子育て支援は貧しい人だけのもの、なんてない。【前編】

湯浅 誠(ゆあさ まこと)

「今の親たちは毎日相当なエネルギーを使っています。心休まる時間もありません」。そう話すのは、ホームレス状態の人々や失業者への支援など、長年日本の貧困問題に取り組んできた社会活動家・湯浅誠さん。現在は、東京大学先端科学技術研究センター特任教授、そして認定NPO法人「全国こども食堂支援センター・むすびえ」の理事長を務め、子どもの“貧困問題”に取り組む。貧困は「自己責任」――そんな言葉と向き合ってきた湯浅さんに、今の日本の子育ての在り方について、お話を伺った。

児童虐待や育児放棄(ネグレクト)。これらの言葉は、誰でも一度は耳にしたことがあるのではないだろうか。日本で児童虐待防止法が制定された2000年、1万7,725件だった児童虐待相談対応件数は増加を続け、2019年には19万3,780件に上った(厚生労働省)。前年、東京都目黒区のアパートでは、当時5歳だった船戸結愛ちゃんが両親からの虐待によって亡くなり、世間に衝撃を与えた。しかし、「産後うつ」や「孤(こ)育て」が社会課題となる今、こういった事件は、育児をする親にとって人ごととは言えないのではないだろうか。
そんな今、 子育てにいそしむ親たちの負担を軽減し、さらには憩いの場にもなるのが、全国に広がり続ける「子ども食堂」だ。子ども食堂を通して、「子育てはみんなでするもの」というメッセージを伝える湯浅さんに、地域での子育てのヒントを伺った。

昔から、子育ては一人じゃなくて「みんなでするもの」。多様な人と接する「子育て」は、子どもの価値観が広がるきっかけに

生活の中のさまざまな場面で耳にするようになったSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)。そのスローガンは、“誰一人取り残さない”だ。今でこそあちらこちらで聞かれるようになり、少しずつ認知されるようになったSDGsだが、湯浅さんは、その言葉が生まれるずっと前から、貧困問題に関わり、「誰一人取り残さない」を実践してきた。湯浅さんが、貧困という問題に取り組み始めたきっかけはなんだったのだろうか。

「友達がホームレス支援に携わっていて、それを見に行ったのが最初です。ただ思い返してみると、兄が身体障がい者だったことが何かしら関係している気がしています。兄は車いすに乗っていて、外を歩くときはよく私が車いすを押していたのですが、周りの人たちからかなり見られるんですよ。今でこそ、身体障がい者だからという理由で変な目で見られることは少なくなっていると思いますが、その頃はまだまだ変なものを見るようなまなざしで見られることが多かったんです。あからさまな差別やひどい言葉を投げかけられたわけではないのですが、 通りすがりにジロジロと見たり、逆に見ちゃいけないと思ったのかチラチラと見たりする人も少なくなかった。そんな“特異な対象”として見られる、という経験が、同じようにジロジロ見られることの多いホームレスの人たちと重なったのかもしれません。正直、自分では何がきっかけで支援を始めたか分かりませんし、うまく説明できませんが、無意識的に兄の存在が影響していたのだと思います」

多くの人を巻き込む子ども食堂が貧困解決の糸口に

無意識に覚えた「取り残された」ような感覚から「誰一人取り残さない」社会に欠かせない、貧困問題への取り組みを始めた湯浅さん。ホームレス支援を中心に、これまで日本の貧困問題に関わってきたが、現在は主に子ども食堂の支援活動に力を入れている。どうして今、大人の貧困ではなく子どもの貧困に取り組むのだろうか。
「“貧困問題のフェーズ”が変わったのが大きいです。1966年に始まった高度成長期以降の40年間ほどは、戦後の復興を遂げ、貧困問題は終わったとされていました。私が、貧困問題は存在していると言っても、逆の立場の人からは、『本人の努力が足りないだけだ』『社会のせいにするのはおかしい』と言われることが多かった。そもそも貧困問題があるかないかという議論で終始していたんです。

しかしその後、政府が2009年の10月20日に、日本の貧困率を発表し、日本に『貧困問題がある』と認知されるようになっていきました。そのときを起点に、これまでの『貧困問題があるかないか』の議論から『あるとされた貧困問題にどう取り組んでいくか』というフェーズに移っていったんです。子どもの貧困、女性の貧困、高齢者の貧困……いろいろあるけれど、どう取り組んでいくのか? そのフェーズになったとき、私は子ども食堂という場所が素晴らしい解決策だと気付きました」

貧困問題にアプローチする取り組みがいろいろとある中で、どうして、子ども食堂が素晴らしい場所だったのか。

「貧困をなくすためには、多くの人の力が必要です。よりたくさんの人が関われば関わるほど、大きな力になります。しかし貧困問題と言うと、『深刻な貧困』『壮大な社会問題』というイメージを持つ人が多く、『自分にはどうすることもできない問題』と考えられてしまいがちです。一方で子ども食堂は、子どもも大人も高齢者も、みんなが関わることができる場所であり、助けが欲しい人、何かしたいと思っている人……みんなの受け皿になっています。そんな多様な人たちが集まる子ども食堂こそが、貧困問題に関わる人の数を増やし、貧困の解消への糸口になると感じたんです」

「気付きの拠点」になる子ども食堂

湯浅さんが、「地域交流の場」だと話す子ども食堂は、子どもたちに対して食事を提供しているだけの場所ではない。子どもや親、高齢者など、多様な人たちにとっての拠点となっており、単なる食堂を超えたさまざまな役割を持っているという。どんな役割があるのか伺ってみた。
「一つは、『気付きの拠点』としての役割があります。これは、先日九州の子ども食堂を訪れたときに聞いた話ですが、ある日の子ども食堂のメニューにコロッケが入っていたそうです。そして、その日に来ていた小学校5年生の子が、出されたコロッケを見たとき『これ何?』と言ったそうなんです。そのときに初めて、スタッフはその小学生がそれまでコロッケを食べたことがなかったと気付いた。このように、子どもたちの何気ない発言や行動の中に、家庭環境を知るヒントが隠れていることも多いんです。そういう意味での気付きの拠点です。

そして、『コロッケを食べたことがないならメンチカツも出してみようか』『誕生日を祝ってもらったことがないならみんなで誕生日会をやろう』『家族旅行に行ったことがないならみんなでBBQしよう』というように、ほかの子が家庭の中で経験しているけれどできていなかったことを経験する機会を提供することもあります。この子のように、児童相談所や生活保護に頼るほどではないけれど、周りの多くの子が経験していることをできていなかったり、小さな課題やモヤモヤを抱えたりしている子どもたちがたくさんいます。そういった子どもたちは、ぼろぼろの服を着ているわけではないし、がりがりに痩せ細っているわけでもなく、周囲からは気付かれにくい。しかし、子ども食堂で一緒に時間を過ごしていると、潜在的な貧困の要素に気付くことはしばしばあります」

そんな「気付きの拠点」である子ども食堂では、場合によっては食事だけでなく、「裏メニュー」を提供している、と湯浅さんは言う。裏メニューとは、一体何なのだろうか。

「子ども食堂で話している中で、子育てや生活に必要な情報を手に入れられていない人がいたとき、その人たちに情報を提供しています。例えば、日本の義務教育は無償とされていますが、副教材や体操着、給食費、ランドセル代など、実際はいろいろとお金がかかるため、これらの費用を賄えない家庭のために就学援助という制度が存在しています。東京23区では25%、日本全体では15%の人が、この就学援助制度を利用していますが、実はこういった制度の存在を知らず、必要な支援を受けられていない人がいます。子ども食堂では金銭的なサポートはできませんが、情報が行き届いていない人が必要な支援を受けられるように『裏メニュー』として情報提供をするようにしています」

~子育て支援は貧しい人だけのもの、なんてない。【後編】へ~

編集協力:「IDEAS FOR GOOD」(https://ideasforgood.jp/)IDEAS FOR GOODは、世界がもっと素敵になるソーシャルグッドなアイデアを集めたオンラインマガジンです。海外の最先端のテクノロジーやデザイン、広告、マーケティング、CSRなど幅広い分野のニュースやイノベーション事例をお届けします。

湯浅 誠(ゆあさ まこと)
Profile 湯浅 誠(ゆあさ まこと)

1969年東京都生まれ。日本の貧困問題に携わる。1990年代よりホームレス支援等に従事し、2009年から足かけ3年、内閣府参与に就任。政策決定の現場に携わったことで、官民協働とともに、日本社会を前に進めるために民主主義の成熟が重要と痛感する。現在、東京大学先端科学技術研究センター特任教授の他、認定NPO法人全国こども食堂支援センター・むすびえ理事長など。著書に『子どもが増えた!明石市 人口増・税収増の自治体経営』(泉房穂氏との共著、光文社新書)、『「なんとかする」子どもの貧困』(角川新書)、『反貧困』(岩波新書、第8回大佛次郎論壇賞、第14回平和・協同ジャーナリスト基金賞・大賞受賞)など多数。

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