内向的な暮らし方では人生を豊かにできない、なんてない。
ハフィントンポスト(以下ハフポスト)日本版で編集長を務める竹下隆一郎さん。慶應義塾大学法学部卒業後の2002年に朝日新聞社に入社し、記者として活動した後、経済部記者や新規事業開発を担う「メディアラボ」を経て、2014年からスタンフォード大学客員研究員となる。2016年5月にハフポスト日本版編集長に就任し、「会話が生まれる」メディアを目指している。今、さまざまな情報が発信され、簡単に人とつながれる時代にあって、大事にするオリジナリティは、どのように生まれ、育まれてきたのか。『内向的な人のためのスタンフォード流 ピンポイント人脈術』(ハフポストブックス刊)の著者でもある竹下さんにお話を聞いた。

SNSで簡単に自分の意見が発信できる現代。一見、自由な言論の場が増えたように見えて「ネットは自由過ぎて不自由になっている」と話す竹下さん。“炎上”を恐れ、同じような意見が溢れていく世界の中で、大事にしたいのが頭の中で描く自分だけの意見=オリジナリティだ。そのオリジナリティを生み出す場所として最適なのが家だと語る。会社と自宅の往復だった時代から、いつでもどこでも仕事ができる時代へと移り変わる中で、改めて考える竹下流・家の定義とは何か。
誰にもリツイートされない
自分の脳みその中にある考えを磨くべき
2014年、彼がスタンフォード大学で客員研究員として勤めていた際、同大学は多くのIT企業が集うシリコンバレーにあったのだが、そこで体験した現地での生活が彼のある価値観を大きく変えるきっかけとなった。
「シリコンバレーでスマートハウスのような考えを持つ人とも出会いました。さまざまな家電がインターネットとつながっていて、部屋に入ったら音楽が鳴って、スマートスピーカーに話しかけると買い物もできる。それまで日本の社会では、家と会社の往復で、家には寝るために帰って、休息や回復をさせるような考え方が一般的でした。しかし私はそのときに、家は単に休むところではないという考え方になりました。最近の日本でも働き方改革などでリモートワークが可能になり、どこでも働くことができる時代になりました。そうすると単に働く場所や職場が変わるのではなく、そこに付随していたいろいろな概念も変わっていく。その中で、家の地位が上がると思いますし、本質的な家の定義が変わると思います。積極的に内向的になることで、考え方が変わっていくのではないかと思い始めました」
外の世界と遮断できる家の中で新しいアイデアを
家での過ごし方は、人それぞれだ。竹下さんも家ではゆっくり過ごす派。驚いたことに、家では、ネットもほとんど見ない。一人になる時間をつくっているそう。
「散歩をしたり、お風呂でスマホを見ないようにしたりすることは、意識しているんです。それが自分と向き合うことにつながりますから。家の価値観として考えると、昔は休息の場所だったのが、今は、もっと意味のある場所になっていますよね。インターネットやSNSの普及によって、自由に発言することや情報も簡単に手に入る。だからこそ、家を、そうした“外の世界”からあえて遮断する場所として捉え直すと、家にいながら、新しいアイデアが生まれたりイノベーションが生まれたりするんじゃないかなと思います。結局、スマホを持っていても、ゲームやSNSくらいしかしない人も多いですよね。それならば、違うことをしたり、一人でいろいろなことを考えたりした方が面白い。だから、これから家の中での過ごし方は、めちゃくちゃ大事になってくると思います」
インターネットの普及によって、生活環境や仕事におけるさまざまなことが便利になり、誰もが簡単に他者とつながれる。しかしその一方で、窮屈になったこともある。その一つが発言・意見だ。近年では、何かあると、すぐに炎上。それを恐れて発信すること自体を避ける人も増えてきた。
「変わった意見や必ずしも正論ではないことを言うと、すぐ誰かが見つけてきて炎上しますよね。SNS上では、昔みたいに面白い意見があるというよりは、同じような意見になっている。インターネットで世界が一つになってくると、意見も統一化、画一化されていくのかなと。そうなった場合に、本当のオリジナリティを得るにはどうしたらいいか……自分の脳みその中は誰にもシェアされないしリツイートされない。一番オリジナルな意見なので、そこを磨いた方がいいんじゃないかなって思います。今後はAI時代になって、人工知能が勝手に情報を収集して、勝手に提供してくれる時代が来る。楽にはなるけど、人の心の中だけはロボットも入り込めないので、それはすごいオリジナリティなんじゃないかなと思います」
メディアはニュースを伝えるだけのものじゃない
もちろん、SNSをやめればいいというのではなく「ほどほどにして、それよりも自分と向き合う。シェアされない、誰かに見られない意見って、今は貴重だなと思う」と言葉を続けた。何ごとも自由の幅が広がり多様化する時代だからこそ、家での過ごし方、一人の時間の大切さを実感し、家の定義を変えてきた。と同時に、竹下さんはほかにも変えてきたものがある。それが現職のメディアという定義。
「メディアはニュースを発信するだけのものではなく、もっと自由に考えてもいいんじゃないかと考えます。何のためにメディアがあるのかというと、世の中の情報を伝えるためにある。でも、その手段は、必ずしもニュースの発信だけではなく、イベントを通して伝えることがいいかもしれないし、小説や演劇を通すことが伝わりやすいかもしれない。動画やイベントでもいい。そういうことは、続けていきたいし、最低限やろうと実行しています。メディアの既成概念を打ち破ってきたという感じですけど、何か新しいことをするためには自分だけが思っていたのではダメで、新しいとわかってくれる人も必要だと思います。一人が変わっても、世の中は変わらない。変わったことをわかる人が必要なので、読者と一緒に成長していきたいという思いもあるんです。だから読者も、メディアはニュースが送られてくるだけではなく、いろいろなことが送られてくる場所なんだなっていうように変わっていってもらえたらなって」
メディアの再定義をすることが目標
竹下さんが掲げる目標の一つが、メディアを再定義すること。いろいろな情報をさまざまな形で世の中に送り、リアルに人々が交流するきっかけをつくっていく、その先にあるものとは?
「ハフポスト日本版は『会話を生み出すメディア』を目標としていますが、会話という言葉を使ったのは、すごくこだわりで。議論でも対話でもないんです。単におしゃべりをしているだけでも世の中良くなると思って、会話という言葉を使っています。そのためにも、メディアとしていろいろな読者やお客さまに話題を提供する。それには、面白いフックがなきゃいけないし、新しい切り口がないといけない。誰かが何か言いたくなるようなちょっとしたひねりがあるような記事を出していきたいなと考えています」
このメディアの定義にしろ、家の定義にしろ、世の中に通底する一般的な考えや概念を覆すことはもちろん簡単ではない。
「自分の頭の中にある自分だけの意見は、いつでも自由で、描くことはできます。面白いものが好きだし、自分の考えが変わっていく瞬間が好きです。そこから、どう動いていくか、考えていくかは、やっぱり自分次第。スマホを切ることで、その一歩は簡単に踏み出せるかもしれないと思っています」

ハフィントンポスト日本版編集長
慶應義塾大学法学部卒業後、2002年に朝日新聞社入社。経済部記者や新規事業開発を担う「メディアラボ」を経て、2014年にスタンフォード大学客員研究員になる。2016年5月からハフフィントンポスト日本版編集長となり「会話が生まれる」メディアを目指している。
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