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利益を重視しないとビジネスは成り立たない、なんてない。

中村 朱美

1日100食限定のお店「佰食屋(ひゃくしょくや)」など飲食店4店舗を手掛ける中村朱美さん。飲食業界の常識を覆し、持続可能な働き方を実現する。その経営手腕はどのように生まれてきたのだろうか。従業員とお客さまをしあわせにする佰食屋のワークライフバランスとは。中村さんにお話を聞いた。

低賃金で長時間拘束が“普通”とされている飲食業界。日本における給与水準も低い部類に入り、きつい、厳しいなどネガティブなイメージが一部つきまとうのも事実だろう。身体が資本のような状況では、働き手も限られるが、現状に反するかのように飲食店は数多く存在し、慢性的な人手不足が続いている。働き方改革が進むなか、人々が生きるうえで欠かせない「食」だが、報われにくい飲食業界にも改革は必要だ。

自分が働きたいと思える環境づくり
大事にしていることは「自己決定権」

意外にも中村さんは飲食業界の経験はなく、ゼロからのスタートだったという。

「前職は、17時ぴったりに帰れる専門学校の職員でした。そこで5年半務め、退職した2カ月後には会社を立ち上げたので、実は飲食店で働いていたことはないんです。現在の仕事を始めようと考えたきっかけは、前職で役職についたとき、部下を帰すために自分が残って仕事をするようになっていったこと。実は部下が17時に帰れる環境がある反面、上司がその分を負担するという構図があったのです……。これから子どもを産んだり、子育てしながら働いていくイメージが持てなくなっていました。転職をするか悩んだのですが、ホワイト企業として有名な会社でこの現状なら、どの企業にいても変わらない、と思ったのです。そういう環境がないのならばつくるしかない。そう考えたのが最初のきっかけでした」

こうして中村さんは、働きやすい環境づくりへと歩みだした。

「会社を立ち上げるにあたって、『私が従業員だったら働きたい』と思うような会社にしようと考えていました。自分が子育てしながら働き続けられる、持続可能な働き方を目指そうと決めました。その中で、当時から今も私が最も大事にしていることは『自己決定権』。例えば正社員は、出退勤の時間を自分で決めることができますし、休みの日数も同様です。それに合わせて給料の額も変わりますが、『他人』に言われてではなくて『自分』で決めている意識になるため、みんな満足してくれています。とにかく、誰もが働きやすい環境づくりを目指しました」


追わない勇気を持ったビジネスを展開

現在、彼女が経営する佰食屋は、ランチ営業のみ、売り切れ次第終了という飲食業界ではこれまで考えられなかった営業スタイルだ。

「まず、ランチのみにしたのは、夜の営業をすると帰れなくなるから。また完売次第営業終了のシステムで、これまでの飲食業界では見られなかったインセンティブ制を導入し、モチベーションが上がる仕組みを取り入れました。従業員は10〜70代、学生からシングルマザー、高齢者までさまざまな人が活躍をしてくれています。よくシングルマザーの雇用などで女性の社会進出についてメディアで取り上げてもらうこともありますが、実は女性の支援をしようと思って始めたわけではないんです。ハローワークを通じて、いいなと思った方がたまたまシングルマザーだった、障がいがある方だった。もちろん独身の男性も働いていますし、属性はバラバラですが、あえて共通項を挙げるとすると、『前の職場で疲弊した方』でしょうか。そういう従業員たちも、ありがたいことに安定して長年働いてくれています。みんなが辞めないでいてくれると、新しいことも始められますし、働き方をよくすることで従業員の満足度も上がり、お客さまの満足度も上がるんです」

従業員のライフワークバランスを保つことで、お店の士気が上がり、お客さまに提供できるものは単なる“食”だけではなくなっていく。その結果、常連さんが増え、佰食屋を愛する人々が増えていく好循環。だが、それには手放しているものもある。

「働きやすい会社と利益を軸にしたビジネスでは、バランスが難しいという声もよく聞きます。それを、私たちは絶妙なラインで保っています。よくみなさんからはびっくりされますが、会社を長く継続できればそれでOKというスタンスで、あまり利益を重視していないのです。それが両立させるうえで最も大事かなと思いますし、安定を目指すために売り上げを減らそう、という感じです。それに私は、統計をとってさまざまな対策をするようにしているので、ある程度リスクは回避できていると自負しています。例えば、従業員の一人が急にお休みになっても、あまり全体に影響は出ないんです。現在100食を従業員5人で回しているので、一人20人を接客する、というイメージですが、どうしても一人が足りないとなったら4人で80食完売ということにしていますし、余った食材も、次の日に持ち越すことができるので提供数を減らしても、全く問題がないのです。売り上げを潔く追わないという勇気を持ったビジネスなんですよね」


関わっている人たちの笑顔をつくること

中村さんの考えは、とてもシンプルだ。

「飲食店で働いていたこともないので、売り上げはどのくらい必要なのかなども知らなくて。ただ、頑張ったら評価されたり、お給料が上がったり、そういう仕組みがほしいなと思っただけなんです。自分ではなくて誰かの夢を叶えるサポートをしたり、気持ちを代弁して形にしたり。そういうことが好きなので、それが人々にこういう働き方がいいなと思ってもらえる考えのベースになっていると思います。性格的にも、人の言葉より自分の心を信じていますし、いいと思ったらまっすぐいける。ビジネスではときめきを大切にしていて、次のときめきが見つかったらすぐ動き出すと思います」

こうして飲食業界に風穴を開けてきた中村さん。令和という新しい時代の中で、女性の社会進出も労働環境も大きく変わっていく、これからの未来にも思いを馳せる。

「よく飲食業界は低賃金長時間労働といわれます。この業界には改革が必要で、それを私ができないかなあという漠然とした思いがありました。だから、当時こそ、このスタイルは新しかったと思いますが、それももう7年前のこと。今は当たり前で、そんなに新しいものではないんです。今後は、働く人たちが自己決定権を持って、自分で働き方を選べる、というのがいいかなとも思います。これからの社会は、みんながもう少し自分の人生を丁寧に生きられるようになって、心のゆとりを取り戻せるようになったらうれしいですよね。私は、自分ではなく、関わっている人たちの笑顔をつくるため、そして今は自分の子どもたちが将来過ごしやすい日本になるようにしたいんです。これが今の私の原動力となっています」

私がやってきたことに対して、『なんでそんな決断ができたの?』『どうして勇気が出たの?』と言われることがあります。日本人特有の、失敗を恐れる、失敗したら怖い、という感情のもとにある『失敗』。これはとても抽象的なものです。まずは、想定される失敗を具体的に、できるだけ最悪のケースをたくさん書き出してみてください。私の場合は夫婦の貯金をすっからかんにして、会社を始めました。その場合、想定される最悪のケースは、赤字になること。でも、考え方を変えてみると、それは出資金と同じ額で買った車が大破した、ということと同じ金銭的損失ですよね。それであれば、死ぬわけでもなく、大したことではない。逆に、そんな小さなことを恐れて何もしない人生の方が怖い。だから、スタートを切れたのです。無知からくる恐怖が一番怖い。その恐怖を、“知っている恐怖”に変えていくことで、踏み出す勇気は爆発的に持てるようになります。失敗も想定の範囲内って笑えれば、失敗ですらなくなっていきます。失敗を失敗と思わないようにすることが大切だと思います。
Profile 中村 朱美

株式会社minitts 代表取締役。京都府出身。
京都教育大学卒業後は専門学校の職員として勤務し、2012年9月に飲食事業や不動産事業を行う株式会社minittsを設立する。1日100食限定をコンセプトに、おいしいものを手頃な値段で食べられる店「佰食屋」を開業。2015年3月に「佰食屋すき焼き専科」、2017年3月に「佰食屋肉寿司専科」、2019年6月に「佰食屋1/2」を開業し、現在4店舗を運営する。ランチ営業のみ、完売次第営業終了という、飲食店の常識を覆すビジネスモデルを構築し、飲食店におけるワークライフバランス(18時完全退勤・残業ゼロ)を実現させる。

STORIES 2020/01/23 利益を重視しないとビジネスは成り立たない、なんてない。