心地よいはみんな違う。私たちのパートナーシップ【櫻木彩人の場合】
誰かと一緒に生きていきたい。そう思った時、あなたは誰とどんな関係性で生きていくことを望むだろうか。心地よいパートナーシップは、一人ひとり違う。しかしながら、パートナーシップのあり方にはまだまだ選択肢が乏しいのが現状だ。
既成概念にとらわれない多様な暮らし・人生を応援する「LIFULL STORIES」と、社会を前進させるヒトやコトをピックアップする「あしたメディア by BIGLOBE」では、一般的な法律婚にとどまらず、様々な形でパートナーシップを結んでいるカップルに「心地よいパートナーシップ」について聞いてみることにした。既存の価値観にとらわれず、自らの意志によって新しいパートナーシップの在り方を選択する姿には、パートナーシップの選択肢を広げていくための様々なヒントがあった。
今回話を聞いたのは、櫻木彩人(さくらぎあやと)さん。2016年まで女子サッカーチーム・ちふれASエルフェン埼玉で選手として活躍したのち、30歳の時に性別適合手術を受け、戸籍上も男性となった。5年前に、シングルマザーだった杏奈さんと結婚し、夫となると共に父となった。彩人さんの視点から見た「心地よいパートナーシップ」について話を聞いた。
▼パートナーの杏奈さんにお話を聞いた記事はこちらから
心地よいはみんな違う。私たちのパートナーシップ【櫻木杏奈の場合】
自分にとって現実味のないものだった「結婚」
小学生の頃から自身の性に対するモヤモヤを抱えていたという彩人さん。既存の性のカテゴリーの中で違和感を感じつつも、今ほどトランスジェンダーという言葉が認知されておらず、「自分はどういう存在なんだろう」と悩む日々だったという。
「レズビアンという表現は子どもの頃からたまにテレビなどで見ていましたが、どこかしっくりこなかったんですよね。大学生くらいになって、やっとトランスジェンダーという言葉を知って、そうか、そういうことだったのかと初めて気付きました。今は『LGBTQ+だから』『トランスジェンダーだから』と性の属性だけで人を枠に当てはめるのは良くないと思います。それでも、当時の僕は『自分の性別ってこれなのか』とわかって救われたような気持ちもありました」
そんな彩人さんにとって、結婚するということはずっと、現実味のないことだった。
「誰かと結婚するということは、全く考えてなかったというか、あまり想像できなかったですね。結婚なんてできないだろうなと思い込んでいたし、今では増えてきたパートナーシップ条例も当時はまだほとんどなくて。具体的に自分が結婚生活を送っているイメージが全く湧かなかったんです」
カミングアウトしても付き合ってくれるだろうか…? 抱えていた不安
彩人さんが性別適合手術を受けたのは30歳の頃。サッカーを引退し、自分の性別についての気持ちの整理ができた段階で、性別適合手術、改名、戸籍変更をした。
「サッカーをやりたかったというのと、自分の性別をどうしたらいいのかわからない状態が続いていたので、20代後半くらいまで悩んでいました。大学を卒業して就職するにも男性として生きていくのか、果たしてこれから自分はどうしていくのだろうかと……。でも、自分の決意が決まったので手術をすることにしました」
彩人さんが杏奈さんと出会ったのは、性別適合手術をしてからすぐのことだった。当時、彩人さんが働いていたカフェに、杏奈さんがお客さんとして訪れたのだ。2人は出会いから1年のうちに、結婚まで至った。
「職場に共通の知り合いがいて、出会いました。8月にはお付き合いを始めて、翌年の1月には結婚しました。出会った時には僕はもう手術も済んで戸籍も男性だったので法律婚できる状態だったのですが、今までできない状態だったので、やっぱり最初は本当に結婚できるという実感がなくて。杏ちゃんに言われて『そうか、結婚もできるのか』とだんだん現実的に考えられるようになりました。男性になっただけで、こんなにことが早く進むのかというのは驚きでした」
出会いから結婚までは早かったという2人だが、彩人さんはなかなか杏奈さんにトランスジェンダーであることをカミングアウトできずにいたという。
「言えたのは、付き合ってから3週間くらい経ってからのことでした。もしトランスジェンダーであることを伝えて、『じゃあ、別れよう』と言われたらどうしようと考えたらなかなか言い出せなかったんですよね。
でも、いざ言ってみたらさらっと『知ってるよ』と言われて。実は知り合いがアウティング(※)していたんです。アウティング自体は良くないことですが、トランスジェンダーであることを知った上で、妻が僕と付き合ってくれていたことはすごくありがたいなと思いました」
※本人の了承を得ずに、本人が公表していない性的指向や性自認などの個人情報を他人に暴露する行為。アウティングされた人物を深く傷つける可能性があり、本来は避けるべき行為である。
「父親らしさ」を目指して「自分らしさ」を見失った
杏奈さんには息子がいたため、彩人さんは結婚と同時に小学校3年生の男の子の父親になることになった。結婚前から子どもも一緒に遊んでいたというが、いざ結婚してみると家族になるということの難しさにぶち当たった。
「結婚前から息子とも一緒にいてすごく楽しかったので、父にもなれることは嬉しいなと思っていました。でも、家族になった途端、なぜか僕自身が変な意識を持ってしまって、最初の2〜3年は結構悩みました」
長らく2人で暮らしてきた杏奈さんと息子さんの家族の中に新たに入ることになった彩人さん。2人の家庭にどう馴染んでいけばいいのか、葛藤を抱えていたのだ。
「杏ちゃんと息子の2人の雰囲気が出来上がっているように見えて、僕には入る隙間がないと勝手に感じてしまったんです。それで、自分の存在意義を探すように無理に『父親らしく』しようとして空回りばかりしていました。僕は母子家庭で育ったので父親というものはイメージでしかないのですが、自分がちゃんとしなきゃとか、父親なんだから厳しく言わなきゃとか勝手に思ってしまって。
そこで、杏ちゃんともたくさん喧嘩しました。その中で『そんな風に父親らしくしなくても、自分らしく、彩人くんらしくでいいんだよ』と杏ちゃんが言ってくれて。きっと何回も同じようなことを言ってくれていたと思うのですが、その時にやっとスッと言葉が入ってきて。結婚して5年目の今は、そういった悩みは全くなくなりました」
妻だけではなく、子どもとのパートナーシップも大切にしたい
3年余りの挑戦を乗り越え、現在ではすっかり親子・家族として馴染んできた彩人さん。息子さんは彩人さんのことを、「ダシ夫」と呼ぶ。このあだ名も、新しい家族と自然に馴染んでいくために3人で考えたものだったという。
「僕が出汁が好きなので、それに夫をくっ付けて『ダシ夫』です。やっぱり最初はパパとかお父さんと呼ぶのが難しかったみたいで、いつも『ねえねえ』と呼ばれたり、肩を叩かれたりしていたんです。だったら何かあだ名を付けようということで、こんな呼び方になりました」
息子さんには、息子さんが小学校6年生の時に、彩人さんがトランスジェンダーであることを伝えた。その後、彩人さんはダシ夫の名前で、LGBTQ+に関する情報も含め、SNSでの発信や講演活動などを積極的にし始めた。かつては、自分の過去を発信することに消極的だったという。そんな彩人さんの活動を後押ししたのが、杏奈さんと息子さんだった。
「息子が好きな『すとぷり』というエンタメユニットがあるんです。その中に1人、トランスジェンダーの子がいて、YouTubeでカミングアウトしていたんです。息子はそういった動画を見ていたので、僕のことも受け入れが早かったのかもしれないです。そして、その動画を見ているうちに、若い子が頑張っているんだから、僕もできることをやりたいなと思ってTikTokやInstagramでの発信を始めました。杏奈もずっと、きっと彩人くんの経験を発信したら誰かの役に立つよと言ってくれていて。今の活動も2人に後押しされてのことでした」
「相手を思いやる」を実践できるようになるまで
家族として5年目を迎えた今、様々な葛藤を乗り越えて、杏奈さんとはとてもいい関係を築けていると思うと語る彩人さん。彩人さんの考える「心地よいパートナーシップ」とはどんなものなのだろうか。
「簡単な言葉になってしまうけれど、大事なのは思いやりだと思います。最初は僕は自分のことしか考えられていなかったんです。でも、そこで『相手はどう思っているんだろう』『こういうことをしたらどう思うかな?』と、相手の気持ちを少し考えられるようになったんです。たくさん喧嘩しましたが、そんな経験を経たからこその今だと思います」
彩人さんは元々は、気持ちを言語化して伝えるのがあまり得意ではなかったという。それでも、杏奈さんから繰り返し「自分の気持ちを言ってくれないとわからないよ」と投げかけられ、徐々に心境に変化があった。
「元々は喧嘩したら黙って何も言わずに逃げてしまうようなタイプでした。気持ちを表現することも苦手でうまく伝えられなかったのですが、今ではむしろ僕の方が『うるさい』と言われるくらい自分の意見をよく言うようになりました(笑)。自分の意見も言えるようになったから、相手のことも聞くようになったし、自分が言う時も言い方を工夫できるようになったんです。
自分が思っていることと、彼女の思っていることは全然違うので、その前提に立ってコミュニケーションするのが大事だなと学びました。自分の意見を押し付けてもダメだし、一方で自分の気持ちを押し殺してもダメ。だからこそお互い素直になって、まずは受け止め合うのが大事だと思います」
彩人さんが語ってくれたことは、決して「ステップファミリーだから」「トランスジェンダーだから」というだけの話ではないように感じる。大切な相手だからこそ、自分と相手は違うことを意識する。想いを言葉にしたり、相手の考えを受け止めたりする。どんなパートナーシップであろうと、相手と良い関係を築くために大切なことではないだろうか。
▼パートナーの杏奈さんにお話を聞いた記事はこちらから
心地よいはみんな違う。私たちのパートナーシップ【櫻木杏奈の場合】
取材・文:白鳥菜都
写真:服部芽生
1987年生まれ。サッカー選手として活躍した後、30歳の時に海外で性別適合手術を受ける。帰国後、改名と戸籍変更し男性として再スタートを切った。ちふれグループLGBTQ+アンバサダーとして活動するほか、2022年より「愛農園ミマセブルーベリーファーム」を引き継ぎ、ブルーベリー農園のオーナーになった。
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