社会を変えるのは男性、なんてない。
橋本ゆきさんは2019年、東京・渋谷区の区議会議員に立候補して当選。現在、政治家として活動している。それまでは大学受験生から東京大学在学中、そして卒業後もアイドルとして活躍していた。そんな橋本さんが政治家を目指した理由は、すべての人が幸せを感じられる社会をつくるためだった。渋谷区議会議員総勢34人中、女性議員は11人いるというが、アイドル出身の若い女性として注目を浴びている橋本さんが考える今の社会の問題点とは、どのようなものなのだろうか。議員として目指す目標と将来のビジョンなどを伺った。
アイドルといえば、ファンにとっては、優しい癒しの存在。しかし橋本さんを「元アイドル」と思って見ると、そんなイメージは覆される。さわやかな笑顔の中にも伝わる明晰さ。若くても社会をきちんと見つめて、課題解決の方法を模索し続けている。だからこそ議員になったのだろうと納得させられる。アイドルという既成概念を軽く飛び越えて政治家となった橋本さんの考え方、生き方はどんなものなのだろうか。
元女性アイドルが政治家になるのは特別じゃない。誰もがみんな幸せに生きられる社会をつくるために、世の中の理不尽なことをなくしていきたい
憧れてアイドルになったわけではなかった
小さい頃から歌うのが好きだった橋本さんは、小学校から高校まで合唱部で活動。高校時代にはNHK東京児童合唱団に入ったが、卒団後は歌う場所がなくなってしまった。自分を表現できる場所がほしいと思っていた矢先、後に所属することになるプロダクションの人と出会ったのがきっかけでアイドルになった。
当時、橋本さんは大学受験生でもあり、それを前面に押し出して「東大受験生アイドル」という肩書でデビュー。受験生の日々をブログで発信しながら、アイドル活動を続けた。
「受験勉強とアイドルの両立は本当に大変で、しかも東大受験とブログで発信しているため、プレッシャーもすごかったです。当時、流行していたネットの匿名掲示板でかなりひどく叩かれたり、試験の前日にはブログが炎上したりと、つらい日々でした。でも何とか東大に合格しました」
大学在学中はもちろん、卒業後もアイドルを継続することを決めたが、やはり“東大出身アイドル”としての活動が多く、報道番組や選挙特番でコメンテーターの仕事を依頼されることも多々あった。
プロとして、これまで以上にテレビの仕事での確かなコメントをしたいと思った橋本さんは、さらに政治への意識のハードルを下げるために、身近なアイドルという立場から、ちゃんと自分で考えたことを自分と同世代の目線で発信することが大事だと考えた。
「だからこそ政治の勉強をしなくてはと思ったし、実際に政治は他人事じゃない。若い人が入っていかないといけないという思いが強くなりました」
そこで、しっかり政治のことを知ろうと政治塾に入った。ただ、その時点では政治家になろうとは思いもしなかったという。
友人の悩み、仲間のアクシデントから、すべての人を守れる社会がつくりたいと思った
ちょうどその頃、高校時代の大切な友達にセクシュアル・マイノリティであることによって悩んでいることを打ち明けられた。その友達から話を聞いて世の中の理不尽さを実感した橋本さんは、生きることがつらいと思わせる社会ではいけないという思いを強くした。
さらにアイドル時代のメンバーが不慮の事故に遭い、車椅子生活になってしまったことも重なった。昨日までいっしょにステージに立っていた身近な存在が、急にパフォーマンスができなくなることを自分のこととして感じ、誰もが明日何があるかわからないと思った。
「でも、そのメンバーはリハビリの後、車椅子のまま復帰してアイドルを続ける道を選んだんです。その姿を見て、私自身の中に“踊れなくなったらアイドルはできない”という思い込みがあって、そうやって勝手に周りや社会の仕組みが当事者の思いを無視し、可能性を奪ってしまっている、自分もその加害者側にいるのでは……と強烈に感じました」
こうしたことがきっかけとなり、橋本さんは発信する側ではなく、困った人も守れるような社会をつくる側になろうと決心した。
アイドル時代には「明日も頑張れる」と言ってくれるファンの人たちがいるのが、やり甲斐だった。だからこそつらいことがあっても、「明日も頑張ろう」と思えるように社会を変えていかなければいけない。これは、橋本さんが政治に携わる上で今でも大事にしていることだという。
議員として、自分の問題意識を形にするために日々奔走する
2019年の当選後は、渋谷区の区議会議員として、コミュニティの活性化、街の防災などさまざまなテーマに取り組んでいるが、中でもコロナで打撃を受けているライブハウスの換気対策や環境改善を支援するプロジェクト、女性の健康課題の解決を目的とした子宮頸がんワクチン接種推進自治体議員連盟の立ち上げ、自身が暮らす笹塚の地域の魅力を伝える「北渋プロジェクト」にて音楽フェス、ストリートギャラリーの主催などの企画に力を入れている。
「女性の健康課題の解決のため、渋谷区の産婦人科医と議員の勉強会を主催したり、議会で性教育に関する指導の充実が重要と訴え、提案したりしています。また、2分の1成人式として10歳の女性の区民に、婦人科検診が無料でできるチケットを送付する提案をしました。この提案では、その無料チケットで婦人科検診に対する抵抗感を少なくし、婦人科の主治医を持ってもらいたいという意図もあったのですが、採用にはなりませんでした。女性はなかなか自分から婦人科に行くのはハードルが高いですし、誰にも相談できないで悩む人も多いので。
女性ならではの体のこと、妊娠や避妊のことなど日本では恥ずかしいことのように教えられ、さらに自分を守る術も知らないまま、誰にも言えず、個人的なことと感じて“誰にも言えない悩み”になってしまう未成年があまりに多いのが現状なんです。
これらは個人的なことではなく政治的なことで、政治の力でこれを変えていかなければいけないし、そういう類いの“誰にも言えない悩み”も課題だということを行政に理解してもらいたいと、同じ女性としてさまざまな提案をし続けています」
実際に議員になってみて、自分の持つ議員のイメージとはかなり違いがあったという。それは、自分で仕事をつくらないと、いいパフォーマンスができないという事実だった。
「議員になったら自然に情報が入り、議会で過ごす時間が多いものだと思っていたんですが、自分で企画して動かないと良い提案ができないというのが意外でした。解決したい課題があったら、その専門家に連絡を取ってお話を伺ったり、いろいろな関係者を巻き込みながらプロジェクト化したりする推進力が議員には必要なんですね。議会でずっと過ごすより、各々が自分のやり方を見つけて自分らしい、自分なりの活動をしていくのが議員なのだと痛感しました」
橋本さんは、現在は任期4年目だが、細かい問題から壮大な提案までを含めて100個以上政策を提案した。その中で4割程度は進捗があったり、実現に近い状態になったので、自分なりの達成感を感じているという。
世の中は男社会ではなくなってきたが、まだ若い女性への扱いは変化の途上
政治の世界は圧倒的に男性が多く、橋本さんのような若い女性はまだ希少だ。しかし今は女性の候補者、政治家を増やそうという動きがあるので、男尊女卑ではなくなってきているようにも見える。一方で、「女性だから当選したんでしょ」というような見方をされることもあるそうだ。
「アイドル時代との大きな違いは、政治家は応援してくれる人ばかりとは限らないということ。みんな厳しい目で私のことをジャッジしようとしてきます。100%の人が好意的ではないことのほうが当然多いです。アイドルなら、私を応援してくれる人だけが見てくれる世界ですが、政治家になると、これからの私を判断しようとする人の目のほうが多いので、かなり緊張感はあります。
街頭活動で駅に立っている時には、すれ違いざまに暴言を吐かれたりという経験もありましたね」
しかし、これに対する橋本さんの受け止め方は潔い。
「もう認めてもらうしかないので、頑張るしかない。アイドルはみんなに好かれてなんぼですけど、政治となると意見、政策でも必ず反対の人がいる。ある政策を主張すれば、それに反対して私のことが嫌いになる人も絶対にいるので、政治家としては嫌われる覚悟が必要だと思います」
若い人が政治に関心を持つために、身近な人が選挙に出る機会を
今、若い人の政治への無関心が問題になっているが、それを解決の方向に導くためには、若者を主語にした政治、政策がもっと語られるべきだし、学校でお金の教育をするべきだと橋本さんは語る。
「自分たちが払う税金の使い道の決め方、これからの社会制度についてほとんど教えられることがなく生きていれば、課題を感じないのは当然でしょう。政治や税金の使い道を自分のこととして捉える教育が大事だと思います」
「私が選挙に出る時に手伝ってくれたメンバーは、高校時代の友達がほとんどで、マニフェストづくりから相談して、感想を聞きながら、どういうものが必要か、問題点など友達と政治的な話をしました。友達も『初めて政治のことを一生懸命考えた』と言っていたので、やはり身近に選挙に出馬する人がいるのはとても大事なことだと思います。それこそ若者が政治の当事者になっていくということじゃないでしょうか」
もちろん、選挙にはできるだけ行って欲しい。企業、市民ともに、気軽に政治の話ができる土壌も必要だろう。
橋本さんの考える理想的な社会を実現するためには、若い人の被選挙権年齢を下げ、若い政治家がどんどん生まれること。さらに、政策を実現していく実務的な部分では、現在の縦割り業務を改めて、またがる分野を横断するようなプロジェクトチーム化ができることがカギだという。
また、その成果を見える化し、それに対する評価もリアルタイムでしていく。市民の意見をデジタルで受け、行政が実施内容をデジタルで届ける。双方向のコミュニケーションがもっとスムーズにできるような社会づくりができるのが理想だと橋本さんのアイデアは尽きない。
世の中の難しい課題にチャンレジし続ける橋本さんの話を聞いていると、若さや女性であることが強みに思えてくる。社会にはときとして理不尽なことが起こったり、新たな問題が発生することもある。そんな時代でも解決困難なことに果敢に挑戦していく女性が増えれば、男性だから、女性だからといった考え方になりがちな社会も、あっという間に過去のものになっていくだろう。
例えば、国会で同性婚が議論されているパートナーシップ制度は日本で初めて渋谷区と世田谷区が同時に導入したもの。そんなふうに社会の課題解決を先駆けてやっていく。スタートアップの支援や特区制度にチャレンジする。さらに街のあり方も新しいコミュニティの形を渋谷区からつくる。文化的な資産を守っていく姿勢などを、渋谷区から発信していきたいですね。区長になったら新しい施策を積極的に進めて、国や東京都から叱られるくらいの、元気で先駆的な街にしていきたいです。
取材・執筆:村田泰子
撮影:内海裕之
1992年生まれ。三重県出身。東京大学文学部卒。高校3年生で芸能界へ入り、のちにアイドルユニット「仮面女子」メンバーになる。大学を卒業した後もライブ活動を継続する傍ら、東大出身アイドルとして報道番組や討論番組などに出演。19年の渋谷区議会議員選挙で「あたらしい党」から出馬し初当選。現在1期目。
Twitter @yuki_12hsm
オフィシャルサイト Web
みんなが読んでいる記事
-
2024/10/2465歳で新しい仕事を始めるのは遅すぎる、なんてない。 ―司法試験にその年の最年長で合格した吉村哲夫さんのセカンドキャリアにかける思い―吉村哲夫
75歳の弁護士吉村哲夫さんは、60歳まで公務員だった。九州大学を卒業して福岡市の職員となり、順調に出世して福岡市東区長にまで上りつめるが、その頃、定年後の人生も気になり始めていた。やがて吉村さんは「定年退職したら、今までとは違う分野で、一生働き続けよう」と考え、弁護士になることを決意する。そして65歳で司法試験に合格。当時、最高齢合格者として話題になった。その経歴は順風満帆にも見えるが、実際はどうだったのか、話を伺った。
-
2022/09/16白髪は染めなきゃ、なんてない。近藤 サト
ナレーター・フリーアナウンサーとして活躍する近藤サトさん。2018年、20代から続けてきた白髪染めをやめ、グレイヘアで地上波テレビに颯爽と登場した。今ではすっかり定着した近藤さんのグレイヘアだが、当時、見た目の急激な変化は社会的にインパクトが大きく、賛否両論を巻き起こした。ご自身もとらわれていた“白髪は染めるもの”という固定観念やフジテレビ時代に巷で言われた“女子アナ30歳定年説”など、年齢による呪縛からどのように自由になれたのか、伺った。この記事は「もっと自由に年齢をとらえよう」というテーマで、年齢にとらわれずに自分らしく挑戦されている3組の方々へのインタビュー企画です。他にも、YouTubeで人気の柴崎春通さん、Camper-hiroさんの年齢の捉え方や自分らしく生きるためのヒントになる記事も公開しています。
-
2023/02/27アンコンシャスバイアス(無意識の思い込み)とは?【前編】日常にある事例、具体的な対処法について解説!
私たちは何かを見たり、聞いたり、感じたりした時に実際にどうかは別として、「無意識に“こうだ”と思い込むこと」があります。これを「アンコンシャスバイアス(無意識の思い込み)」と呼びます。アンコンシャスバイアスによるネガティブな影響に対処するための第一歩は、「意識し、理解する」ことです。
-
2022/02/03性別を決めなきゃ、なんてない。聖秋流(せしる)
人気ジェンダーレスクリエイター。TwitterやTikTokでジェンダーレスについて発信し、現在SNS総合フォロワー95万人超え。昔から女友達が多く、中学時代に自分の性別へ違和感を持ち始めた。高校時代にはコンプレックス解消のためにメイクを研究しながら、自分や自分と同じ悩みを抱える人たちのためにSNSで発信を開始した。今では誰にでも堂々と自分らしさを表現でき、生きやすくなったと話す聖秋流さん。ジェンダーレスクリエイターになるまでのストーリーと自分らしく生きる秘訣(ひけつ)を伺った。
-
2023/09/12ルッキズムとは?【前編】SNS世代が「やめたい」と悩む外見至上主義と容姿を巡る問題
視覚は知覚全体の83%といわれていることからもわかる通り、私たちの日常生活は視覚情報に大きな影響を受けており、時にルッキズムと呼ばれる、人を外見だけで判断する状況を生み出します。この記事では、ルッキズムについて解説します。
「しなきゃ、なんてない。」をコンセプトに、読んだらちょっと元気になる多様な人の自分らしく生きるヒントやとらわれがちな既成概念にひもづく社会課題ワードなどを発信しています。
その他のカテゴリ
-
LIFULLが社会課題解決のためにどのような仕組みを創り、取り組んでいるのか。LIFULL社員が語る「しなきゃ、なんてない。」
-
個人から世の中まで私たちを縛る既成概念について専門家監修の解説記事、調査結果、コラムやエッセイを掲載。