白髪は染めなきゃ、なんてない。
ナレーター・フリーアナウンサーとして活躍する近藤サトさん。2018年、20代から続けてきた白髪染めをやめ、グレイヘアで地上波テレビに颯爽と登場した。今ではすっかり定着した近藤さんのグレイヘアだが、当時、見た目の急激な変化は社会的にインパクトが大きく、賛否両論を巻き起こした。ご自身もとらわれていた“白髪は染めるもの”という固定観念やフジテレビ時代に巷で言われた“女子アナ30歳定年説”など、年齢による呪縛からどのように自由になれたのか、伺った。
※この記事は「もっと自由に年齢をとらえよう」というテーマで、年齢にとらわれずに自分らしく挑戦されている3組の方々へのインタビュー企画です。他にも、YouTubeで人気の柴崎春通さん、Camper-hiroさんの年齢の捉え方や自分らしく生きるためのヒントになる記事も公開しています。
今年8月、カナダ最大の民間放送局で夜のニュース番組でアンカーを務めてきたリサ・ラフラムさんが解雇された。報道によれば、髪の毛を染めず、白髪になったことが解雇の一因だという。エイジズム(年齢による偏見や差別、固定観念)に対して厳しいイメージがあるカナダで、そんなことがまだ起こるのかと少なからず驚かされたが、約5年前から、グレイヘアになった近藤サトさんは、“白髪は隠すもの”という考えは、世界中で根強く残っていると感じている。
やめたいはずなのに、染めないという選択肢はなかった
近藤サトさんが白髪染めを始めたのは20代後半。3週間に1回のペースで続け、伸びた髪を切るのと同じくらい当たり前のことだった。生え際にわずかでも白髪を見つければ、焦ってリタッチカラーで隠す。そんな日々を過ごしていたと振り返る。
「メディアで若返りメイクやファッションが盛んに取り上げられていた頃で、誰もが1歳でも若く、見られたかった時代。私も若作りのために、白髪を必死に隠していました」
長年の白髪染めによって、頭皮へのダメージがひどくなっていった。今すぐにでも白髪染めをやめたい。でも、若く見られるためにはやめられない。そんなジレンマに陥っていく。
「“白髪は染めて隠すもの”という古い固定観念があって、やめるという選択肢は思いもしませんでした。白髪染めで苦しんでいるにもかかわらず、その苦しみは耐えるべきものと思い込んでいたんです。白髪は染めて隠すもの”という固定観念には、古くから“白髪=老い”であり、老いに対する恐怖の表れとも考えられます。外見でその人の価値を判断するルッキズムにも関係しているでしょうし、とても根深い問題です」
当たり前のように白髪染めをする自分に疑問を持つきっかけになったのは、東日本大震災。家にあった防災用品を見直すと、白髪染めがないことに気づく。ドラッグストアに走り、3本もの白髪染めを買い、リュックに詰めながら、生死に関わる災害に見舞われたとしてもなお、白髪を隠そうとしていた自分に失望した。その時ようやく“〝染めない”〟という選択肢が自分の中に生まれた。
しかし、グレイヘアを実践した時には、東日本大震災から4年が経っていた。周囲から反対されたからだ。「まだ40代。さすがに早すぎる」と。心がゆらぎ、頭皮への負担が少ないとされるヘアマニュキュアに変えたものの、染める頻度が増えストレスが高まり、グレイヘアを決意。3年の移行期間を経て、メディアにグレイヘアで登場すると……。

「女性からは『素敵』とポジティブな感想や『私もやめたかった』といった共感の声をたくさんいただきました。『劣化した』『老けた』といったネガティブな声が出ることは、ある程度想定していたので、痛くもかゆくもなかったです。ただ、当時49歳でしたけど、私よりも年齢の低い女性から『その年で女性性を捨てるのか』と言われたのには、かなり驚きました。私の世代と比べると、もう少し多様性に対応できている世代だと思っていたので、日本では、ジェンダーへの理解がまだまだ深まっていないのだなと」
グレイヘアを望んでもできない現実がある
近藤さんがグレイヘアになった年、グレイヘアが流行語大賞にノミネートされるなど、大きな注目が集まった。あれから5年ほどの歳月が流れたが、白髪への理解はあまり進んでいないのが近藤さんの実感だ。
「グレイヘアにしたいという方はいらっしゃるんです。でも、グレイヘアを望む方が、その想いを叶えるのはなかなか難しいのが現実で、白髪染めをやめたら職場での評判がすこぶる悪くて、『営業先に連れて行けない』と言われたといった相談を受けるんですよ。また『グレイヘアにしようと思う』と言った人に『やめたほうがいいんじゃない』と止めるのは、相手ではなく自分の環境を守りたいからという場合が多いですね。人は、自分の周りの環境が変わることに、とても保守的なんです。もし、周囲の理解が得られず精神的に辛くて、染めたほうがラクに感じられるのであれば、そうなさることをおすすめします。けっして頑張り過ぎないでほしいですね。
この5年の流れをみていると、グレイヘアが受け入れられるスピードは徐々にといった感じでしょうか。これからも、日本で一気にグレイヘアが浸透するとは考えにくいですね。ただ、影響力のある企業がサポートを示してくださったら、社会全体がドラスティックに変わる予感がするんです」
まさにその一例ともいえる出来事が、今年8月にカナダで起きた。ファストフードの大手ウェンディーズのカナダ法人が、SNSのプロフィール画像のブランドキャラクターを、赤毛からグレイに変え、「髪の色に関係なく、スターはスター」とコメント。そのツイートには、4.8万件のいいねがついたのだ。

「そのツイートは私もRTしたんですが、あれがなければ日本に住む私が、ニュースを知ることはなかったかもしれません。やはり、企業の波及力は大きいですね。カナダで、白髪になったことを理由にキャスターが辞めさせられるという事例があることに驚かれた方もいるかもしれませんが、私はむしろ、経緯が表に出るだけ進んでいると感じました。日本だったら、気づいたら辞めさせられて、問題にもならないのではないでしょうか。さらに、日本のテレビ局では、女性アナウンサーは白髪になる以前に、人事異動で他の部署に配属されることもあります」
フジテレビ時代を退社して残ったのは空っぽの自分
近藤さんは、ご存じのとおり、元・フジテレビのアナウンサー。バブル期の“女子アナ”は、若さと美のアイコンだったが、その若さはあっという間に消費されてしまうのが常だった。
「今、考えるととんでもないんですけど、あの頃の女子アナは、結婚したらやめるのが当たり前。次から次へと新しい若くてキレイな人が入ってくるので、30歳が見えてくると、自分から『そろそろ辞め時かな』と思ってしまう。いわゆる“女子アナ30歳定年説”です。女子アナは、若いほどもてはやされるアイドル的存在でしたから、20代後半で私が辞めると言った時は、『やめたいです』『そうですか』くらいのリアクションで、まったく惜しまれませんでした(笑)」
バブル期の“女子アナ”は特異な例ではあるが、年齢と働き方には密接な関係がある。年功序列の終身雇用制度も終わりを告げ、さまざまな働き方が広がってきた今、何が大切なのだろうか。
「年齢で区切られ、誰もが同じように生きればよかった時代は、ある意味、ラクだったと思うんです。これからは、自分がどう生きたいかが問われ、自己実現のためにはスキルを磨くことがますます必要になってくるのではないでしょうか。自分を顧みて、そうつくづく感じるんですよね。フジテレビ時代に『この働き方でずっとやっていけるわけはない』と限界を感じつつも、スキルを身に着けるために何かしたかと言えば、言い訳になってしまいますが、努力をする時間もないほど多忙を極め、何もしていませんでした。そして、残ったのは“元・フジテレビアナウンサー”という看板だけ。それ以外、何もない空っぽの自分がいたんです」

フジテレビを退社し、フリーランスになった近藤さん。「明日をも知れぬ身です」と軽やかに笑うが、組織に縛られない自由な働き方が性に合っているよう。ナレーションというやりがいある仕事を見つけた今、もう「空っぽの自分」はいない。
「フジテレビ時代、『ナレーションが上手いね』なんて言ってもらい、向いているのかもと選んだ道でしたが、井の中の蛙でしたね。全然、上手くありませんでした(笑)。素晴らしいナレーターの方々の存在のおかげで、もっと上手くなりたい、頑張ろうと向上心を保てる、一生の仕事に出合えました。思えば、フジテレビに入社した時に、将来やりたい仕事として『大河ドラマのナレーション』と答えたんです。他局だから無理と言われましたが(笑)、フリーランスの身になったので、是非、挑戦してみたいですね」
意思を持つことが自由に生きる秘訣
近藤さんは、大好きな着物の魅力を発信する活動も行っている。日本の伝統文化である着物には、さまざまなルールがあるが、近藤さんはルールにがんじがらめにならず、TPOを守れば自由に着て楽しんでもいいという考え方。
「着物はこう着なければならない、というような画一的な着付と着物は特別なものという新しい概念が、例えば着物警察のようなネガティブな言葉を生み、残念な気がします。
私は、教室に通ってルールに沿った着付けを習いましたが、どんどん自分なりの着こなしをするようになりました。『着物も自由でいいんですね』『そんなふうに着てみたい』という声をいただけて、嬉しいですね。お教室の先生にお会いすると『私が教えた通りではないけど、サトさんらしいわね』って。治外法権のように扱われています(笑)」
白髪染めをやめたことで、年齢の呪縛から解き放たれ、フリーランスとして夢を持ちながら働き、趣味の着物も自由に着こなす。近藤さんのように他人の目を気にせずにいられる強さを、自由に生きる楽しさを手にする秘訣はなんだろう。

「自分がやりたいことは諦めず、ともかくやってみることではないでしょうか。しないままでいるのが一番もったいない! フジテレビを退社したことも、最初の結婚が上手くいかず離婚で終わったことも、失敗と言えば失敗ですけど、そこに学びはありましたし、なんとかなってきたんですよね。『そんなことをしてると、キャリアが終わっちゃうよ』と助言していただくこともあったんですけど、まだ終わってないですから。もう一つ、意思を持つことも大切ですよね。『白髪染めをやめたい』も然り、『今日は天ぷらが食べたい』といった小さなことでも、自分はこうしたいんだという意思の一つひとつの積み重ねが、その人を作り、輝かせる。そんなふうに思います」
取材・執筆:小泉 咲子
撮影:中村 かな子
フリーアナウンサー、ナレーター。1991年、フジテレビにアナウンサーとして入社。『FNNスーパータイム』など報道番組を担当。1998年、フジテレビを退職。フリーランスに転身後はナレーションを中心に活動。『真相報道バンキシャ!』『有吉反省会』(ともに日本テレビ)、『世界くらべてみたら』(TBS)『ワーズワースの冒険』(フジテレビ)のナレーションを担当。2011年からは、母校の日本大学芸術学部放送学科特任教授も務める。公式YouTubeチャンネル「サト読ム。」では、着物企画や名作朗読などを発信。著書に『クレイヘアと生きる』(SBクリエイティブ)がある。
Twitter @satokondoh
公式YouTubeチャンネル 「サト読ム。」
Instagram @sato_greyhair
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