男性は1年間も育休を取らないのが普通、なんてない。
都内のIT企業に勤める橘 信吾さんは、2011年に第1子が誕生してから計3回の育休(育児休業)を取得している。育休から復帰した後も“家族優先”のスタイルを崩さず、子どもたちが小学生となった現在もリモートワークやフレックスタイム制を活用しながら積極的に子育てをしているという。
まだ男性の育休取得が一般的ではなかった約20年前から「絶対に育休を取ろうと思っていた」という橘さん。3度の育休の経験は、橘さんにどんな影響を与えたのか。お話を伺った。
2020年度の雇用機会均等基本調査(※1)によると、男性の育休取得者は過去最高の12.65%。2022年4月には育児・介護休業法が改正され、男性の育休取得を促す動きは社会全体で加速していると言えるだろう。しかし、“男性が育休を取得したその後のリアル”を知る人は少なく、育休中の過ごし方や職場復帰に不安を覚える人は多いかもしれない。
「子どもが生まれたら、絶対に仕事よりも家庭を優先させたいと思っていました。子どもが親と一緒に遊んでくれる時間って、意外と短いんですよ。だから、一緒にいられる数年間は家族の時間を大切にしたかったんです」
そう話すのは、まだ男性の育休取得率が2.63%(※2)と発表された2011年に、約1年間の育休を取得した橘さんだ。今以上に男性の育休取得が一般的ではなかった時代に、橘さんはどのように育休の時間を過ごしてきたのだろうか。そして、計3回の育休から職場復帰して7年。どのように仕事と育児を両立させてきたのだろうか。
※1出典:「令和2年度雇用均等基本調査」結果
※2出典:「平成 23 年度雇用均等基本調査」の概況
「男だって育児をする権利があるんだ」
とハッとした
“男は仕事、女は家庭”の教えに、幼少期からモヤモヤしていた
まだ男性の育休取得が一般的ではなかった時代に、なぜ橘さんは育休を取ることにしたのだろうか。
「きっかけは大学生の頃にさかのぼります。偶然目にした新聞の記事で、男性の育休取得の話題が載っていて、『男性でも育休を取れるんだ!』と衝撃を受けたんです。
“男性が稼いで、女性が家を守る”。僕の住んでいたところが田舎だったからかもしれませんが、幼い頃から両親にはそう言われて育ってきました。僕の家だけではなく、まわりの家庭もそうだったと思います。大学に行って、安定した仕事に就き、家族を養うためにたくさん稼ぐのが男の務めだ、と。でも、僕はその考えにずっとモヤモヤしていて……。
そこで『男性でも育休が取れる』という事実を知って、『なんだ、男だって育児をする権利があるんだ!』と目の前が開けたような気がしました」
絶対に育休を取る。橘さんの決意は固く、それがパートナーと結婚する時の条件にもなったそうだ。
「結婚する前、『僕は子どもが生まれたら絶対に育休を取りたい。もしそれが嫌だったら結婚はできない』と正直に妻に伝えました。ありがたいことに、妻も『たしかに男性が育児してもいいよね』と理解してくれて。
結婚後しばらくして、妻の妊娠を知った時はうれしかったですね。これから待っている、子どもとがっつり過ごす時間にワクワクしました」
橘さんの育休取得には、会社も好意的だったという。当時男性の育休取得が珍しかったこともあり、“期待のイクメン”として新聞社からの取材も受けた。育休に向けて、すべてが順調に進んでいる——。そう思っていた矢先、地方に住む橘さんの両親からある連絡が届いた。
「僕が取材された記事が地元の地方紙に掲載され、それが両親の目に入ったらしく……。父からは『男が1年も仕事を休むとは何ごとだ!』と叱られました。母からも、『家族の幸せを願うならよく考えなさい』と、まるで僕が悪いことをしているかのように諭されましたね」
その後、橘さんは両親の反対を押し切って、長男の時に1回、次男の時に2回と計3回の育休を取った。現在橘さんの両親は孫、つまり橘さんの2人の息子をとてもかわいがってくれているという。しかし、今でも両親との間では育休の話はタブーなのだそうだ。
計3回の育休の内訳をグラフにしてもらった。
「両親にも男性が育休を取る意味を理解してもらえるとうれしいですけど、きっと分かり合えない領域なんですよね。両親は本気で“僕のため”を思って反対しているから。きっと、僕じゃなくてまわりの人が育休を取るんだったら、両親も『すごいね、時代は変わったね』と言うんだと思います。でも、自分の子どもが当時男性の取得者が3%ほどだった育休を取るのは、先が見通せなくて不安だったのでしょうね。復帰しても職場に居場所がないんじゃないか、昇進にひびくんじゃないかって。僕自身が親になった今なら、当時の両親の気持ちが分かる気がします」
橘さんが育休を取った2011年よりは男性の育休取得が広がってきているとはいえ、現在もまわりの人に理解してもらうのは、まだまだ難しいのかもしれない。そして、“男性が主体となって育児に参画することの難しさ”は、育休中にも感じたという。
会社でもない、家でもない。
育休を取ったら、自分の居場所が増えた
念願の育休期間に入った橘さんは、子どもを連れて積極的に児童館や子ども向けのイベントに参加した。しかし、いつもまわりからは不思議そうな目で見られていたそうだ。
「平日の児童館にいるのは、ほとんどママばかり。そんな中で男性の僕がいるとどうしても目立ってしまいますよね。警戒されているのか、『いつも来ていますけど、お仕事は?』と聞かれたこともあります」
ママたちからはどうしても距離を置かれてしまう、ならば“パパ友”をつくろう。そう思った橘さんは、パパ向けのイベントを探して参加したり、“パパ育休”中の日々をつづったブログを始めたりした。そうするうちに、橘さんのまわりにはたくさんのパパ友が集まってきた。
「育休中の居場所を見つけたことで、より子育てにコミットできるようになったと思います。育休が明けたあとにもこの時のつながりは生きていますね。子どもの行事に参加するのにまったく抵抗がなくなりました。今では小学校の授業参観や保護者会に出席するのは僕の役目です。
僕はイベントやコミュニティーに参加をするのが好きなんですけど、妻はそういった集まりが苦手なタイプ。まだ、一般的には子どもの行事に参加するのは女性の方が多いかもしれません。でも、男女関係なく得意な人ややりたい人が参加する方がいいですよね」
また、パパ友がいたからこそ、パパとして子どもにできることも広がったという。
「パパ友の中に、僕より先に育休を取得した経験のある“男性の育休取得の先輩”がいて。彼の家庭では、奥さんが産後早々に職場復帰したので、彼がメインで子どものお世話をしていました。彼の子どもは当時まだ0歳で、母乳をメインに飲んでいたそうなのですが、なんと彼は授乳のたびに子どもを連れて奥さんの職場に行っていたというんです。
それまで僕は『男性は母乳がでないから、育休中にできることに限りがある』と思っていました。でも、彼の話を聞いてからは『男性ができないことなんて、直接母乳をあげることだけ。工夫次第でなんでもできる』と思えるようになって。
1人目の育休は妻と2人で子育てしましたが、2人目の時は妻が先に職場復帰をして、僕がメインで子育てをする期間を5カ月ほどつくったんです」
前例の少ない“男性育休”の取得者は、物珍しげに見られることもある。しかし、仕事だけでは得られなかったパパ友との出会いなど、子どもを通じて広がるコミュニティーが数多くあった。
「育休を取ってから、会社と家以外にも自分の居場所ができたんです」
育休をきっかけに広がり始めた橘さんの世界は、自身の主催する『パパの育休サロン』や地域での講演会を通じて、今も拡大し続けている。
長期の育休取得は職場復帰後も家庭優先で働くための戦略
3度目の育休を終え、職場復帰してから7年。橘さんの2人の子どもたちは小学生になった。現在も橘さんは“家族優先”で働いているという。
「実は、長期間育休を取ることは、家族優先で働くための“戦略”でもありました。当時も今も、男性は育休を取るといっても1、2週間程度の人がほとんどだと思うんです。でも、そんな短い時間では、自分にもまわりにもほぼ変化はないんですよね。ちょっと長めの夏休みを取っていたくらいにしか思われないんです。
そんな中で、『1年間がっつり育休を取る』という選択は、“家族を優先したい人”とまわりに印象づける効果もあるはずだと思って。実際、復帰後は“橘は定時で帰るキャラ”が職場に浸透していて、仕事の調整はしやすかったと思います。
定時で帰れると、僕が子どもたちのお迎えに行けるんですよ。その時間がすごく好きで。朝、保育園に行く時の子どもたちは、離れたくなくて悲しい顔をしているんですけど、お迎えの時はこれから一緒に帰れるからはしゃいで喜んでくれる。保育園のお迎えに行くのはママが担当というご家庭は今でも多いと思うのですが、この幸せな時間を家族全員で共有できるといいですよね」
育児と仕事を両立するスーパーマンにはならなくてもいい
最近は新型コロナウイルス感染症が流行している影響で、仕事がほぼリモートワークとなった橘さん。感染状況によって学校や保育園が急きょ休みとなり、子どもの世話をしながら仕事をする機会も増えたというが、リモートワーク下での子育てと仕事の両立はどうしているのか。
「基本的に仕事中は子どもたちだけで遊んでもらうのですが、休憩中に近所を散歩したり、公園に行ったりと少しでも一緒に遊ぶ時間をつくるようにしていました。
あとは、『僕はこの時間仕事に集中したいから、その間は子どもたちを見ていてほしい。その代わり、この時間なら僕が子どもたちを見ながら仕事できるよ』と1日のスケジュールを妻とすり合わせて、仕事と育児を交代で行うこともあります」
働き方がリモートワークにシフトしたため、物置だった部屋にデスクを設置。総額100万以上使って環境を整えた。
一方で、子どもたちの成長とともに変化もあるという。
「上の子は小学校高学年で、もう反抗期に片足を突っ込んでいて。最近では僕が話しかけてもわざと無視することもあるんです。そういう姿を見ていると、親子がべったりな期間なんて本当に短いなと。
子どもと一緒にいられる時間は限られているからこそ、人生には性別関係なく育児に集中する期間があってもいいと思うんです。また、僕はがっつり仕事を休んで育児がしたかったけど、『育児に注力したいけど、仕事も中断したくない』という人もいるはず。育児も仕事も全力で取り組めれば一番いいかもしれませんが、そんなスーパーマンのような人は男性でも女性でもほとんどいないと思うんですよね。育休の取り方も、月単位や年単位ではなく、時間や日ごとに取れると、もっといろんな人が育休を活用できるようになるんじゃないかな。
価値観が多様化している今、育休のあり方だってもっと人それぞれの形があってもいいはずだと思います。僕が最初に育休を取得してから11年で、育休の制度も取得率も変化しました。また次の10年で、どう変わっていくかが楽しみですね」
男性が育休を取るのが少しずつ“普通”になってきたように、「今日は仕事だけど、明日は育休の日」「午前中は仕事、午後は育休」……とフレキシブルに育休を取ることが“普通”になる日が、近い将来訪れるかもしれない。その時はきっと、橘さんのような先駆者の背中を見て勇気をもらった、次なる先駆者がきっかけをつくっていくのだろう。
取材・執筆:仲 奈々
撮影:阿部健太郎
1979年生まれ。2011年に長男、2014年に次男が誕生し、計3回の育児休暇を取得。厚生労働省イクメンプロジェクト第13回イクメンの星 受賞、イクメン・オブ・ザ・イヤー2012 受賞。現在はIT企業に勤めながら、複業で働き方改革、時短術、ワーク・ライフ・バランス等のコンサルティングや講演、執筆活動を行っている。育休を取得したいパパ、育休中のパパ、育休から復帰したパパが集まる場として、「パパの育休サロン」を主宰。
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