対話の質とは?【前編】多様性を深めるコミュニケーション
ビジネスでもプライベートでもあらゆるコミュニケーションがSNSやメール、チャットなどを通じて行われるようになった結果、失われたものがあります。その一つとしてよく挙げられるのが「対話」です。価値観が多様化する今、単なる会話にとどまらず、会社や家庭、学校などで「対話する」ことこそが、相互理解の鍵と言えるでしょう。
そのため、対話の仕方を学ぶことは誰にとっても非常に重要です。ここでは、下記の5点を解説します。
前編
後編
対話と会話の違いとは?

「対話」とよく似ている言葉に、「会話」があります。では、「対話」と「会話」はどう違うのでしょうか?
広辞苑によると、次のように定義されています。
【会話】二人あるいは少人数で、向かい合って話すこと。また、その話。
【対話】向かい合って話すこと。相対して話すこと。二人の人がことばを交わすこと。会話。対談。
ただ、これだけでは、話される中身の違いについては分からないので、以下ではもう少し二つの違いを掘り下げていきましょう。
企業向けに対話型の組織開発を目的としたコーチングサービスを提供する、株式会社コーチ・エィによると「対話」は次のように定義されます。
「それぞれが培ってきた経験や解釈、価値観をもとに『違い』を持ち込み、互いの『違い』を顕在化させながら、新しい『意味』『理解』『知識』を一緒につくり出す、双方向なコミュニケーション」
※引用:対話の価値とは? | Hello, Coaching!
つまり、「対話」とは、今まで当たり前と思ってきた前提を再定義し、新しい解釈や意味付けを行うプロセスのことです。確かに、日常的に行われる「会話」の内容には通常そこまでは求められません。
ある事柄に解釈や意味付けを行うには、対話者側の価値観が大きく関係します。ロシアの思想家ミハイル・バフチンは、対話を「人間の生そのものに対話的本質が存在している。生きるとは即ち対話に参加すること。尋ね、耳を傾け、答え、同意することである」とさえ述べています。
※出典:バフチンの対話理論と編集の思想
「決め付け」に縛られない創造的対話とは
単なる会話ではなく対話が重要なのは、人間一人ひとりの価値観が違うからです。アメリカの物理学者デヴィッド・ボームは自著『ダイアローグーー対立から共生へ、議論から対話へ」の中で、対話によって「意味の共有』が行われることが大事だとしています。これは、私たちが日常的に使う言葉では「価値観の共有」とも言い換えられるでしょう。しかし、ボームが言っているのは、自分の価値観を相手に対して発信し、それを理解してもらう以上のことです。
ボームは次のように述べます。
「対話では…二人の人間が何かを協力して作ると言ったほうがいいだろう。つまり、新たなものを一緒に創造するということだ」
※引用:『ダイアローグーー対立から共生へ、議論から対話へ』38ページ
つまり、ボームによると対話とは、相互理解を超えた、新しい何かを生み出す創造的行為だということです。
対話が創造的行為になる前提としては、「社会構成主義」という考え方が参考になります。社会構成主義の第一人者であるケネス・ガーゲンは、「私たちが『現実』だと思っていることはすべて、『社会的に構成されたもの』」であり、「そこにいる人たちが『そうだ』と『合意』して初めて、それは『リアルになる』」と言います。
言い換えると、対話している二人が「合意」することで生み出されたものだけが「現実」になるということです。つまり、「現実」は対話を行う両者の関係性によって変化するものだと言えるでしょう。
そのように考えると、対話を行う際に求められる姿勢が浮かび上がってきます。私たちが対話の相手を「こういう人だ」と決め付けた瞬間、相手をそのイメージに閉じ込めてしまい、そこから何か新しいものが生まれてくることはなくなります。「創造的対話」を行うためには、自分の中にあるイメージや社会的束縛など、あらゆる決め付けや前提から自分の視点を解放することが大切です。
その点を前出のバフチンは、「対話」とは自分の中にある新しい側面を知り、お互いを豊かに変えるものだと言っています。自分が変わることについて、対話を行う両者がオープンな姿勢で臨むことで創造的対話が可能になるのです。
どんな主観を持つかで対話の質が変わる

では、私たちはどのようにして対話の質を向上させることができるのでしょうか?
前出のコーチ・エィの定義から考えると、対話にどのような「主観」が「持ち込まれるか」によって、その対話の方向性や質は変化することになります。言い換えると、対話には自分自身の「内側」を「持ち込む」ということです。
先ほど「創造的対話」について説明しましたが、その逆はいわば「破壊的」対話です。二人が話してもそこに何か新しいものが創造されるどころか、すでにある価値や関係性までが破壊されることがあります。
二人の間になされるコミュニケーションが破壊的になる理由は、問題に対して批判的、批評的な視点を持つ姿勢であり、自分はその問題の一部ではなく「外側」にいて、客観的に問題をジャッジできると考えているからです。もし、お互いがそうした外側の視点に固執すれば、妥協点は見いだされず、批判し合うだけのやりとりになります。
一方、視点を問題の「外側」から「内側」に移し、自分自身を問題の中に「持ち込み」、その一部だと考えれば、批判的な視点を持ち続けることはできなくなります。誰も自分のことを批判したいとは思わないからです。逆に、「自分には何ができるか」という視点に変化します。つまり、物事の見え方が180度変わるのです。
ビジネスの現場では、「対話=ディベート」だと思い込んでいる人が多くいます。自分の視点の優位性を証明し、相手を打ち負かすことが問題の解決策を提示することになると勘違いしているのです。しかし、ビジネス上のさまざまな問題を批判的なスタンスで捉え同僚や後輩たちと誤った「対話」をしている限り、何も生まれません。そうしたコミュニケーションは創造的とは言い難いでしょう。
自分の「主観」を対話に持ち込み、問題の当事者であると自覚することで、互いを「破壊」し合う不毛な議論から、未来に向けた創造的対話へと変化させることができるのです。
後編へ続く
株式会社コーチ・エィ取締役・ファウンダー。日本人として初めて国際コーチング連盟(ICF)よりマスターコーチ認定を受けた日本のコーチング界における草分け。コーチングを日本に紹介し、1997年に、日本で最初のコーチ養成プログラムを開始。2001年には、エグゼクティブ・コーチング・ファームとして株式会社コーチ・エィを設立。著書は『3分間コーチ』『コーチング・マネジメント』『コミュニケーション 100の法則』『自由な人生のつくり方』(以上ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『もしもウサギにコーチがいたら』(大和書房)ほか多数。
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