決められた働き方に自分を合わせなきゃいけない、なんてない。
LINEスタンプでもおなじみ、ほっこりかわいいくまと心に寄り添う一言が楽しい「こまりくま」。作者の小鳥遊しほさんはイラストレーターやフードコーディネーターなど多彩な肩書を持つクリエイター。美容師から転身した経歴も持つ。「メディアに出て自分の名前で活動したくて美容師をやめた」という小鳥遊さんが語るなりたい自分になる方法、可能性の広げ方とは?
「とにかくやってみなければわからない」とはよく聞く言葉だが、小鳥遊さんの場合は、「やってみる前にわかることも多い」と語る。どこまで広げられるか結果を想定して、何を、どう、どのくらい進めるか計画を立てて動いてきた。「華やかな世界へ行きたい」という野望も人生をプランニングすることで実現した。取り立てて特別な才能はないと思っていた普通の子は、いかにして夢をかなえたのか話を伺った。
せっかく特技ならば全部仕事に変えていこう
イラストレーター、フードコーディネーター、コラムニスト、ファッションモデル。さまざまな顔を持ちマルチに活動するクリエイター、小鳥遊しほさん。Webのコラム連載から広告デザイン、グッズ制作と関わるジャンルは多岐にわたるが、「料理×イラスト」、「レシピ×コラム」といったように持てるスキルを絡め合わせた制作スタイルが特徴だ。
「全部を絡めてやっていますが、1つの記事の中でイラストレーターやライターがそれぞれ担当するところを全部ひとりでやっているような形態ですよね」
手掛ける仕事の中でもベースになっているのは料理。その背景には子供時代の豊かな食環境がある。
「休みの日に家族で食べ歩きもよくしましたし、とにかくみんなおいしいものに目がなくて食べることが大好き。クリスマスや誕生日も出来合いの料理が食卓に並ぶことはなくて、チキンの丸焼きもケーキも全部手作りにこだわっていたし。これとこれを合わせたらおいしいんじゃないかとか、ちょい足しみたいなことを毎晩楽しんでいるような家庭でしたね」
子供の頃から目立ちたがりで仕切りたがりだったという小鳥遊さん。要領よく生きてきたところは今に通じるものがあるそう。
「学級委員とかやりたいタイプでしたね。学校のヒエラルキーでいうと、いわゆる目立つチームや不良チームの子たちと一緒にいたいけど勉強も怠りたくないみたいな。勉強は勉強としてやって、友達は友達でいろんなジャンルの子と遊びたい。家は家で平和に過ごすところ。そんなふうに切り離して考えていました」
当時の夢は美容師。高校卒業後は東京の美容専門学校に進んだ。
「姉がパティシエをしているんですけど、子供の頃から一貫してパティシエになりたいって言っていたんです。そういうブレない姉を見ていたら自分も何か夢を持たなきゃいけないような気がして。カリスマ美容師的なものが流行っていた頃でもあったので、後から思えばふわっとした憧れでした」

専門学校を卒業し、サロン勤務を始めて1年目。美容師になりたいという夢は、あくまでも格好いい美容師像への憧れだったと気づく。
「就職したサロンは有名なところだったので芸能人の方もいっぱい来るんですよ。毎日華やかな人たちの相手をしているうちに『あっ私、あっち側に行きたかったんだ』と気づいたんです。そこからは道を間違えたという挫折感。“なりたい欲”みたいなものを抱えて、そこまで好きではない美容師の仕事をしている自分がどんどんみじめに思えてきて。こんなもやもやした気持ちを抱えたまま棺おけに入るんだったら、挑戦してダメなほうがいいと吹っ切れました」
自分には絵の特技があったと初めて気づいた
メディアに出て自分の名前で活動するためにはどんな方法があるか。小鳥遊さんは人生のプランニングを始める。
「“なりたい欲”以外はいたって普通の人間だったので、女優やモデルは明らかに無理。じゃあどうするかを考えました。その頃は料理研究家や占い師など、手に職系の人がメディアで脚光を浴びていたのでコレだなと。何かしらの技能をもってしてどこか違うところからアプローチしようと。料理なら日頃からやっているから、調理師免許を取ってフードコーディネーターの資格を取れば自称でも名乗れるんじゃないかと考えたわけです」
調理師免許の受験資格を得るには実務経験が2年は必要。小鳥遊さんはこの2年を表に出るための準備期間として有効活用することにした。平日はイタリアンレストランとエスニック中華の店で料理の腕を磨き、週末はフードコーディネーターのスクールに通う。表に出るメンタルを鍛えるためにメイド喫茶でバイトもした。さらにアートディレクターの下でもアシスタントをするなど、できることはどんどん詰め込んだ。
2年が過ぎようとする頃、小鳥遊さんは講談社が主催する、「ミスiD」のオーディションを受けファイナリストに選ばれる。これが転機となった。
「ミスiDがきっかけで芸能事務所に所属することになって、料理以外に何ができるのかという話になった際に、『一応こんなこともできますよ』という感じで鉛筆描きのデッサン画を見せたんです。そこで『絵が描けるなら料理とイラストを組み合わせたものを何か作ってきてよ』と言われて、その素材を持って『mini』編集部へ営業へ行ったらその場で連載が決まって。『小鳥遊しほのお絵描きキッチン』という連載でそれが人生初のイラスト仕事でした」
イラストを描くことが仕事になったのは全く想定外の出来事だった。
「フードコーディネーターになるとか、オーディションを受けて表に出るための足がかりを見つけるとかはプランニングしていた部分なんですけど、そこからまさかイラストレーターになるとは。うちは母も姉も絵がとても上手で絵を描くということがごく自然な家庭だったので、『あっ、それって特技だったんだ』ってやっと気づいた感じでした」

「せっかく特技ならば全部仕事に変えていこう」、そこで料理×イラストという軸が一本できた。この連載を皮切りにモデル仕事は増え、ライターを始めるなど仕事の幅も広がっていった。
「人に喜ばれたい、人を喜ばせたいという思いが主体なので、求められることに応えているうちにできることが増えていったという面もあるし、やりだすと突き詰めたくなる性格なのもあります。『コラムを書いてください』と文章を書く仕事の依頼が来たときも、最初は無理だと思って渋々始めたんですけど、やったらやったで喜ばせたい。PV数も増やしたいし、読んだ人の感想も欲しいってなったらやっきになっちゃって」
一度手を出したものは、それを名乗ったときに恥じないレベルまで持っていく、というのも小鳥遊さんの信条だ。
「『こまりくま』もそうですよね。元々はただの落書きで、『困ったな〜』をギャグで『くまったな〜』と書いて、そこに添えたくまの絵がきっかけ。キャラクタークリエイターを目指していたわけではなかったけど、手を出したからには『私、キャラクター描いてるんだ!』と言えるところまでは伸ばしたいと思って。LINEスタンプを出すだけなら誰でもできるので、グッズ展開をしたり、コラボカフェをやったり、本を出したり。何をするにしても『すごいね!』って言ってもらえるところまでレベルを上げておきたいんです」

その仕事に携わることで、どこまで広げられるか先につなげられるかをあらかじめ考えておくために、基本的に企画から関わるようにもしている。
「どこに何を差し入れたら面白いネタになって先につながるかっていうことまで考えたいんです。たとえば『男子向けの料理コラム』という依頼で、なんなら料理を紹介して終わりでもいいところを、そこで男子の家に行ってみたらどうだろうとか、ちょっと『レンタル彼女』っぽい要素を取り入れてみたら男性ファンが増えるんじゃないかとか。そういうところまで広がりを考えながらやりたいんですよね」
“マルチクリエイター”のつもりはない
スキルを絡めて制作するスタイルが定まりつつある中では、多少の不安もあった。
「まだお金として成り立っていない5年くらい前の時点では『いろんなことに手を出して』とか、『1個に絞らないとうまくいかないよ』といった指摘をされたりもしていました。昔から、要領は良いけど何か一つのことを突き詰められないことに対してコンプレックスもあったので、『このままだと器用貧乏で終わっちゃうよ』的なことを言われると、『なにくそ!』と思いつつも、こんなちゃんとしたおじさんたちがそう言うんだから、そうかもしれないと内心ちょっと震えてる、みたいな(笑)」
「いっぺんにいろいろやっているように見えても実は違う、ただ器用にこなしているわけじゃない」と、今は自分で知っている。肩書き一つ一つを独立した職業として見たときでも、成り立たせている自負もある。
「全部をごちゃっとさせたマルチクリエイターとしてやっているつもりは私の中ではないんです。仕事は案件ごとに『これが成功するために』というプランニングの下に取り組んでいるので、いろんな要素が混在しているように見えても私の中では大丈夫なんです」
何事も計画を立てて進める小鳥遊さんだが、高すぎる目標を設定しないことも思いをかなえていくコツだという。
撮影/廣江雅美
取材・文/ささきみどり
1988年7月6日生まれ。愛知県豊田市出身。「株式会社おもうつぼ」代表取締役。イラストレーター、フードコーディネーター、コラムニスト、ファッションモデル、「こまりくま」作者。イラスト制作の他、「小鳥遊しほの、メシ付き人生相談」(メシ通)、「小鳥遊しほの酒好き女子飲み食い日記」(るるぶ&more.)など食に関する連載多数。書籍に「こまりくまブック」(河出書房新社)、「くまっているのはボクなのに。一問一頭」(KADOKAWA/中経出版)がある。
オフィシャルサイト http://shiho-takanashi.com
ツイッター @SHIHOtakanashi
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