メディアは“答え”を提示すべき、なんてない。

#たしかに編集部(野邊 義博 ・ 朝本 康嵩)

表現や言論の自由度が高い一方で、炎上や誹謗(ひぼう)中傷、価値観の押し付けなど、多くの潜在的な問題をはらむインターネットメディア。多様性の時代へと社会が変わる中で、私たち読者はどのように情報と向き合うべきなのだろうか。「『AかBか』『正解か不正解か』を提示することだけが、メディアの役割ではない」。そう語るのは、価値観発見メディア『#たしかに』編集部の野邊義博さんと朝本康嵩さんだ。この度、『#たしかに』と『LIFULL STORIES』は、双方のメディアで互いの活動や理念を伝える特集記事を企画した。本記事では、独自の視点から情報を発信する『#たしかに』の二人に、メディアのあるべき姿を語り合ってもらう。

漫画、絵本、インタビュー記事などを通じて、多様な考え方や選択肢を発信する価値観発見メディア『#たしかに』。根底には「答えはたくさんあっていい」という編集方針があり、読むと大切なことに気付かされるのが特徴だ。「なんでもない人を取り上げるメディアにしたい」と語るのは、発起人である株式会社ドリームインキュベータの野邊さん。株式会社U.Sの朝本さんとタッグを組み、“毎日に余白を届ける”メディアづくりに従事している。

 “A or B”ではない、多様な答えとの出合いをインターネットメディアで実現する

目を引く考えに偏重する、インターネットメディアの宿命

インターネットメディア『#たしかに』の世界観は独特だ。トレンドワードやインフルエンサー、刺激的な見出し、派手なサムネイルは見当たらず、バナー広告も表示されない。一方でコンテンツを開くと、日常的な心理を切り取った漫画、素朴なタッチの絵本、巷(ちまた)で活躍する人へのインタビューなどが広がっており、際立った情報こそないものの、不思議とサイトの奥へと引き込まれる。

『#たしかに』を運営するのは、ドリームインキュベータとU.Sの2社。社会課題の解決に積極的なドリームインキュベータの野邊さんが、朝本さんに新規事業を相談したことからスタートした。

「構想を始めたのは2019年。当時すでにインターネットメディアが乱立していたのですが、“A or B”のような極端な二元論、正しいかどうかの議論が流行していました。しかし実際の世界には、さまざまな答えが存在します。『もっと多様な価値観を共有できるメディアをつくりたい』と、朝本さんに話を持ち掛けました」(野邊さん)

「広告をベースとしたビジネスモデルの場合、どうしても“PV至上主義”に陥ってしまい、“偏っているけど目立つ”意見が好まれるようになります。すると、『こうじゃなきゃいけないよね』という主張を持ったインフルエンサーがフィーチャーされ、一方的な価値観の押し付けも発生する。そうした中で、『普通の人の価値観ってなんだっけ』『そもそも普通ってなんだっけ』を探求する必要性を感じていました。メディア設計においては、読むと『たしかに』と感じることを主眼に置いています」(朝本さん)

『#たしかに』がローンチされたのは2020年。準備を進めた頃に猛威を振るったのが、新型コロナウイルスだ。社会的な価値観の変容は、現在のコンセプトにも影響しているそうだ。

「緊急事態宣言の発令、著名人の逝去、医療や物流の混乱など、社会は大きく揺れ動いていました。『マスクをしっかりすべき』といった“べき論”も強まっていく中で、『こんなにユルいメディアをリリースすべきか?』と迷ったのも正直なところです。しかし最後には多様な考えこそ重要だと思い、少し時間を空けて公開に至りました」(朝本さん)

コンセプトは、“A or B”でなく、“A & B & C & …”。『どちらも間違いではなく、どちらも正解といえる考え方』を大切にしています。幅広い考えを伝えるために、一般社会で暮らす人の声も取り上げることを目指してきました」(野邊さん)

なんでもない世界にこそ、新しい発見が潜んでいる

こうして運営がスタートした『#たしかに』。しかし取材先として「一般社会で暮らす人」を探すのは容易ではない。最初は知人の紹介などで、地道に記事制作を進めていった。

「職種や年齢、地域に多様性を持たせ、著名人も一般人の方も、ヒエラルキーなく入り交ざるメディアにしたいという思いがありました。運営を続けるうちに、『出る人によってメディアのカラーがつくられる』と感じ、より幅を広げる方向にシフトしてきましたね」(朝本さん)

「私自身、別の仕事でシニアを対象にグループインタビューをしたことがあり、ハッとさせられた経験があります。それぞれの仕事や人生には全く異なるストーリーがあり、大事にしている価値観もさまざま。メディアに取り上げられなくても、壮大な物語と知恵がそこにありました。『長い物には巻かれろ』と言われると、『たしかに、そうだよな』と感じたり(笑)。『#たしかに』は、そんな発見が生まれる場にしようと思っていました」(野邊さん)

「奈良の山奥でホテル『ume,yamazoe』を経営する、梅守さんの記事は面白かったですね。古民家をリノベーションした建物で、テレビや電波は無いのですが、自然や野菜、サウナはある。『“ないもの”が“ある”からしあわせ』ではなく、『“ないもの”が“ある”ことに気付くしあわせ』を感じられるんです。まさに都会にいると気付かないような、貴重な価値観だと思います」(朝本さん)

多様な人々が登場する『#たしかに』のもう一つの特徴は、インタビュー記事だけでなく、オリジナルの漫画や絵本などの創作コンテンツも提供していることだ。

「連載漫画『竹内個人タクシー』の中に、同じ職場で働くワーママと独身女性のエピソードがあります。考えの異なる二人が衝突や葛藤をしたりしながら最終的には協力する話なのですが、『#たしかに』で最も反響が大きい企画となりました。漫画という表現方法が親しまれやすいこともわかったので、今後は動画など新しい表現も取り入れていきたいです」(朝本さん)

「絵本の企画も好評で、テレビ番組でも紹介されました。『ふたりのももたろう』という作品で、二つの物語から構成されています。一つ目は、一般的なももたろうの話。もう一つは、『川から流れてきた桃が、もしもおばあさんに拾われずに鬼ヶ島まで流れつき、ももたろうが鬼に拾われ、育てられたらどうなるか?』という物語です。後者は多様性が尊重される世界が描かれているのですが、二重のストーリーで思考が刺激されることから、教育現場でも活用されています。第二弾にもチャレンジしたいですね」(野邊さん)

多様性が浸透し始め、次に求められるのは“余白”

先駆的に多様な価値観を発信してきた『#たしかに』だが、野邊さんは時流を読みながら、「多様性の一歩先にあるもの」を模索しているようだ。

「『#たしかに』の話をすると、『最近そういうの多いよね』と返ってくることが増えてきちゃったんです……(笑)。SDGsやオリンピック・パラリンピックの影響で、多様性が浸透し始めているのでしょう。それ自体は素晴らしいことですが、あまりにも強調され過ぎたせいか、“多様性疲れ”のような風潮も感じます。では、多様性の一歩先にあるものは何か? 個人的には“余白”だと感じています」(野邊さん)

“最新”と“正解”を追い求めるインターネットは、常に必要な情報をスピーディーに伝達する。しかし大切なことはそれだけではないというのが、二人の予見なのだろう。

「『無用の用』という言葉があるように、『一見いらないけど、実はあった方がいいもの』って多いと思うんです。『長い物には巻かれろ』もそうですが、メディアで取り上げるほどの情報でなくても、人を幸せにすることがある。今後はそうした視点が重視されるべきだと考えています」(野邊さん)

「自粛生活が強いられた時期、精神科医の名越康文先生を取材した企画がありました。その時に印象的だったのが、『なんでもいいから今一番気が向くこと・やりたいことを書き出して、あくまで仮の予定を書き出せばいい』というアドバイスです。心の持ちようが大きく変わるというのですが、緊急度が高くなくとも重要なことってあるんですよね」(朝本さん)

「コロナ禍でいうと、雑談も同様です。リモートワークで生産性は上がったように見えますが、雑談のような『無用の用』は激減しました。それが本当に楽しい働き方かは、疑わしいわけです。こうした感覚は、結構多くの人が気付き始めています。それをコンテンツとして共有できれば、新たな価値観の提供につながるのではないでしょうか」(野邊さん)

分断の時代に、インターネットメディアが果たすべき役割

多様性やウェルビーイングなど、個人を尊重する概念が浸透してきたのは確かだ。しかし一方で、分断や格差、誹謗中傷といった話題は、メディアやビジネス、社会のあらゆるシーンで絶えず耳にする。こうした課題に対し、『#たしかに』編集部は今後、どのように向き合っていくのだろうか。

「生産性や合理性は、『早く答えを出す』ことに帰着します。『ちょっと寝かしておこう』『保留にしておこう』は許されません。SNSやスマートデバイスの普及によって、このスピードはさらに早まり、際立った者が勝利する構造が確立されてしまった。分断という課題には、そうした背景があるのでしょう」(野邊さん)

「一方で、そうした風潮に距離を置く生活者も増えてきました。また、さまざまな場所で多くのメディアも生まれています。多様なコンテンツを通じて、“余白”的なものが発信されていけば、社会のスピードを緩められるのかもしれません」(朝本さん)

朝本さんが「余白」にこだわるのは、自身の経験によるものだ。ビジネスパーソンとして若手だった頃、仕事や時間に追われ、生きることの本質を再考したという。

「成長や成功を求められる環境の中、力を発揮するスタッフがいる一方で、体調を崩し長期休暇を取るスタッフも一定数いました。理由を考えた時、余白を見失っていると感じたんです。視点を少し変えるだけで、突破するアイデアをひらめいたり、楽しく豊かに働けたりするのに、なかなかそれは難しかった。だから今は、『本当は知っているけれど、忘れてしまっていること』を届けたいんです。そこに必要なのは、最新情報やキーフレーズだけではないと考えています」(朝本さん)

メディアが原因で私たちが見失ったものを、メディアの力で取り戻す。『#たしかに』編集部が挑戦するのはシンプルな領域だが、次の時代にとって重要なことなのかもしれない。

『#たしかに』コラボインタビュー企画はこちら
LIFULL STORIES編集長にインタビュー!「メディアの一番の読者は、きっと自分なんです」

「絶望的に悩んでいたが、本当の原因は呼吸や姿勢だった」「仕事のストレスだと思っていたら、食事がおろそかになっていた」「風邪をひいて健康のありがたさがわかった」……。「なんでもないことが大切だった」は、誰もが持つ経験です。合理的な環境に身を置き過ぎると、偏った判断を下してしまうのでしょう。インターネットメディアに見られるけんかや分断も、偏りから始まっています。そんな時、スマートフォンを一度置き、空という大きな余白を見上げれば、解決するかもしれないことを思い出してください。余白こそが、人間にとって不可欠なソリューションなのではないでしょうか。
#たしかに編集部(野邊 義博 ・ 朝本 康嵩)
Profile #たしかに編集部(野邊 義博 ・ 朝本 康嵩)

野邊 義博
東京工業大学大学院経営工学専攻修了(経営工学修士)後、ドリームインキュベータに入社。消費財、電機、自動車・自動車部品、素材・化学、総合商社、電力、石油など、さまざまな業界の企業を担当し、新規の事業創造支援に従事する。また、全社の中期経営計画策定や主力事業の再成長戦略の策定、技術の事業性評価や投資判断評価、営業組織改革、経営幹部候補育成など、コンサルティングも幅広く担当する。

朝本 康嵩
リクルートに新卒入社。広告コミュニケーション領域のクリエイティブディレクター・マネジャーを経験。2018年にU.S Inc.を設立。ブランドデザイナーとして保育、化粧品、D2C、SaaS、建築など、さまざまな業界の企業を担当し、ブランディング支援・人材育成・採用・組織活性に従事。自社ブランド「room705」では商品開発・事業最高責任者も担う。インターネットメディア「#たしかに」では編集・企画を担当する。

公式サイト:https://tskn.jp/
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