佐々木俊尚さんと考える「みんなのしなきゃ」とこれからの生き方
LIFULL STORIESは、2023年2月28日から2023年3月13日まで、はてなブログと共同で「わたしがとらわれていた『しなきゃ』」をテーマにしたお題キャンペーンを実施。そこに寄せられた投稿をもとに、フリージャーナリスト・佐々木俊尚さんと一緒に「しなきゃ」にとらわれない生き方について考えます。
自分の機嫌は自分でとる。現代こそ「目的もなく純粋に楽しむこと」を追求したい
「わたしがとらわれていた『しなきゃ』」をテーマにしたお題キャンペーンは、期間中、360件を超える投稿が寄せられた。ジャーナリズム精神溢れる独自の視点で世界の情報を切り取り、Twitterやnoteなどで発信する佐々木さんから、共感できるエントリーを選んでいただき、現代社会にある「しなきゃ」に縛られずに自分らしく生きるヒントを語っていただいた。
オタクだから推しの情報は全て知っていて当たり前、なんてない。
byねこうさ (id:impishboy)さん
さまざまな推し活を楽しむねこうささん。それゆえに「オタクだから推しの情報は全て知っていて当たり前」「グッズは全部買って当たり前」「現場は全通(全てのイベントに行くこと)して当たり前」といった固定観念を自分でつくりあげていたといいます。しかし、年齢を重ねるにつれて、自分を取り巻く環境や心境、好みは変わるもの。いつのまにか「趣味」が「義務」になり、疲れていた自分に気付きます。
佐々木さんコメント
「現代では、多くの人が他人と自分を比べ、常に満たされない辛さを抱えています。しかし、全ての人が有名人になったり、SNSでいいね!をたくさんもらったり、他者から承認されたりするわけではありません。だから、今後の社会においては、自己充足、つまり自分で自分を満たすことが非常に重要。その点、私は『推し』を応援する行為そのものが、個人の社会的承認になり得るんじゃないかと考えています。
芸能人に興味がない人は、スポーツや運動でも構いません。その場合、チームスポーツだとどうしても技術の上手い下手で他人と比べてしまうので、ランニングや登山、自転車など、一人でできるものがいいかもしれませんね。
ただし、推しを愛する気持ちが承認欲求に転じてしまうと危険。他のファンと競うことは本当に不毛なので、自分と推しとの一対一の関係に立ち戻ることがとても大事だと思いますよ。目的のない行為がこれほどまで尊ばれるのは、他の分野ではあまりないこと。成果や目的、効率性が追求されがちな時代だからこそ、“純粋に楽しむこと”が求められているのではないでしょうか」
生活習慣を整えるには早起きしなきゃ、なんてない。
by義 (id:waqwork)さん
公務員を早期退職した義さんは、「朝、散歩をして生活習慣を整える」「早起きするために23時に就寝する」などの目標を立てては、達成できないことにストレスを感じていました。しかし、通勤しないのだから退職前と同じ時間に起床する必要はなく、固定観念に縛られていたことに気付きます。今は「起業により仕事と時間の自由を手に入れ、自分自身に合うタイムスケジュールで生活習慣を整えている」と前を向いています。
佐々木さんコメント
「リモートワークが普及し、一般の会社員がフリーランスの生活に近づいているのは良いことだと思います。基本的に通勤する仕事は、朝起きる時間から食事の時間まで、自分の生活リズムは全く無視されますから。『何時にこれをしなきゃ』に縛られると、逆に身体の健康を損なう原因の一つになるのです。
昔から『健康のためには毎日7時間半眠るべき』と言われてきましたが、実は最適な睡眠時間は個人差がとても激しいです。自分にとって最適なリズムを探す一番の方法は、朝予定がない時は、アラームをかけずに自然起床すること。
また、朝型の生活が良くて夜型の生活が悪いわけではありません。自分にとって自然な生活リズムと、仕事のリズムをうまく合わせることが大事です」
人生を変えるには目指すゴールを設定しなきゃ、なんてない。
――フリーのジャーナリストとして幅広くご活躍されていますが、佐々木さんご自身はどのように生活リズムを整えているのですか?
佐々木:朝は6時半前後に起きて朝食をつくり、メールチェックをして、ジムに向かいます。9時半頃に自宅に戻って朝食をとり、11時から18時頃までは仕事です。生活リズムを整えるコツは、仕事のスケジュールは事前に担当者と話して調整しておくことと、トリガー(引き金)をつくることでしょうか。例えば、朝食後に豆から挽いたコーヒー一杯を飲むのが仕事の始まり、夕食をつくり始めるのが仕事の終わりと決めています。
――今回のキャンペーンに寄せられた投稿を見て、全体の総括をお願いします。
佐々木:世の中はいかに「こうしなきゃいけない」に満ち溢れているなと、つくづく思いました。私はこれを“20世紀の神話”と呼んでいるのですがいろいろなところに紛れ込んでいる神話に我々は絡め取られているな、と。
例えば、なぜ会社員がスーツを着なきゃいけないかというと、特に理由はない。「ちゃんとした格好は大事」と皆が思っていますが、ヨレヨレのスーツを着た中年とカジュアルだけど質の良い服に身を包んだ若者、どちらが「ちゃんとしているか」と聞かれたら答えを出せないはずです。東日本大震災やコロナ禍といった未曽有の事態を機に、少しずつ古い時代の神話から解き放たれつつあるのが今の時代なんじゃないか、と感じています。
――佐々木さんご自身が体験した“20世紀の神話”はありますか?
佐々木:日本には形式的な“儀式”が多いと感じます。例えば、パネルディスカッションのリハーサル。それをやったら、本番で熱量が下がるのは当たり前だと思うんですよね。できるだけ予定通りに進めたいのかもしれないけれど、不測の事態があるからこそ人生は面白いわけじゃないですか。
どんなに順調そうに見えてもある日突然会社をクビになったりするわけだから、不測の事態は決してなくなりません。逆に、それを楽しめる人生の方が面白いと思いますね。
――少子化対策、男女共同参画、人生100年時代、技術革新、個の時代への変化など忙しく働く世代はたくさんのプレッシャーの中を頑張って生きているようにも思えます。自分のキャリア形成に悩んでいる人も多くいますが、佐々木さんはどのように感じていますか?
佐々木:世の中がどんどん変わっているので、日本古来の制度やルールがものすごい勢いで消滅しているのは間違いないと思います。
社内のルールが全く存在しないスタートアップ企業も増えていますが、20年間同じ会社に勤めて転職した人の場合、「前の会社ではこうだった」と不満を感じるわけですよ。でもそれは、もう不毛でしかない。自分の“常識”が通用しない会社もたくさんあるんだってことをきちんと認識する必要があるし、あらゆることをゼロベースで、「これは本当に必要なのか」と考える姿勢を身に付けておくのは、とても大事だと思いますね。
1990年代後半から2000年代、会社にとっての至上命題は株主価値の最大化にありました。しかし、ここ10年ほどは利益よりも社会的価値を重視する会社が増えています。逆にそこまで巨大化したくない、自分の手の届く範囲で良い仲間と一緒に働きたいと考える経営者が多いように感じますね。
チーム力が重視されている背景には、女性の社会進出が進み、共働きが一般化したことがあると思います。右肩上がりの成長が期待できない中、「相互扶助」の感覚が大事であることを多くの人が認識し始めたからではないでしょうか。
――佐々木さんご自身は、どんな人生を送りたいとお考えでしょうか。
佐々木:ゴールは特に設定する必要はなく、持続することの方が大事だと思っています。私の趣味である登山で例えると、頂上を目指すつもりはないということです。
登頂を目的とするのではなく、その地域の自然や歴史、文化に触れながらひたすら歩く道のことを「ロングトレイル」といいます。仕事も同じで、「100万部の本を出すこと」などを目標にするのではなく、淡々と、その時に自分の興味のあるテーマを追いかけて、いろいろな形で外に向けてアウトプットしていくことを続けていきたいですね。
私は毎朝、気になった記事10本をTwitterで紹介しており、もう10年以上も日課になっています。他には、2008年から毎週月曜日に配信しているメルマガは一度も休んでいないですし、2021年に始めたVoicyも毎日投稿しています。「継続こそ最大の力」ですね。
――三日坊主にならないコツはありますか?
佐々木:三日坊主になってしまう原因は、その行動自体がつらいからですよね。だからまずは1日30分だけとか、リソースをかけ過ぎないようにすることです。それと同時に、達成感をちゃんと覚えておくことが大事。
例えば、私は毎日ジムに行ったり運動をしたりしています。でも、雨が降っている、寒い、暑い、昨日飲み過ぎた……など、やらない要因を探せばいくらでもあるじゃないですか。しかし、30分でも体を動かしてシャワーを浴びた後の爽快感を体が覚えていると、這ってでもジムに行くようになるのです。
Twitterの投稿に関しては、毎日、面白い記事や感動した記事をシェアすることを繰り返していると、「こんなに素敵なものが世の中にあったんだ」と気付きを得ることができます。それが私にとっては癒しですね。
もともと興味の薄かった漫画やアニメをよく見るようになりましたし、たくさんの人が「読みました」とメッセージをくれるのもうれしい。インターネット上には「偶然の出会い」がいくつも転がっているものです。
だから、投稿して反応が返ってこなかったとしても、あまり気になりません。自分自身の中で満足している日課なので、死ぬまで続けたいと思っています。
毎日Twitterに面白い記事をシェアすることを続けていたら、いつのまにかフォロワー数が70万人を超えていたという佐々木さん。支持を得る人やサービスは、実は狙いも目的もなく、本人がただ楽しんで発信していることが多いもの。「しなきゃ」から脱却して自分の生き方を確立することはそう簡単ではありませんが、「毎日続けてもストレスのないこと」「時間があればついやってしまうこと」をコツコツ継続することが、実は幸せへの近道なのかもしれません。
LIFULL STORIES×はてな共同「わたしがとらわれていた『しなきゃ』」お題キャンペーン入賞記事をチェック
取材・執筆:酒井理恵
撮影:中村綾人
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