーを勝ち取れないどころか、そのレベルは「5軍だか6軍だか……もうわからないレベルでした」という。学生という一つの枠の中では優秀でも、一歩外に出れば上には上がいる。その現実を突きつけられた。

「腐りまくりました。もうその会社から、逃げたんです。それまで僕は、自分で決めたことを途中で辞めたりはしないタイプ。でも、社会人1年目の夏合宿を終えたところから、心が完全に折れてしまった。そこからは、もう辞めることしか考えられなくて。『雑貨屋さん作るために会社を辞めます』とか嘘ばっかりついて、逃げて逃げて逃げました。そのときの僕のゴールは“逃げること”だったから、3月31日に退社の瞬間は“よっしゃ!”と思いました」

ところが、すぐに訪れた不安感。これからどうすればいいのかという焦り。ラグビーしかやったことがない。ただ、ラグビーはやってきた。「お前フラフラしてて、体力だけはあるやろ。建築現場でバイトしろ」。手を差し伸べてくれたのは、ラグビー時代の先輩だった。

「交通費もなかったので『前借りしていいですか?』と言いながら、バイトしました。そこでの仕事は、すごく楽しかったんです。3〜4カ月して、正社員になりました」

ひょんなことから、ゼネコンに入社。新たな道で、やりがいを感じだしていた。

「スクラップ&ビルドで、同じような箱をたくさん作っていく。“あっ、これこれ! これならみんな幸せじゃん!”という、小学生の頃の思いとつながりました。古いものを取り壊し、新しいものを建てる。たくさんの新しい人が集まり新しい街ができることこそが、正解だと思っていました」

しかし、一人のおばあちゃんとの出会いが、山下さんの描いていた正解を覆すことになる。良かれと思って提案した立ち退きだったが、おばあちゃんは完成した新しいマンションを見て泣いていた。「人生を奪われた」というおばあちゃんからの一言。そこでまた、逃げた。

「実業団ラグビーを辞めたときのように、逃げ出したんです。2〜3年かけて取り組む大きな現場の仕事が終わると、1カ月ほどまとまった休みをもらえるんですね。休みを延長し、半ば会社を辞める気持ちで2カ月半ほどいろんな国を旅しました。そこでラグビー部時代の先輩や後輩の住まいを見る機会があったんです。共通したのは、今までラクビ―のことしか考えてないようなダサかった人たちが(笑)、住まいをおしゃれにしているということ。家で食事をしていると、住まいの話をするんです。『ちょっとこの壁、この前ホームセンターで買って塗ってみたんだけど、どう?』とか。『えっ、先輩そんなんでしたっけ?』となるくらい、みんな工夫していたんです。日本とは何か違うな、と思いました」

日本に戻り、ラグビー時代の仲間の家に行く。そこで繰り広げられる会話に、住まいの話はゼロ。おばあちゃんの涙を本当の意味でわかった瞬間だった。「住まい」や「暮らし」に、どれだけの思いがあったのか。思いの詰まった家をおばあちゃんは手放したのだ。

「海外の家は、ほとんどが中古です。新築は2割程度。中古の家に、自分なりに何かを加え、自分らしくしているんです」

“自分らしい家”を作ることを求め、日本に戻り3年間勉強に費やした。不動産会社、家具職人……アルバイトに契約社員と雇用形態も異なる形で、並行していろいろな職種を経験。「この3年間は、おそらく人の3倍は働きました」と振り返る。こうして、28歳で現在の前身会社を大阪で立ち上げた。

どんな決断も間違いじゃない。
コミットしたことに言い訳しないで“やる”ことが大事

できるか、できないか。そう問われても、やってみなくちゃわからないことは多い。やるか、やらないか。こう考えるだけで、行動はシンプルになる。

「大事なのは、コミットすること。選択に迷うときって80%正解で20%間違いなんてこと、ないんです。51対49、もしくはもっと僅差なもの。だからこそ、迷うんです。どちらを選んでもいい。一番ダメなのは『ダメだと思ってた』と後から言うこと。それは会社という組織でも、ラグビーにも通じます。選んだこと、決めたことをやる。すごく簡単だけど、割と難しい。決めたことに自信がなくなったり、これでいいのかな?と思うことってあるんです。ただ、そう思ったらやめたほうがいい。だからこそ、“自信をなくさないような決め方をする”ということも大事だと思うんです」

リノベるのミッションは“日本の暮らしを、世界で一番、かしこく素敵に”。この大きなミッションに向かうために、“課題を価値に”というビジョン、そして10+1のバリューを掲げている。

お客様に対して、家を売るのではない。どんな「住まい」で、どんな「暮らし」がしたいのか。お客様と一緒に、ビジョンの共有をする。未来のストーリーを売っているのだ。

日本人は、住まいという箱に合わせて暮らしを決めている。この物件にしよう、ならこの家具を合わせよう。そうではなく、お気に入りの歯ブラシがある、この歯ブラシに似合う洗面台を作ろう、でもいいと思うんです。箱に自分を合わせるのか、自分に箱を合わせるのか。住まいや暮らしは、自分から広がっていくべきものではないのでしょうか
僕にとって住まいとは、ただの道具だと思っています。日本には四季があるので、住まいも、海外より楽しみやすいはず。一年中同じカーテンの住まいも多いけど、四季に合わせて替えてもいいですよね。日本のストリートファッションは、世界一おしゃれ。なのに住まいはダサく工夫がない。工夫する余地がない。毎朝、鏡の前に立って服を着るようにいろんなチャレンジをして、失敗しながら練習していけばいい。練習できるような住まいがあれば、暮らしって変えていけると思います。
Profile 山下 智弘

1974年、奈良県生まれ。大学卒業後、社会人ラグビーを経て、ゼネコンに入社。建てては壊す「スクラップ&ビルド」を繰り返す日本の建築の現状を目の当たりにし「自由な空間をもっと手に入れられるような世の中をつくろう」と独立を決意。デザイン事務所・不動産・家具職人・大工などで経験を積み、リノベる株式会社を設立。中古マンションのワンストップリノベーション「リノベる。」をメイン事業として展開する。
リノベる株式会社 https://renoveru.co.jp
リノベる。公式Twitter @renoveru_11
リノベる。公式インスタグラム @renoveru
山下智弘 公式Twitterアカウント @yamashita_11

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しなきゃ、なんてない。既成概念にとらわれず、自分らしく生きる人々のストーリー。

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