アートで地域活性化は難しい、なんてない。
接着剤(木工用ボンド)で絵を描く現代アート作家として活動し、佐賀県多久市の地域活性化にも積極的に力を入れる冨永ボンドさん。もともとはグラフィックデザイナーだったが、26歳のときに音楽イベントの出演を機にアーティスト活動をスタート。地域活性化の活動を開始したのは31歳からで、結婚を機に多久市へ移住したことがきっかけ。街中をキャンバスにした「多久市ウォールアートプロジェクト」や小学校で児童と一緒に卒業制作をボンドアートで行うなど積極的に活動している。地方創生とアートを組み合わせた冨永さんの考えから、生き方のヒントをもらった。
(2021年2月25日加筆修正)
幼少期は「普通」に憧れ、夢は「サラリーマン」になることだった。しかし、好奇心旺盛でさまざまな事柄に興味を持つタイプだったので、その都度夢は変わった。中学生のときにパソコンに興味を持つと、情報処理の教科に力を入れる高校でプログラマーを目指した。卒業後は、部屋の模様替えが好きだったので、家具のデザインを学べる専門学校へ。2年間通ったあと、家具のデザインをしている企業に就職。それがデザイナーとして人生を歩み始めた瞬間だった。その後もさまざまなことに興味を示し、トライしてみては経験にする、を繰り返してきた冨永さんは、今、どんな未来を描いているのか。
「やめる」という決断により新しい自分と仕事に出会えた
社会人になってちょうど1年がたつ頃、いきなり大きな決断を迫られた。就職して間もない会社を「辞める」という決断だった。
「家具がずっと好きで、専門学校へ行って2年間家具のデザインについて勉強しましたが、やはり理想と現実のギャップは大きかったです。就職した先の会社では自分の好きなようにデザインができると思っていたんですが実際は全然そうではなかった。なので、自分自身、もっと可能性を広げたいという思いもありましたし、先輩からの『やりたいことではないんだろう?』という後押しもあり、勇気を出して退職することにしたんです。これが私にとっての人生の最初のターニングポイントでした」
その後は、印刷会社のオペレーターとして勤務しながら、フリーランスでグラフィックデザイナーとして活動した。デザイナー業では、さまざまな素材を組み合わせる「コラージュ」という技法を得意とし、画面上で画像素材が糊(のり)でくっついているように見えることから自身のデザイナーとしての活動名に「ボンドグラフィックス」と名付けた。CDジャケットやポスターのデザインを手掛けるなど音楽に関係した仕事を請け負い、順調だった。それから5年後の26歳のとき、もう一つの転機が彼に訪れた。音楽イベント「MOUNT-福岡 hiphop Subway Style-」への出演だった。
「このイベントに関しても、ポスターやチラシ作りなど、言ってみればイベント前の仕事が主な役割でした。当然ながらイベント当日は特にすることがなかったわけですが、以前から『何か会場でパフォーマンスをやりたい』という思いはあり、主催側にその気持ちを伝えていたら本当に出演できることになったんです。しかし、私は歌もダンスもDJもできない。何をしようかと悩んだんですが、できることの中から考えて『絵なら描ける』と思い、ライブペインティングをやろうと決めました。それまで、絵を描いたこともなかったし、画材のことも知らなかったですし、描き方や画法も何も知らなかったですが、人と違うことをしてみようと思い、デザイナーとしての活動名のボンドグラフィックスから“ボンド”をとって、木工用ボンドを使ってアートを描くことにしたんです」
ボンドアーティスト・冨永ボンドが誕生した瞬間だった。
「イベント出演を機に、いろいろな人たちとつながりを持つことができ、その後の仕事につながっていくのですが、それ以来、いまだに私は人前でしか絵を描いていません。最初の3〜4年は、人の顔しか描いていませんでしたが、当時は、作品が思うように売れず、売れたとしても1枚5000円程度で先輩や友達に買っていただいたり。あとはライブペイントの会場として使わせていただいたレストランやバー、クラブなど30カ所くらいに飾っていただきました。黒くて立体的な顔の絵は“冨永ボンドの絵だ“ってことを定着させたいと思いながら飾っていただいていました。私が描く絵は、よく『周りにはない』って言われていましたが、ニューヨーク(2014年)やパリ(2016年)へ行ったときに『新しいね』と言われて、自分がやっていることをしている人は世界にもないんだと、自信になりました」
ここまで、グラフィックデザインとアートの2軸で活動していた冨永さん。そんな中で彼はさらなる決断を迫られていた。グラフィックデザインを辞めるという決断だった。
「グラフィックデザインで関わってくれた先輩や仲間たちと、方向性の違いもあって突如違う道に進むことになってしまいました。彼らなしでグラフィックデザインは考えられなかったので、私の中で『それならやめよう』と決断しました。20代前半という若さがある中で一生懸命やってきて、デザイン会社を作るぞという夢を持って取り組んでいたグラフィックデザインだったので、これは相当な決断でした。ですが、その後にアートの仕事がものすごく入ってくることになるんです。不思議なものです」
アートで街を活性化。多久にしかないものを創っていく
31歳のとき、結婚を機に佐賀県多久市へ移住をした。自身の仕事場があった神埼市と、奥さんが働く伊万里市の中間地点に位置することからこの地を移住の地に選んだ。つまり多久市への移住は偶然だった。ここは過疎化が深刻化しており、商店街にある店々も次々とシャッターを下ろしていく、いわば「シャッター商店街」だった。どこか寂しい空気が街に流れ込み、冨永さんは必然的に街の活性化に参加していくことになる。
「きっかけは、市の職員の方からの相談でした。私が移住してアート活動をすると、『こんな人が移住してきた』という話が噂になって広がっていったらしく、その噂を耳にした市の職員の方がやってきて、いろいろな話をする中で“街の活性化”みたいな話をしてくれたのが最初です。私自身は生活に不自由を感じることはありませんでしたが、空き家が多く、やはり街を歩けばどこか寂し気な感じは覚えました。では具体的にどう活性化させようか。店が増えないのは人口が少ないから。しかし、人口を増やすためには店を増やさなければならない、という考えがある中で、私は観光資源を作ることで結果的に、移住者が増えると思ったのです。観光資源があれば多くの人が多久市を来訪し、店も増える。そこで私は『多久市ウォールアートプロジェクトを始めよう』と、多久市まちづくり協議会に発案しました。多久駅を中心とした半径500メートル以内の中心市街地に大きな壁画を100カ所作り、日本一のウォールアートの街を形成するというプロジェクトです。いろいろな人たちにも呼び掛けていき、今では10人以上のアーティストが参画してくれています」
一方で彼は、300坪の空き家を改築したアトリエ「ボンドバ」も運営している。
「6メートル×6メートルくらいの大きさの部屋が3つあるんですが、それぞれのスペースをうまく活用して、ワークショップを開いたり、毎週金曜日の夜にはバー営業をしたり、毎月1回、第4日曜日だけアトリエとして開放したり、物販の店を置いたりしています。さらにその横では、テニスコートくらいの広さの貸しギャラリー『えのぐアートギャラリー』も運営しているんですが、このアトリエの利益でウォールアートを増やしていっているんです。このアトリエのオーナーさんはご高齢の方で、『雨漏りや台風被害での修繕が大変で、修繕をお任せします。その代わり自由に改造していいですよ』と言ってくれて。初めはカウンターも家具もガスも水道も何もありませんでした。多久市周辺にはこういった空き家がとても多くあるんです」
アートの力で医療に貢献したい
現在、冨永さんは、自身の夢のため、地域活性化のため、今日もアートを通じた地方創生に取り組んでいる。彼が4年前に始めた「多久市ウォールアートプロジェクト」は、31カ所が完成している。
「4年前と比べると、街並みはかなり変わりました。それまで、老朽化した建物があって、街全体が寂びれているなというイメージでしたが、今ではウォールアートを観にユーチューバーやインスタグラマーなどといった、ウェブ上で影響力を持つインフルエンサーの若者たちも街中を歩くようになりました。以前では考えられないことです。地域の皆さんからは『街が明るくなっていいね』というありがたい声も頂戴しています。今後の課題としては、『多久市にしかないものを作ること』。ここ1〜2年で、駅近くに、おしゃれなアクセサリーショップや、パン屋と雑貨屋と建築事務所が一緒になった店ができましたが、そういった良い意味で尖った店をさらに増やしていきたいと考えています。大きなショッピングモールにはない、多久にしかないものを作らないと人は来ない。さらに、店と店がつながり地域全体が一丸となって街を盛り上げていく。点と点をつなぐ役割を担うのが、街中に点在するウォールアートであり、私の独自の画法、ボンドアートなのです」
さらに、作家活動を続けながら医療福祉系の大学に勤務し、アートと医療をつなぐことで社会にどのようなアプローチができるか研究しているという。
「大きく4つ、アート、医療、地域、世界というキーワードを軸に活動の幅を広げています。アートにおいては、『つなぐ、接着する』を創作テーマに、人と人、人とアートをつなぐことを目的とした活動を行っています。こうした作家活動を通して、絵を描く作業の大切さを、より多くの人に伝えたいとも考えています。医療の分野では、創作活動を通して心身のストレスを緩和したり自己効力感を高めることにつなげる、独自の『ボンドアートセラピー』のワークショップを定期的に開催しています。対象は、障がい者・健常者隔たりなく、過去5000人の方にボンドアート作品を創っていただきました。実は、私含め、私の家族は全員昔からメンタルが弱く、どこかで家族の力になりたい、改善したいという思いもあり、以前から精神医療の分野には興味がありました。ボンドアートは、偶然始めたオリジナルの画法で100パーセント自分自身の表現方法ではありますが、今後も作家として自らの表現を追求することはもちろんのこと、ボンドアートが誰かの役に立つのであれば、医学的な研究の分野でも仕事をしたいと考えています」
冨永さんのこの精力的な活動の原動力は、「夢」だという。
「私の夢は、世界一影響力のある画家になって、日本の医療福祉の分野を支援することです。2014年にはニューヨーク、2016年にはパリでの出展もかないました。数年後、もう一度ニューヨークに挑戦したいという思いがあります。日本と世界のアートシーンをつなぎたい。そうすることで、結果的に日本の医療の分野も支援することができると信じています。そしてそれは、アーティストとしての肩書でしか成し得ないことなのです」
さらに、夢をかなえるためには「捨てる」ことが重要と話す。
画家。現代アート作家。
1983年生まれ、福岡県出身。つなぐ(接着する)をテーマとし、木工用ボンドを画材として使う画法「ボンドアート®」を用い絵画作品を創作する。自身が居住する佐賀県多久市では多久市ウォールアートプロジェクトを企画・実行し、街の活性化に一役買っている。現在は、西九州大学に勤務しながら、アートの力でいかに医療の分野に貢献できるかについて日々研究に励んでいる。
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