家族の世話は家族がすべき、なんてない。
24時間365日無料・匿名のチャット相談窓口を運営。現役慶応義塾大生で、「NPO法人あなたのいばしょ」理事長として活動する大空幸星さん。10代の頃、複雑な家庭環境で苦しんだ経験から、若者が抱える孤独と向き合っている。ヤングケアラーの問題を軸に、日本社会に存在する「介護」「交友関係」「悩み相談」に関する偏見について伺った。
超高齢社会が進行する中、問題視される介護者の低年齢化。特に、家族の介護やケアなど身の回りの世話を行う18歳未満の子どもは「ヤングケアラー」と呼ばれる。だが、日本では家族の世話をすることが当たり前だと考える風潮があるため、当事者自身もケアを担っているという実感がなく、悩みがあっても誰にも相談できない場合も多い。現役慶応大生の大空さんは、そんな子どもや若者の相談を24時間体制で受け付ける「あなたのいばしょ」を設立。メディアでも活躍する若手社会企業家だ。若者の悲痛な叫びに寄り添い続ける彼が、「望まない孤独」が招く悲劇とその対策について語る。
家族以外に頼ったっていい。
たった一人、信頼できる人がいれば
「望まない孤独」はなくなるはず
「かわいそうな存在」のレッテルが大きな壁を生む
成長途中にある子どもにとって、家事や家族の世話に時間を費やすことは、本来受けるべき教育の機会を逃したり、友達と遊べなかったり、睡眠時間を確保できなかったりといった大きな負担になる場合がある。だが、そのことを誰にも相談できず、社会から孤立しているケースは多い。
大空さんは、こうした「望まない孤独」に警鐘を鳴らす。
「孤独は、死亡リスクや多くの健康リスクを招きます。それだけでなく、誰にも頼れず、問題を一人で抱え込むことで、次の新たな苦しみが生まれる可能性が高まります。そして、もともと持っていた悩みがさらに悪化してしまう。こうした『孤独の連鎖』がヤングケアラーの一番の問題であると思います。
『あなたのいばしょ』のチャット相談にも、ヤングケアラーをはじめ、若者から『死にたい』という声は数多く寄せられます。自殺の原因探しをする人は多いですが、自ら命を絶とうと思うほどに追い詰められる要因は一つではなく、複数の要因がいくつも積み重なっているもの。つまり、『家族のケアをしている』と人に言えずに隠すことで、進路や結婚などの選択肢が狭まり、さらなる孤独を招く可能性があるということです。
こうした連鎖を生まないために、相談できる人が周りにいるかどうかは非常に重要な分岐点となります」
だが、相談者が声を上げることをためらう理由の一つに、日本に存在するスティグマ(偏見)があるという。
「まず、社会の側が“ヤングケアラー=かわいそうな存在”だとみなさないことが大切です。『ヤングケアラーは、親の介護をしなければならないかわいそうな人たち』で、『救ってあげなければならない存在』とみなした瞬間に、両者の間に大きな壁ができるからです。
そもそも自分の親の面倒を自分が見るのはごく自然な行動だと思っているヤングケアラーはたくさんいますから、一概に全員が支援の対象になるわけではありません。
それから、よく『周囲が子どものサインに気付け』という議論になりがちですが、それは難しいと思います。『なんであの時に声をかけなかったのか』『できたことがあったのでは』と考え始めるとその後悔に一生苦しむことになりますから、気付くことを押し付けるのはちょっと違うのかなと。それよりも、いかに声を上げやすくしていくかに重きを置いていきたいですね」
一口にヤングケアラーといっても、今すぐ支援を必要とするケースから、話だけ聞いてもらえれば楽になるケースまで、求めるものは一人ひとり異なる。また、若いうちに家族の介護に携わった経験をプラスに捉える人が少なくないのも事実だ。
実際にどこから支援対象にするかは線引きをする必要があるものの、勉強する時間がない、孤独を感じるといったような状況に置かれた時、その人が声を上げやすくなるような社会の変革が求められているようだ。
家庭環境に苦悩した10代。恩師との出会いに救われた
大空さんが理事長を務める「あなたのいばしょ」では、24時間365日、誰でも無料・匿名で利用できるチャット相談窓口を設けている。NPO法人を立ち上げたのは、相談窓口を利用する際の心理的ハードルを下げるためだったという。
「厚生労働省の調査(※1)によると、他の世代で自殺者数が減少傾向にある中、10代の自殺者数は増加傾向にあります。人口が減っているのに、若い世代の自殺者は増えているのです。このことに強い問題意識を抱きました。
それまでの相談窓口といえば電話相談が中心でしたが、普段のコミュニケーションですら電話を使わない現代の子どもや若者が、知らない人に自分の悩みを話す際に電話を使うでしょうか。オンラインのチャット相談窓口を開設したのは、子どもや若者が誰かに相談したいと思った時、確実にアクセスできる仕組みが必要だと考えたからです」
人が孤独を感じやすい夜でもすぐに相談員につながる仕組みもポイントだ。これは、海外に在住する相談員が時差を利用し対応することで実現を可能にしているという。
そんな大空さん自身も、かつては家庭環境に悩み、精神的に追い込まれた人間の一人だった。
「当時は頼れる人が誰も周りにおらず、一人で苦しんでいました。しかし、高校生の時、初めて信頼できる先生と出会えたのです。『いざとなったら頼れる人がいる』という安心感を得られたことで、その後の人生が大きく変わりました。たった一人でも、自分の全てを無条件に受け入れてくれる存在はとても心強いと感じられたのです。
ただ、信頼できる人に出会えるかどうかは、奇跡や偶然に頼る部分も大きいです。特に現代では、SNSが普及したことでコミュニケーションの量は増えたものの、質が乖離していると感じます。今のSNSの中では、なかなか自分に合う人やつながりを選び取ることができていない人も多いのではないでしょうか。
『信頼できる人なんて周りにいない』という人は、われわれのような相談窓口をぜひ利用してほしいと思います。まず家族に頼らなきゃいけない、というわけではありませんから」
悩みを抱えていても、「こんな小さなことを相談していいのかな」「私よりも大変な人はたくさんいるし……」と相談を躊躇(ちゅうちょ)してしまう人は大勢いるだろう。だが、「あなたのいばしょ」をはじめ、SNSなどを利用して気軽に相談できる10代向け支援サービスは近年増加傾向にある。今後、より多くの人に広まることで、心理的ハードルは下がっていくことが期待される。
※1 出典:厚生労働省「令和3年版自殺対策白書」
「解決してあげる」のではなく、併走する存在に
自殺防止のセーフティーネットとして大きな役割を担う大空さんの取り組みだが、目標とするゴールはあるのだろうか。こう問うと、「全ての悩みをすくい上げることは難しいと思う」との答えが返ってきた。
「支援者側がよく勘違いしているのは、『相談者の悩みを解決してあげなければ』と思っているところ。しかし、死を考えるほどの悩みには複合的な問題が絡んでいるもので、その全てを解決することは極めて難しいことです。
本来、人には周りの助けを借りながら自分で乗り越えていく力が備わっているはずです。それが今は発揮できていないというだけで。だから、代わりに解決してあげようとするのではなくて、その人が自ら考えて、自分自身で道を切り開いていく手助けをすることが大事だと思いますね。
ヤングケアラーに対する支援は、ケアマネジャーなどのいわゆる“介護のプロフェッショナル”を充足させることが非常に重要視されています。それももちろん大切ですが、本当に必要なことは、その人が暮らす地域におけるつながりをつくること。われわれにできることは、背中に手を添えて併走することくらいなんです」
現在、若年層が共に支え合う仕組みを政府と協力して構築している最中だと話す大空さん。地域の人同士で困った時に手を差し伸べ合える“つながり”をつくることを目指しているのだという。
相談を持ち掛けられた時に「解決してあげよう」とすることは、私たちの身近でもよく起きる。だが、その人自身の道を切り開く力を信じ、見守ることも時には大切だ。この視点が、全ての人に開かれた優しい社会をつくるきっかけになるのかもしれない。
取材・執筆:酒井 理恵
撮影:阿部 健太郎
1998年、愛媛県松山市出身。「信頼できる人に確実にアクセスできる社会の実現」と「望まない孤独の根絶」を目的に、NPO法人あなたのいばしょを設立。24時間365日無料・匿名のチャット相談窓口を運営する。孤独対策、自殺対策をテーマに活動し、内閣官房孤独・孤立の実態把握に関する研究会構成員、内閣官房孤独・孤立対策担当室ホームページ企画委員会委員などを務めている。慶應義塾大学総合政策学部在学中。著書『望まない孤独』(扶桑社)。2022年8月30日に新著『「死んでもいいけど、死んじゃだめ」と僕が言い続ける理由:あなたのいばしょは必ずあるから-14歳の世渡り術-』(河出書房新社)が発売予定。
Twitter @ozorakoki
Instagram @ozora_koki
あなたのいばしょ 公式サイト
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