障がい者との間に支援する・されるの関係、なんてない。
障害者雇用促進法によって民間企業の障がい者の法定雇用率は2.3%と定められ、多くの企業が障がいのある人も働きやすい環境づくりを求められている。しかし、「令和3年障害者雇用状況の集計結果」によると、2021年の達成企業の割合は47.0%と半分にも満たない。
そんな中で、名の知られた企業や歴史ある寺社仏閣などと仕事をしている福祉施設が、奈良にある。「Good Job!センター香芝」(以下、センター)だ。2016年の開設時よりセンター長を務める森下静香さんは、福祉分野を超えて仕事を生み出し続けてきた。彼女は障がいのある人が働くことをどのように捉え、そして障がいのあるなしにかかわらず働きやすい環境をつくるためにどのようなことを大切にしているのだろうか。
中川政七商店とコラボレーションした郷土玩具・鹿コロコロ、世界遺産に指定されている春日大社境内の杉から生まれた燭台。生まれるプロダクトは、見た者、触れた者をあっと驚かせる、完成度の高いものばかりだ。しかも作っているのは、熟練した職人ではなく、事業所に通う障がいのある人が中心というから余計に驚く。
時には伝統工芸の世界に最新の3DプリンターなどのFAB機器を取り入れ、時には IoTを活用したものづくりを提案。福祉の常識や枠組みを超えて、森下さんは障がいのある人の仕事を生み出し続けてきた。背景をお伺いすると、誰もが参考にできる障がいのある人と共に働くヒントが見えてきた。
障がいのあるなしにかかわらず、誰しも社会の役に立ちたい思いを持っている
仕事に裏表はない。ものづくりから発信まで一貫して行う
JR和歌山線香芝駅、または近鉄大阪線近鉄下田駅から数分ほど歩くと、住宅街の中に突如として木の温もりがあふれる二階建ての建物が現れる。ちょうどお昼時だったこともあり、扉を開けると、カフェスペースでは利用者であろう障がいのある人や、ご近所からランチに来た女性グループ、仕事の打ち合わせをする人たちの姿が目に入った。
木の温もりが感じられるGood Job!センター香芝の外観。
センターには就労継続支援A型事業、就労継続支援B型事業、生活介護事業の3つが入っている。しかし、扉の奥に広がっていたのは、障がいのあるなしにかかわらず地域の居場所として親しまれていることが伝わってくる空間だった。
「法律にのっとり、必要に応じて、間仕切りをして空間を分けられるようにしてあります。しかし日常では、みんなの気配が感じられるひとつながりの空間にしているんです。
というのも、センターを建てる時から、さまざまな人が出会うことで創造的なものが生まれたり、個人のクリエイティブ性を発揮できる場所でありたいと考えていました。仕事に裏表はありません。以前障がいのある人のご家族から、『流通の仕事についた子どもが薄暗い部屋の奥で作業している姿を見て悲しくなった』と聞いたこともあり、2階の商品を販売するショップ兼ECサイトの倉庫も明るい空間になっています」
福祉に特別な興味があったわけではなかった
福祉事業所でありながら、障がいのある人とない人が緩やかに混ざり合う。こうした空間づくりに至った背景には、森下さんのキャリアや考えが大きく反映されている。

「大学卒業後に、『1年間ボランティア計画』という青年海外協力隊の国内版のようなプログラムに参加しました。その時、派遣されたのがたまたまセンターの母体である『たんぽぽの家』でした。私は最初から障がいのある人に対応するのに『感情表現の大きい人だな』『振り幅がすごいな』『正直な人だな』という受け取り方をしていました。だから自然と、隣にいる人が困っているからトイレや食事を手伝うみたいな。ある時、障がいのある人から週末お出かけに誘われて、当日私がドタキャンした時に『介助の一人として頼んでいるから困る』と言われたんですね。その時に初めて障がいのある人の支援をすることを自覚しましたね」
障がいは差異があることで生まれる隔たりであると考え、障がいを特別視していない森下さんにとって、福祉の枠組みにとらわれることなく他ジャンルとも連携しながら仕事を生み出すのは自然な流れだったのかもしれない。
「センターの前身に当たる、障がいのある人と新しい働き方をつくる『Good Job! プロジェクト』に2012年から取り組んでいます。中川政七商店さんと『今から100年後に残る郷土玩具』を目指して作った『鹿コロコロ』は、張り子の木型を作る職人が不足していると相談があったところから始まりました。偶然にも3Dプリンターを活用したものづくりを模索していたので、木型の代わりに3Dプリンターで出力した樹脂の型を使用し、張り子作業を障がいのある人が担えばできるのではないかと考えて、出来上がったんです。どの仕事も数々の出合いやアドバイスを自分たちなりに工夫し、積み重ねてきたことが今につながっている気がしますね」
郷土玩具「鹿コロコロ」は、3Dプリンターから型を作る。紙を貼って絵付けの作業はセンターにいるメンバーが担う。
完成品は作り手によって表情がそれぞれ異なるのが特徴。
センター内にあるカフェのマスコット「Good Dog」は、ホットドッグをモチーフにしたオリジナルの張り子。
センター内の工房で作業中のメンバーやスタッフたち。
「きっと企業や地域からの要請で生まれる仕事の組み立て方の答えを探すのが、私たちの役割。実現するために、他ジャンルの知識や経験が必要なら専門家に入ってもらいますし、スタッフも新しい学びを得たり、専門性を身につけるようにする一方で福祉事業所として利用者一人ひとりの特性や好きなことから仕事を積み上げることも大切にしています」
障がいのあるなしに関わらず、誰しも社会の役に立ちたい思いを持っている
大学卒業時から障がいのある人と関わってきた森下さん。気づいたことの一つが、障がいのあるなしに関わらず、誰もが社会に参加したいという気持ちを持っていることだった。
「『誰かの役に立ちたい』『やりがいのある仕事を持ちたい』といった気持ちを、重い障がいのある人ほどお持ちでした。だから、一人ひとりにあった仕事をつくることが必要だと思い、センターでは地域社会に必要とされる多様な仕事を生み出せたらいいなと思ってやってきたんです」
開設から6年の間で、センターでは数々の仕事が生まれてきた。オリジナルの張り子作りや養蚕、全国の福祉事業所で作られている製品や企業とのコラボ商品など、合わせて1,000種類ほどのグッズを紹介するECサイト『GOOD JOB STORE』の運営など多岐にわたる。
ECサイトの仕事一つとっても、写真撮影、データ入力、梱包、発送などがあり、またセンター内にはカフェのホールや調理、ショップのお買い物袋のデザイン、電話番などさまざまな仕事が発生し、一人ひとりの特性や好きなことに合わせて持ち場を任せている。そこに「障がいのあるなしは関係ない」と森下さんは実感している。
「ケーキを作るとか、ECサイトのプログラムを組み立てるとかは私にはできないこと。一人ひとりの得意なことを組み合わせて成り立っていて、チームで仕事をしているだけなんです。繁忙期には地域の方や他の福祉施設さんに協力してもらうこともあります」
たくさんの経験をして、自分の好きなことを知ってほしい
森下さんと話をしていると、特性の異なる人同士がチームとして働くためには、一人ひとりが好きなことや得意なことを認識していること、それらが周知されていることが大切だということが見えてきた。しかし、障がいのあるなしに関係なく、自分の好きなことを見つけるのは容易ではない。

「最初から好きなことがある人はそれほどいません。センターでさまざまな経験をして、自分の中にある好きや得意を見つけてほしいと思っています」
また、障がいのある人が地域や企業で働く上でもう一つ大事なことがあると言う。
「新聞を読んで情報リテラシーを高めるとか、自分の意見を発表できるとか、雑談ができるとか、そうした仕事の周辺にあるたくさんのことを、障がいのある人も身につけられるといいですよね。
すると、障がいのある人も一般企業を含めて仕事や働く先を選びやすくなるはず。私としても、センターの中の仕事を増やすだけではなく、地域の中で障がいのある人の働く選択肢がたくさんある環境づくりを意識していきたいです」
自分の好きなことを知ること。一人ひとりの好きや得意を生かしてチームで仕事をすること。これらは障がいのあるなしに関わらず大切にしたいことではないだろうか。障がいを見るのではなく、一人の人として見るところからまずは始めたい。
取材・執筆:北川由依
撮影:立岡美佐子
1996年より、たんぽぽの家にて、障がいのある人の芸術文化活動の支援や調査研究、アートプロジェクトの企画運営、医療や福祉などのケアの現場におけるアートの活動の調査を行う。2012年より、アート、デザイン、ビジネス、福祉の分野を超えて新しい仕事を提案するGood Job!プロジェクトに取り組み、このプロジェクトが2016年度グッドデザイン賞にて、金賞受賞。
2016年9月にGood Job!センター香芝を開設、同時にセンター長に就任。編著に『インクルーシブデザイン−社会の課題を解決する参加型デザイン』、『ソーシャルアート−障害のある人とアートで社会を変える』(いずれも学芸出版社刊)など。
Instagram @goodjobcenter_kashiba
Good Job!センター香芝 公式サイト
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