子育て支援は貧しい人だけのもの、なんてない。【後編】
多くの人たちが関わることが貧困の解決につながる。そう考え、子ども食堂の支援活動を始めた湯浅さん。その活動を通して見えてきたのは、子ども食堂が持つ「多様な機能」だ。子どもたちが抱える課題に気付くことができる「気付きの拠点」であると同時に、子ども食堂は、子どもたちの学びの場、そして子育て中の親たちの憩いの場でもあるという。それは一体どういうことなのだろうか。湯浅さんに伺った。
連載 子育て支援は貧しい人だけのもの、なんてない。
児童虐待や育児放棄(ネグレクト)。これらの言葉は、誰でも一度は耳にしたことがあるのではないだろうか。日本で児童虐待防止法が制定された2000年、1万7,725件だった児童虐待相談対応件数は増加を続け、2019年には19万3,780件に上った(厚生労働省)。前年、東京都目黒区のアパートでは、当時5歳だった船戸結愛ちゃんが両親からの虐待によって亡くなり、世間に衝撃を与えた。しかし、「産後うつ」や「孤(こ)育て」が社会課題となる今、こういった事件は、育児をする親にとって人ごととは言えないのではないだろうか。
子育てにいそしむ親たちの負担を軽減し、さらには憩いの場にもなる。そんな場所が全国に広がる「子ども食堂」だ。子ども食堂を通して、「子育てはみんなでするもの」というメッセージを伝える湯浅誠さんに、地域での子育てのヒントを伺った。
社会で生き抜く力を身につける「学びの場」としての子ども食堂
経済的に貧困状態の家庭を救済するさまざまな支援制度がある。一方で、子ども食堂が重点的にアプローチしているのが「心の貧困」である。「貧しい子どもが食事をとるためにやって来るところ」というイメージを持たれることが多い子ども食堂だが、実際は貧困家庭の子から裕福な家庭の子まで、また子どもから高齢者まで、あらゆる人々に開かれた「地域交流の場」、そして「つながりづくりの場」としての機能を持っている。
その雰囲気は、「まるで子ども会のお祭りのよう」と表現する湯浅さんは、子ども食堂が広義での「教育機関」としての役割も担っていると話してくれた。
「『ケイドロ』っていう遊びを知っていますか。警察と泥棒の役に分かれた鬼ごっこのようなものです。私も小さい頃は、よく異年齢集団でケイドロをしたものですが、そのときにやっていたことを思い出すと、『ルールをカスタマイズする』ということだったと思い至りました。幼い子がいると、その子が毎回鬼に捕まってしまい、ゲームがすぐに終わってしまう。面白くない上にみんなが楽しめないんですね。だから、私たちは自分たちで工夫してルールを変えていたんです。これって、考えてみたら結構すごいことだと思います。大人の世界では、ルールに従えない人がいたら、ルールを守れないあなたが悪い、と排除してしまうことも多い気がします。でも子どもたちは排除せず、むしろ誰もが楽しめる仕組みにしていく。今回のように『幼い子』だけでなく、発達障がいの子や外国籍の子がいる場合も、同様にルールをカスタマイズするのかもしれません。
ルールや自分にとっての「当たり前」が通用しない人といかに共存できるか。その力は、多様な人と交わって生き方や価値観が広がることで身についていく。そして、そのような経験をできるのが子ども食堂の強みだと湯浅さんは話す。
「時代とともに、子どもたちは異年齢の子と遊ぶことが少なくなり、また多世代居住が減ったことから、お年寄りなど年の離れた人と話す機会も貴重になってきています。年を取ったら立ち上がるのにこんなに時間がかかるんだとか、食べるのがゆっくりなんだといった気付きは、同じ空間の中で過ごしてみないと得られないです。自分の親との関係性しか知らず、さまざまな立場の人との間合いを体験しないまま大人になってしまうと、社会に出たときに困ることも多いと思うんです。
そういう意味で、子ども食堂のような老若男女、多様な人が混在する場所で、自分とは違う人と接し、自分とは違う見え方を知ったり経験したりすることが、子どもの成長にとってとても大切だと思っています」
また湯浅さんは、最近うれしかったというエピソードを共有してくださった。
「ある子ども食堂に、インドネシア国籍の小学校2年生の女の子が来ていました。ぱっと見たところでは外国籍だと分からないのですが、恥ずかしかったのか、その子はそれまで学校では自分のルーツを隠して日本名で通していたんです。ある日、その子のお母さんが子ども食堂でインドネシア料理を振る舞い、来ていた人たちに母国であるインドネシアの話をしていました。その中で、ムスリムの女性が身に着けるヒジャブのかぶり方についても話していたのですが、そのとき、その小学校2年生の女の子が、『私もこれをかぶるときがある』と言って、来ていた人たちにヒジャブのかぶり方を教え始めたんです。
それがきっかけとなり自信がついたようで、その少女は学校でもインドネシア国籍であることをカミングアウトしました。これまで自分の出自を隠していた子が、お母さんがキラキラしている姿を見て、自分のルーツに素直に生きていけるようになった。こんなことが起こるのも、子ども食堂には多様な人がいて、刺激を受け合える場所だからだと感じました」
「母子カプセル」を解消して母親の休憩場所になる子ども食堂
気付きの場であり学びの場にもなる。そんな子ども食堂にはもう一つの顔がある。それが、お母さんたちにとっての「休憩場所」だという。
「子育てをする日本のお母さんお父さんは、とにかく大変。特に母親は、大体父親の7倍くらいの時間を家事・育児に費やしているといわれています。そんな日本のお母さんたちは、子どもが小さいうちは常に一緒、ずっと同じ空間にいます。そんな母子密着の状態が一日中、365日続くことだって珍しくありません。こういった現状から、『母子カプセル』という言葉が生まれました。カプセルの中に母子が閉じ込められているイメージですね。
子育ての歴史をさかのぼると、人類は昔から共同養育が一般的でした。それは狩猟をしていたような時代のことだけでなく、近代的な家族の形になってもそうです。近隣のつながりがあり、親やその上の世代と同居をしていれば、地域の中で、あるいはおじいちゃんおばあちゃんが子どもの面倒を見ることができました。でも今は核家族化が進み、孤立してしまう母子が増えたんです。これは人類史上初の現象ともいわれています」
そんな母子カプセル状態、つまり親子だけでほとんどの時間を過ごすことの課題として、母親がほっとできる時間がないことが挙げられる。
「例えば食事のとき、ご飯を作り終えると、多くのエネルギーと時間を使ってそれを子どもに食べさせ、自分は5分くらいで急いでご飯をかき込む……そんな親も少なくないと思います。一息つく時間さえないんです。しかし子ども食堂では、ご飯を自分で作らなくていいことに加えて、お母さんたちが食べている間に、ボランティアさんが子どもをあやしてくれたり、子どもが周りの子たちと遊んでいたりする。お母さんはそれを目にしながら、ゆっくり食べたり他のお母さんと話したりと落ち着ける時間を持てるんです。お母さん同士で話が盛り上がり、帰りたくないのは子どもよりお母さん。そんな光景も子ども食堂ではよく見られます」
生活圏内に子ども食堂を。みんなにとって当たり前の場所に
年齢や立場を越え、さまざまな人が支え合って育児を行う。地域での子育てを可能にする子ども食堂は、また母たちの休憩場所にもなっている。本来は経済状況や家庭環境を問わず、「誰でもウェルカム」な場所であるが、子ども食堂を「貧困層が行くところ」だと思っている人も多いようで、まだ参加する人が少ない拠点も多くあるという。今後は子ども食堂が、子育てをする親や子どもたち、地域のおばあちゃんやおじいちゃんなど、属性問わず、もっと幅広い人たちに来てもらえる「居場所」となってほしい。そして、そんな「地域の拠点」を増やしていきたい。そんな思いを湯浅さんは持っている。
「今5,000ある子ども食堂を、2025年までにはすべての小学校区に一つあるように、つまり全国で2万にまで増やしていきたいです。子ども食堂は子どもと大人、両方にとっての居場所。そこに行くといつも誰かがいて、自分のことを気にかけてくれる場所です。そんな『誰かが待っていてくれる場所』が、生活圏内にあることが大事だと思っているからです。
理想は、例えば物件探しの際に、コンビニや病院、学校までの距離を教えてもらえるように、『あなたが行ける子ども食堂が自宅から○○メートル以内にあります』というように公開できること。子ども食堂が、子ども、親、おばあちゃんおじいちゃん……みんなにとって当たり前のものになっていくことで、孤独がなくなると思います。『孤育て』ではなく地域で子どもを育てる『子育て』。そんなことが可能になっていくかもしれませんね。
段々と仲間が増えていて、今では子ども食堂をやりたいという人が北海道から沖縄まで、全国に山のようにいます。思いを持って頑張っている人たちがたくさんいる。そんな状況を見ると、たとえ課題が山積していても、世の中捨てたもんじゃない、まだまだいけるんじゃないかと思うんです」
編集協力:「IDEAS FOR GOOD」(https://ideasforgood.jp/)IDEAS FOR GOODは、世界がもっと素敵になるソーシャルグッドなアイデアを集めたオンラインマガジンです。
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1969年東京都生まれ。日本の貧困問題に携わる。1990年代よりホームレス支援等に従事し、2009年から足かけ3年、内閣府参与に就任。政策決定の現場に携わったことで、官民協働とともに、日本社会を前に進めるために民主主義の成熟が重要と痛感する。現在、東京大学先端科学技術研究センター特任教授の他、認定NPO法人全国こども食堂支援センター・むすびえ理事長など。著書に『子どもが増えた!明石市 人口増・税収増の自治体経営』(泉房穂氏との共著、光文社新書)、『「なんとかする」子どもの貧困』(角川新書)、『反貧困』(岩波新書、第8回大佛次郎論壇賞、第14回平和・協同ジャーナリスト基金賞・大賞受賞)など多数。
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