学びの場は学校だけ、なんてない。

2021年12月、とある広告がネット上の話題をさらった。

「勉強ばかりしてないで、ゲームしなさい。」

この広告を出したのは、ゲームのオンライン家庭教師サービス「ゲムトレ」。ゲムトレでは、ゲームを活用した新しい教育の形を提供している。東佑丞さんは、そこで生徒にゲームのプレイ方法を教える「ゲームトレーナー」として活動しているひとりだ。

小学校・中学校と不登校を経験し、「自分の居場所はゲームの中だった」と話す東さん。今、東さんがゲームを教育の手段として広めようとしているのには、どんな理由があるのだろうか。

2021年、世界のeスポーツ市場規模は10億ドルを突破した(※)。世界各国で大会が開催され、優勝賞金が円換算で1億円以上となることも珍しくない。近年では五輪競技への採択も検討されており、“ゲームはただの遊び”というかつての常識は変化しつつある。

そんな中、日本では法律の関係上10万円を超える賞金が出せないことから、eスポーツの普及が遅れているといわれていた。しかし、日本にeスポーツの文化が根付かない理由はそれだけではない。そこには、世代間で連鎖する根深い既成概念が関わっていた。

ゲームトレーナーとして活躍する東さんは、かつてその既成概念に苦しんでいた。さまざまな壁や批判にぶつかりながらも、彼はその既成概念を覆そうと奮闘している。

※出典元:グローバル eスポーツ&ライブストリーミング マーケットレポート2021

働き方や生き方の多様性が叫ばれているように、学びの手段だってもっと多様化していい

ゲームを通じて、子どもたちの可能性を広げる

「ゲームトレーナー」

日本では認知度の低いこの職業に光が当たったのは、2021年にビジネス誌の『Forbes JAPAN』が「世界を変える30歳未満の30人」として選出したある人物がきっかけだった。

彼の名は、東佑丞さん。笑顔にあどけなさが残る、ゲームが大好きな18歳だ。

『30 UNDER 30 JAPAN 2021|日本発「世界を変える30歳未満」30人』には、プロ野球選手の大谷翔平さん、プロゴルファーの松山英樹さん、無駄づくり発明家の藤原 麻里菜さん(STORIESでも取材しました)など、若きイノベーターが選出された。

「選出の連絡がきた時は、びっくりしました。野球の大谷翔平さんやパフォーマーの白濱亜嵐さんといった錚々(そうそう)たるメンバーと一緒に選ばれていて、こんなことあるんだって……。でも、ゲームを通して新しい教育のあり方を模索したい、そして日本にeスポーツの文化を広めたいと考えていたので、『世間に認知してもらうチャンスがきた』と思いましたね」

東さんは現在、ゲムトレに所属するゲームトレーナーとして、主に小中学生を対象にゲームのトレーニングを行っている。今回の選出は、その活動を認められた結果だった。

「ゲムトレでは、生徒にゲームを教えてうまくなってもらう他、『ゲームを通じて子どもたちの社会的自立を促す』というミッションも持っているんです。

日本でも少しずつゲームに理解のある大人が増えてきたとはいえ、まだゲームに対する偏見は残っています。特に、家にいる時間が長い不登校の子は、一日中ゲームをしている場合も。そんな子どもの様子を心配して、ゲムトレに相談してくる親御さんたちもたくさんいます。ゲームばかりして将来が心配だって。

でも、クリアするために仲間と協力したり、ミスをした時にはなぜミスをしたのか原因を探り、次に生かすための目標を立てたり。活用次第で、ゲームを通じて学べることはたくさんあります。

ゲームを通じて世の中を生きるすべを学んで、そしてゲームを通じて社会貢献できる人がどんどん増えてほしい。そんな思いで、ゲームトレーナーをしています」

なぜ、東さんは「ゲームを通じた教育」への思い入れが強いのか? それは、彼自身が幼少期に不登校で、「ゲームの世界にしか居場所がなかった」経験があるからだった。

学ぶ場所は、学校だけじゃない

東さんは小学校に通い始めた時から、学校という場所が苦手だったと話してくれた。

「はっきりとした理由は分からないのですが、人と同じことをしたり、みんなと一緒に何かをしたりするのがすごく苦痛だったんです。だから同級生の輪にも全然なじめなくて。小学校低学年の頃は『嫌だな』と思いながらも通っていたのですが、3年生くらいになると何かと理由をつけて休むようになりました。そこからフリースクールに通い始める中学3年生までは、不登校のような状態が続きましたね」

そんな東さんの居場所となったのは、オンラインゲームだった。

「両親は共働きだったので、パソコンに向かってゲームばかりしていましたね。でも、平日の昼間にオンラインゲームをするのは、大学生や平日休みの社会人といった大人がほとんど。当時まだ9歳とか10歳だった僕には、彼らの話についていくのも一苦労で……。

それでも、大好きなゲームを楽しみたいし、子どもだからと特別扱いされたくなかったから、一生懸命ネットマナーを学んだり、ゲームのルールを覚えたりしました。なんなら、子どもってことを隠して一緒に遊んでいましたね(笑)。でも、あの時に必死で背伸びをした経験が、僕の一般常識やビジネスマナーのベースを築いています」

“みんなと一緒に何かをする”ことが苦痛で学校に行かなくなり、不登校となった東さん。しかしその後、ゲームの世界では“みんなと一緒に何かをすること”を全力で楽しんでいた。一見すると同じことに見えるが、彼にはどう違ったのだろうか?

「同じ“みんなと一緒にやる”でも、ゲームの世界ではプレイヤーひとり一人に役割があるんですよね。例えば、敵を倒すにしても、全員が同じことをやっているとうまくいかない。強い敵であればあるほど、ひとり一人がキャラクターの特性を理解し、それを生かしながら自主性を持って行動しないと前に進めないんです。ゲームのそんなところに引かれたのかもしれません」

学校生活を通じて学ぶ人が多いであろう、コミュニケーションやチームワーク。東さんは不登校だったが、“ゲーム”というツールを活用し着実に身につけていた。しかし、学校に行っているはずの時間をゲームに費やす東さんに対し、周囲からは厳しい声が向けられていた。

「特に母は、僕の状況に悲観的でしたね。純粋に心配をしてくれていたのだとは思いますが、『ゲームの中にしか居場所がない』と思っていた僕に何度もゲームをやめるよう強く言ってきて……。ゲームを取り上げられたらこの世の終わりだと思っている僕と、将来のためにゲームをやめさせたい母。見ている方向性が真逆なので何を話してもすれ違ってしまい、衝突ばかりしていました」

身近な人から自分の現状を否定されるのは、とてもつらいことだっただろう。また、いくら自分の好きなこと・やりたいことでも、親の方針で諦めざるを得ない場合もあるだろう。なぜ、東さんは母親と衝突しながらもゲームを続けることができたのだろうか。

「父が味方になってくれたんです。そんなにゲームが大事なら続けていいよ、と。ただ、やるからには目標をもってとことんやり抜け、やり続ける意味を見いだせとも言われていました」

父親の言葉から、東さんは目標を立ててゲームをするようになった。同時に、その目標を達成するには何が必要なのか、どんな手順を踏めばいいのか、そしてどんなスケジュールならそれが実行可能か考えるようになった。

「父は、無理やりゲームをやめさせるよりも、ゲームを通じて目標を達成するための考え方や、物事に熱心に取り組む姿勢を身につけられるよう導いてくれました。

そして徹底的にゲームをやり込んだ結果、eスポーツ大会で入賞したり、『世界を変える30歳未満の30人』に選出されたりしています。結果論かもしれませんが、父の既成概念にとらわれない柔軟な教育方針が今の僕をつくったんです」

不登校時代に身につけた思考力と情熱で勝ち取った、全国大会入賞

ゲームは続けていきたい、でも最低限の学力は身につけておきたい。東さんはそんな理由から、高校は通信制でプロゲーマーが顧問を務めるeスポーツ部のあるN高等学校、通称“N高”に進学した。

「N高のeスポーツ部には、小さい頃からゲームをしている人やプロゲーマーを目指している人など、ものすごくゲームのうまい人たちが全国から集まります。その中で、全国大会に出場するメンバーに選出され、 1138チーム中6位に入賞できたんです」

精鋭揃いの中からメンバーに選出されたこと、そして全国大会で入賞したことについて、東さんは「運の要素も強かった」と話した。しかし、目標を持つこと、そして目標達成のために必要な論理的な思考力と情熱を身につけていた東さんだからこそ、厳しい競争をくぐりぬけ勝ち進んでこられたのだろう。

また、この大会に入賞したことで、東さんを取り巻く環境は大きく変わっていった。東京ディズニーリゾート内にある、劇団四季の公演で利用されることでも知られている舞浜アンフィシアター。そこで開催されたeスポーツの全国大会には、ゲームを忌み嫌っていた東さんのお母さんも観戦に来たと言う。

「先のことを考えず、ただ遊んでいるだけだと思っていた息子が、大舞台に立ち、たくさんの人に囲まれながらも堂々と戦っている――。

そんな僕の姿を見て、『この子なりにちゃんと前に進んでいたんだな』『この子なりに努力していたんだな』と納得できたそうです。母に認められたくてやってきたわけではなかったのですが、やっぱりうれしかったですね」

大会出場後、東さんは自分の将来を考え始めた。昔からゲームが好きだった。だから、プロゲーマーになることにもちろん憧れはあったと言う。しかし、ゲームを生かせる道はきっとそれだけではないはず。かつての自分のように学校生活になじめず悩んでいる子を、得意なゲームでサポートすることができないか。そう思いネット検索をしたところ、目に留まったのがゲムトレだった。そこから、東さんの「ゲームトレーナー」としての歩みがスタートした。

ゲームを文化に。そのために、固定観念の連鎖を断ち切る

現在、東さんは人気オンラインゲーム『フォートナイト』をメインにトレーナーをしている。東さんが受け持つ子どもたちの中には、何らかの理由で不登校となり、ゲームの世界に居場所を求めている子も多いそうだ。

学校や家庭で居場所がない生徒も、ゲームの世界では自分らしくいられる。その瞬間を大切にしながら、ゲームを通じてコミュニケーションを図る東さん。時には自分のプレイを生徒に見せながら、ゲームクリアのコツやスキルを伝授する。

「理由はさまざまですが、周りとうまくコミュニケーションがとれなくて、不登校になった子は多いですね。でも、そんな子どもたちも“ゲーム”というツールを通すと積極的に発言したり、協力しようとしたりするんです。学校というコミュニティでは無理だったかもしれないけど、ゲームというコミュニティを通して、少しずつ対人関係や社会のルールを学んでいます。

ゲムトレを始めた頃は無言でゲームに取り組んでいた子が、次第にトレーナーの僕や一緒に学ぶ仲間たちとコミュニケーションを取れるようになっていくことも。遊びだけではない、教育としてのゲームの可能性を強く感じています」

2021年、世界のeスポーツ市場規模は10億ドルを突破した。世界大会も頻繁に開催されており、著名な大会となると優勝賞金は日本円で1億円を超える。「プロゲーマー」という職業は、子どもたちの憧れになりつつある。しかし、東さんは日本でこの文化を浸透させるには、まだまだ課題が多いと語った。

「今は、小さい頃にゲームをしていた人たちが大人になり、子育てをしていますよね。そのため、ゲームに対して“絶対悪”という印象を持つ人はかなり少なくなったと思います。

しかし、小さい頃に親から『ゲームは悪いものだ』と言われて育つと、自分がゲームをする時も、そして自分の子どもがゲームをする時も、なんだか悪いことをしている気持ちになってしまう。この連鎖を断ち切らないと、本当の意味で日本にeスポーツの文化は根付きません。

学校生活から学ぶことがあるように、運動から学ぶことがあるように、ゲームから学ぶこともたくさんあります。日本ではまだまだ珍しい“ゲームの家庭教師”ですが、海外では認知度が高く、人気の高い習い事のひとつとなっています。働き方や生き方の多様性が叫ばれているように、学びの手段だってもっと多様化していいと思うんです」

現在、東さんは親世代のゲームに対する意識を改革するための新しいアプローチも始めている。

「親子が一緒にゲームをして、コミュニケーションを深める取り組みをスタートさせました。今度、フリースクールと一緒にイベントもする予定なんですよ。子どもと一緒にゲームをする機会を提供することで、親世代の意識を少しずつ変えていけたらいいなと思っています」

ゲームばかりしていることに罪悪感を覚えたこともあった。それでも、ゲームをとことんやり抜いたから、今の自分がいる。教育の手段は学校だけじゃない。ゲームを通じて、新しい教育の形をつくる。東さんの挑戦は、まだ始まったばかりだ。

あの時ああすればよかった、こうすればよかったという“ifルート”はたくさんあります。僕は、好きなものを見つけたらそれに没頭するタイプ。だから、イヤイヤながらも学校に通っていたら、何かの学問にどっぷりハマって研究者になる未来もあったかもしれません。一方で、ゲームよりもハマれるものが見つからなくて、将来に絶望していたかもしれない。いろんなifはあるけれど、迷いながらも自分で決断して選んできた経験が、今の僕を築いています。

取材・執筆:仲 奈々
撮影:内海裕之

東 佑丞
Profile 東 佑丞

2003年、山形県生まれ。小学校、中学校と不登校を経験し、通信制高校のN高等学校に入学。第1回高校生eスポーツ大会「STAGE:0」フォートナイト部門で6位入賞後、ゲームのオンライン家庭教師サービス「ゲムトレ」のゲームトレーナーとして活動をスタートさせる。

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