「なんもしない」は価値がない、なんてない。
「レンタルなんもしない人」として活動する森本祥司さん。2018年から始め、いまやTwitterでは25万人ものフォロワーがつき、「なんもしないこと」で救った人々から垣間見える様々な人間関係が話題を呼んでいる。「なんもしない」ことへのコンプレックスを持ち始めた学生時代を経て、いまレンタルなんもしない人が考える「なんもしないことの価値」とはなんなのか、その裏側にある強い思いに迫った。

4月が始まり、進学や就職・転職で新しい環境に身を置いている人も多いのではないだろうか。「何かを成し遂げよう」という意気込みは称賛されるべきことだが、実のところ自殺者数は3月から5月の春が他の季節に比べて一番多い(https://jssc.ncnp.go.jp/archive/old_csp/pdf/1003301.pdf)。環境の変化が大きい季節で、周囲の華やかさと比較してしまったり、心身が追いつかなくなったりして支障をきたすことが多いという。「レンタルなんもしない人」こと森本さんは、2018年から「なんもしない」を掲げたサービスを始め、Twitterやドキュメンタリーなどでも話題になり、いまや多くの依頼を受けているが、学生時代は「なんもしない人」であることがコンプレックスだったという。現代に生きる誰もが抱える「しなくてはいけない」ストレスをどのような姿勢で乗り越えたのか、そのヒントを聞いた。
だめならやめればいい。
そこで行きついた「なんもしない」ことの価値
「『レンタルなんもしない人』というサービスを始めます。1人で入りにくい店、ゲームの人数あわせ、花見の場所とりなど、ただ1人分の人間の存在だけが必要なシーンでご利用ください。(中略)ごく簡単なうけこたえ以外なんもできかねます」
2018年にTwitterに突如ポストした「レンタルなんもしない人」こと森本祥司さんは、25万人超ものフォロワー(2021年3月現在)がつくようになり、ドラマ化や書籍の発売など、いまや有名人となった。1人では入りにくいお店やライブ、イベントに同行したり、自分の好きなアーティストの魅力を話したい人の聞き役に徹したりと「なんもしない」依頼内容は多岐にわたり、その内容から垣間見える依頼者の事情や森本さんがなんもしないことで救われる依頼者の様子がユニークで、森本さんが発信するTwitterでの「なんもしない報告」は瞬く間に拡散されている。
そんな森本さんが「なんもしない」活動を始めるに至る原体験として、どのような学生時代を過ごしていたのだろうか。
「中学時代の部活はフラフラと美術部とバスケ部の掛け持ち幽霊部員をしていて、特に打ち込んだことがある訳ではありませんでした。放課後は家で友達とテレビゲームをしたり、普通の中学生でした。小学生のときから塾に行っていて、先取りで勉強していたので学校の成績は良かったです。その代わり技術家庭科や美術など、座学よりも実技が中心の科目が苦手でした。友達関係では何人かの友達がいて、少しふざけた感じのキャラクターで定着していたように思います。
高校時代は、レベルの少し高い所に行った方がいいという親の方針で、学区外のちょっとした進学校に入学しました。すると友達関係がリセットされたのもあり、にぎやかなキャラクターではいられなくなって、あまりしゃべらなくなりました。小学生のときに特定の場面で話せなくなる場面緘黙症を発症したのですが、それが戻ってきた感じがありました。部活は弓道部の幽霊部員をしていたのと、友達に付き合ってハンドボールのチームでキーパーをしていました。勉強は引き続き得意でしたが、おとなしくて何を考えているか分からないが成績のいい子という位置づけだったと思います。
大学は志望校に合格したのですが、自分より頭のいい人ばかりが集まっていたせいか自分の居場所が分からなくなって勉強しなくなってしまいました。ネット大喜利にはまってしまって、大学の勉強よりも没頭していました。レポートを出さずに留年したりもして、深夜明け方までネットサーフィンをして、起きたら昼、といった生活でした。専攻は物理学科で、花形の宇宙物理学や素粒子物理学を避けて地震の研究をしていました。研究は面白く、大学院に進みました」
学生時代からあった、「なんもしない」というコンプレックスと葛藤
その後、大学院を経て「自分でお金を稼げるようにならないと親に申し訳ない」という思いで就職活動をした森本さん。しかし入った教育系の出版社は長くは続かなかった。
「部活をフラフラしていた学生時代を聞いてお分かりかと思いますが、僕はかなりの飽き性なんですよね。そのせいか一つの仕事を続けられなかったです。次にやりたいことを決めずに退職したあとは、フリーのライターをしたり、ネット大喜利で短く面白く伝えるのが得意だったのでコピーライターを目指したりしました」
その中で、ネックになったのは森本さんの昔からのコンプレックスであった「協調性の無さ」だった。
「学生時代から文化祭の準備や大掃除といった共同作業が全部苦手で、僕だけなんもしていないのを終わりの会で先生から『一人だけなんもしていない人がいました』と言われたこともありました。僕は勉強ができた方だったのですが、“自分で率先して仕事を見つけながらみんなで協力していくことって、数学や英語の勉強ができるよりもはるかに大事なことだからね”となんとなく僕のほうを見ながら言われ、ずっとそれがコンプレックスでした」
昔から苦手だった協調性を仕事の中で求められ、一方でコツコツ一人でやる作業は飽き性な性格上続けられない。「甘えだ」と言われそうではあるが、森本さん自身の葛藤がそこにはあった。
「例えば飲み会で僕のグラスの中にビールが少し残っているときに『次は何を注文しますか』と聞かれたとします。でも僕は『このビールを飲み干してから考えたい』と思うんです。お鍋もたくさん取り分けられた状態ではなく、『熱い具材を一個ずつ取って食べたい』と思うんですよね。相手も僕と同じような思いがあるかもしれないと思うからこそ、『嫌がられるかも』『その人の思いを邪魔したらどうしよう』と動けなくなってしまうんです。デキる人からしたらそういったことも察してその人に聞くでしょうし、言い訳に聞こえるかもしれませんね」
「なんもしないことに価値がある」という考え方との出合い
出版社を退職し、定職に就かずにいた時期は、森本さんが当時結婚していたこともあり、世間の目に加えて親や妻の家族からのプレッシャーで苦しい状況が続いていたという。そこで得た、一つの転機が2017年の仮想通貨バブルとプロ奢ラレヤーさんとの出会いだった。
「仮想通貨バブルの終わりかけに仮想通貨を始めて、そのあとすぐにやめたのもあって、少し稼げたんです。そこからお金のために何かしないといけないという考え方は薄れて、結構お金ってどうにかなるもんだという価値観が生まれましたね。もちろん、仮想通貨はリスクも大きいのでそれだけに頼ることはできませんし、おすすめはできませんが。プロ奢ラレヤーさんはおごられるということをサービスとして提供している方です。お金を稼ごうとしなくても生きていけることを体現していて、『お金は生きるうえでの本質的なものではないな』と思ったんですよね。
お金を介在させなくても、ご飯と寝床を現物支給してもらえればそれで生きていける、という考え方に魅力を感じ、それを真似したいなと思いました。でも自分は『おごらせてやる』という図々しさがないので、自分の特性を生かした何か別の形はないかなと考えていたんです。そこである日突然思いついたのが『レンタルなんもしない人』だったんですよ」
「なんもしない」活動に考えついた背景について詳しく聞いてみた。
「定職に就いていなかった時期に人生に思い悩んでる人がよくやるようにいろんな本を読み漁っていて、そうしているうちに世の中の多数派の価値観から距離を置けるようになりました。そこから元々自分の中にあった『何もしない』コンプレックスと結びついたんです。物理で例を出すと、皆既日食のとき、普段は光球の明るさのせいで見えないコロナ(太陽大気)が見えるようになるんですよね。ほかにも『HUNTER HUNTER』という漫画でオーラを完全に消す『絶』という状態になっている間だけ発動する能力や必殺技があって、リスクが大きいだけにかなり強力なんです。何かすることによって、その『したこと』に注目され、その存在そのものから放たれる何かが埋もれてしまうことがある。でもなんもしなければ、なんもしないそのままの状態で、何かが発生することがあるんじゃないか、と思っています」
「なんもしない」仮面のおかげで自由になれた
「レンタルなんもしない人」を始めてからの自身の変化はあったのだろうか。
「まず変化としては、これだけフォロワーの方がいることで承認欲求が満たされました。僕に依頼して、お金を出して、さらに(依頼によっては)ご飯をおごってくれる人がいるので自分でお金を持つ必要をそれほど感じなくて。こうして社会から少しはずれた活動をしているのもあってイメージを守る必要もないですし、自由になれたなと思います」
「レンタルなんもしない人」への依頼内容例(カフェ、相撲場所への同行、バドミントンのプレイなど)
2020年からは1万円の代金と有料化し始めたことで、なんもしないのにお金をとるという図々しさとの葛藤についても聞いてみた。
「依頼して1万円払ってなんもしなくていいですという依頼がある時点でなんもしないことは了承済みなので、そこは自信を持ってなんもしていません。なので葛藤も特にないですね。むしろこちらが気を遣うようなそぶりを見せてしまうほうが、依頼主の方も気を使ってしまう可能性が高いですし。こちらが気を使っていないというのを意識的に見せられたらと思っています。『なんもしない人』という看板を掲げているおかげで図々しくいられる側面がありますね。
Twitterで見ていただけるとなんとなく分かると思うのですが、おいしいご飯をおごってもらってもそれほど感謝していないというような、僕自身が結構図々しく見えるようになっていると思います。でもこのTwitterを見た人が依頼しているというのもあり、この図々しさを少し楽しむエンタメとして、舞台の上でお互いに芝居しているような感覚があるかもしれません」
なんもしない活動の中でいま感じていることはどんなことだろうか。
「人間の内面の世界はかなり複雑で、終わりが見えない世界。宇宙と比べてももしかしたら人間の内面の方が広いんじゃないかと思えるぐらい深いです。元々物理を勉強していたので、この世の真理のような法則について興味があったのですが、人間の内面を理解するための方程式や理論なんてなんもないです。例外だらけだからこそ終わりがなくて、飽きなくて面白いです」
「『ちょっとの期間だったら部屋を貸してあげたい』『ご飯を作って食べさせたい』といったような、想像以上に人に施したいと思っている人や困っている人を助けたいと感じている人が多い気がしています。お金を払ってでもおごりたいというのも同じですね。職業柄おごられることが多い方は、おごられてご飯を食べることについて『あまり味を楽しめない』と言っていました。『自分が全部払うんだったら、好きなように注文して、自分の話をしたい』といった、主導権を握りたいという感情があるようです」
おごられ慣れている森本さんもおごりたいと思うことがあるかと聞いてみた。
「あまりないですが、自分が出したお金で好きなものを注文したいと思うことはたまにありますね。基本的に僕は図々しいとは言っても、おごられるときはやっぱり遠慮してしまう部分もありますね。メニューの中で一番高いものは選びにくくて、自分のお金で一番高いものを頼んで食べたいと思いますね」
気になることはやってみる。そして「いま」目の前のことに集中する
今後の「なんもしない人」が変化していく兆しはあるのだろうか。
「なんもしないとなんかするの境界の部分も、そのときの気分で決めてることが多いのですが、いまの気分を指針にするためには、いま以外のことを考えないようにしています。先ほどの皆既日食の話に近いですが、先のことを考えようとすると、先の心配で頭が埋め尽くされるせいで自分のいまの気分が自分でもよくわからなくなるので。あえて先のことを考えないようにして、その時の気分に任せています」
「もう少しやったら分かる」「頑張りが足りない」と言われると「そうかもしれない」と思ってしまう人も多いが、森本さんはどう考えているのだろうか。
「僕は根性がないので、『もうちょっと頑張って』と言われても、『いやもう十分頑張った』と堂々と言います。それに、国とか社会をひとつのシステムだとすると、イヤなことをしている人がいて初めて成り立つ、イヤなことをしている人がいないと破綻するのだとしたら、システムとしてちょっとおかしいと思っています。一方で、イヤなことでも我慢して頑張ってる人たちが周囲にいると、自分も我慢してイヤなことを続けてしまう、ということもあると思います。その意味で自分がイヤなことを投げ出すことで、他の人も投げ出しやすくなる効果も多分あると思って、そんなふうに僕は言い訳をしながら生きています」
僕はいろんなことに手を出して、あんまり向いてないなと思ったことはやめる、ということを何度も繰り返したからこそ、なんもしないという自分に合った生き方を見つけることができました。やろうか悩んでいたことをもしこれまでやっていなかったら、やらなかったことに未練があって、いまの活動に専念できていなかったと思うので、いろいろと試行錯誤しておいて良かったなと思います。
編集協力:「IDEAS FOR GOOD」
(https://ideasforgood.jp/)IDEAS FOR GOODは、世界がもっと素敵になるソーシャルグッドなアイデアを集めたオンラインマガジンです。海外の最先端のテクノロジーやデザイン、広告、マーケティング、CSRなど幅広い分野のニュースやイノベーション事例をお届けします。

1983年10月22日生まれ。既婚、一男あり。理系大学院卒業後、数学の教材執筆や編集などの仕事をしつつ、 コピーライターを目指すも方向性の違いに気づき、いずれからも撤退。「働くことが向いていない」と判明した現在は「レンタルなんもしない人」のサービスに専従。
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