「話し上手」じゃなきゃ、なんてない。
神山晃男さんは、「すべての孤独と孤立をなくす」ことを目的に2013年に株式会社こころみを設立し、高齢者の孤独という社会課題をコミュニケーションの力によって解決する事業を展開している。また「聞き上手」をキーワードに「聞く力」の価値を広めようと、メッセージの発信やセミナー出演などにも積極的だ。コロナ禍で人と人との接触機会が激減し、コミュニケーション不足を感じる今、誰にとっても「孤独」は身近な問題となっている。神山さんの取り組みに孤独解消のヒントを求め、「聞く力」の価値、「聞き上手」というスキルについて伺った。
孤独とは、コミュニケーションが不足している状態。寂しいと感じれば、人は自然にコミュニケーションを求めるだろう。だがその一方で「自分はコミュニケーションが苦手」と感じている人も多い。書店にはさまざまなコミュニケーション指南本が並ぶが、「話し方」「伝え方」「表現力」といったテーマが目につき、「聞き方」を扱ったものは少ないように思える。神山さんはなぜ「聞く力」に着目し、「聞き上手」を育てているのだろうか。コミュニケーションにおいて「聞く」ことにはどんな価値があり、効果があるのか。そして「孤独の解消」とどうつながるのか。神山さんご自身の経験や事業への思い、「聞く力」を身につける方法まで、広く語っていただいた。
関心を持って聞くことで話し手の自己肯定感を高め、孤独感を解消し、生きる力を与えられる
親は子どもを安心させたいもの。孤独を言葉にはしない
実家を離れて暮らすようになると、忙しさに紛れて親との関係が希薄になってしまう人が多いだろう。独居となった親の暮らしや気持ちが想像できず、その孤独感には気付きにくい。親の孤独を子どもはどう察し、向き合ったらいいのだろうか。離れて暮らす親子のコミュニケーションをサポートする高齢者向け会話型見守りサービスや、子が親に贈る自分史作成サービスなどを行い、高齢者の孤独と向き合っている神山さんの考えを聞いた。
「高齢者の方と日常的に話をしていると、孤独とか寂しいという言葉は出てこなくても、活動量が落ちたり交友関係が減ったりすることで近況がなんとなくわかります。『最近どうですか』『お出かけの予定は』と聞いて、毎週のように出かけていた人が『別に行きたいところもない』みたいなことを言ったら『あれ?』と思うわけです。
でも子どもには、心配をかけたくないからそういう言い方はしないでしょう。私たちには本音でしゃべってくれますが、子どもに『孤独でしょ』『寂しいでしょ』と言われると、ものすごく反発するんです。
親は子どもを安心させたい。だから受け入れない。そこは工夫が必要です。例えば、寂しいだろうから行ってあげる、話し相手になってあげる、というのではなく、会いたいから行く、聞きたいから話して、という言い方をすることで前向きに受け取ってもらえます」
外に出なくなったり交友関係が減ったりするのは自ら孤独を招くことのように思えるが、高齢者がそうなってしまうのはなぜなのか。神山さんは自己肯定感と関係があるという。
「男女差があって、女性の方が社交的、男性は『俺は偉い』みたいなプライドが高い傾向にあり、年を取ってから新しい場に行くのは、傷つく可能性が高いのでイヤなんです。プライドは自己肯定感の低さの裏返し。自己肯定感の低い人ほどそういうプライドで身を守ろうとするんですよね」
ただ、世の中には「一人の方が気楽」といった考え方もある。
「私たちはそういう方のうち、自己完結できている方のことを『孤高の人』と呼んでいます。人と話さなかったり社会的に切り離されていたりする状況でも自尊心、自己肯定感を失わずにいられる方であれば、『孤高』はありえます。でも自己肯定感が低いのにプライドは高いという人が『孤高』を目指したら、自己肯定感がますます下がって状況は深刻になってしまうでしょう」
高校時代に感じた孤独感、多様な生き方の大人との出会い
それにしても神山さんはなぜ「孤独の解消」に取り組もうと考えたのか。「孤独」に特別な思いを抱く体験があったのだろうか。
「高校受験をして東京に出てきたんですが、うまくなじめず学校に行かなくなり、孤独感を抱えていた時期がありました。一人暮らしで人とのつながりがなく、自分の存在が社会に対してどういう意味を持つのか、という思いを誰とも共有できずにいたことが孤独感につながったのかなと。なぜこの事業をやっているのか振り返ると、その原体験があるからだろうなと思います」
さらにその孤独感から立ち直った経験が、生き方や価値観に大きな影響を与えた。
「雑誌で劇団員募集を見て応募して、社会人劇団に入ったんです。そこで救ってもらいましたね。自分の居場所をつくってもらえたし、年上の、社会人の人たちにものすごく影響を受けました。生き方を見たこと、ですね。プロの役者がいたり、サラリーマンしながら趣味でやっている人がいたり、いろいろな人がいて『こういう生き方もありなんだ』というのをたくさん見せてもらったことがプラスになったと思っています。
ただ、高校時代に孤独だったから孤独のビジネスをしよう、と思ったわけではないです。高齢者の話し相手をするということに価値がありそうだと感じて、それで始めて、後から高校時代のことが影響していたのではないか、と気付いたんですよね」
「聞く」ことには、話し手の自己肯定感を高める効果がある
神山さんは「話したいのは高齢者だけじゃない」と考えるようになり、現在は「聞き上手」を軸に全世代を対象とした事業を行い、手応えを感じている。
「話を聞くことには、話し手の自己肯定感をダイレクトに高める効果があるんです。企業コンサルティングでは働く人たちにインタビューをするんですが、業務についてだけでなく、どういう思いで仕事をしていて、どういうことにやりがいを感じているか聞くんですね。それによって自己肯定感が高まる。自分の仕事に改めて誇りを持てるようになり、イキイキする。そういう効果がすごくあるので、やりがいを感じますね」
また神山さんが手掛ける事業の一つ、自分史作成サービスで取材した高齢者のなかには、インタビューのあと何十年も帰っていなかった実家に一人旅で帰るというアクションを起こしたり、病気で余命わずかと言われていた人が立ち上がれるほど元気になりスーツを着て写真撮影をしたりというようなエピソードもあるそうだ。興味を持ってくれていると感じることで「自分の人生も捨てたものじゃない」と思えるらしい。「生きる力がよみがえる」と言ってもいいだろう。
「そうなんです。逆に言うと、社会から求められている実感がないと、生きる意味を感じられなくなるのではないでしょうか。そもそも生きる意味って別にないじゃないですか。理屈ではなく実感として、何のために生きているのかを感じる必要があるんです。それはすごくシンプルに『人に興味を持たれる』こと。だから話を聞くことで『あなたに関心があります』というサインを出し続けると、『生きよう』っていう感じが出てくるんですよね」
「聞き上手」の技術とは、自分を無にして相手の世界に身を委ねること
話し手の自己肯定感を高め、孤独を解消し、生きる喜びを与える「聞き上手」の技術とは、具体的にどういうものなのだろう。
「いったん自分の世界を捨てて相手の世界に身を委ねるような行為、ですね。自分を一回捨てることで自分が相対化される。自分というものが絶対ではなく、『これもありなんだ』という見方ができるようになり、話し手の考えや価値観をそのまま受け止められるようになるんです」
「聞き上手」は自分を無にするイメージ、という神山さん。いろいろなものを受け入れる、あるいは受け入れようとすること。だから多様性とも密接につながっている。そう聞くと難しいスキルのように思えるが、神山さんは誰でもトレーニングをすれば「聞き上手」になれるという。ならば、少しでも「聞き上手」に近づくために日常生活でできることもあるのだろうか。
「例えば、絶対にアドバイスや否定をせずに人の悩みを聞いてみる。『どうしたいと思ってる?』とか質問はするけど、『こうしたらいい』や『それはやらない方がいい』とは言わない。『私は京都が好き』と言われて『私も好き』と言わない。それは“私”の話だから。相手が京都をどう好きなのかだけに興味を持っていたら“私”のことを言う必要ないですよね。
もちろん世間話では、そんなことしなくていいんです。お互い言いたいことを言い合っていい。『聞き上手』の技術は、24時間いつも実践しようというものではなく、100メートル走に近いテクニックなので、使う時を選んで使うんですよ。
相手が意見を求めている場合は言ってもいいんですが、話したいだけ、共感してほしいだけ、という時は聞き役に徹することが大事なんです」
会話は下手でもいい、苦手な自分を否定する必要はない
「聞き上手」以前に、そもそも「人間関係が苦手」「会話が苦手」という人も多い。そうした苦手意識が既にある場合、どう克服したらいいのか尋ねると、意外な答えが返ってきた。
「いや、そこは逆に、苦手でいいと思いますよ。だって、『人はコミュニケーション上手な方がいい』っていうのは思い込みでしょう。今の世の中、人間はこうあらねばならないみたいな『すべき論』とか、成長し続けなければいけないという考えが強過ぎて、人はそもそもかけがえのない価値をみんな持っているのに、そう思えていないんですよね、自分に対しても他人に対しても」
「会話がうまくなければいけない」という固定観念を、神山さんは敏感に感じ取った。そう、「聞き上手」とは、あらゆる価値観や考え方を否定せず、話し手を丸ごと許容できる心構えの持ち主。「ねばならない」「べき」というさまざまな固定観念から解き放たれた、自由な人のことなのだ。
「ああ、こういう人生もありなんだ、こんな考えにもいいところがある、という物の見方ができるようになるので、実は話し手だけでなく自分自身の自己肯定感も高める効果があるんです」
苦手なことやできないことがある自分も、それでいい、そのままの自分がいい、と認められるようになり、自己肯定感が高まる。「聞き上手」は自分自身の生きやすさにつながるスキルでもあるのだ。
取材・執筆:峯岸慶子
撮影:片山祐輔
株式会社こころみ代表取締役社長。1978年生まれ、長野県出身。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。コンサルティング会社勤務を経て、投資ファンドのアドバンテッジパートナーズに10年間勤務。2013年6月、株式会社こころみを設立。高齢者向け会話型見守りサービス「つながりプラス」、親のための自分史作成サービス「親の雑誌」などを展開。また「聞き上手」を軸にした事業展開を行い、企業向け業務改善支援等を実施している。「コミュニケーション」と「高齢者マーケティング」の専門家として数々のセミナーや勉強会に出演中。認定NPO法人カタリバ監事。株式会社テレノイドケア顧問。
株式会社こころみ公式HP https://cocolomi.co.jp/
Twitter @akiokamiyama
みんなが読んでいる記事
-
2023/02/07LGBTQ+は自分の周りにいない、なんてない。ロバート キャンベル
「『ここにいるよ』と言えない社会」――。これは2018年、国会議員がLGBTQ+は「生産性がない」「趣味みたいなもの」と発言したことを受けて発信した、日本文学研究者のロバート キャンベルさんのブログ記事のタイトルだ。本記事内で、20年近く同性パートナーと連れ添っていることを明かし、メディアなどで大きな反響を呼んだ。現在はテレビ番組のコメンテーターとしても活躍するキャンベルさん。「あくまで活動の軸は研究者であり活動家ではない」と語るキャンベルさんが、この“カミングアウト”に込めた思いとは。LGBTQ+の人々が安心して「ここにいるよと言える」社会をつくるため、私たちはどう既成概念や思い込みと向き合えばよいのか。
-
2023/09/12ルッキズムとは?【前編】SNS世代が「やめたい」と悩む外見至上主義と容姿を巡る問題
視覚は知覚全体の83%といわれていることからもわかる通り、私たちの日常生活は視覚情報に大きな影響を受けており、時にルッキズムと呼ばれる、人を外見だけで判断する状況を生み出します。この記事では、ルッキズムについて解説します。
-
2023/02/27アンコンシャスバイアス(無意識の思い込み)とは?【前編】日常にある事例、具体的な対処法について解説!
私たちは何かを見たり、聞いたり、感じたりした時に実際にどうかは別として、「無意識に“こうだ”と思い込むこと」があります。これを「アンコンシャスバイアス(無意識の思い込み)」と呼びます。アンコンシャスバイアスによるネガティブな影響に対処するための第一歩は、「意識し、理解する」ことです。
-
2023/09/23ルッキズムとは?【後編】SNS世代が「やめたい」と悩む外見至上主義と容姿を巡る問題
視覚は知覚全体の83%といわれていることからもわかる通り、私たちの日常生活は視覚情報に大きな影響を受けており、時にルッキズムと呼ばれる、人を外見だけで判断する状況を生み出します。この記事では、ルッキズムについて解説します。
-
2022/02/03性別を決めなきゃ、なんてない。聖秋流(せしる)
人気ジェンダーレスクリエイター。TwitterやTikTokでジェンダーレスについて発信し、現在SNS総合フォロワー95万人超え。昔から女友達が多く、中学時代に自分の性別へ違和感を持ち始めた。高校時代にはコンプレックス解消のためにメイクを研究しながら、自分や自分と同じ悩みを抱える人たちのためにSNSで発信を開始した。今では誰にでも堂々と自分らしさを表現でき、生きやすくなったと話す聖秋流さん。ジェンダーレスクリエイターになるまでのストーリーと自分らしく生きる秘訣(ひけつ)を伺った。
「しなきゃ、なんてない。」をコンセプトに、読んだらちょっと元気になる多様な人の自分らしく生きるヒントやとらわれがちな既成概念にひもづく社会課題ワードなどを発信しています。
その他のカテゴリ
-
LIFULLが社会課題解決のためにどのような仕組みを創り、取り組んでいるのか。LIFULL社員が語る「しなきゃ、なんてない。」
-
個人から世の中まで私たちを縛る既成概念について専門家監修の解説記事、調査結果、コラムやエッセイを掲載。