都会だけが仕事に恵まれている、なんてない。
アスリートに寄り添ったサポートとマネジメント業に従事する田中全亮(まさあき)さんは、世界的に有名なスポーツ&アパレルブランドの会社を退職後、東京を離れ、地方での暮らしとフリーランスの仕事をかなえた一人。「今の生活は、タイミングに恵まれてのもの」と話す田中さんは、現在、家族5人で北海道・洞爺湖のそばに暮らしている。その生活やワークスタイルとは、一体どんなものなのか?
漠然と、“移住がしたい”と思って、行動に移せる人はそれほど多くない気がする。家族がいればなおさら、将来設計やお金のことを考えて先送りにしてしまうなんてことも。しかし、「それなりに楽しめれば、どこに住んでも大変なことはないんじゃないか」と、「東京から離れて暮らしてみたいと思った時、美味しいものがある場所って何処だろう?と考えて、浮かんだのが北海道と福岡でした!」と、笑顔で語る田中さんは違う。後悔をするのは嫌、チャレンジをすることが大好きな田中さんが北海道へ移住できたのは、友人からの声がけと家族の理解があってこそだと言う。
環境を変えることに尻込みするよりも、
挑戦する気持ちとタイミングを優先してみた
東京生まれ、神奈川育ちの田中さんは、移住前、東京都目黒区でマンション暮らしをしていた。
「会社勤めを辞めて、移住したいと考えていたとき、北海道の友人が旭川の別荘を貸してくれることになって。そのタイミングに、ちょうど目黒のマンションも売れて、“よし、とりあえず1年住んでみよう!”と、先のことはあまり考えずに行動してしまいました。今となっては北海道生活も5年目に(笑)」
移住にあたり一番の相談相手である奥さまは、子育てや環境のことも考え、東京を離れての生活に賛成してくれたそう。また、子供たちは、「父ちゃんともっと一緒に居たい」と、素直な気持ちを打ち明けてくれたのだとか。
元々、スノーボードが好きだった田中さんは、スポーツチャンネルの番組制作の会社勤務を経て、「よりアスリートに近い仕事をしたい」と思うようになり、オークリーへ転職。オークリーでは、プロダクトのPRをはじめ、アスリートを起用したメディア露出や大会でのサポートなどを主に行い、忙しい毎日を送っていた。そんな中、長年勤めていた会社を辞めて、生活拠点を変えるきっかけになった大きな理由は何だったのか?
「オークリーでの仕事は、とても充実したものでした。選手とじかにコミュニケーションがとれるので、リアルな意見を耳にすることができましたし、世界大会にも同行して刺激や感動をもらうことも多くて。ただ、長年勤める中で、家族との時間をもっと持ちたい、仕事を減らしたい、同じルーティンや景色を変えてみたいという思いが強くなっていって。毎日同じ道を通って決まった時間に会社へ行く生活だったり、会社のやりたいことが自分のしたいことじゃなかったり、スポーツの現場は土・日曜が中心で家族と過ごせる日がほとんどなかったり……、そうした悩みを解消するために退職を決めました。また、家の近所で自分はスケートボード、息子はストライダーや自転車で遊んでいても道は狭いし、交通量も多いことからあーしろ、こーしろって子どもに注意することも多々あって、子供が成長していく中で、ずっとこのままの環境で暮らしていいのかな?とも考えるようになりましたね。
僕自身、雪山で遊ぶのもキャンプをするのも好きで、家族と一緒に出かけることも少なくなかったので、その環境を逆にしてみたらどうだろう? 東京からどこかへ行くんじゃなくて、たまに東京を訪れるっていうのもいいんじゃないかって思ったのが、移住を考えるきっかけのひとつになったと思います」
“住む拠点を変える”ということを前向きに考えられたのは、国内外を飛び回る仕事を経験し、いろいろな場所へ行って家族と過ごす時間を大切にしたいと願う田中さんだからこその逆転の発想といえるのかもしれない。
そんな田中さんの、家族との時間を大切にする理由の中には、自分の過去と重ねる部分があるという。
「小学校6年生くらいのときから、親と遊びに行くことがなんか格好悪いって感じるようになったんです。せっかく誘ってくれた旅行へ行かなかったことを後悔したり、本当は、山登りやスキー、キャンプが趣味だった親父ともっと遊びたかったなーって大人になって深く思うようになりました。だからこそ、自分の子供とは、もっと一緒に過ごす時間を作って、楽しみを共有していきたいと思っています」
ノルディック複合へ出場の渡部暁斗選手の応援。フリースキーの先駆者・上野雄大選手とソチ五輪ハーフパイプ代表の上野眞奈美選手ファミリー等と一緒に
移住生活の支えになっているのは人とのつながり
オークリーを退職後、移住をした田中さんだが、数カ月後には外部のスポーツマーケティングアドバイザーとして契約を結び、幼い頃から成長を見守り続け、歩みを共にしているスノーボーダーの平野歩夢選手をはじめ、国内外で活躍するアスリートのサポート業に従事している。
2014年ソチオリンピック、2018年平昌オリンピック2大会連続銀メダル獲得の日本のトップ・スノーボーダー・平野歩夢選手との2ショット
「今は、フリーランスの立場なので、いろいろなオファーを頂けるのがうれしいですね。環境が変わっても、大好きなスノーボードの現場や世界で活躍するアスリートの活躍を近くで応援・サポートすることができるのは、人のつながりと支えがあってこそだと感謝するばかりです」
MTB選手兼オークリー社員の永田隼也氏、スノーボードの角野友基選手、平野歩夢選手等、オークリースポーツマーケティングチームとの一コマ
環境に合わせて生活を変えてみるのも悪くない
東京→旭川→洞爺湖と住環境を変えてきた田中さんだが、移住をするにあたり不安が全くなかったわけではない。
「移住を決めたときは、先のことをきちんと考えていなくて、どうやって生計を立てよう?っていう感じでした(苦笑)。ただ、環境に合った生活をすればいいというのが根底にあったし、自給自足の暮らしにも興味があったので、“やれることをやってみよう”と」
そう話す、ポジティブ思考の田中さんが北海道で挑戦したのは、農業と漁師というから驚きだ。
「シーズンによってできる仕事の変化もありますが、僕は、農業と帆立て貝漁とカキ漁を経験して、今では、最初に暮らした旭川にある飲食店『牡蠣小屋 中番屋』へ洞爺湖の自宅から車で数時間かけて通っています。友人やスノーボード関係の後輩が旭川周辺にロングステイをするときはこの店に食べに来てもらったり、店の手伝いをしてもらったりも(笑)。東京に住み続けていたら経験することができなかったことや食に対する関心など、多くの学びと気づきを体感しています」
北海道に移住して良かったことと、さらなる夢
「家族と過ごす時間が持てるようになったこと、環境に合わせて自分たちらしい暮らしをすること、無駄をなくすように心がけるようになったということは移住後の良い変化だと思っています」
そう語る田中さんの楽しみのひとつは、自然の中で過ごす子供たちとのひと時なのだそう。
「冬はスノーボードやスキーを、穏やかな気候のときはキャンプを楽しんだりしています。自然から学ぶこともたくさんあるし、四季折々の景色が味わえる北海道に暮らしているからこその醍醐味かもしれません」
インタビューの中で、「仕事も遊びもサボるのは簡単だけれど、必要以上にやりたくなってしまう性分なんですよね」とも語った、バイタリティあふれる田中さんの次なる夢は、日本を離れての海外生活。
「将来的には、カナダに暮らしてみたいです!首都や都会的な街よりも、自然豊かな場所で。今も十分に幸せですが、子供たちと一緒にもっといろんなことを経験したいし、料理上手な妻と一緒に飲食店をやってみたいな、っていうのが夢ですかね。そのためには、今までの経験もこれからの時間も大切に育んでいきたいと思います」
最後に、「以前よりも、気持ちも生活も豊かになった」と言う田中さんに、これから移住を考えている人へのメッセージを伺ってみた。
1977年、神奈川県生まれ。現在は、『オークリー』のスポーツマーケティングアドバイザー、「レッドブル」のエアレース&エアポートマネジャーを担いながら、個人の会社「ZEN」を立ち上げ、フリーランスとしてアスリートサポートやイベントのオーガナイザーなどに務めている。また、あさひかわ観光情報特派員、牡蠣小屋の運営なども行っている。
みんなが読んでいる記事
-
2023/02/07LGBTQ+は自分の周りにいない、なんてない。ロバート キャンベル
「『ここにいるよ』と言えない社会」――。これは2018年、国会議員がLGBTQ+は「生産性がない」「趣味みたいなもの」と発言したことを受けて発信した、日本文学研究者のロバート キャンベルさんのブログ記事のタイトルだ。本記事内で、20年近く同性パートナーと連れ添っていることを明かし、メディアなどで大きな反響を呼んだ。現在はテレビ番組のコメンテーターとしても活躍するキャンベルさん。「あくまで活動の軸は研究者であり活動家ではない」と語るキャンベルさんが、この“カミングアウト”に込めた思いとは。LGBTQ+の人々が安心して「ここにいるよと言える」社会をつくるため、私たちはどう既成概念や思い込みと向き合えばよいのか。
-
2023/09/12ルッキズムとは?【前編】SNS世代が「やめたい」と悩む外見至上主義と容姿を巡る問題
視覚は知覚全体の83%といわれていることからもわかる通り、私たちの日常生活は視覚情報に大きな影響を受けており、時にルッキズムと呼ばれる、人を外見だけで判断する状況を生み出します。この記事では、ルッキズムについて解説します。
-
2023/02/27アンコンシャスバイアス(無意識の思い込み)とは?【前編】日常にある事例、具体的な対処法について解説!
私たちは何かを見たり、聞いたり、感じたりした時に実際にどうかは別として、「無意識に“こうだ”と思い込むこと」があります。これを「アンコンシャスバイアス(無意識の思い込み)」と呼びます。アンコンシャスバイアスによるネガティブな影響に対処するための第一歩は、「意識し、理解する」ことです。
-
2023/09/23ルッキズムとは?【後編】SNS世代が「やめたい」と悩む外見至上主義と容姿を巡る問題
視覚は知覚全体の83%といわれていることからもわかる通り、私たちの日常生活は視覚情報に大きな影響を受けており、時にルッキズムと呼ばれる、人を外見だけで判断する状況を生み出します。この記事では、ルッキズムについて解説します。
-
2023/04/11無理してチャレンジしなきゃ、なんてない。【後編】-好きなことが原動力。EXILEメンバー 松本利夫の多彩な表現活動 -松本利夫
松本利夫さんはベーチェット病を公表し、EXILEパフォーマーとして活動しながら2015年に卒業したが、現在もEXILEのメンバーとして舞台や映画などで表現活動をしている。後編では、困難に立ち向かいながらもステージに立ち続けた思いや、卒業後の新しいチャレンジ、精力的に活動し続ける原動力について取材した。
「しなきゃ、なんてない。」をコンセプトに、読んだらちょっと元気になる多様な人の自分らしく生きるヒントやとらわれがちな既成概念にひもづく社会課題ワードなどを発信しています。
その他のカテゴリ
-
LIFULLが社会課題解決のためにどのような仕組みを創り、取り組んでいるのか。LIFULL社員が語る「しなきゃ、なんてない。」
-
個人から世の中まで私たちを縛る既成概念について専門家監修の解説記事、調査結果、コラムやエッセイを掲載。