インポスター症候群とは?【後編】心理的安全性と職場での取り組み
インポスター症候群とは、周囲から良好な評価をされているにもかかわらず、自分自身を過小評価し、否定的に捉えてしまう心理状態のことです。自己肯定感が低い人が陥りやすいと言われるこの心理状態をどうやって克服すればよいのか。
この記事では、「インポスター症候群」の具体的事例とサポート方法について解説します。
前編
後編
インポスター症候群を克服するには
個人レベルでのサポート:傾聴と共感
インポスター症候群を抱える人の話をじっくり聴くことが重要です。相手が自己肯定感を高めることができるよう、アクティブリスニングを心がけて、共感する姿勢でしっかりと向き合うことが大切です。話を聴きながら、相手の改善点に気付くことがあるかもしれませんが、安易にアドバイスをしたり、相手の考えや感情を否定したりしてはいけません。
具体的には傾聴していることが伝わるようにうなずいたり、相手の言葉を繰り返したりします。また、相手が話してくれたことに対して、「つらいね」「大変だったね」など、相手の感情に寄り添いましょう。
また、励ますときには「もっと頑張ったほういい」などと相手の努力が足りないと思わせるような言葉は避け、すでに頑張っていることを認めてあげると良いでしょう。
相手の成長するペースを認め、無理に自分が「助けてあげよう」と思わないことです。粘り強さが欠かせません。自分の経験を共有することが相手にとって参考になることもありますが、あまり頻繁に持ち出すと、自分と比較してプレッシャーをかけてしまうことにもなりかねませんので、注意しましょう。
職場での取り組み:心理的安全性と成長機会の提供
インポスター症候群を抱える従業員が職場で増えると、チャレンジや成長を怖れ、士気が下がり、全体のパフォーマンスが下がりかねません。職場でインポスター症候群を抱えている人を特定する必要はありませんが、その傾向を持つ人が少なからずいることを前提にして、組織全体で対策を検討することが重要です。
「心理的安全性」とは、組織の中で自分の考えや意見を包み隠さずに同僚や上司に表現できる状態を指します。その根底に互いに対する信頼関係が構築されていなければなりません。(※4)
職場に心理的安全性があれば、インポスター症候群は緩和するはずです。誰もが自分が周りにどう思われるか過度に気にせずに済むからです。職場のコミュニケーションが活発になり、ミスは減り、アイディアが生まれやすいポジティブな雰囲気へと変化します。
失敗を恐れずに意見交換ができる職場を作り上げるには、単にそのことを呼びかけるだけでは不十分です。実際に新しいことに挑戦できる機会を提供しましょう。例えば、業務改善や製品開発につながるアイディアが従業員から生まれた場合、結果よりも主体的にアイディアが出てきたこと自体を歓迎し、プロセス(過程)を認めるようにします。
また、上司はメンバーの努力を認め、定期的にフィードバックを行います。メンタリングやコーチプログラムの実施、スキルアップのための研修制度の提供も効果的でしょう。ただ、制度だけ導入しても心理的安全性は高まりません。一人ひとりの意識、コミュニケーション方法を変革すること、そして、職場環境における理解を示すことが重要です。
出典:
※4 心理的安全性|HRpro
インポスター症候群の具体的事例
インポスター症候群の背景には、周囲との軋轢を過度に避けようとする幼少期の教育に加え、「女性は女性らしくおしとやかに」「男性は男性らしくたくましく」というアンコンシャスバイアス(無意識の思い込み)もあります。加えて、それとは逆行するように社会は近年急速に女性活躍を強調しています。そうした環境の中、職場で働く女性は過小評価されることが多く、インポスター症候群を抱える女性も増えていることが考えられます。
以下ではインポスター症候群の具体的事例について取り上げます。
職場での事例:新入社員からベテラン社員まで
- 新入社員の事例
新しい環境は誰にとっても緊張しますが、新入社員の多くは新しい仕事に胸を膨らませ、チャレンジしようという意欲にも溢れているものです。インポスター症候群を抱えている人の場合、不安が心を占拠してしまい、「自分が期待に応えられるはずはない」「失敗するに違いない」というネガティブな思いばかりが先行し、意見を言えず、積極的な行動ができない状況に追い込まれます。
- 中堅社員の事例
中堅社員の場合、昇進や責任ある仕事へのプレッシャーが高まります。成長意欲はあるものの、インポスター症候群の傾向がみられる場合、プレッシャーに対する抵抗感が芽生えてしまいます。「自分は力不足だ」という自己認識があるため、キャリアを積み上げることに影響が出てしまい、その後のキャリアパスにも影響してしまいます。
- 管理職の事例
管理職にインポスター症候群の傾向があれば、リーダーとしての自信の欠落につながりかねません。決定を躊躇し、リーダーシップを発揮できない様子を見て、部下は不安を感じ、現場の一体感や士気は低下してしまうでしょう。
学術界や創造的職業での事例
- 研究者の事例
研究者にインポスター症候群の傾向が強ければ、論文が評価されても自分の研究に自信が持てず、過小評価してしまう可能性があります。自分が「本当の専門家」ではないという思いが強くなり、積極的な発信や発表を控えることで、研究者としての成長に歯止めがかかってしまいます。
- アーティストの事例
作品が評価されても他のアーティストよりも劣っていると感じたり、自分の才能を信じられなかったりします。自信がなければ創造性にも限界を感じやすくなるでしょう。
- 作家の事例
作家の場合も同様で、成功しても読者をだましているような不安を持ち続けてしまいます。また、次作への期待に対するプレッシャーを感じ、批評や評価に対する過敏な反応を示してしまうでしょう。
さまざまなフィールドや立場でインポスター症候群の傾向にぶつかるとしても、成長をあきらめるべきではありません。AERA編集長を務めた経験もあるジャーナリストの浜田敬子さんは、働く女性たちに「『自分はもうこのポジションでいい』、『働き続けられればそれでいい』と思っている人も多いかもしれませんが、どんな人でも必ず成長できることを伝えたい」と語ります。
まとめ
誰もが多かれ少なかれインポスター症候群の傾向を持っているものです。もし、自己分析をしてみて、その傾向が強く、自分の成長を阻害しているように感じるとすればメンタルケアの専門家のサポートを借りるのも一つの方法です。また、個人だけで行えることには限界があるため、企業や職場としての取り組みもますます重要になってくるでしょう。
執筆:河合 良成
メンタルヘルスケア&マネジメントサロン代表・公認心理師、メンタルトレーナー、ビューティ・リバースエイジングマイスター。女性の気持ちに寄り添うカウンセリングを中心に、メンタルケアの分野の幅を広げ、男女関係、モラルハラスメント、DV、依存、自尊心の低下、対人コミュニケーションなどの個人カウンセリング、企業における自己実現やセルフマネジメントのサポート、ウェルビーイング、メンタルトレーニングや講演などを行う。さまざまなメディアでも活躍しており、これまで多数のテレビに出演してきたほか、雑誌などで執筆するコラムも好評。近著に『インポスター症候群: 本当の自分を見失いかけている人に知ってほしい』がある。
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