サステイナブルからリジェネラティブへ。「リジェネラティブ・カンパニー」とは何か?

LIFULLでは、社員の考え方や行動を変えていくことを目的に、定期的にこの「リーダーズ・アイ・セミナー」を開催している。社員一人一人の成長のために、その刺激となる話を、さまざまな分野のプロフェッショナルからお聞きするセミナーだ。
今回は、テクノロジー、デザイン、カルチャーを先進的な視点で探求し、新たな時代のライフスタイルやビジネスのヒントを提供してくれる革新的メディア『WIRED』日本版の編集長、松島倫明さんをお招きし、「リジェネラティブ・カンパニー」についてお話しいただいた。LIFULLの井上会長がインタビューする形で行われたセミナーの内容を、ダイジェストで紹介していく。

サステイナブルからリジェネラティブへ。「リジェネラティブ・カンパニー」とは何か?

シンギュラリティは、より近く

井上:「なんとあのWIRED日本版の編集長の松島さんに来ていただきました。今日は“リジェネラティブ・カンパニー”をテーマに話しますが、それ以外にもいっぱい知識をお持ちの方なので、どんな話が飛び出すかわからないぞと大いに期待しています。

実は私、9月に行われたWIREDさんのカンファレンス「WIREDシンギュラリティ」に参加してきたんですが、そこでレイ・カーツワイルが『シンギュラリティは、2020年代にやってくる』という話をしていて、私は『もともと2045年頃の到来を予測していたのに、15年以上早まってるじゃないか?!』と驚きました」

松島:「私はWIREDに来る前は書籍編集者だったんですが、実はその時にカーツワイルの『ザ・シンギュラリティ・イズ・ニア』という本の邦訳版を2007年に出版しているんです。当時は『これはSFなのか?技術書なのか?』という感じでしたが、それから20年経った今、カーツワイルはドヤ顔で『ほら、言った通りになっただろ?』って顔をしてましたね」

 “リジェネラティブ・カンパニー“について語り合うセミナーは、いきなり”シンギュラリティ”で幕を開けた。博覧強記のお二人が話し始めると、話題はさまざまな方向に飛んでいく。ウォーミングアップ的な冒頭の5分ほどの間にも、セミナー参加者の脳を刺激する難解なワードや概念が続々と登場して、話についていくのも大変なほどだ。そして話題は“リジェネラティブ”へ。このセミナーの参加者から寄せられた質問を、井上さんが松島さんに投げかける形で進んでいった。 

リジェネラティブとは何か?

井上:「最初の質問として、『リジェネラティブって、何?』っていうのが来ています」

松島:「“サステイナブル”や“SDGs”が、どんどんと損なわれていく現状を何とか保とうとする考え方なのに対して、“リジェネラティブ”は、生成をどんどん繰り返していくこと、つまり“再生成”していくことを指します。落葉樹に例えると、いま葉っぱが落ち始めてますけど、春になるとまた葉が生えて大きくなりますよね。この生成力を、自然だけじゃなくて他のものにも使えるんじゃないか?というのがリジェネラティブという考え方。現状維持ではなく、生成を繰り返していくのがリジェネラティブだと定義しています」

井上:「では『リジェネラティブ・カンパニー』とは、いったいどんなカンパニーなんでしょう?」

松島:「例えば、経済活動によって生まれる外部不経済を、儲けたお金で植林することで埋め合わせるような、経済とその他の領域がトレードオフになるような活動ではなくて、経済活動をすればするほど、自然が、文化が、コミュニティが、社会関係資本が豊かになっていく経済活動ってどんなものだろうと考えて、それを実践していくのがリジェネラティブ・カンパニーだと定義しています」

松島 倫明松島 倫明(まつしま みちあき)
『WIRED』日本版編集長。内閣府ムーンショットアンバサダー。NHK出版学芸図書編集部編集長を経て2018年より現職。21_21 DESIGN SIGHT企画展「2121年 Futures In-Sight」展示ディレクター。訳書に『ノヴァセン』(ジェームズ・ラヴロック)がある。東京出身、鎌倉在住

なぜ今、リジェネラティブなのか?

寄せられた次の質問は、「なぜ今、リジェネラティブなのか?」まず松島さんが解説し、井上さんがフォローアップしてくれた。

松島:「1つには、今ヨーロッパでは環境再生型のリジェネラティブ・アグリカルチャーが広がっていて、さらにリジェネラティブ・エコノミー、リジェネラティブ・キャピタリズムという議論も広がっている。つまり、どうすれば再生的な経済を実装できるかに議論が移ってきているということが挙げられます。

もう1つは、SDGsが出されてから15年以上経った今、ネットゼロなどのサステイナブルなレベルからさらにギアを上げなきゃという気運が生まれていること。今こそ社会の大きなアクターたちが、自分達が活動すればするほど経済以外の資本が蓄積して行くようなあり方を見つけていくことが求められている時なのだと思います」 

井上:「SDGsとか気候変動などに対する意識が高まってきたから、という背景も追い風になってるんじゃないかな?企業経営で言えば、効率性と収益性ばかりを考える経営と、パタゴニアのようにリジェネラティブに調和と発展を目指していく経営があるとすると、今までは、後者は意識の高い人には支持されても、全体のシェアから見ればほんの一部だった。有機野菜を作る人がいる一方で、作った食べ物は半分捨てられるみたいな世界の中で、リジェネラティブが影響力を持って、社会インパクトを作っていって欲しいですよね」

リジェネラティブ・カンパニーの3原則

WIREDは、リジェネラティブ・カンパニーを、「経済活動を通じて、人々のつながり、社会、生態系、経済システムを再生するカンパニー(活動体)」と定義しているが、そこには3つの原則※1があるという。

1 マルチ・ステークホルダー
松島:「例えば『都市』であれば、今始まった再開発のプロジェクトは、完成までに10年〜20年かかり、完成して人が住む頃には、それを考えた人たちは亡くなっているかもしれない、といったタイムラインで進んでいきます。未来のものごとを決める時に、ステークホルダーたる未来の住人には発言権がない。もの言わぬ自然にも発言権がない。そんな見過ごされてきたステークホルダーの存在を認識し、それらにポジティブな影響を与えることが、これからの事業活動には必要だという考え方です」

2 プルーラル・キャピタル
松島:「多元的な資本という意味で、今は経営が経済資本だけでジャッジされてしまう。じゃあ、どうすれば経済資本以外の価値の測定ができるのか?お金はそれほど儲からなかったけど文化資本は大幅に上がったという時に、それに見合うリワード(報酬)が得られるような経済の仕組みができるのか?それを考えていこうということです」

3 システム・チェンジ
松島:「今ある仕組みの中で成功することは、そのシステム自体を強化することでもあります。今のシステムを延命するのではなく、システムそのものに介入して作り替えていくシステム・チェンジャーのようなカンパニーを、リジェネラティブ・カンパニーと呼ぼうと言っています」

サステイナブルからリジェネラティブへ。「リジェネラティブ・カンパニー」とは何か?|LIFULL STORIES

井上:「なるほど、共感することばかりですね。私たちは社是に“利他主義”を掲げていますが、“公益『志』本主義”とも言っています。これは、コンシューマー、クライアント、従業員、株主など、8つのステークホルダーと良好な関係を築きながら経営を行うことで“八方よし経営”を意味します。また、私たちはステークホルダーを“社中”と呼んでおり、8方向にいる人々すべてが社中です。このような考え方から、マルチ・ステークホルダーの理念に非常に共感します」

プルーラル・キャピタルについては、経営をリンゴの木に例えると、今年はリンゴが何個採れ、いくらで売れたか?という結果しか見ないけれど、それ以前に健康な土壌を作り、陽を当て、水も絶やさず空気も入れて、根を張らせて大木に育てるのに10年。そのあと葉を繁らせて手入れをして、美味しい実がとれるまでに20年かかる。それだけの年月をかけているのに、資本主義社会だと今年の結果である、経済資本でしか評価されない。経済資本だけではなく、いろんな側面の資本関係を見てバランスを見て発展させることが大事ですよね。

システム・チェンジに関しては、インドの事例があげられます。2013年の新会社法(The Companies Act, 2013)により一定規模以上の企業に対して、利益の一部を社会貢献活動に充てることが義務付けられました。CSR活動義務化は、その後の数年間でインド企業の社会貢献活動に重要な影響を与えました。

フランスでは、スーパーに規格外の野菜も一緒に並べて売っています。流通業や小売者の方が食料品を捨てたら多額の罰金を取られるシステムが作られている※2。だから商品を捨てないリジェネラティブな経営をせざるを得ない。日本も真似るべきだと思いますね」

参考:
※1 「リジェネラティブ・カンパニー」とは何か──その3原則から事業領域まで、拡がるムーブメントの全体像
※2 対応を急ぐヨーロッパ:世界の食品ロス対策

地球と生命、その歴史と未来

このあと松島さんは、3原則に立脚した具体的なカンパニーの例をいくつか挙げてくれた。それを受けて井上さんが「江戸時代のサーキュラー・エコノミー」を取り上げ、松島さんが「デジタル時代の経済価値」について語り、やがてお二人の話は「地球と生命の歴史」へとつながっていく。

松島:「世間ではよく『人間って、地球の長い歴史の中の23時59分30秒に現れたのに、ずいぶん地球を変えてしまった』って言うけど、ピーター・ゴドフリー=スミスは”Living on Earth”の中で人間を他の生命と区分けすること自体が間違っている』と言っている。生命そのものは約27億年前に誕生しているから、地球の46億年の歴史の中で、“俺ら生命”は割と早いタイミングで生まれていると。とりわけシアノバクテリア(藍藻、もしくはラン藻。酸素を発生する光合成を行う原核生物)は、それまで地球に存在しなかった酸素を地球にもたらした極めて大きな存在で、人間を含む地球上の生命はずっと地球を変え続けてきたと。僕自身も、人間はただ立ち止まるのではなく、果敢なイノベーションによって、地球をどんどん変えながら全体のベターを目指していくことが大事なんじゃないかと思っています」

井上:「地球はこれまで5回ほど全球凍結し、その時ほぼ生命は絶滅しています。そして地球が温暖化しているのはこの1万年の話で、1万年前以前は、気温が上に7〜8度、下に7〜8度も振れていたんです。今私たちは『気温上昇を2度以内におさめよう』と言っているけれど、惑星の活動は元々そんなレベルじゃない。だから今は人間を悪者扱いしてる場合じゃなくて、もっと叡智(物事を深く見通してわきまえ、明らかにする意味)を使って何が起きても大丈夫にしていかなきゃいけませんよね。そう考えれば、人間がみんなで協力できそうじゃないですか?」

松島:「たしかに宇宙みたいな視点に立つと、人類はもっと協力しあえるかもしれないですよね」

さらにお二人の話は、地球の未来へと向かう。 

松島:「ジェームズ・ラブロックは『ノヴァセン』(NHK出版)という本の中で、『地球は恒常性を保っていく。その中で種が進化している。人間は、自分達が地球の最後の種であるかのように考えているが、実はこの後、超知能としてのAIが地球を満たすことを実現するための橋渡しの種に過ぎない』と書いています。『AIはやがて、いま私たち人間が植物を眺める時の眼差しのように人間を眺めるようになるだろう。自分たちより頭は良くないが、彼らには彼らなりのロジックがあり、地球を維持する上で必要な存在なのは間違いない、みたいな眼差しで人間を見るだろう』と」

井上:「面白い!ラブロックの『ノヴァセン』、これは必読ですね。」

リジェネラティブな組織文化を、どう作るか?

次の質問で、リジェネラティブな組織文化について問われた松島さんは、リジェネラティブ・シティの例から語り起こした。

最近、大阪駅の北側にできた「うめきた公園」に大勢の人が押し寄せている話を取り上げ、この公園が、社会関係資本を向上させ、外部経済性が働くことを高く評価しているという。

一方で、コロナ禍の頃に、東京駅近くに日本一高いビルが建つと発表された時には戸惑ったというのだ。そのビルが、建設されてから50年以上そこに存在することを考えれば、それは2080年という未来を今決めていること。AIはわずか3ヶ月で驚くほど進化するのに、一方でビルを建設するには2080年のことを今決めなければならないことに、もどかしさを感じると言う。

松島:「都市のインフラなどは“未来を先取り”すると言いながら、実は“未来を固定化”しているのではないかという気もしています。今自分たちが、何をやって何を決めているのか?本当は何が変わらなきゃいけないのか?を考えることのできる、想像力を持った組織、想像力を喚起する組織であるといいと思います」

井上さんは、リジェネラティブな組織文化を考える上で、2つの基準があるのではないかと言う。

井上「1つは、“何を基準にするのか?”。その組織が、今のやり方を変えずに経済合理性をひたすら追いかける基準とするのか?それとも100年後に文化を作ることを基準にするのか?あるいは人々のウェルビーイングか?リジェネラティブか?環境との共生か?・・・定める基準によって結果は大きく変わる。もう1つは、“時間軸”。目先の利益を優先するのか?10年後、いや100年後を見据えるのか?時間軸の取り方によっても、何をするかが大きく変わるでしょうね」

井上 高志井上 高志
1968年生まれ、神奈川県横浜市出身。青山学院大学経済学部卒業。リクルートコスモス(現コスモスイニシア)を経て1995年に独立してネクストホームを立ち上げ、1997年に株式会社ネクスト(現LIFULL)を設立。特定非営利活動法人PEACE DAY代表理事、一般社団法人ナスコンバレー協議会代表理事、一般社団法人新経済連盟理事、公益財団法人 Well-being for Planet Earth評議員。

LIFULLがリジェネラティブ・カンパニーを目指す理由は?

最後のこの質問には、LIFULLを創業した井上さんが答えてくれた。

井上:「私たちとしては、これまでの“八方よし”を続けていくことが、リジェネラティブを目指すことに他ならないと思います。自分達が儲かればいい、物心両面で幸せになればいい、外部不経済なんて関係ないということではダメですよね。私たちはこれまで、それらを調和させることを実践してきたから、リジェネラティブという考え方はスッと入ってきます。だからLIFULLはこれからも、公益志本主義と八方よしでやっていく。また、LIFULLは社会課題解決型企業として31個のアジェンダを掲げ、それらの社会課題を解決すると明言しているんですが、それをもっとリジェネラティブ的な視点にすると、地球規模で我々がどういうインパクトを与えることができるのか。それらを改めて考えることが、今日私たちが持ち帰る宿題かなと思っています」

 松島:「社会課題を解決しながらの企業経営というのは、まさに我々が考えていた「リジェネラティブ・カンパニー」そのものですよね。一方で事業をして、他方でCSR活動とかによって社会課題解決をするのではなくて、事業が回ることが社会課題を解決することだ、というビジネスの作り方はイノベイティブだし、それこそがリジェネラティブ・カンパニーだと思うので、LIFULLさんは、日本での最良の見本のひとつだと思っています」

この後LIFULL社員との活発な質疑応答を経て、今回のリーダーズ・アイ・セミナーは幕を閉じた。1時間半ほどのセミナー中、実際にはもっと幅広いテーマが取り上げられ、議論された。例えば「ニュー・エコノミー」「空間コンピューティング」「デジタルツイン」、書籍では「シンギュラリティはより近く」(レイ・カーツワイル・NHK出版・未刊)「NEXUS」(ユヴァル・ノア・ハラリ ・河出書房新社・未刊)「タコの心身問題」(ピーター・ゴドフリー=スミス・みすず書房)等々。都合上その多くを割愛せざるをえなかったが、この紙面以上にエキサイティングで学びの多いセミナーであったことを申し添えておきたい。

取材・執筆:宮川 貫治

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