マイクロアグレッションとは? 日常の発言や会話に潜む無意識の差別・偏見にどう対処するのか
「マイクロアグレッション(Microaggression)」という言葉をご存じでしょうか?
マイクロ=小さい、アグレッション=攻撃性を意味することから、「マイクロアグレッション」とは、無自覚の差別行為によって相手を見下したり、否定したりする態度を指します。
この記事では「マイクロアグレッション」について解説します。
マイクロアグレッションとは
大東文化大学文学部特任教授(教職課程センター副所長)で、『マイクロアグレッションを吹っ飛ばせ(高文研)』などの著書で知られる渡辺雅之氏によると、「マイクロアグレッション」とは、「社会や心の中に潜んでいる、特定の人やグループを軽視するような敵対・中傷・否定のメッセージを含むものであり、発した本人に誰かを差別したり、傷つけたりする意図のあるなしとは関係なく、それゆえ受け手の心にダメージ(含む、もやもや)を与える言動の総称」のことです。
「小さな攻撃性」という言葉が示すとおり、加害意図をもってなされるあからさまな人種差別とは異なり、日々の生活や会話の中で自然に語られることが多く、発した本人もその問題性や加害性に気付かない点が特徴です。例えば、「悪気のないギャグ」として発信されるため、周囲も同調し笑ってすませることで問題は顕在化せず、社会の中に埋め込まれていきます。
出典:『マイクロアグレッションを吹っ飛ばせ』(渡辺雅之著、2021年高文研)
アンコンシャスバイアスとマイクロアグレッションの違いは?

マイクロアグレッションに似た概念に「アンコンシャスバイアス(unconscious bias)」があります。アンコンシャスバイアスは、「無意識の思い込み」と表現されることが多いですが、具体的には「A型の人はきちょうめん」「看護師は女性」「男性は出産休暇/育児休暇を取るべきではない」など、属性で相手の性格や仕事・役割、行動をイメージすることが含まれます。日常生活のさまざまな場面に潜んでいる点で、マイクロアグレッションとアンコンシャスバイアスは共通しています。
異なるのはマイクロアグレッションが言動であるのに対し、アンコンシャスバイアスは心の中にある思い込みや偏見である点です。つまり、アンコンシャスバイアスが表面に表れ、意図せずに相手を傷つけてしまうことがマイクロアグレッションと言えるでしょう。
内閣府男女共同参画局が2022年11月に行った「性別による無意識の思い込み(アンコンシャスバイアス)に関する調査研究」によると、男性の中でも年代が若いほど「職場では、女性は男性のサポートにまわるべきだ」「営業職は男性の仕事だ」「女性社員の昇格や管理職への登用のための教育・訓練は必要ない」と考える人の割合が高いことが明らかになりました。こうしたアンコンシャスバイアスは次第にマイクロアグレッションとして職場ににじみ出てきます。そして、いつの間にか採用や人材育成、昇進などのシーンでネガティブな影響を及ぼすことになりかねません。
※出典:令和4年度 性別による無意識の思い込み(アンコンシャス・バイアス)に関する調査研究
差別はなぜ生まれるのか
差別がなぜ生まれるのかを知るためには、それが発生するプロセスを理解することが必要です。
社会心理学では「ステレオタイプ」を認知、「偏見」を感情、「差別」を行動と位置付けます。社会心理学者の田中知恵さんは、特定の集団成員の属性に対する一般化された固定観念」をステレオタイプと定義しています。
例えば、「スポーツチームのリーダー」という集団、社会的カテゴリーに対して、「外交的」という属性が結びつき、一般化されることで「スポーツチームのリーダーは外交的」という「認知的知識構造(スキーマ)」が形づくられます。私たちは誰でも他者を認識するために「カテゴリー化」することでシンプルかつ素早く認識しようとする認知機能があるため、ステレオタイプから完全に自由になることは不可能です。
しかし、このステレオタイプに「良い」「悪い」という評価的要素や、「好き」「嫌い」という感情的要素が加味されると「偏見」になります。上記の例では、「スポーツチームのリーダーは外交的だから好き」「良い」といったり、逆に特定のカテゴリーに属する人々に対して否定的な感情を抱いたりする場合は「偏見」とみなされます。
そして、この偏見に基づき、選択や意思決定などの行動がとられると不当な扱いが生まれ「差別」につながりやすくなります。例えば、「スポーツチームのリーダー経験者のAは外交的だから、文系のBよりも営業職に向いている」という理由でBよりAを優先的に採用するなどです。
このように差別が生まれるプロセスは段階的になっていて、マイクロアグレッションはその下部構造に位置するものと言えるでしょう。前半で述べたアンコンシャスバイアスへの対応が大切であることも分かります。
出典:
・「立教大学ヒューマン・ディグニティ宣言」コラボレーション企画:『偏見や差別はなぜ起こる(北村英哉)』
・偏見や差別を生む「ステレオタイプ」はなぜつくられるのかー『印象の心理学』
日常に潜む内なる差別や偏見とは

マイクロアグレッションは日常生活の中に取り込まれ、それが問題であることに気付かないことが圧倒的です。そのため、見たり、聞いたり、自覚なく口にしたりしている可能性があります。
例えば、以下のような言動は典型的なマイクロアグレッションと言えるでしょう。
- 「アフリカ人だから足が速いんでしょ?」
- 「へえー、男なのにスイーツ好きなんだ」
- 「日本人っぽくない考え方だね」
- 「障害があるのにがんばってて、すごいね」
- 「高齢者なのにITに詳しいですね」
トランスジェンダーの当事者であり、建築デザイナー、コンサルタントとして働きながら、モデルとしても活躍するサリー楓さんは、小さい頃から両親から『お前は女っぽいから、男らしくなれ』という価値観をずっと押し付けられてきました。
また、弁護士の山口真由さんは、独身時代に「典型的な女性の幸せ」についての偏見にさらされたと言います。35歳を過ぎてアメリカ留学から帰ってきたときに、同級生から「結婚した方がいいよ」「その年で結婚していないのはおかしいよ」と言われました。
「私がいくら『幸せだよ』と説明しても全く分かってもらえないし、説明すればするほど“イタい女”になる。その時、日本には結婚や家族に対して画一的なイメージがあり、それが未婚の女性にとって居心地の悪さにつながるんだと気付きました」と山口さんは当時の状況について語ります。
高校時代から40歳になった現在までロリータモデルとして活躍している青木美沙子さんは、25歳を過ぎた時期からSNSなどを通じて「その年でロリータはもう痛い」とか「ロリータババア」と心無い言葉を浴びせられたそうです。
青木さんは「世間では年齢でカテゴライズしがち。私も『35歳までには結婚しよう』という目標を持ちましたが、結婚や出産は自分1人でできることではないし、仕事も続けたいと悩み続け、今に至ります」と心境を述べています。
3人とも「ステレオタイプ」から生まれる「偏見」によるマイクロアグレッションを受け、傷つき、苦悩した様子が伺えます。
住まいを探す人たちに向けられる差別
「住宅弱者」と呼ばれる人たちに向けられるマイクロアグレッションも存在します。「住宅弱者」とは、高齢者、外国籍、LGBTQ+、生活保護利用者、シングルマザー・ファーザー、被災者、障害者などの属性ゆえに、賃貸契約の際に不便を感じたり、困った経験をした人たちを指します。
『住宅弱者の「住まい探し」に関する実態調査』(2022年5月実施)によると、住宅弱者層は一般層に比べて、賃貸物件探しから契約までを1ヶ月未満で終える割合が低く、半数未満でした。外国籍の方に関しては40.5%が「内見や契約手続きで差別を受けた」と回答、障害者の47.0%、シングルマザー/ファーザーの40.5%が「入居審査が通るか不安だった」と述べました。
障害を理由とする差別の解消
また、2013年に障害を理由とする差別の解消を推進することを目的に「障害者差別解消法」が制定され、2024年4月から「合理的配慮」の提供が義務化されました。
マイクロアグレッションに気付くことから始める

渡辺雅之さんは、大雨の中ホームセンターに買い物に行った際、入口近くに空いている屋根付きのスペースがありましたが、そこには車椅子マークがあることに気付づき、「やっぱり、日本人はマナーがいいね」とつぶやいてしまったそうです。その瞬間、渡辺さんは自らの言動がマイクロアグレッションだったと反省し、「恥ずかしさで消え入りそうだった」と語ります。
この経験が示すように、普段は意識していなくても何気ない瞬間に発した言葉がマイクロアグレッションにあたることがあり、それにまず気付くことが大切です。渡辺さんは自著『マイクロアグレッションを吹っ飛ばせ』の中でいくつかの視点を提案しています。
- 言葉や表情など相手の反応に敏感になること
- 気づいたら「謝罪」し、関係性を再構築し認識をアップデートすること。
- 見かけたら「声をあげる他者になる(第三者)」こと。
マイクロアグレッション克服の鍵は実はその場にいあわせた第三者にあると言っても過言ではありません。自身の言動に気をつけながら、上手に介入できる「誰か」になることを目指したいものです。
出典:『マイクロアグレッションを吹っ飛ばせ』(渡辺雅之著、高文研、2021年)
まとめ

マイクロアグレッションは一つひとつは小さくても、蓄積する性質があり被害者に大きなダメージを与えるものです。差別の日常化を防ぎ、偏見が心に根付かないように丁寧に取り除いていく姿勢が重要です。
大東文化大学文学部特任教授(教職課程センター副所長)。福島県生まれ。22年間埼玉県内で中学校教員として勤務。いじめ問題に取り組んだ実践が、TBSドラマ「3年B組金八先生」でそのままモデルとして取り上げられる。国会前デモのリーガル(警備) やヘイトスピーチへの抗議(カウンター)、UDAC-埼玉投票率を上げる市民の会(代表)、朝鮮学校補助金再開を求める有志の会(共同代表)、などの社会運動に関わる。近年はHate!No 銀座小店のレギュラー講師など人権問題や教育問題に関する講演活動で全国各地を飛び回っている。専門は生活指導、道徳教育、多文化共生教育。主な著書に、『マイクロアグレッションを吹っ飛ばせ』『どうなってるんだろう?子どもの法律1,2』『ヒューマンライツ-人権をめぐる旅へ』など。
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