“ハーフ”は“ハーフネタ”をやらなきゃ、なんてない。

武内剛(ぶらっくさむらい)

日本人の母親とカメルーン人の父親を持つお笑い芸人の「ぶらっくさむらい」こと武内剛さんは、日本で生まれ育った。小学校入学時に、初対面の同級生に「外人だ」と言われて逃げられたり、電車で目の前に立つ人からじろじろと見られて揉めごとになったりした経験を持つ。ニューヨークに渡って暮らした経験から、多様な国籍やバックグラウンドを持つ人々が当たり前に暮らせることを知った。帰国後はお笑い芸人となり、“ハーフネタ”を披露してきたが、武内さんは時代の変化も感じているという。

外国にルーツのある子どもが増えてきている。「多様性」は、先のスポーツイベントでも大きな話題となったところだが、多様性は「受け入れる」ものではなく、「すでにそこにあるもの」だ。マイノリティ性のある当事者たちは、子どもの頃から差別に遭ったり、排除を受けたりすることがある。

「ぶらっくさむらい」こと武内剛さんは、日本で生まれ育った。カメルーン人の父親とは、2歳で別れたきり、一度も会っていない。子どもの頃からシングルマザーの母親に愛情を注がれて育ったが、時には自身の見た目がその他大勢と異なるために、悲しい体験をすることもあった。

のちにお笑い芸人となって、テレビの人気番組で“ハーフネタ”を披露するとき、どんな思いを抱えていただろうか? コロナ禍を経て、“父親に会いたい”と行動を起こす武内さんが望む未来とは?

エンターテインメントで自分の表現をすることによって、人々の意識をちょっと変える

武内さんは、日本人の母親とカメルーン人の父親を持つが、母はシングルマザーになることを選択し、名古屋で生まれ育った。父親と2歳の時に2週間会っただけだった。「僕の世界には父親は存在しなかった」と武内さんは言う。

「母親から愛されて育ったので、保育園までは何事もなく楽しくやっていた記憶があるんです。保育園には0歳の時から預けられていて、みんな一緒に育っていくので、子どもは見た目の違いをあまり気にしないじゃないですか。でも小学校に入学して、初対面のみんなが遊んでいる校庭の遊具に走って行ったら、『外人だ』と言って逃げ出したんですよ。その瞬間に初めて『俺ってなんか違うんだ』と知りました。はっきり覚えています」

子どもは残酷だ。悪意はなくても、違いに対して過敏に、かつ無邪気に反応してしまう。武内さんは「陰湿ないじめは、僕は幸い受けずにきましたけど」と言いながらも、悲しんだ出来事を語る。

「小学5年生の時に友達の家で誕生日会があったのですが、友達が急に『君の髪の毛がちょっとほしい』と言い出して。今は禿げたのでスキンヘッドにしているんですけど、当時はアフロヘアだったんですよ。僕は『嫌だ』と言いました。でも『絶対欲しい、一本ちょうだい』という話になってしまって、しまいには『じゃあみんなで剛くんを押さえろ』となって、押さえられて、そいつが何を思ったかハサミを持ってきて、ハサミで僕の髪を切りだしたんですよ。僕が抵抗したら、そのハサミが顔に刺さって、鼻に傷がいまでも残っています。それでもう楽しい誕生日会がバッドエンドで終わりました」

悪意を持って差別することは論外だが、悪意がないままに、自分と異なる誰かを傷つける行動を取ってしまうのは、大人も同じなのかもしれない。武内さんは、成長してからも無意識の偏見にさらされる経験があった。

「電車に乗っていて、目の前のおじさんがじろじろと見てきたんですよ。僕はつっかかって、『何見てんだよ、見るんじゃねえよ』と。でも今になって考えると、それは悪意のある視線ではなくて、ただ自分と異なる容姿だったから見ていたんじゃないかと。それを差別的な視線と勘違いしていた可能性もあるんですよね。10代の時は繊細なので、気になっていました」

外の世界へと視野を広げてくれたのは、昔からヨーロッパをひとり旅していた経験のあった母親だった。

「僕は中学生の頃から、日本の同調圧力やルールに縛られてがんじがらめになる空気を窮屈に感じていたので、母はそれを見て『あなたは日本じゃなくて外国の方がたぶん合っているから、一度外国で住んでみたらいいんじゃない?』と言ってくれて。

中学2年生になって、母親と2人でイタリアに観光旅行に行ったんですよ。物心ついてから初めて行った外国で、日本よりもいろんな人種の人がいたり、開放的だったりして、『ああ、いいな』と思って、外国に行きたいという思いはずっとありました。母が外国を勧めてくれたのは、めっちゃ良かったと思いますね。やっぱり、選択肢が一つだけじゃない、日本だけじゃないと教わったので」

単身でニューヨークへ。生い立ちを表現するパフォーマンス

武内さんは高校卒業後、アルバイトで貯めた約100万円の資金を元手に、ニューヨークに渡った。

「20歳でニューヨークに住んだのが大きな転機になりました。まず3ヶ月ぐらいアメリカを旅行して、その最後にニューヨークに行った時に、『もうここに絶対住みたい』と思ったんですよね。

ニューヨークは、世界各国からいろんな人種や民族が集まってきているので、地下鉄に乗っていても、多様なバックグラウンドの人がいることが当たり前でした。自分の理想郷にたどり着いた感じがして。誰も何にも干渉しないところが心地良かったです。

通っていた演劇学校で、歌、ダンス、演劇を勉強しているうちに出会った演出家の方が僕を気に入ってくれて、その方のプロデュースで何回かワンマンショーをやらせてもらったんです。僕の生い立ちを、演技や音楽、歌で表現する、1時間ほどのパフォーマンスです。今となっては恥ずかしいぐらい未熟でしたけど、多いときは100人ぐらいの人たちの前でやったり、大学のキャンパスで学生の前でワンマンショーの10分間のバージョンをやったり。最初は英語が通じるのかすら不安なので、ドキドキしながらやっていました」

一方で、ニューヨークの人々の中でも、コミュニケーションに違和感を抱くこともあった。

「英語で『どこから来たの?』と聞かれて、『日本。俺は日本人だ』と答えると、『いやいや、お前そんな冗談つまんねえよ』と。つまり、ニューヨークにいてもステレオタイプな見方をする人はいるんです。どの国に行っても、既成概念にとらわれている人は一定数いることがわかったのも、良かったですね」

“ハーフネタ”との出合いと、時代の変化

7年間の滞在後に帰国した武内さんがお笑い芸人の世界に足を踏み入れたとき、“ハーフネタ”と出合った。

「ニューヨークの演劇学校を卒業したんですが、仕事に就くことかできずどうしようかと思っていたところ、具合を悪くしてしまった母から『そろそろ日本に帰ってきて欲しい』と電話があって。この頃から母は鬱っぽくなってしまい、認知症の症状が始まっていたのかもしれません。母の容体も心配になり、帰国することにしたんです。

帰国して日本でお笑い芸人として勝負してみようと思ったんですが最初はネタの作り方が全くわからなくて、シュールなフリップネタや、スキンヘッドやハゲあるあるのネタをやっていました。舞台に立つ前に、事務所専属の放送作家にネタ見せをするんですけど、その時に作家から『ハゲネタやっていたけど、君の武器は多分そこじゃない。ハゲネタが入ってこない』と言われ、“ハーフネタ”を勧められたんです。正直、子どもの頃に自分の見た目で嫌な思いをしていたこともあったので、それがおもしろいというマインドはなかったんですよ。でもそれを笑いにできるんだと思って、“ハーフネタ”を作って、音楽に乗せてやってみたらウケたんです」

武内さんは勢いに乗って、『エンタの神様』や『ゴッドタン』といった人気番組に出演した。そんななか、武内さんと似たルーツを持つ中学生から、SNSのダイレクトメッセージが届いた。

「『僕はアフリカの黒人のお父さんと日本人のハーフで、小学校のときにめっちゃいじめられました。ぶらっくさむらいのネタをテレビで見た時に、なんでこの人はこんなネタをやるんだと思いました』とメッセージをもらいました。

僕はその子のSNSの写真を見て、自分の昔をすごい思い出して、長文で返信して、何回かやりとりしました。それをきっかけに、自分の少年時代にハーフのネタを見たら自分はどう思うんだろうなと、考え込んでしまいました。ハーフのネタには当然、好き嫌いがあります。見た目をいじらないネタでR-1の準決勝まで行った経験があるので、そういったネタでブレイクしたいという思いはすごくありますね。

僕のやろうとしているアプローチでは、『差別』という言葉を使った表現は優先順位が低いんですよ。なぜなら、その言葉を聞いた瞬間に心のシャッターを閉じてしまう人もいると思うからです。そういう人とも仲良くやりたい思いがあるので、“お笑い”を含めたさまざまなエンターテインメントで表現することを通して、何らかのメッセージを届けたいと思います。

僕の本名はマイケルやジェイソンといったミドルネームもなくて、『武内剛』なんです。それで、見た目はこんな感じなので、僕みたいな人間がメディアに出て何かやるだけでも多少のメッセージにはなるかなという思いもあります。自分の表現を通して、日本人の意識をちょっとは変えられるんじゃないかなと思います。そこは永遠の課題として、今後ずっと取り組んでいこうと思います」

武内さんは今、2歳の頃に会ったきり39年間会っていないカメルーン人の父親を探す旅に出ようとしている。その思いについては、自身のYouTube公式チャンネルの動画「38年間会っていない父をイタリアへ訪ねる旅をドキュメンタリー映画にしたい! 」で語っている。旅さえも、武内さんにとってはエンターテインメントだ。クラウドファンディングで資金を募り、ドキュメンタリー映画を制作する予定である。

他にもマンガや音楽、YouTube動画など多岐にわたってエンターテインメント活動をする武内さん。自身の存在と表現を通して、かつてダイレクトメッセージを送ってくれた中学生のような子どもたち、あるいは無意識の偏見を持っている人たちに、視界を広げさせてくれるだろう。

2012年からお笑い芸人を始めて、時代の変化をめちゃめちゃ感じますね。ハーフ芸人に限らず、容姿をいじるようなネタはこれからどんどん少なくなっていくと思います。これはすごくレベルの低い笑いかもしれないけれど、例えば僕が『今日めっちゃ暑いな、めっちゃ焼けたな』と言ったら、『笑っていいのかな』と思う人もいますよね。うまくセンサーを飛ばしながら、時代の変化をキャッチして表現していきたいですね
武内剛(ぶらっくさむらい)
Profile 武内剛(ぶらっくさむらい)

1980年愛知県生まれ。日本人の母親とカメルーン人の父親を持つ。ニューヨークに7年滞在後、帰国し、お笑い芸人の道へ。『エンタの神様』『ゴッドタン』などのテレビ番組に出演。R-1グランプリ2017準決勝進出。動画・楽曲制作、イラスト、漫画家、英会話講師などの活動も行う。『39年間会っていない父をイタリアへ訪ねる旅をドキュメンタリー映画にしたい!』というプロジェクトをクラウドファンディングを立ち上げている。
https://camp-fire.jp/projects/442932/preview?token=sxf3g0b2

Twitter
@50takeuchi

YouTube ぶらっくさむらい BLACK SAMURAI
https://www.youtube.com/channel/UC5q1cC-1DxEEyId1LDUmwTQ

STORIES 2021/08/12 “ハーフ”は“ハーフネタ”をやらなきゃ、なんてない。